第19話 派閥1

 こんな感じで、俺の三川での日々は過ぎて行った。

 半年程経ったある日、いつものように克二のところに行くと、どうも浮かぬ顔をしている。

 何があったのかと聞くと、「そろそろ戦に出てはどうか?」と言われたという。

 「それはおめでとうございます。」と言うと、「何がめでたいものか」と吐き捨てる様に言われた。


 良く良く話を聞くと、「近くに夜盗がでるのでそれを退治して来い」ということらしい。

 勝一の初陣は、隣国との戦いで、間違いなく「戦」と呼べるものだったが克二の初陣は夜盗退治と、明らかに差をつけられていることが面白くないらしい。


 更に、勝一の初陣の時は、家臣がいろいろ段取りをしてくれたので、勝一はそれに従うだけでかなり大きな手柄をたてることが出来た。

 しかし、克二にはそうしたお膳立てをしてくる家臣がどうもいないらしいのだ。

 結果、もし夜盗退治に失敗しようものなら、「その程度のこともできないのか」と言われ、跡目争いを巡って勝一との差がより鮮明になってしまうのではないかと心配していたというわけだ。


 俺は既に情報の大切さというものを身をもって体感していたから、葛川家の事情について、既に岩影を通じてある程度聞いていた。

 葛川家には代々家老を務める3つの家があった。秋山、青柳、麻生の3家である。

 そのうち、筆頭家老を務める秋山家が圧倒的な力を誇っており、それに青柳、麻生と続く形だ。

 青柳家は、秋山家に劣るとはいえ、それなりの勢力を誇り、今も次席家老を輩出している。

 麻生家は同じ家老職とはいえ、明らかに一段劣る形で、結果秋山家からいろいろと馬鹿にされているらしい。


 ある意味良くあるパターンで、2位のものは、それなりの力も持っているので、1位のものから馬鹿にされることはない。

 そして2位のものがどう行動するかだが、中には結構好き勝手をする者もいるが、普通は1位と争っても勝てないし、ロクなことにならないとわかっているので、1位に従う。

 その方が間違いなく自分の得られる利益が大きいからだ。

 今回も同じで、1位の秋山家と2位の青柳家は共同歩調をとり、後継ぎ最有力の勝一を押しているという話だ。


 結果、家臣の中では基本的に誰も克二のために、進んで段取りをしてくれるものはなく、彼も不満を募らせていたというわけだ。

 となれば、頼るべきは麻生家しかないのではないかというのが俺の結論だ。

 当然、誰も秋山家と敵対しようとは思わない。

 ただ、今回は夜盗退治であり、克二に味方したとて、秋山家には直接敵対するわけではないので可能性があるのはないかと考えたというわけだ。

 そうはいっても、結果として、秋山家に反感を持っている、いわゆる反主流派と呼ばれるものを克二という旗の下にまとめることになるなと、心のどこかで思っていた。


 克二に「麻生家を頼ってはどうか」と話をしてみると、克二は少し驚いたような顔をしながら、実は「自分もそれしかないと考えていた。」という。

 また「ただ、踏ん切りがつかなかったが、このままここで、ウジウジしていても一向に埒があかないことは自分自身がよくわかっているので、茜の意見で踏ん切りがついた。」とも言ってくれた。


 邪魔をしては悪いからと思って退席しようとすると、「おまえの言だしたことなのだから、このままここにいて、ことの成り行きを見届けろ。」という。

 そして、一気呵成に手紙を書きあげると、人を呼んで「これを、至急麻生家に届けろ」と命令した。

 そのうえで、「こうするしかないことはわかっていたが、家中を2つに割るような気がして、気後れしていた。」と、俺の目をまっすぐ見て言われた時には、さすがにドキリとした。


 続けて「自分は兄上には勝てないであろう、しかし、負けたくはない。」

 「それも無様な負け方だけはしたくない」としみじみとした口調で続けられた。

 それを聞いて俺は、「負けないで下さい。」と述べ、家中を割るわけではない理由を説明しだした。

 夜盗退治は、領民の暮らしをまもるという点では大事な仕事であるということを先に述べ、「それを成し遂げるために、家臣を使うのであれば、どこに恥じることがありましょうか」と続けたのだ。


 それを聞いて、克二が「確かにその通りだ」と何とか自分自身を納得させてくれたようなので、そのまま退席することとしたが、「麻生家の返事がきたら、直ぐに人を呼びにやるから、その時は直ちに来るように。」という。

 俺自身、麻生家が克二につくかどうかは真っ先に知りたいことであったので、願ってもないことと思いつつも、それを顔に出さないよう冷静さを装いながら、直ちに来ることを約束し、その場を後にした。

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