第55話 約束
「そろそろ参りましょう。」十蔵が声をかけてきた。
確かに戦の勝敗は決し、掃討戦に入ってきたので、もう俺が戦場に向かっても問題はないだろう。
俺が戦場についた頃には既に戦闘は終了しており、勝ちどきを挙げる声がところどころから聞こえてきた。
ただ、その一方で、横たわっている敵兵士が本当に死んでいるかどうか確かめるため、槍でとどめを刺す者もおり、何とも言えない異臭があたりに立ち込めていた。
俺の姿を見ると、水穂の兵が手を振ってくるので、それに応えながら俺は、克二を探した。
当然の如く人だかりの最も多いところの中心に克二と新右衛門が位置しており、そこでは周りにいる家臣がひときわ大きな勝ちどきを挙げていた。
馬に乗ったまま近くまで進み、人垣で進めなくなったところで、馬を降りる。
後はこの人垣をかき分けて何とかして克二の近くまで行かなくてはならないのだが、これがなかなか困難を極めていた。
克二と目があった。
「茜!」克二が叫ぶと、まるでそれが合図でもあったかのように、人垣がきれいに分かれ、克二までの道ができた。
その中を進む。皆の注目を集める形となり、こそばゆいが、今はそんなことを気にしている時ではない。
俺が克二の目の前に来ると、いつの間にか、俺の後ろには、泰然、上総、慎介らを筆頭に、家臣が並んでいた。
克二が「良くやってくれた。今回勝てたのもお前のおかげだ。」とまで言ってくれる。
そして、そのまま俺を抱きしめ「お前のよこした手紙のとおり、私たちが守勢に徹しておれば、水穂軍が後ろから攻撃をしかけるという作戦がきれいにあたった。良くやってくれた。」と喜んでくれる。
俺は照れくさくなって、脇を見ると、あの新右衛門までもが満足そうに俺たちを見ている。
「彼には少なからぬ迷惑をかけた。」この感情は、多分、消えることのない負い目になるかもしれないと、西の方のことも思いだしならが、考えていた。
その間、克二が「良かった、本当によかった。」と何度も言ってくるので、俺も「よろしゅうございました。これもひとえに克二様のご尽力の賜物。」と社交辞令を述べる。
すると、後ろにいる家臣団が何かそわそわしだした。
水穂の解放のことを克二の口から直接聞きたいのであろう。
その雰囲気をよんで俺は、「あのー、克二様。」と話を向けてみる。
さすがに、こちらから切り出すわけにもいないので、「これで俺が何を言いたいのか、察してくれ。」という感じをにおわせたが、どうも今一わかっていないようで、「茜。どうした?」と聞いてくる。
仕方がないので、野暮だが直接言うしかないかと思った時、克二が笑いながら「大丈夫だ、水穂は約束どおり、解放する。」と簡単に言ってきた。
あまりにさらっと言われたために、どうも俺たちは今一実感がなく、慎介が「解放で間違いございませんか?」と聞いた位だ。
それに対して、克二は、「茜が約束を守って兵を出してくれた。それで勝てたのだから、私も約束を守るのが当然だろう。水穂は開放する。」とはっきり宣言してくれた。
それを受けて、俺の後ろで湧き上がる大歓声。
正直、俺はこの戦の最中、自分が直接戦闘に参加しなかったこともあり、いろいろなことを考えていたが、この時ばかりは、嬉しさで心がいっぱいになり、何も考えられなかった。
家臣の皆が泣いて喜んでいる。
あの泰然ですら、泣いている。俺はあいつが感情を表に出すのを初めて見た。
上総はある意味、わかりやすい。顔をくしゃくしゃにしている。
俺はあいつにあまり好感をもっていないが、この時ばかりは、「間違いなくあいつも苦楽を共にした水穂の家臣だ。」と思った。
慎介は、上を見上げている。必死にで涙が落ちないようにしているのだろう。
別に今位泣いても誰も咎めたりなどしないのに、「変に律儀な奴。」と思ってしまった。
そういう俺もつられて泣いている。
「いろいろあった、いろいろあったが、これでとりあえず、報われた。」心底そんなことを考えて、感慨にふけっていた。
すると後ろで突然起こる「茜様、万歳。水穂、万歳。」の大合唱。
俺は気恥ずかしくなり、いきなり現実に引き戻されてしまった。
それが落ち着いた頃、克二が再度近寄ってきて、「いろいろ今後のことを相談したいから、水穂に帰国次第、できるだけ早く再度三川に来てくれ。」という。
俺は無言でうなづいて、家臣団と共に、克二の傍を離れていった。
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