第2章 三川の国

第12話 新しい生活

 葛川家が治める土地の名は「三川」といった。名前の由来は極めて簡単で、大川、信夫川、葛川の3本の川のある領地という意味である。

 名前からも推測できるとおり、葛川家はもともとは葛川の側に住んでいた一族で以前は別の名前を名乗っていた。

 以前からこのあたり一帯を支配していた大川家を滅ぼし、大名としての地位を確立すると、大川家に倣って名前を葛川家に変えたというわけである。


 結果、三條家の家中のものは、「苗字を途中でかえるような成り上がり」、「所詮は新興国」と馬鹿にしているわけだが、その新興国に頭のあがらぬ状態が続いているのは間違いない。

 挙句の果てには次期領主となるであろう俺を実質上の人質として差し出すことについて、まともに反対できない状態とくれば、家臣の陰口にどれほどの意味があるというのかという気になる。


 連れてくることができる家臣は男女1名ずつと聞いていたので、てっきり3人での生活が始まるのかと思っていたが、実際は葛川家の家臣の家に居候する形であった。

 考えてみれば当たり前の話で、下手に俺たち3人だけにすれば、領内で何をされているかわからないが、家臣の家で一緒に生活するとなると、俺たちが何をしているかは一目瞭然である。

 俺たちを監視するという意味では当然のことである。


 これで当初心配していた小夜がつくる食事を食べなくてはならないという問題は解決したことになる。、

 ただ、同時に彼女が、居候先できちんと女中仕事ができるのかという問題が新たに発生したわけであるが、それは小夜に頑張ってもらうことにしよう。

 居候先の家族構成は主人と妻に子が2人の4人であった。そこに小間使いと女中の男女2名が同じ家に暮らしていた。


 主人は武士であるが、同時に学者もしており、葛川家の家臣が通う学校の教師もしていた。

 実際上、俺の取り扱いは人質であるが、建前上は遊学ということになっており、この学校に俺も通うという名目で三上の地に来ている。

 そういう意味では、葛川家もそれなりに気を使って、一応の学習環境は用意してくれたのではないかと思い、勝手に感謝していた。


 さてこの家の主人、名を五島種臣というが、確かにどちらかというと学者肌でおっとりした性格の持ち主であった。

 後に知ることとなるのだが、苗字に数字が入っていることからもわかる様に、それなりに続いた名門で、家には先祖伝来のかなりの数の本が置いてあるのは羨ましくてならなかった。

 何でも、代々こうした学者を輩出している家系で、先代までは大川家に仕えていたが、滅ぼされたのを期に葛川家に仕えるようになったそうだ。


 奥方もおっとりした性格で、似たもの夫婦といえないこともなかった。

 2人の子供は9歳の姉と6歳の弟で、一人っ子の俺にしてみれば兄弟とはこんか感じかということをいろいろ教えてくれることになった。


 先に述べたように俺はここに来た当初、俺の学習環境なぞに気を使って教師の家を滞在先として選んだのかと思い、感謝すらした。

 どうやら俺にもお人よしの血が流れていることとなる。

 これも後で知った話であるが、実際はそうではなく、どうも葛川家では俺と同年代の子供のいる教師ということで俺の滞在先を選定したらしい。


 理由は言われてみれば単純で、確かに教師であれば、極端な話、学校でも家庭でも24時間監視が可能となる。

 更に家に同年代の子がいれば、一緒に遊ぶ機会もあるだろうから、ますます監視が容易になるというわけであった。

 これを知ったときは、葛川家が俺のためにそれなりの気配りをしてくれたなどというあまい考えを少しでも思ったことにかなりの自己嫌悪を覚えたものである。  

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