第4話 未知との戦い


ーーーそこに現れたのは、まさしく怪物だった。


怪物。そう評するしかない相手だった。


いや。

ぱっと思いついたのは、ゴリラだった。

巨大な筋肉の塊。だがそいつには体毛と思われるものがほとんど生えていない。

あるのは硬質を感じさせるくすんだ緑色の肌。

大型獣でこんな色をしている獣を、俺は見たことがない。


巨大な頭部に、巨大な歯が立ち並ぶ顎。下顎は突き出ており、犬歯、いやキバというべきか、それが2つ伸びている。


しかし何より注目すべき点は、そいつを獣というには大きな違いが有る点だ。

人と獣を分かつ2つのポイント。

衣服と武器を、そいつは身につけていた。


下半身には腰みののようなものを取り付けられている。

そして手には槍らしき武器を持っているということだ。



相手には知性がある。服をまとい武器を使うレベルの。

ただ、槍の穂先はとんがった石を括りつけただしだし、腰ミノ以外に身を包むものはない。

賢いとはいえないだろう。文明的未開部族とかそこらへんくらいだろうか。言葉は見るからに通じなさそう。


「対象を視認しました。動悸の上昇と瞳孔の拡大。攻撃的反応を確認。臨戦態勢に移行してください」

「おい。どうすりゃいい」

ずれた会話だ。俺は球体の言葉を聞いているようで聞いていなかった。


「逃走は不可能です。迎撃行動を推奨します」



いや、そうは言われても。冷たい汗が背中をじとりと伝う。


この球体のいうことには、この緑ゴリラは友好的な相手ではなさそうだ。

此方をぎろりとにらみ受ける姿は、猛獣を思わせる圧力だ。


相手の体の大きさを改めて感じる。身長は180cmはあるだろう。巨大な顔は50cmぐらいある。体がずんぐりしているようにも見えるが、それはがたいはめちゃくちゃいいってこと。


対するこちらは、もう説明するのも嫌だ。もやしだもん。

やりあえば、一瞬でやられる。逃げるしかないだろうここは。


及び腰になりながら、おれは少しずつ距離を取ろうとする。クレーターから離れ、なんとか山の方へと移動する。


しかしそれに対して、相手はこちらをじっと見つめている。


重い息を漏らしながら、どこか首を傾げながらこちらの様子を伺っている。


ひょっとして。俺の頭に能天気な発想が浮かぶ。敵意はないんじゃないだろうか。案外、仲良くやれるんじゃないだろうか。


少なくとも知能があるということは、同じ種族でのコミュニケーションが取れている可能性がある。姿かたちは違えど、むやみやたらと争うほど血の気が多い相手ではないのではないか。


そんな風にかすかに抱いた希望的観測は、そいつが首からぶら下げている人骨らしきものを見て、失せた


頭蓋骨。側頭部に穴をあけて紐を通し、首飾りのようにしているそれは、人間と同じようなサイズで同じような場所に眼窩があり、同じような形がしている。


つまり、こいつにとっての人間とはーーー


「    !!!!!!!」



ーーー友好を抱く相手ではなく、捕食もしくは攻撃を加える相手に他ならない。




雄たけびをあげながら俺めがけて全速力で突撃を仕掛けてきたそいつに、俺は生唾を飲み込んだ。


敵の攻撃は迅速だった。こちらを躊躇なく殺しに来た。


手に持った槍を大きく振りかぶると、こちらに向かって薙ぎ払う。


俺は背中から倒れこむようにして、背後に飛びずさる。クレーターから離れ、こけそうになりながら、必死に避ける避ける。


「    ‼‼‼」


緑ゴリラは何度も空振りする羽目になり、口泡をとばしながら雄たけびを上げる。すごい威圧感だ。周囲の木々がざわめく。それだけで恐怖に足がすくみそうになる。しかしこけたら死ぬ。こっちだって必死だ。

