第11話 旅立ち
とうとう俺が人質として行く日が近づいてきた。
地図もできたし、最後は父母や家臣たちとの別れ、旅立ちの準備をもあったので、最後の数日は城で過ごすことにした。
しかし、やることが多くて仕方がない。
本来は一ヶ月かけてやることを数日でやるわけだから当然といえば、当然だ。
手荷物の準備は、基本的に任せきりにしているが、本とわずかな着替えの外は、殆ど何も持っていくことがない。
だから、先に持っていく本を俺が指定すれば、これはお仕舞いだ。
面倒だったのが、家臣たちとの送別だ。
皆、俺が国のために犠牲になって人質になると思っているし、下手をすればこれが今生の別れかもしれないと考える者もいる位だった。
だから、泣きながら「悔しゅうございます。」とか、「これからの若様の苦労を考えると」というものが多かったのは閉口した。
俺は、前にも言った様に、敵を知るために行くのであって、別に国のための犠牲になったとは思っていない。
また、建前かも知れないが、葛川家が言ってきたように、本当にいろいろ勉強したいと思っていたし、ここにはない本を読むこともできるだろうと思っているから、それほど悲壮な覚悟はない。
葛川家が出してきた条件によると、俺の供は2名に限定されたそうだ。
1人は小間使い、1人は女中。ま、わかりやすく言えば男女1名づつに限定するという話だ。
これについては、俺の頭の中では十蔵と小夜しかなかった。
十蔵については、何の問題もなかった。俺の教育係を小さい頃からしているし、家柄もしっかりしている。
小夜については、少なからぬ反対があったが、岩影から派遣されている俺の護衛係ということと、何といってもこれから「敵地」に1人で向かう俺のたっての望みとあっては、基本的に反対できるものはいかなった。
ただ、ここで思わぬ反対が起こった。母上である。
如何せん、旅立ちまでの間、城にいてくれというのを、無理を言って領内を見て回ったわけであるから多少頭の上がらぬとこともあった。
それに母上が心配するのもわからないではない。
というのは、小夜は小さい頃から戦闘訓練しか受けていないから、料理とか礼儀作法はかなり劣るところがあった。
ところが、彼女は名目上は女中として仕えているわけで、そういう意味で、「本来の」仕事に対する彼女の評価は最低であった。
それでいて、何かあると小夜は修行のために俺と一緒にいる時間が多いわけで、当然女中の間では彼女に対するやっかみも少なからずあったようだ。
そうしたことも母上には少なからぬ印象を与えていたし、彼女が武士の出でもないことも面白くないようであった。
なおかつ、母上があれだけ反対した領内視察に一緒に行った憎き相手ともなれば、何おかいわんやである。
更には十蔵が一緒だとは言え、外に泊まることもあったわけで、男女が同じ屋根の下に泊まるということも母上にしてみれば信じられないことであった。
そこで、旅立ち前の挨拶のときも小夜ではなく、母上お気に入りの、ねねという女中を連れて行くように何度言われたかわからない。
彼女は気立ても良く、料理、裁縫など女中としてなすべきことは一通り身に着けていたし、家柄もそれほど高いというわけでなかったが、まごうことなく武士の子女であった。
何より、礼儀作法がしっかりしており、確かに彼の地で客を迎えるとなったときには間違いなく最高のもてなしをしてくれるだろうと思えた。
この点で、小夜に全く信頼がおけないという点では俺も同意見だった。
「三條家ではこんなもてなししかできないのか」と言われたら恥ずかしい。
そう思う母上の気持ちはわからないではない。
かといって、俺はまだまだ小夜から学びたいことはあったし、それに何より敵地に行く以上、護衛は多いほうが良い。
そこいらの話は何度か繰り返ししたのだが、平行線のままだ。
どうも、母上には俺が小夜にたぶらかされていると思っている節もあるようだ。
いよいよ明日が出発という日になっても、母上からは同じ話を繰り返された。
あまりに何度も同じ話が繰り返されたことと、俺自身、いよいよ明日ということで気持ちが急いていたこともあり、ついに声を荒げてしまった。
それを聞いた母親は「そうか」と、ポツリとつぶやくと、悲しそうな顔をして、それきり何も言わなくなってしまった。
父親からは、今更という感じで、特にこれといった話もなく「しっかりとな」とか「息災でな」とか言われただけであったが、母上との別れが後味の悪いものとなってしまったことは否めない。
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