こなまいきないもうと があらわれた!
第23話 白神小姫は白神家の跡継ぎを得るための子宮じゃない
「私はこの家の……、白神家の跡継ぎを得るための子宮じゃないッ!」
「!?」
訝しがるグリーン。
いきなり現れた人物。そのおだやかではない台詞に、なんのことかと注視する。
入り口には黒髪ロングの女子がいた。制服姿だ。
オレと母上はいつものことかと茶をすする。
「姫ちゃんおかえりー」
「
「ハクト……この娘は?」
「あ、グリーン。こいつは
小姫は兄のオレがいうのもなんだが、将来が楽しみな相当な美少女。みためは正統派の黒髪ロング。母上が母上なだけに、小姫もしっかりとその
「私は『人工授精精子バンクで跡継ぎを孕め』なんて、とうてい受け入れられないから!」
……うん。言っていることが、黒髪ロングをおおきく踏み外してしまっている。
「え? それってどういう……」
小姫の台詞に、深刻な表情をうかべるグリーン。
そう、いっけん明るくみえた白神家には、重大な秘密があったというのか……感。
「……。フェニ子、そんな酷いこと姫ちゃんにいってないよね。いったことないよね」
つかれきった表情で母上。
「……この悪魔の館で、あらゆる管理と監視が行われて私は籠の鳥。いえ、白神家の生む機械。モルモット」
「悪魔の館て……姫ちゃん。おねがいだから、その『設定』外でしゃべるのだけはやめて。フェニ子すんごい目でみられるんだから。ご近所さんとか、姫ちゃんの担任の先生とか……」
「オレも同感。これ以上、うちの誤解を増やさないでくれ……」
白神家はそうとう古い、というか有史以来レベルでこの地に根付く旧家。いまでも山をひとつ有しており、敷地内にはハクを祀る古い社なんかもあって、地元のパワースポットと化している。そんな特殊な家なだけに、ただでさえ周囲の好奇の目、誤解は多い。
「せ、設定じゃないし! 私は白神家のあやつり人形。自分の意志などもた――」
「は!? いつフェニ子が、姫ちゃんをあやつったっていうの! むしろ、すこしはあやつられなさいよ!」
「決めたの。これからは、私の中にある、あたらしいじぶんを解き放つ!」
「解き放ちっぱなしだからっ!」
「……あ、その台詞。フェニ子にだけはいわれたくない! いつもいつもヘンな格好ばかりして!」
「は? どんだけー!」
「どんだけー!」
ぷくぅっと頬っぺたを膨らます母上。
ツン――と、そっぽをむく小姫。
……いつもこれだ。
「ねぇねぇ、ハクト。……これはいったい?」
首をかしげるグリーン。そりゃあそうだろう。
「うーんとな、小姫は連ドラにハマっているんだよ」
「連ドラ?」
「そう、朝の連続ドラマ『独身男の会社員が女子高生と家族になるに至る長い経緯」っていうやつ。その登場人物になりきっているんだよ。つまりは、そういうお年頃」
『独身男(以下略)』は、同名の小説が原作の巷で流行っている朝の連続ドラマ。
主人公がおっさんなんだけど、イケメンすぎてオレもそんな大人になりたい。あとメインヒロインの娘が天使すぎ。ハートフルな内容で、オレも大好きだ。
でも小姫は、名前におなじ姫がつく、サブヒロインの『姫ちゃん』こと、『吉沢姫紀』という登場人物に感情移入して、なりきっている。
『吉沢姫紀』は、酷い旧家に生まれ、跡継ぎを生むだけの存在として扱われてきたという過酷な生い立ちから、こころが不安定でじゃっかん病んでいるんだが、そこがチャームポイント。その存在感が、朝の爽やかな連ドラヒロイン界に衝撃をもたらした。
『吉沢姫紀』と『白神小姫』。おなじ姫ちゃんどうし、たしかに共通した部分は多いけど……白神家は母上があんな感じなので、微塵も堅苦しさや息苦しさはない。
「ハイハイ……姫ちゃん。まずはただいまは? あと、あたらしい家族にご挨拶は?」
――ブーッブーッブーッ。
そんなとき、低い振動音が部屋に響いた。
「ん? 電話? もう……なんだこんなときに。ごめんねグリーンちゃん。ハッくんあとはよろしくー」そういって、席を立つ母上。
……いや、いまサラッと家族っていったよね母上。グリーンは家族じゃないからね!
