第56話 犠牲

 勝ち戦の興奮もおさまってくるにつれ、あちこちで死傷者の確認がなされ始めた。

 その結果判明したのが、水穂の死者は70名程度にものぼっているということだった。

 負傷者は200名以上だから、勝ち戦というわりにはかなりの死傷者を出してしまった。

 当初、上から一気に駆け下りて、秋山軍を二つにわけ、そのまま駆け抜けることができれば、そこまで死者は増えなかったのであろうが、歩兵が後ろでかなり取り残される形になってしまった結果だ。


 ただ、結果として、歩兵が取り残されたことにより、秋山軍が一定期間2つに分かれたままになったわけで、それが勝因になったのは間違いない。

 そうは言っても、取り残された歩兵は両側から挟撃をくらうわけで、当然被害も大きくなってしまったというわけだ。

 味方の犠牲がなければ、さすがは秋山軍というところだろうが、とてもそんな気にはなれない。


 それに、基本的この作戦を立案したのは俺で、これだけの死傷者をだしてしまったのは俺の責任だ。

 やはり机上の空論と、現実は違うということを否でも思いしらされる。

 その時、思いだされるのが、俺の「突撃!」の合図で秋山軍につっこんでいった兵士たちの顔だ。

 彼は皆笑っていた。

 俺は当初、それはにっくき三川に一矢を報いることができるからだと勝手に解釈していた。


 しかし、もしかしたら、あの歩兵たちはあのまま進撃すれば自分たちが取り残されることはわかっていたのではなかろうか。

 「それでも水穂の独立のために、わが身を犠牲にしてくれたのではなかろうか。」そんな気がしはじめた。

 そうしたらあの笑いが、どこか憂いを含んだもののような気がしてきた。

 そんなことを思ったら、今までの何を考えず、喜んでいた自分が情けなくなった。


 同時に、水穂解放の最大の功労者は当然俺だと恥ずかしげもなく考えていた自分が許せなくなった。

 間違いなく最大の功労者は死もおそれず、つっこんでくた兵士達だし、命までかけてくれたこの死者たちだろうという思いが胸をつく。

 並べられている死者を見て、どうしようもなく涙がこぼれてきた。


 気が付くと後ろには泰然と慎介がいた。

 泰然が「諸行無常です。今回たまたま儂も生き残りましたが。いつこうなるかわかりません。常に、その覚悟だけはしているつもりです。だから、そう悲しまないでください。彼らはまだ幸せです。自分の意思で自分の戦をして死んでいくことができたのですから。これまではそれすらできませんでした。」と言ってきた。


 泰然がここまで雄弁に話すのは初めて聞いた。

 正直、俺は泰然という男を馬鹿にしすぎていたようだ。


 続けて、慎介が「若、この者たちは水穂の未来のために命をかけてくれたのです。悲しいのは私も同じです。ただ、自分を責めるのだけはおやめください。皆、水穂が解放されて本当に喜んでいるのです。私たちのやるべきことは、彼らの意思が無駄にならないよう、水穂をより立派にすべきことです。」と言ってきた。


 俺は本当に良い家臣を持ったと思った。

 水穂への凱旋は言うまでもない、皆笑っていた。

 そして家臣は何度も何度も俺をほめたたえてくれた。

 それを見て、俺も笑っていた。しかし、もし、泰然や慎介の言葉なかったら、俺は帰る途中、暗い顔をしどおしだったかもしれない。


 確かに、これだけの死者をだしてしまったことは悲しい。

 だが、俺が喜ばなければ、皆が喜べぬ。

 水穂が解放されたこの日に、皆を喜ばせることができなくては俺がしてきたことが無駄になってしまう。

 家臣の方が、身近なものを亡くして俺より悲しい思いをしているかもしれない、それでも皆喜んでくれている。

 すれば、俺のやるべきことは1つだ。皆と一緒に心の底から喜ぶだけだ。

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