第22話 初陣2

 克二を見送った次の日、俺は落ち着かなかった。

 今日・明日帰って来るようなら俺たちの作戦は失敗だからだ。

 信三のところで、いつもの通り信三と遊んでいたが、どうも心ここに在らずだった様で、西の方から「克二のことが気になるのか?」と問われた。


 顔に出ていたのでは仕方がない、と思ったので、その点は素直に認めた。

 そして、「やはり初陣ですから。」と、本当のところは隠して返事をした。

 すると、「夜盗退治なら心配することはない。いくら何でも葛川の正規軍が出て、夜盗ごときに負ける筈がない。」と言われた。

 その点は俺も心配していない。

 いくら麻生辰則が優柔不断でも、そこまで弱いとは思っていない。


 西の方は、克二の話が出たのが、これ幸いとばかりに、「いろいろ内密に話をしたいことがあるので、克二殿と会う機会を設けてくれぬか?」と聞いてきた。

 内心願ったりかなったりで、本来であれば直ぐにでも予定を決めたかったが、わざともったいぶって、「克二様が帰って来られてから、相談してみましょう。」と答えた。

 手を握られ、「よろしく頼む。」と言われた時は、こそばがゆくてならなかった。


 その次の日も、またその次の日も克二は帰って来なかった。

 当然、克二の軍には岩影をつけていたが、まだ正式な報告はなかった。

 ただ、この時点でも克二が帰ってこないことをもって、俺は作戦の成功を確信した。

 結果、克二は、出陣式から数えて12日後に、帰ってきた。

 その次の日、克二を訪ねると、俺の顔を見るなり、嬉しそうに「作戦は大成功だった。」と言ってきた。


 領主から最初指定された地域だけの夜盗を退治するだけなら1日、2日で片が付く。

 しかし、それで帰ってきてしまえば、麻生辰則はこれ幸いとばかりに、離れてしまうだろう。

 そうなると、今後も味方になってくれるかわからない。

 そこで、克二は出陣する前の日に、父親の隆明に話をし、せっかく夜盗退治をするのなら、そこいら中一帯にいる夜盗を退治する許しをもらった。


 領主としても、夜盗退治を命じた以上、特定の地域に限定する理由はない。

 「好きにして良い。」との言を得ていた。

 麻生辰則は、なにも知らされていなかったが、既に領主の同意を得ている以上どうしようもない。

 これが秋山風音あたりであったら、克二が何を言っても聞かずに帰ってしまったであろうが、そこは優柔不断な麻生辰則、迷っていてロクに決断できかなったらしい。

 結局、そのまま10日近く、あっちの村、こっちの村とかけずりまわされることとなった。


 領主の同意を先に得ておいたのは、麻生家への説得と言う意味以上に、食料確保の問題があったためだ。

 今回は夜盗退治だったので、せいぜい100人程度の軍だが、麻生家はすぐに帰るつもりだったため、せいぜい2日分位しか食料を用意していない。

 後はこちらで用意するしかないのだが、克二個人ではなにも用意が出来ない以上、葛川家の食料を使うしかない。


 領内の食料の保管場所については、克二もある程度知っており、今回そこを利用しながら夜盗退治を行うことにしたわけだが、当然その食料の使用にあたっては、領主の許可が必用となる訳だ。

 念のため付け加えておくと、さすがにこの食料の保管場所については俺も教えてもらえなかったし、下手に勘繰られても嫌なので聞きもしなかった。

 ただ、克二の軍には、岩影をつけてやっているので、どこにどの程度の食料が蓄えてあるかは後で報告がくることになっている。


 今回の遠征には、いくつかの意味があった。

 これだけ長い期間一緒に居れば、麻生家は今さら克二と何の関係もないとは言い切れない。

 麻生家がどう思うとも、少なくとも秋山家は間違いなく、そう認識する筈だから、麻生家もそれに従って行動するしかなくなる。


 もう1つの狙いは、領主の息子である克二が自ら軍を率いて、領民のために夜盗退治をしたということを広く領内にアピール出来たことだ。

 これまで、どうしても長男である勝一の影に隠れがちで、克二の存在を知る領民は多くなかったはずだ。

 それが今回、領民のためにわざわざ夜盗退治を龍内各地で行ったわけで、領民に広く名前を売る機会を得たことになる。

 「初陣」という機会だったからこそ、領民の関心も高かったはずで、領内をあちこち走り回って苦労してもらったわけだが、この効果は少なくなかったと思っている。

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