第54話 急襲
三川領内を進む。
狩野原は一度しか行ったことがないが、平野部を抜けて、少し小高い丘のようなっているところだったと記憶している。
明らかに近づいていることがわかる。
同時に時刻が気になる。
三川領内に入ったががちょうど日の出頃だから、何とか昼前にはつけるだろう。
不吉な発想が頭をよぎるが、「いくらなんでもこんなに早く勝負がつくはずがない。」と必死になって自分に言い聞かせる。
それに、将が下手に不安を持つとそれが他の者への容易に影響を与えるのは先刻経験済みだから、これも注意しなくてはならない。
単に前で馬を走らせていれば良いだけではなく、いろいろ考えなくてはならないが、下手に考えすぎてはいけないというのは結構難しいものだと思った。
そんなことを考えながら軍を進めていると、記憶にある山が見えた。
確か、あそこを過ぎたところが狩野原のはずだ。
須走も「もうすぐです。」と叫んでいるから、間違いないだろう。
「いよいよ。」という緊張が走り、心なしか進軍速度も上がったような気がする。
俺はひたすら「間に合ってくれ。」と心の中で祈っていた。
そのまま、小高い所に出て、眼下を見下ろすと、豆粒大の人が一塊になりながら、戦闘を展開しているの見て取れた。
「間に合った。」と胸をなでおろすが、急いで状況を確認しなければならない。旗印を確認する。
感じとしては、秋山家が青柳家を押しているような気がする。
泰然、上総、慎介たちの方を見る。皆、「状況はわかった。」という顔をしている。
こちらが高いところにいるのだから、作戦も何もない、このまま坂を下る勢いに任せて進軍するのみだ。
「突撃!」と声をかけると、馬がすごい勢いで、進んでいく。
俺もそのまま一気に下まで行こうとしたが、いつの間にか十蔵が側におり、「若はこのままで。」と言いながら手綱を握っていた。
馬が、少しづつ減速していく。
周りの者がそれを確認しながら、俺たちをよけて前に進んでいく。
皆は俺の方を見ると、少し頭を下げ、そのまま前を向いて進んでいく。
心なしか、俺を見る時、皆が少し笑っているような気がした。
「これから、皆が実際に戦いに赴く、死ぬものもいるだろう。」と思うと、何とも言えない感情が心を占めてきた。
十蔵が、「これから死ぬかもしれないのに、皆笑っているような気がしました。これまでは、三川の戦に駆り出されるだけだったから、おそらく自分たちの戦ができるのがうれしいのでしょう。」と言ってきた。
そして、「なおかつ、今回はその三川に一泡吹かせてやることができるわけですから、皆更にうれしくて仕方がないのでしょう。これも皆若が頑張ったおかげです。」と続けた。
十蔵が俺を褒めることは殆どなかったので、急にそんなことを言われて照れくさくなってしまった。
照れ隠しというわけではないが、「まだ戦は終わっていない。」と十蔵の顔を見るのを避けるように、前を向いて、戦況を確認した。
水穂の軍はまっすぐに秋山軍につっこんでいく。
あれだけの勢いをつけて、急に後ろから攻め込まれるわけだから如何に秋山軍とはいえども、対処の仕様がなかったようだ。
秋山軍は大きな長方形の様な形で、青柳軍の陣と対峙していたが、その秋山軍がきれいに軍が2つに分かれていく。
「見事!」脇にいた十蔵が声を挙げる。
それを受けて、これまで攻め込まれていた青柳軍が進軍を開始する。
兵士が集まってかたまり(陣)をつくっているわけだが、そのかたまり、かたまりがまるで命をもった1つの生き物のように思える。
そんなことを思いながら見ていると、かたまりの1つがばらけてきた。
水穂軍に2つに割られた、秋山軍の左側のかたまりの更に左端から、少しつづ血でも流しているかのように、豆粒大の兵士が逃げていくのが見える。
鷹狩りの時に秋山家の陣さばきに見とれていたことが思いだされる。
「このかたまりを如何に思いのままに動かすことができるか、それが戦か」などと変にわかった様な気になっていた。
そのころ、眼下では、青柳軍が陣を横に展開して、秋山家の左側を包むように、囲んでいく。
みるみるうちに、秋山家の左側のかたまりの形が変わっていく。
最初は正方形の様な形だったのが、縦に細長くなっていく。
そして、ただ形が変わるだけでなく、今度は後ろの方から粒粒がはじける様に、ばらけていき、かたまりが段々小さくなっていくのが見える。
「良し。」十蔵が脇でまたしても声を挙げる。
俺はそのまま右も一気に飲み込まれてしまうのかと思っていが、右はきれいな正方形のままで、なかなか形がくずれてこない。
しかし、左が完全にばらけると、横に展開していた青柳軍がそのまま秋山軍の右の正方形の縦の部分に攻め込んだ。
これを機に、明らかに正方形の形が歪んできた。左側の縦の線が崩れてきている。
すると、更に青柳軍は右横にも軍を展開しはじめ、正方形を完全に包囲しようとしている。
それと同時位に右側の正方形も明らかに形が崩れてきた。
上から見ていると何をしようとしているのか良くわかるが、そこでは豆粒大の兵士が死に物狂いで戦っているのかと思うと何とも言えない気分になった。
十蔵が「若、勝ちましたな。」と嬉しそうに声をかけてきたが、そんなことを思っていたら、生返事しかできなかった。
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