第3話 未知との問答
「お前はいったい……何なんだよ」
当然の質問、かつ漠然とした質問が、俺の口からついて出た。銀色の球体から映しだされた人型のシルエットは両手を欧米人みたいに大げさに振り回しながら告げた。
「当機は惑星探索用独立補助AIです。連邦が統治する惑星領域外における他次元での探査行動のために作られた機械です」
惑星探査。連邦。惑星圏外。
なんだか嫌なフレーズが連呼される。こう、なんというか耳慣れない、そしてすごく面倒くさい単語だ。
俺が読んだマンガやライトな小説、あるいは映画やゲームの中。そういうフィクションでしか耳にすることがなかった言葉の数々。
それを今、実際の宇宙人のような相手が口にしているのだ。
頭が痛くならないほうがおかしいだろう。
そんなわけだから、質問だってバカそのものだ。
「……ここはどこだ?」
「不明。現在母船とのコントロールが途絶しており、現在位置に対しての把握情報が不足しています」
母船。コントロール。把握。俺は嫌な流れを意識しつつ、話を進める。
「……なぜそんなことになっている」
「人間の単位でいう44時間前に、マスターを積んだ宇宙船がこの惑星へと墜落したためです」
沈黙。俺は何を言うべきか、一瞬わからなくなる。
だが結局、口は感情の赴くまま動いた。
即ち、怒りだ。
「おい。いい加減にしろ。お前が何を言っているのか、俺にはさっぱりわからないんだ。
いいから、答えろ!俺にも、わかるように、だ!
宇宙船に、何で俺が乗っていた。宇宙船はどこだ。俺がなんで一人でここにいる!
いや、待て。そもそも、だ。……順を追って話せ。いちからだ。
俺が宇宙船に乗り込んだところから。なんで、俺がそんなところにいたんだ」
いらだちとともに一気にまくし立ててから、改めて後悔する。こいつに今俺が言っていたことが理解できたのか、と。
明らかに機械的な反応をする相手だ。もっと単語や会話内容を的確にしなければ、理解できないんじゃないか。
「了解しました。マスターの推定される知識レベルと知能指数に基づいた会話へと移行します」
しかしどうやら話は通じたらしい。相手は、意外とスムーズに話に乗っかってくれた。
「惑星調査船である『*+{‘+LP`*+』が、地球県内での探査行動中にトラブルが発生。現地生命体を偶発的に瀕死の重体に至らしめることになりました。乗務員はこの問題に対して、惑星観察保護条約に則り、その個体に対して宇宙船内での治療行為を行うべく遺体を運び母船へと帰還しようとしました。しかしそのワープ航行中に事故が発生。船体の故障と損傷によりワープ空間を離脱。一時的に船体各ブロックを分離し、その後に脱出用ポッドで船員および船内にいる保護指定生物および素材を落下させました。あなたはそのうちの一つとして、ここに落下させられたのです。ご理解いただけましたか」
一気にまくし立てたそいつをじっと十秒ほど見つめた後、俺は重い息をついた。
「つまり……まとめると、あれか。俺はウルトラマン的なものに助けられたと思ったらそのアホのせいで別の惑星に漂流する羽目になったと。そういうことか」
「ウルトラマン、という言語の意図を暫定的に推測した上でお答えしますと、優れた理解力であると判断します。人間に対しての知的レベルの評価に対して上方修正を加えましょう」
「うれしくねえよ」
そう。まったくもって、うれしくない。
思わず自分の体を見る。「すでに肉体の修復は完了しているはずです」
そうだ。体はいつも通りのはずだ。
それが、宇宙船につぶされた?だが、その記憶は俺にもある。そうだ。
だからこそ、恐ろしい。相手の言っていることが事実だと、俺の本能はそう告げているのだ。
そうだ。俺ーーー久住新斗は、宇宙船を見たんだ。
裏山で、落ちて来る宇宙船を見た。それが自分の体にぶつかってくるのを見た。そしてそこで意識が途絶えたーー。
そこまでを一気にフラッシュバックして、めまいがしそうになる。
記憶に反し、傷一つない体が。目の前にいる現実とは思えない存在が。
一体どうなってるんだ。漠然とした問いかけは、どこにも実を結ばない。
ただただ困惑と混乱だけが合った。
「なお現在の惑星の大気の構成情報を確認しましたが、ほぼ地球と同じと判断します。行動に支障はありません」
