第27話 試合2
信義が木刀を構えた。
まるでスキがない。
俺は常に十蔵や小夜と武道の練習をしてきたが、彼らとは明らかに違う雰囲気だ。
ただ、間違いなく言えることは、「こいつは強い。」ということだった。
俺も息を大きくついて木刀を構える。
佐々木教官の「はじめ!」の声が響く。
次の瞬間、もう信義の木刀が俺の間合いに入っているのが認識できた。
一言でいえばあまりにも速すぎる。
かろうじて認識できて、受けることができたが、あまりの速さにびっくりした。
はっきり言って、こちらの油断だ。
間合いを取り直して、再度構える。
今度は相手が来るのが見えた。
勝間の時と同様に、右足をあげて義信の膝にあててやろうとした。
「もうそれは見た。」信義の声が聞こえ、右に躱される。
そのまま、信義は俺の胴を右横からはらいに来るが、これはよけられた瞬間に予測できたので、対処できた。
ただ、そのあとも連続して攻撃をしかけてくる。
はっきり言って、ここまで早い剣は見たことがない。
全くの受け一方で、攻めに転じることができない。
俺にできることは、後ろに下がって、間合いを取り直すことだけだった。
そのまま信義が攻めてきたが、攻めを焦っていたためか、今回は俺の蹴りが義信の足を捉えることができた。
下がる信義。
俺の望みどおりかろうじて、間合いをとることができたが、このままでは負けるのが目に見ている。
どうするかと考えていたが、その間を与えないように、また信義の攻撃が始まった。
俺の正面蹴りを警戒しているから正面からはないと思っていたが、読みどおり胴をねらってきた。
俺は受けるや否や木刀を信義めがけて投げ捨てた。
信義がぎょっとしている隙に(もしかすると、木刀が信義の視界を防ぐ役割をしてくれたのかもしれない)、両手で信義の右手をつかみ肘の関節をとり、足を払ってそのまま抑えつけた。
「それまで」佐々木教官の声が響く。
正直あまりうれしくない。
とりあえず、一礼をして下がろうとすると、佐々木教官が「勝ったのにうれしくないのか?」と聞いてきた。
俺は正直に「あくまで奇襲が成功しただけで、剣の腕は明らかに向こうが上、それに今度やったら間違いなく自分が負けることがわかっているのにうれしいはずがないでしょう。」と、整わぬ息の合い間から答えた。
この息の切れぐらいから言ってもとても勝った試合とは思えない。
次の瞬間、笑い声が響いた。
信義である。「おまえ面白い奴だな。お前みたいな奴は初めてだ。」と笑いながら言ってきた。
明らかに道場の他の連中が戸惑っているのがわかる。
ただ、今一俺には状況が良く呑み込めなかった。
「では、今日の稽古を始める。」という佐々木教官の声が響き、皆が素振りを始めた。
俺も皆にならって見よう見まねで同じことを一時間程して家路についた。
道場を出て、しばらく歩くと信義が立っているのが見えた。
俺が来るのを見ると、彼は近寄ってきて「俺の名は加藤信義。お前の名は聞いているが自分で名乗ってもらいたい。」と言ってきた。
俺が「三條茜」と名乗ると、いきなり「茜、俺と取引をしないか?」と言ってきた。
何を言っているのかという顔をしていると、「お前が俺に格闘技を教える、俺がお前に剣術を教える。どうだ?」と聞いてきた。
俺は自分で取引をできること(自分の利用価値が発見できたこと)が嬉しくてたまらなかったし、何より信義の剣術を習いたくて仕方がなかった。
喜んで同意し、具体的に何時からどのような形で練習を始めるかと相談し、そのまま別れた。
後で知ることとなるが、三川の国には剣術指南役を代々排出している家が2つあった。
佐々木教官が当主を務める佐々木家と、信義の父親が当主の加藤家である。
それを聞いたとき、信義の強さの理由を知ったわけだが、同時にあそこまでの剣を使えるようになるために、子供の頃からどれだけ練習してきたのだろうと思った。
これも後で多助に聞いたのだが、信義はあまりに強すぎて道場では、他の学生から腫れ物に触るような扱いを受けてきたらしい。
当然だろう。木刀は当たれば痛いし、下手をすれば大怪我をする。
勝てぬ相手(剣術指南役の息子)となど誰も本気でやりあいたくない。
俺も知っていたら、試合を受けていたかどうか自信がない。
だからこそ、信義に追従する者はあっても、本気で付き合おうとする者などはおらず、彼が声を立てて笑ったのなど、俺との試合の時、皆始めて聞いたそうだ。
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