「お母さま。お兄さまただいま……。はじめまして、え?『初値ミイク』なんで? ……家族ってどういうこと……? あなた誰ですか?」
「あたしはグリーン・バーミンガム。はじめまして、小姫殿」
爽やかに握手をもとめるグリーン。
「なんで『初値ミイク』のかっこうで『グリーン・バーミンガム』なの? 世界観がわかんないんですけど……」
プッ――たしかに。我が妹ながら、的確なツッコミ。
「こら! なんてこというの! ハッくんのお嫁さん、つまり、あなたのお姉様に!――いえ、ハイ。こっちの話で……だから橋の件は白起の――」
そういって、キッチンへ消える母上。電話ながくなりそうだ……って。
「いや、グリーンはお嫁さんじゃないし!」
「お姉様……嫁……。………………………………私の、お兄さまに……そんな」
小姫の視線が――キッ。とした鋭いものにかわった。
ファサと長い黒髪をかきあげる。
「はじめまして、お姉様。いきなりコスプレ姿で結婚相手の親と家族に挨拶とは、……かなりの猛者とお見受けしました。引き籠もりのお兄さまに、とってもお似合いですね……」
「だから違うから!」
……どうしたんだ小姫。妙に挑発的だ。
「……コスプレ? ……あ、そうか。……たしかに、これでは無礼だ」
はっとした表情をうかべ、じぶんの身体に視線を這わすグリーン。「ちょっとまってて」とダッシュする。そのまま部屋をでた。
「おいグリーン。どこへ?」
「なにをしにいくのかしら?」
「さぁ」本気でわからないオレは、小姫にそう答えた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
「ハァ。ハァ。あらためまして、はじめましてグリーン・バーミンガムです」
すこし間があって、戻ってきたグリーン。仕切り直しという感じで、ふたたび爽やかに小姫に握手をもとめる。
グリーンの格好は、定番のグリブル主人公の金属甲冑に身を包み、腰に剣を帯びた勇者フル装備。その表情は自信に満ち溢れている。
「!? え、…………」
「はじめまして小姫殿。さっきは失礼した。あんな格好で挨拶をしてしまって」
「いや……余計。ヘン」
「な……」驚愕するグリーン。
「お兄さま……お姉様って、そうとう変わっていますね。……た、たしかにお綺麗な方ですが……こういう方が好みとは……私、どういうリアクションをとれば、いいのでしょうか?」
「いや、小姫。そこはフツーでいい」
「私。フツーではないものへ、フツーの対応はできません。フツーではない兄さまには、わからないかもしれませんが……」
グリーンへの態度はともかく、ハクのせいで色々と変わってしまったオレへの明らかな嫌みも混ざっている。さいきん小姫のオレへの態度が生意気だ。これはいけないな……。
「ヘン……」自分の鎧をペタペタと触るグリーン。
「さっきの格好のほうがまだよかったですよ。その鎧なんですか?」
「鎧が……ヘン。この鎧が……そんなこと」
どうしたんだろう? 奥歯を噛みしめているグリーン。なにかを思いつめた表情だ。
「かなりヘンですよお姉様。その鎧。勝負コスかなんだか、しらないですけど……。たしかによく似合っていますけど……。まるで本物みたいですけど……」
(……いや、本物だからね!)
「……そういうの、うちはフェニ子だけで間に合っているので、止めてもらえます? 母がああなので、家族全員がそういうのに理解あると思われたら嫌なので……。有明行ってやってもらえますかしら? ふふ」
にっこりとした笑顔だが、その笑顔はとても怜悧なもの。完全に戦闘モードだ。どうした小姫? えらく機嫌がわるいな。
「小姫殿!!」
とつぜんのグリーンの大声。
「な、なんですか……」ビクッと肩をふるわす小姫。
「あたしのことはいい。……でも、この格好……『この鎧』のことをバカにするのはやめてほしい」
「え? ……え?」
「あたしのことはいい。どんなに馬鹿にされても……。でもこの鎧は『ラトの鎧』偉大な先輩勇者ラトが纏っていたという、アレフトリアにつたわる伝説の鎧。勇者ラトはかって、神から授かったこの鎧を纏い世界にせまる魔王の脅威から世界を救った。そうして世界に光と希望をとりもどした。それで人類は救われたの。そう……この鎧は人類の苦難そして戦って勝ち得た偉大なる栄光、つまりは歴史そのものを体現するものなの。この鎧は着る人物をえらぶといわれていて、真の勇者だけが身につけることが許される高貴な鎧なんだ。つまりあたしは選ばれた者。本物の勇者だと神が――」
「……う、……う……うっわぁ……」
真顔でまくしたてるグリーンに、ドン引の小姫。
勇者とか、神とか、じぶんが選ばれた者とか……とっても危険な香りのするキーワードがちりばめられている。
グリーンが本物の勇者だと知らない小姫にとって、これは――
……怖い。
かんぜんに勇者スイッチの入ってしまった、グリーンの『ラトの鎧』語りは、延々と滔々とつづく。
「……あの、お兄さま。たすけ……」
目尻に少し涙を浮かべた小姫が、助けを求めてくる。
「あ、オレ風呂はいってくる」
それをスルーして、風呂にむかった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
「……はい、はい、そうですね、……。はい……いえ、わかります。はい…………お姉様。ほんとう……いえ、はい。聞いています……。すいませんでした」
表情が能面のようになった小姫がいた。
なぜか床に正座している。
「……そういう訳で、ながい旅路の果て、あたし達は魔王を倒したんだ、小姫殿。だからこの『ラトの鎧は』かけがえのない……」
開放されつつあるのは、オレが風呂からあがった小一時間後。魔王を倒したエピソードなので、終わりは近いだろう。
いつもよりもゆっくり風呂にはいったのに、まだ続いていたとは。小姫にはいい薬だ。
「グリーン。そういえば小姫がその『剣』について、話を聞きたいってさ。なんだっけ? その剣」
バスタオルであたまを拭きながら、オレはダメ押しをする。
「ハクトよくぞいってくれた! そうだった、小姫殿。この剣は『ラトの剣』といって……」頬を上気させたグリーン。
おもうぞんぶん語れて、そうとうにきもちがよいのだろう、エメラルドの瞳を、いっそう輝かす。
「……ちょ、ちょっとまって! お兄さま! 本当にごめんなさい! お姉様! もう大丈夫です。もうバカにしたりしません。ごめんなさいすいません!」
「小姫。わかってくれてうれしいよ……」
オレは涙目になった、小姫の肩をポンと叩く。
意図を理解した妹が平謝りしてきたので、兄として満足した。
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