そうだ。いや、体のことよりほかに考えるべきことがある。俺が今いる場所だ。
こいつが言っていることが本当だとするならば、俺は地球の外。どこかの星に落下したということになるのだから。
「ていうか、待ってくれ。ここはほんとに地球じゃないのか。その、空気だってあるし、水だってあった。景色だって、ほら」
「炭素を体の構造の主とした知的生命体が発生する条件の惑星構造は、限られています。それに、周りが同じだからと言って、そこに住まう生物も同じとは限らない。外的環境による生命進化は、不確定要素が多すぎて判別は不可能です」
信じられない。
俺は知らん間に宇宙に行って、知らん間に別の惑星にいったということか。人間がいまだ火星やら木製やらいってわーきゃー言ってる、このご時世に。
いっそアフリカとか中国の奥地とかに知らん間に放り出されてた、とかのほうが納得ができる。
そんで殺人ゲームに参加させられる、とか。あるいは、これはどっきりだ、とか。
正直俺が先ほどまで考えていたストーリーラインはそっちだ。そして納得できる流れは。
いきなり宇宙人に拉致られて、別の星まで連れてこられたなんて。それこそ理解を超えている。
「証拠は……」とかアホなことをいいかけて、俺は黙る。
なにいってやがる、新斗。目の前の空中で音も立てずに静止している物体。しかも俺と会話ができるだけの知能がある機械。これが宇宙人の存在の証明でなくて、なんだっていうんだ。
「いや、待て。じゃあ、あれか。俺はどことも知れない惑星に、誰とも知らない連中に連れてこられてしまったわけか?おまけに、だれか助けが来るかもわからない。そういうことか」
「先ほどの内容との重複部分が多く見受けられますが、肯定です」
俺は思わずへたりこむ。くそ、まじかよ。どうすりゃいいってんだ。
「……俺はどうすればいいんだ」
「それを決めるのは、マスターです。私はマスターの決めた行動のサポートを行うために作られています」
その声に、顔を上げる。球体は俺の前に浮遊している。人型のシルエットは胸に手を当てて、語り掛けてくる。
「繰り返しますが、当機は惑星探索用補助キットです。連邦が統治する惑星領域外における他次元での探査行動のために作られたサポートAIです。当機を起動させた乗組員および保護対象生物の生存を目的とした行動のため、にナビゲーションシステムが搭載されています。つまり現在はあなたの生存の手助けのための観測行動と行動のサポートを行うことが当機の任務になります」
「じゃあ、すぐに助けを呼んでくれ。宇宙人の言語なら、わかるんだろ」
「……残念ながら、通信が完全に途絶しています。マスターと当機以外のあらゆる情報が不足しています」
「……そうか。そうだよな」
だとしたら、話は早いのだが。宇宙船が落ちたっていうんだから。そうだわな。
くそ。俺のつぶやきをどう解釈したのか、その球体は告げてくる。
「ご安心を。当機には情報解析機能が搭載されております。情報量に応じた判断と作戦行動の立案が可能です」
「じゃあ!どうしろっていうんだよ教えてくれよ!」
俺は地面に拳をたたきつけながら、声を荒げる。しかしそいつはヴーん、と相変わらず目の前で浮くだけだ。
「落ち着いてください。現在の状況を把握してパニックに陥るのは無理もありませんが、生存には不適切です。今後の行動については冷静な判断力を持っての決断が必要とされます」
「なにが落ち着けだ、この野郎!くそ!」
俺は思わず拳を振り上げる。しかしそのへっぽこパンチをひょいとかわされる。
「落ち着いてください。当機の損傷による機能の低下は、あなたの生存確率を大きく引き下げる結果につながります」
その言葉に、改めて俺は目の前のそいつを観察する。
銀色の球体。謎の物体。俺と同じようにしゃべり、コミュニケーションをとれる正体不明のそれ。
「おまえは……お前の力があれば、俺は生き抜けるってことか?」
「肯定です。当機は銀河連邦に所属する124億ペイルの種族の生存行動に適した補助システムを搭載しています。あなた方人類の基本的データも搭載されており、この惑星内におけるあらゆる生存戦略の手助けをすることが可能です」
そうだ。冷静になれ。
こいつは一体何のための機械だ。つまり、こいつは生存を手助けできる。
