第53話 進軍3

 俺たちは軍を進め、とうとう三川領内に入った。

 夜も段々と明けてきた。

 これまでの慣れ親しんできた、自由に行き来できた土地とは異なる他国に侵入したせいか、どうも兵士たちに緊張感が走る。

 確かにこれまで基本的には走りづめで、兵士たちも疲れてきているのは間違いないはずだが、こうした緊張感が疲れを感じさせせないのか、特に進軍に問題は感じない。

 なるほど、確かにこれなら下手に休みをとって緊張をそぐより、ひたすら走らせ何も考えさせないほうが良いのは明らかだ。


 最初はそう思っていた、しかし三川領内を進み、慣れない道が増えれば増える程、今度は兵士たちが明らかに緊張しているのが感じ取れる。

 これまでの適度な緊張感とは異なる過度の緊張感とでもいうべきもので、どうも後ろに足取りも重くなってきているようだ。

 慎介もそれも感じとったのか、進軍速度を若干緩める。

 十蔵が呼ばれて、後ろに下がっていく。後方の兵がついてこれているかどうかを確かめにいったのだろう。

 しばらくして戻ってきて何やら話しているが、まあり状況は望ましくなかったようで、顔色があまりよくない。


 慎介にしてもこれは少し想定外だったかもしれない。

 俺も少し焦って周りを見る。

 板倉泰然は相変わらず、飄々としている。

 彼を馬鹿にするものが多いのも事実だし、俺もあまり評価していないが、「もしかすると、大物なのか?」と少し見直した。


 次に伊藤上総を見る。 

 それに対して、こちらはわかりやすい位緊張している。

 もともと小細工を弄するものというのは、正攻法では相手に勝てないから、いろいろ姑息な手段をつかうわけで(今回のことでは俺もあまり人のことは言えないが)、俺にあれだけ嫌味を言ってきた上総は本当のところ、結構小心者だなと思うとおかしくなってしまった。


 おもわず声を出して笑ってしまった。

 それを聞きつける慎介「何かおかしいことでもございましたか?」と聞いて来る。

 慎介にしてみれば、「これだけ重苦しい状況で何故?」というところだろう。

 俺もさすがに本当のところを言うわけにはいかないから、何かないかと言い訳を考える。


 ふと浮かんだのが、「いや、水穂の様な小国が三川を攻める、俺が人質として三川に初めて来たとき、そんなことは思いもしなかった。しかし、今皆と一緒にこうして馬を進め、攻め込んでいる。そう思ったら愉快で仕方がなかったのだ。」という答えだった。

 それを聞いた慎介は一瞬きょとんとした様な顔をしたが、「確かにその通り、これほど爽快なことはありませぬ。」と笑いながら答えた。


 そのまま慎介は泰然に対して「泰然殿、私が初めて泰然殿に連れられて三川に参った時は、税を納めるお供としてでした。初めての緊張感で何をしていたのかよく覚えておりませんが、それでもあの時、三川城内の者たちの我々を馬鹿にした態度、これだけは忘れたことはありません。」といきなり話しかけた。

 目にはうっすらと涙が浮かんでいるようだ。


 当然だろう、毎年かせられる重税を集めるために、家臣がどれだけ苦労しているか、それは俺も小さい頃から散々聞かされている。

 ところが、三川にとっては俺たちが税を納めるのは当たり前のことなのだ。

 「当然のことをしているだけ。」それが俺たちに対する認識だ。

 それどころか、中には、情けない小国の身代金代わりと思っている者もいる。

 おそらく慎介があった者もそういう認識でいたが故に、明らかに馬鹿にするような態度をとったのであろう。


 慎介が「それが今こうして攻め込んでいる。いやー、まさに爽快にございまする。」と涙を浮かべながらも、顔は笑いながら言っているのが目に入った。

 泰然はそれを聞いてもやはり、飄々とした様子で「うほほほ。」と笑っているだけだ。

 泰然と慎介の間で両者のやり取りを聞いていた、上総はつられて「うひょひょひょひょ。」とわけのわからない笑い声をあげた。


 俺はそれを聞いて、またしても心の底から笑った。

 俺の楽し気な様子をみて、慎介は涙を払いのけ、満面の笑みを浮かべて笑っている。

 それを見て、今度は上総も心の底から笑えたようだった。

 不思議なもので、周りのものも、俺たちのやり取りを見ていて、自然と笑い声が起こったようだった。

 いつの間にか以前の緊張感はなくなっていた。


 慎介が俺に近づいてきて、「若、感謝申し上げます。」と言ってきた。

 一応俺も手で応えたが、感謝されるのは少しおかしいような気がする。何にしろ、この戦うまくいかなければ、俺もただではすまないことは間違いないからだ。

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