勢いよく飛びずさると、槍をからぶったゴリラは、たたらを踏んでころげそうになる。

俺は一瞬立ち止まり、相手の出方を伺う。

だが、その眼の凶暴な光は一層強さを増した。歯をむきだしにしながらこちらに顎をつきだす。


「  !!!!!!」


戦闘続行。片方の手で握っていた槍を、今度は両手に。持つ。そうして半身になって、槍をいったん引き戻す。


まずい。


俺に合わせて、戦い方を変えてきやがった。


今度は目測がつけずらい攻撃に切り替えてきた。即ち、突きの連撃。


ぶん、ぶん、と風を切りながら突き込んでくる。


俺は相手の側面に回り込むようにして、槍の突きの連撃をかわす。先ほどよりも、俊敏な反応が求められる。

当たると危険な面積事態は減っているが、間合いが掴めない以上、大きくマージンを取って避けるしかないのだ。


小刻みな攻撃に対し何度も大きく動き、一層危ういバランスで避ける。

死にたくなければ、よけるしかない。その一念で、必死に動き回る。


だが、迫る怪物が俺をある方向へと押し込んでいるのに気づく。

やばい。

斜面に追い詰められている。

此方に押し込まれれば、おそらく一層足運びが危険になるだろう。

こいつ、頭を使いながら戦ってやがる。クソっ。


このままじゃあじり貧だ。やられるのも時間の問題だ。


いっそ背を向けて逃げるか。それとも回りこんで反対側を取るか。

次なる一手を模索しながら、いまさらだが、ふわふわと俺の周りを浮かんでいるその銀の球体が、今更ながら目についた。


「おい!どうにかならないのか!」


泣き言を言うのと同じ感覚で、声を張り上げる。

しかし帰ってきたのは、至極冷静な一言だった。


「では、その右腕を相手に向けて突き出してください」

「ああ!?こうか!?」俺はへっぴり腰のまま、相手に「待て」と伝えるかのように、両手を突き出す。


「権利承認前につき、一時的に自動操作で発射します。ファイア」

球体が何かを告げる。


瞬間、右の腕からうなるような音が漏れる。腕輪が振動する。そうして一瞬手首の周りがせり出したかと思うと、そこから光が放たれた。その光の環が。


「   !!???」


いや。放ったとかそんな生易しいものじゃない。撃ち出された、といったほうが正しいだろう。なんせ目の前にいた緑ゴリラの頭が、一瞬で吹き飛んだのだから。


「え?」

俺はその光景に、あっけにとられた。

一瞬のスローモーション。俺の脳みそがとらえた光景は、こうだ。


脳症を飛び散らせ、きりもみするように巨体をひねらせて、緑ゴリラはぶっ飛んだ。


茫然としながら、俺は何も動かなくなった目の前の空間を見て、それから目の前で転がるそれを見た。


頭を失った巨体が、転がっている。


頭を吹き飛ばし、体の中身をぶちまけながら、死んでいる。



俺はそれを見て、力が抜けて崩れ落ちる。


「撃退に成功しました。おめでとうございます」


ふわふわと、俺の横に浮き上がった球体が告げる。


「なんだ、今のは……」


俺は震えるその左手を見つめる。

すでに一瞬展開した光は消えており、先刻と変わらない状態へと戻った。

いったい今のは、どこから、どんなふうにして発射された?

光の輪が腕輪を中心に発生したのは見えた。その光が幾何学模様を描き、その文様から別の光が発射され、それが怪物の頭を吹き飛ばしたのだ。


だが、助かったのは確かだ。それに注文をつけるのは間違いだろう。

喜びに浸る余韻ではない。いきなり腕から何かとんでもないものが飛び出した。そっちの不安のが問題だろう。


「エーテル弾を発射しました。大気中のエーテル粒子を集めて、高速で打ち出したものです。本キットの戦闘用に装備されています」

「これは探索用の、じゃあ……」

「はい。その中には現地生物の撃退も必要な機能も搭載されています」


なるほど。確かに、どんな化け物が現れるかもわからないもんな。

そんな妙な納得をしつつ、しかし、そうじゃない。


「いや、違う。それだけじゃない。そうじゃなくって」


胸に抱く違和感。俺が聞くことは、そんなことじゃないんじゃないか。今のやり取り。緑ゴリラとの戦いの中。俺は何を感じた。


「なんでビームが出るんだよって話だろ!」

「残念ながら構造についての説明は、惑星通商条約により禁止されています。ご安心を。普段はロックがかかっているため、無意識的な行動によってエーテル弾が発射される恐れもありません」


ていうかエーテルて何だ?くそ、またよくわからない単語が増えやがった。

くそったれ。くそったれだ。ビーム銃とかならまだいい。


なんで何もない空間から、あんなもんが出るのか。


想像もつかないその現象の発生には、人間である俺と目の前のコイツの絶望的な隔たりが有る。

教えられない、というのに何か言えることなんて一つもない。俺はこいつらに助けてもらっている立場だからだ。そして相手もそれに応える必要なんてないのだ。


そう。俺は今になってゾッとした。


俺が巻き込まれているのはただ誰かに振りかかるという理不尽ではない。

これまで見たこともない何か、だと。


そして会話自体はとりつくしまもない。いや、言葉が通じるからって、話が通じるかは別だ。


混乱する頭は、何かを見落としている。凶器でもあるその腕輪を見つめながら、胸のうちには焦燥感ばかりが募る。


目の前の球体との会話の中で、宙吊りにしておいた疑問がその重さをまし、ぶちぶちと頭のなかで許容できず消えていく。

それを必死に集めようとして、だが、球体は俺に考える時間を与えてはくれなかった。


「あまり余裕はありません。現在近隣にほかの同種の個体が存在しています。発見されれば、殺害、あるいは捕獲される恐れがあります」


「こいつが……まだ近くにいるっていうのか」


俺は思わず立ち上がる。目の前に転がる化物、の死体を改めて見つめる。



「はい。この現地生物ーーー暫定的にオークと命名します。先ほどの大声は、おそらく獲物を発見した時に出す声と判断します。同時にレーダー圏にこちらに向かって移動してくる生物を感知しています」


