第26話 勇者が家族の一員になった

 その瞬間。ピキッという音が聞こえそうになるぐらい、オレ達の居る空間が凍りつく。グリーンのやつ、ど直球できやがって……。


「…………」


 ――ガタッと、無言で席をたつ母上。そのままキッチンへ。すぐに戻ってきたけど、その胸には一升瓶を抱えている。夕陽をおもわせる色合いの赤いラベルに母上と同じ名を冠した麦焼酎だ。

 その瓶をテーブルの上に置き、勢いよく湯飲みに注ぐ。揺らいだ水面をジッと眺めてから一気に口へ運んだ。すぐに空になり、また注ぐ。そんなことをくり返すこと数杯。こんな飲み方をしちゃ、よくないのはいうまでもない。

 そんで、見た感じが完全アウトなのもいうまでもない。

 でも合法だからね! 母上は立派な成人だから無問題だからね!


「……あの、母上。お身体に悪いので、あまり飲みすぎないほうが」


「ハッ君。ほっといて……大丈夫」そういいながら、もう一杯。


「それ、たしかストレートで飲む種類のお酒じゃないですよね? せめて氷と水をもってきます」と、オレが席を立とうとすると……。


「どうせフェニ子は不死身だから……」


 そういう母上の横顔は、深い哀しみをまとったもので寂しいもの。その意図をはかりかねて、オレとグリーンの視線が交錯する。どうしたらいいのだろう? と思案しているうちに、口をひらいたのは母上。 


「いないよ」


 みじかく答えた母上の瞳は虚ろで焦点がまるで合っていない。いまある現実ではない何かをみているのだろう。それはおそらく過去という代物。


「そんなのいない」


「???」言葉の意味を図りかねてキョトンとするグリーン。


「うんとな……ウチにはそもそも居ないんだ……父上は」


「そもそも居ないって……どういう意味?」


 グリーンの質問にオレが答えようとすると


「グリーンちゃん。じつはね……ここだけのはなし」


「はい」


「……フェニ子は処女なんだ」


「そうそう。母上は処女……って、息子のオレいますから! 小姫も! どこの聖母ですか!!」


 なにその聖母設定……いきなりの処女受胎とかやめて!


「ほ、ほんとうだし……」拗ねたようにそんなことをいう母上。まだいうか。


「聖母かいっ!」母上を掌の裏側でペシッとするオレ。決まった。

 このツッコミは、いわば愛情でできている。

 わかっている。きっと言いたくないんだろうな。オレが物心ついたときには父上はもういなかったから、過去なにがあったのか知らない。そりゃあ息子として当たり前に気になるけど……聞くと母上は泣いちゃうし。この母上を泣かしてまで知りたいともおもわない。いつか真実を語ってくれる日がくるのを待つしか無い。仮にその日がこなかったとしても、母上を恨むなんていう気持ちはない。


「あはは、フェニ子さんおもしろいです。で? ほんとうは?」笑顔でガンスルーするグリーン。こういう時には、空気の読めないアホな子が一番強い。悪気はないんだろうけどさ……。


「ほんとうなんだけど……。ま、いいか。べつに。じゃあ……火山の火口に落ちてしにました」


「って!? 母上! それマジですか! オレ初耳!!」


「ハクトの父上、なんて劇的な死に様なんだ! そうだったんだね、こんなことを聞いてごめんなさい」


 食い気味のオレ達のリアクションに居心地が悪そうに「…………だった、かも」プイッと顔を逸らす母上。そうしてまた、湯飲みに満たされた液体をながしこんだ。


「え……母上?」

「……フェニ子さん?」



―――――――――――――――――――――――――――――――――



「だいたい、グリーンお前がわるい!」


「!? ええっ、あたし?」


「こんなヘンな空気になった責任をとれ!」


「責任をとれっていったって……どうすれば」


「簡単だ。母上の慰みものになってくれ」


「本音!? ついに直接的な依頼が!? やっぱりあたしが慰みものなんだ!」


「あ、ごめんごめん。オレ言い間違えた。慰めるものね。母上を慰めてあげてくれ。母上、さみしがり屋さんだから」


「ほんとに言い間違えかな……すごく意図的なものを感じるんだけど……」


 ジト目でオレを睨むグリーン。


 そうしているうちに、母上が最後の一杯を飲みほすと、コロンと一升瓶を転がした。ぜんぶ飲んだよ、という合図だ。しめった口元をじぶんの手の甲で拭き取ると、ゆらりと立ち上がりグリーンの元へ。


「そうだよ。グリーンちゃんに、責任……とってもらう。たっぷりと」その瞳はどっしりと座っている。鼻の先が触れそうなぐらいに顔の距離が近い。


「あ、あたしまだ、こころのじゅんびが……」頬を染め人差し指を噛むグリーン。母上から注がれる視線から逃れるように、おとしぎみの瞳が左右に泳ぐ。そんな反応を満足げに眺めている母上。口角があがっている。


「さ、フェニ子の部屋。いこ」有無を言わさぬといった様子で断ずると、グリーンの手首をつよく掴んだ。


「!? う、うあ?」


 戸惑うなか連れられていく哀れな勇者グリーン。……いや、もはや勇者ではない。先の見えぬ夜道をこころぼそく歩むひとりの少女! その胸に去来しているのは、はじめて冒険に出たあの日のことかあ! これから、なんらかの階段をすごい勢いで昇ろうとしている少女グリーン! 涙目でオレをみるのはやめてくれ! やめるんだ! そんな目でオレをみるな!


「ハクトーーーーーーーーーーーー!!」


「グリーーーーーーーーーーーーン!!」


 こうして【震撃のグリーンブルーファンタジア】の主人公グリーン・バーミンガムは、白神家の家族になった(意味深)


 オレは歯をみがいた。

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