第20話 派閥2

 克二が麻生家に手紙を出してから2日が過ぎたが、未だに何の連絡もない。

 ただの夜盗退治なら誰もこんなに悩むことはないはずだが、麻生家でも今回克二の「初陣」のために軍を出すとなると、克二につくということを内外に宣伝することになるから、慎重にならざるを得ない。


 これには理由がある。

 俺たちの習慣では、初陣の時に誰の陣に入るかということは極めて重要視される。

 他家に仕えるというのであれば、話は別であるが、その家中に属している以上は、よほどのことがない限り、最初に属した陣に参加しなくてはならなかった。

 無論例外はあり、陣の頭の許しを得た場合や、他の陣の者とトレードが成立した場合等は別であるが、そうしたことがない限り、勝手に仕える陣をかわることは出来なかった。

 理由は極めて簡単で、陣をかわるということは、その陣の上司(ひいては頭)を見限るということで、それを勝手に認めれてしまえば、下の者が上の者を評価するということにもなりかねない。

 上に立つ者の気持ちとして、わからないではなかった。


 それが領主の息子となると、また別の意味を持ってくる。

 斯様に「初陣」で属した陣を変われないという特別な意味を持つ以上、次期領主候補の初陣に参加するとなれば、それは次期領主候補に対しかなりの影響力を持つことになるわけで、結果次代の領主の後見人になるということも意味する。

 先に述べた様に、勝一の場合は秋山家(主)、青柳家(副)という形で、初陣が組まれた。

 とりあえず、秋山家を立てつつ、青柳家もそれなりの分け前をとったという形だ。


 最悪、克二にしてみれば、秋山家を頼るという手もないわけではなかったが、それでは勝一の二番煎じを演じることとなり、勝一の後ろを歩くことに他ならない。

 それが嫌だからこそ克二は迷っていたわけだが、俺の意見で後押しされたというわけだ。


 正直麻生家にしてみれば、下駄を預けられた感覚であろう。

 ただ、俺はこのまま麻生家が誰の後見人にもなれないよりはましだと判断すると思っていたので、直ぐに返事をよこすと期待していた。

 それがこないというのは、下手に秋山家・青柳家という2大勢力と敵対する位なら誰の後見人にもならないほうが良いと考えているのかもしれない。


 俺は正直焦った。

 このまま勝一が一人勝ちしてしまえば、克二と信三に未来はない。結果、彼らにこれだけ食い込んでいる俺にも何の得もなくなってしまう。

 今さら勝一に路線変更するわけにもいかないし、どうしたものかと考えた。


 案の1つとして、西の方を利用できないかとも考えた。

 岩影を使って調べさせると、彼女は青柳家の重臣の娘であることが分かった。

 であれば、家臣団に全く影響力もないはずがないし、いろいろコネもあるだろう。

 ただ、ここはぐっとこらえた。

 いずれ克二と信三(西の方)には協力しあってもらわなければならないし、勝一という最有力候補に対抗するためには、おそらく両者ともそうせざるを得ないと考えているであろう。

 ただ、下手に今すぐ西の方が派手に動くと、2人が協力関係にあることが、誰の目にも明らかになってしまう。


 すると誰がどう考えても2人の仲を取り持ったものとして、西の館と東の館を頻繁に行き来している俺の存在が注目されるだろう。

 三條家の人間がコソコソそのようなことをしているという噂がたとうものなら、克二と信三の協力関係もおかしくなってしまうであろうし、まず第一に俺の身が危ない。

 そうなるとここは何としても克二の手ごまで頑張ってもらうしかないわけで、実際、克二もいろいろ手をつくているようだった。


 俺が克二に呼び出されたのはその次の日だった。

 約束どおり、急いで克二のもとを訪問すると、克二は、俺の顔を見るなり、「喜べ、麻生家が俺を支援してくれることになった。」と喜色満面で伝えてきた。

 「おめでとうございます。」とお祝いの言葉を述べると、克二は「よかった。よかった。」と言いながらも、「それにしても麻生家は返事が遅すぎる。」「やきもきさせおって。」などと笑いながら独り言を言い始めた。


 彼自身焦っていたのは間違いない。

 もしここで麻生家に袖にされようものなら、面目は丸つぶれであったことは間違いないからだ。

 安心したからこその軽口であることは容易に推測できた。


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