第13話 お目通り
とりあえず三川で住むところは斯様に決まったわけだが、当然こちらでもやることは入学手続きから、身の回りの生活用品の準備など、山のようにあった。
中でも最大のイベントが領主の葛川隆明に会うことであった。
これは国を出るときからもしかしたらあるかもしれないと覚悟していたが、いざその日取りが決まるとさすがに緊張した。
それにその日は、俺が思っていたより早く、三川に着いてから、たった5日後に設定されていた。
国を出るときに、領主である父親の親書と、もし葛川家の領主と会うことがあった際には渡すように言われていた家宝らしき壷がある。
基本的にはこれらの品を渡して「よろしくお願いします。」ということを言えばよいのであろうが、敵地で1人の状態で、十蔵以外誰も助けてくれるものがいないのは心細くて仕方がない。
他に小夜がいるではないかと言われるかも知れないが、戦闘訓練しか受けてこなかった彼女はこうしたことに関しては全く疎く、全然頼りにならなかった。
明日が葛川家領主とお目通りという日になって、居候先の主人である五島種臣からいろいろ注意事項が言い渡された。
服装は準備してきたもので問題なさそうであるが、居城はかなり広いようでどこから入って、次にどこへと言われたが、聞いていて複雑で、一度はとても覚えきれそうになかった。
当日は案内係の後ろについていくしかなさそうだ。
本当は、後で地図でも作りたかったが、下手に領主の住む居城の地図などを作成した日にはどのような嫌疑が掛けられるかわかったものではないので、これは胸の奥にしまっておいた。
最後に言われたことだが、領主と会うときは必ず「葛川三川守かみ様」と呼ぶ様にといわれたのは困惑してしまった。
もともと「守」は国の長を表す呼称であったが、帝のみが任命できるもので
葛川家は確か未だに正式には帝の許しを受けていない。
ただ、実質上、三川の国一体を支配しているわけで、誰も反対を唱えられるものはいない。
今回、帝と関係がなくはない三條家の次期領主にそういわせることで、箔をつけさせようと思っているのであろう。
もう1つは、確かに実質上は属国になっているとは言え、建前は三條家もれっきとした大名なので、父親も葛川家の領主について、「様」とは呼んだことがなかったことだ。
これも同様に次期領主である俺に「様」と呼ばせることで、属国状態にあるということを明確に内外に示すつもりらしい。
ある意味前者については、今更皆が既にそう呼んでいるわけで、今更俺1人が抵抗したところでどうなるものでもないので、妥協はできた。
問題は後者で、俺が「様」と呼ぶことで、水穂の国と三川の国の関係が、これまでとは違う関係になってしまうのではないかと、頭の中でいろいろな思惑が交差した。
ここでも自分の甘い考えを呪った。
領主が会うということは、それなりの目的があるわけで、当然相手はそれを最大限に利用してくる。
本来、小国であるこちらがその機会を積極的に利用して何かをなすべきなのに、一方的に要求を出されるだけで、それにどう対処すべきかに大半の時間をとられてしまっている。
こうした関係を、いきなり逆にするのは当然無理であるが、せめて取引材料は先に持っていたいと心底思った。
そうは言っても明日の話である。今更何の準備もできるわけではないし、どう対処するかを考えるのが関の山である。
十蔵は既に控えの部屋に下がらせてしまっているから、今更呼ぶと怪しまれかねない。
そうすると自分1人で考えるしかないのだが、十蔵から散々習ったあらかじめ敵を知り、それに対する準備を怠らないということが如何に難しいかが、よくわかった。
同時に「遊学」などと浮かれていた俺の甘さを心底呪ったし、「人質」と悲観するだけだった家中の者たちの発想もどうかと思った。
そんなことを悩んでいるうちに、お目通りの時間が来てしまった。
十蔵が家で待機というのは当然として、五島種臣も途中までしか参内を許されていないことには少し思うところがあった。
やはり、先代から葛川家に使えた新参者としての取り扱いなのかと勝手に想像していた。
初めてみる三上の領主は確かに大大名としての風格を備えた人物のようには見えた。
とは言っても、かなり離れたところからかろうじて声が聞こえるような上座にいる領主との面会という形態なので、正直どのような人物か、とても判断できない。
周りにいる者がうやうやしく接しているので、それらしく見えただけというのが本当のところであった。
領主の許しを得て頭を上げると、「よく来たと」一言声を掛けられた。
その後、父親の親書と家宝の壷が葛川家の家臣の手を通して領主に渡り、三川の学校への入学を許してくれたことについての感謝を述べることとなった。
俺は半分どうにでもなれという気持ちで、今は学生であることを強調し「このような機会を与えてくださった葛川三川守様にはひたすら感謝申しあげると共に、学生である以上五島種臣様を始めとする教師の教えを学ぶことに全力をつくしたいと思います。」と述べた。
それを聞いた、その場に同席していた三川家家臣の間では、すこしざわついた空気が漂ったが、領主から「しっかり勉強するように」との言葉でそれも収まった。
そして退出を許されることとなったわけだが、かなり暑い日であったにもかかわらず、冷や汗が首の後ろを伝わって落ちていくのが感じられた。
とりあえず学生であれば、教師にも「様」をつけるのは当然であるが、葛川家領主にしてみれば、ある意味家臣と同様に扱われてしまったことを意味しており、かなり腹立たしいことであったのは間違いなかったであろう。
俺がかろうじてはった意地であったが、何とかなったようであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます