第26話 試合1

 青柳勝間が何歳か知らない。

 しかし、多分年上なのだろう、俺より4~5センチは背が高い。

 俺は最初はそんなやつを相手にするつもりはなかったが、多助や川路に普段勝間がしていることを思い出し、つい冷静さをなくしていた。

 「自分に手出しができないとわかっている特定の者を虐めるしか能のないものが何をほざく!」と叫んでいた。


 道場が水をうったように静かになった。

 皆が俺と勝間を注視している。

 「克二様との親交をかさにきているのか!」勝間が腹の底からよくわからない声を出してきた。

 「別に」と返すと、それが余計腹に据えかねたようだ。

 勝間の顔色がどんどん変わってくる。


 そして、道場においてある木刀を、いきなりを俺に投げつけると、「とれ」と叫んだ。

 「今まで逃げ回っていた卑怯者に、三川武士の実力を見せてやる。」と続けた。

 勝間が怒り狂ってくればくる程、俺は急に冷静になった。

 別に今さら逃げる気もないが、道場の様子がよく見えてきた。


 自分でも良くわからないが、時間がゆっくり進むような感じがした。

 道場にいる1人1人の表情までが良く見える。

 面倒なことになったという感じの者がいる一方、何も考えずに囃し立てる者もいる。

 聴覚もおかしくなっているのか、「もし万が一、勝間が茜に大怪我でもさせたらどうする。」「克二様に何と言い訳する。」などという声も聞こえたような気がした。


 「どうした、怖気ついたのか」という勝間の声で我に返った。

 道場の中央に進み、木刀を構える。

 思ったより落ち着いている。

 「謝る気はないようだな。」勝間もゆっくりと威嚇するように木刀を構えた。

 明らかに困ったことになったという顔をした審判役の生徒が中央に立ち、「はじめ」の声をかける。


 その声が終わるや否や、勝間は木刀を心持ち上段に構えた。

 明らかに俺を軽んじており、木刀を上にあげる動作を隠す様子もない。

 そしてそのまま木刀を振り下ろしてきた。力で俺をねじ伏せるつもりなのが見え見えの剣だ。

 間違ってもそのまま受けたら体格差で力負けするであろう勢いだ。


 俺は木刀を横にして、勝間の攻撃を受けると同時に、木刀の右を下げつつ、体を左に動かした。

 渾身の一撃を込めたのであろう、受けるものがなくなったため、勝間の体が前のめりになる。

 そのまま、後ろから頭をポカリと軽く叩いてやった。


 審判が「それまで」の声を上げたが、勝間は冷静さをなくしているのか聞き入れる気はない様だ。

 「こんなものは認めん。」と言いつつ、立ち上がって更に向かってくる。

 今度は本気で俺を殺そうとでもしているかのように、喉をめがけて突きをついてきた。

 ただ、冷静さをなくしただけの猪突猛進という感じの攻撃で、別に怖くはない。

 木刀でいなしながら、右足を少し浮かせて、足の裏で勝間の膝を正面から蹴る。

 いきなりブレーキがかかったようになり、バランスを崩す勝間。

 当然、次の瞬間俺の木刀は勝間の眼前に置かれていた。 


 道場内にざわめきが起こる。

 どうも勝間は未だに何が起こったかすらわかっていないようだった。

 次の瞬間、「何の騒ぎだ」という声が響く。

 「武」の指導教官、佐々木力の鋭い声だ。

 勝間は急いで起き上がると佐々木教官に頭を下げた。

 それを見て俺も同様に頭を下げる。


 「何をしていたと聞いている。」佐々木教官が続ける。

 しどろもどろになっている勝間に代わって、「勝間殿にけいこをつけてもらっておりました。」と答えた。

 「けいこ?どうも見た感じそんなものではなかったような感じがしたが・・・、まあ良い。」

 「茜、お前は初めて道場に来たわけだが、実力の程を見せてはくれぬか。」と言われた。


 そして「信義、おまえが相手をしろ。」と大きな声が道場内に響いた。

 呼ばれて、「はい」という返事と共に出てきたのは俺と同じ位の背格好の相手だ。

 一歩一歩俺に近づいて来るというただそれだけの単純な動作、だが、その立ち居振る舞いが、明らかに「ただ者ではない。」という雰囲気を醸し出している。

 間違いなく勝間よりは腕がたつと思える相手だ。

 道場内がまたしてもざわつきだした。

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