第22話 光ものがすきなハクトは優越感にひたる

「ハッ君。むりしないで。これだけかわいい娘をまえにしたら、誰だって……。ねーグリーンちゃん」


「かわいい……」


 母上がへんなことをいうから、場がみょうな空気になった。

 テレテレしているグリーンに、たまらずオレは告げる。


「う、うぬぼれるなよグリーン。いまのお前はたしかに可愛い。それは認めよう」


「え!? ……あ、うん。ありが――」


「だが、おまえの力で可愛いのではない。その『初値ミイク』コスの性能のおかげだということを忘れるな!」


「……ハッくん。それ、すごい負け惜しみー」


 サーモンをつまみながら母上。


「い、いや、オレはれっきとした事実をですね……勘違いしないようにグリーンに釘を――」


「グリーンちゃん。小学校高学年の男子は放っておいてたべましょ。さ、どーぞ」


「……はい」


「いただきまーす」


「……いただきます」


 そういって、チラッとオレをみるグリーン。オレはプイと視線をずらした。


 オレは居心地がわるくなって席を立つ。

 そのままキッチンに向かう。そうだ、お茶を淹れよう――って、もう母上が用意してくれていたっけ……。とはいえ、このまま戻るのも不自然なので、考えたオレは、冷蔵庫を開けグラスに氷を入れコーラを注いだ。


「うわっ!」


 ボトルの角度が急すぎて、おもいっきり吹きこぼれるコーラ。急いで拭き取るオレ。……なにしてんだオレは。っうか、いつもより炭酸強いんじゃねーの? このコーラ!


 …………。

 そんなわけないよな……。

 くそう……なんか、悔しいぞ。



「なにしてんの?」


 ちょい、と、キッチンにいるオレをのぞき込む母上。背伸びをするように、つま先で立っている。母上のこういうしぐさは、すごくグッ――とくる。ちいさな足に穿いた黒のハイソックスがかわいい。わかっているんだ、オレだって頭では……でも、わき上がるこの気持ちは何人たりとも侵せない。かわいいんだよ母上。ほんとうに……もう。……こんな母上に萌えちゃダメですか? 


「コーラをこぼしちゃって、はは」


「……ハッくん。コーラはお寿司に合わないとおもうけど」


「い、いや、なんか急にのみたくなって! 母上もいりますか?」


「フェニ子は、いらないかなー。あ、でもでも、いちおうグリーンちゃんの分は用意してあげて」


「あ、はい」


「うん、……って、あ、やっぱりやっぱり……フェニ子の分もおねがいー。ハッくん」


「……?」


「きゅうに飲みたくなっちゃったなー。コーラ」


 そういって、ツインテールを揺らし居間にもどる母上。

 ……なんだろいまの変な間。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――




「……はい、どうぞ」


 もどったオレは、二人の前にグラスをおいた。炭酸の気泡がシュワとちいさな音をたてる。


「ハッくんありがとー」「……ありがとハクト」


「どういたしまして」


 さ、気をとりなおして食べようかな……。

 席に着いたオレは、まよわずに寿司桶からアジを取る。脂がのった身は銀白色を輝かしていた。ちょこんとのった、おろしショウガがアクセントを添えている。ここでマグロなどメジャーネタにいかない、光りもの好きなオレは寿司通といえよう。

 ネタ面に醤油をつけ、いっきに口にほおばる。

 ひろがるショウガの香り、生魚特有の風味がのぞいて、そこからシャリの粒がほどけつつ甘みへ、――!?



「え!? ……あ!? えうあ゛あああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 

 ツーンと鼻からあがる、強烈に脳に届くわさびの刺激。

 う……ぐ。

 やられたッ!!!!!!!!!!!!

 ネタにかくれたシャリ部分を削って、わさびを相当盛ったのにちがいない。


「フェニ子さん! やりましたっ!!」

 

 うれしそうにガッツポーズをするグリーン。


「ねー? いったとおりでしょー。ハッ君は光りものがすきだから……」小悪魔的な笑みをうかべる母上。


「はいっ! フェニ子さん! ありがとうございます!」


「それにしても、みごとにひっかかったねー。ハッくん。はい、お茶どうぞー」


 母上から渡されたお茶を、オレは一気に流し込む。


「これで、おあいこだね。ハ・ク・ト♪」


 人差し指をぴんとさせて、オレに顔を近づけるグリーン。そのエメラルドの瞳には、苦悶をうかべ、涙目の男子のすがたが映っていた。


 これが真のツンというやつなのか……。


「ほら! グリーンちゃんいま!」


「!? ……え、でも……なんか、……やっぱり、はずかしいですし……」


「ダーメー。フェニ子が教えたとおりにやってー」


 なんの話だろうか?


「…………えっと、どうだったかな……うーん」首をかしげるグリーン。そのまま母上に救いをもとめるような、子犬みたいな視線をおくっている。


「しょうがないなあ、フェニ子のとおりやってみてね!」


「(コクリ)」


「べ、べつに……」と母上。


「べつにー」抑揚の無い声でグリーンがくり返す。


「ハクトのことが」


「ハクトノコトガー」


「すきだからって」


「…………すきだ……からって」小声すぎて聴きとれないグリーンの声。


「いたずらしたわけじゃあ、ないんだからねっ!」

 腕組みでそっぽを向くという、しぐさまで完璧な母上。さすがです! ツンデレ仕上がってます!


「いたずらしたワケじゃないカラネー」

 ただ突っ立って、棒読みのグリーン。発音もおかしいし、来日したての外国人留学生かよ。……これは酷い。


「おい……グリーン」


「!? な、なに……ハクト? きゅうに真顔になって……」


「やる気がないんなら、いますぐ帰れ!」


「帰れて!?」


「ツンデレを粗末にするんじゃない! ツンデレはこう、もっと自由で、豊かで……なんというか、受けた人が救われてなくちゃあいけないんだ……」


「……ハッくん、それ何キャラ? って、きびしすぎるよー。はじめてだからしかたないよ。あとで、いっしょに練習しよグリーンちゃん。ね?」


「???……なんかよくわからない。……なんだろうこのアウェー感。異世界間交流って、むずかしいかも……」

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