「オーク?」


俺はちらりと、脇に転がる死体を御やる。

大穴をあけられ、上半身を吹き飛ばされているそれは、この星にいるという怪物。

しかしよくよくファンタジー的な世界で聞くモンスターの代名詞ではないかそれは。


「はい。今後の会話をスムーズに進めるため、暫定的に対象をオークと命名します。空想上の生物であり命名による誤解の心配がない上に、外見的特徴から、もっとも特徴に合致する名称を選択しました」


オーク。確かに、まあこんな感じかもしれない。みどりだし。ばけもんだし。頭悪そうだし。


まあそうだな。というかこういうのって、一度謂われたらむしろそうとしか思えなくなってきた。アダ名的なあれ。オークね。

「加えて、マスターにとってもっとも利便性の高い名前です」

「……」その辺りは否定できないな。ヒキオタニートのゲームっことしては。


「で、そのオークの群れがこっちに来るってか」


「はい。それぞれ散開してはいますが、ここからマイル、---メートルで言えば200m県内に。おそらく集団での行動だったのでしょう。先ほどの雄たけびは発見した旨伝えたようですが、距離が開きすぎていたため他の個体は此方の正確な位置までは把握しておりません。速度も一定です」


サラリと告げたが、この球体にはレーダーが備わっているらしく、周囲200m程の空間の状況が把握できるらしい。便利なもんだ。


だが、その情報事態は厄介だ。これと同じ怪物が、何匹も、俺めがけてやってくる。それはぞっとする光景だった。


くそ。休む暇もないのか。一難去ってまた一難。


それなら、とにかく逃げるほかないだろう。どこに逃げれば良いのか聞こうとして、おれはふと気づく。「いや、待て」



俺は一瞬立ち止まる。「捕獲される、って言ったな。どういう意味だ」


そうだ。なぜこいつは、殺される。食われる、といわなかった?

妙な直感が働いた。こいつは俺となぜ認識が違う。



「はい。現在一部個体集団において、別種の知的生命体の捕縛を確認されました。場合によっては我々も捕獲される恐れがあります」


他の知的生命体。それはつまり、この星の、別の宇宙人ってことか?


「外見情報からは、きわめて人間型に近しいと思われる種族です。どうやら複数いる模様です」

「つまり、人間的なサムシングがピンチなわけか」

「その言語表現が適切かは不明ですが、その通りですと答えましょう」


まいったな。俺は思わず頭をかく。つまりこの化け物どもに捕まっている人間……的な相手がすぐ近くにいるわけか。


「それはどんな生物だ?人間なのか?知的生命体って言ったけど、それはどこからそう判断した?」

俺は念を押す。そうだ。オーク同士の戦いだとか、そういうものに巻き込まれるのはごめんだ。


「少なくとも種族間での言語あるいは精神共鳴によるコミュニケーションの有無においてです。捕獲されている二体は、何らかの言語を使用して会話しているのが観測されます。この「会話」の定義については、おおよそマスターと同程度の知能によって発せられるコミュニケーションレベルとお考え下さい」


言葉をしゃべる生き物。それはつまり、話が通じるかもしれない相手ってことか。

んで、頭は俺と、人間と同レベル。


ちらりと背後を見やる。頭の部分を吹き飛ばされてはいるものの、胴体から下半身にかけての肉体は健在だ。


そこにあるのは、緑色の肌で覆われた、筋骨隆々の体。スマートさなど感じない、六頭身ぐらいの巨大な筋肉の塊。

殺した、ということに何か感慨があるかとはいわれると、とくにない。

それどころではないからだ。

殺るか殺られるかだった。俺が殺って、こいつが殺られた。

それだけだ。


そして今でも、俺はコイツが怖い。

こいつらにとらわれて、どうなるのか。

首飾りにある骸骨。それに加えられることになるのか。


もちろん人助けは大事だ(この場合は宇宙人助けか?)。屁理屈とかはすっ飛ばして、できることなら助けるべきだろう。


しかし、ここは一体どこなのかもよくわからない場所だ。

そういう理屈が通用するのだろうか。

いや、現地の生物だというなら、そしてオークに敵対するというのなら、何か情報も持っているんじゃないか?


悶々と考えを巡らせつつ、俺は情報が足りないということを改めて実感する。

今決めるのは無理だ。


「その集団に、気づかれずに視認することは可能か?」


「可能ですが、別の集団からの発見リスクと逃走ルートが複雑になります」

「……いい。とにかく、そこにつれていってくれ」


怪物たちと戦うか。逃げ出すか。すべてはそこからはじまるはずだ。


俺はオークが持っていた槍を拾うと、そいつを肩に担いだ。

どうやら、いよいよ冒険ってやつがはじまるらしい。



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