そして、人間の言葉をマスターしている以上、その言葉にはある程度の信憑性があるとみていい。
「信じていいのか?俺はその……もともとの持ち主とは関係ないんだろ?」
「あなたは船員たちから保護レベルCに登録されており、生存の補助対象として認識されています。また連邦憲章内における非常時における保護指定生物の救助と保護の項目内にも当該行動は記載されており、救助行動は推奨されています」
よくわからんが、手助けするのに支障はないってことか。
「なら、教えてくれ。俺はどうすればいい。何を、すればいいんだ」
「了解しました。今後は現在のマスターの目標を銀河連邦への保護・救助を目標とします。その際に推奨される当惑星からの脱出を当面の目標とします」
そうだ。なにはともあれここから生きて帰らなければならない。そのためには、このよくわからない別の惑星とやらから脱出しないといけない。
「しかし、宇宙船は壊れたんだろ。助けも呼べない」
「肯定です。しかし宇宙船内に搭載されていた小型・中型の宇宙艇も当惑星に射出されているのは確認済みです。それらを使用すれば、当惑星からの脱出が可能です。それによって移動し、連邦圏への航行もしくは連邦所属の宇宙船への通信ができれば、目的は達成可能です」
なるほど、そうか。助けを呼ぶことさえできればいいっていうんなら、だいぶハードルは下がるかもしれない。
一瞬、宇宙人たちを呼び寄せて大丈夫か、という不安もよぎりはした。が、それを言い出したらきりがない。それこそこの目の前の物体にしても。
「それじゃあ……とにかく、その宇宙艇とやらまで行けば、脱出できるんだな」
「残念ながら、現在本船とのデータ回線がロストしているため、位置情報の取得は不可能です。落下の際のデータがあるため、おおまかな位置は推定可能ですが、捜索に当たっては、直接発見するしか方法はありません」
宇宙船トラブルっていうくらいだ。さすがにそこまで都合よくはいかないか。
「ただし、落下の際に放出された宇宙船の貨物はほかにも多くあります。ですので、他のクルーや重要物資を回収しつつ、生存の可能性を高めていくことも可能と思われます」
なるほど。宇宙艇そのものではなくっても、サバイバルには役立つものがあるってことか。
「一言に集約すれば、宇宙艇を発見すること。これが現在の当惑星におけるマスターの目標行動です。それに準じて、宇宙船から生存に役立つ物資を確保していくこと。これがまず今後マスターが目的とすべき大まかな指針となります」
しばしじっと相手の顔をみつめる。といっても、口元以外のパーツがないため、表情をとらえようもないが。
今更、になるが。
こいつが言っていることが嘘か、本当か。どこまで信じていいのか、それとも俺を陥れようとはしていないか。そんな疑念が鎌首をもたげる。
だが、結局のところ。
俺はため息をつくと、目を伏せる。
俺に選択肢などそうないのだ。しばらくはこいつの言うことに従う以外は。
自分が今どこにいるのか、何に巻き込まれているのか。それすらろくにわからない俺には。
「まあなんにせよ、ある程度はお前の言うことに従うとするよ。そんで?俺はどこに向かえばいい?」
そう告げると、側面のランプから先ほどと同じ光の線を放った。
「まずはあの球体を取り込むことをお勧めします」
そういって、シルエットはクレーターの中心にある球体を指さす。すでに赤い光は消えており、あとには球体がはまっていた、くぼみが残っているだけだ。
取り込む?俺が戸惑いの視線を向けると、一言で答えた。
「言語化するよりも、その上部に対して左腕を差し込んだほうが、手早い理解を得られます」
黙ってやれってことね。まさか食われたりはしないよな。そう思いながら、そうっと、おれはその球体の嵌め込まれてあった部分に手を置いてみる。
すると今度はがしゃかしゃかと音を立てながら、花弁が閉じる。俺の腕を飲み込んでしまう。
「ウアアアアアアアッつッッ !!?!?!」
めっちゃ情けない感じで大声を上げてしまった。
しかし驚くのはここからだ。
ボーリング玉になったそれが俺の腕を飲み込んだかと思うと、まるで折りたたまれるかのようにそれは俺の腕にぴったりと張り付いていく。球体の内側へと折りたたまれていく。そうして気が付いたときには俺の腕輪と一体化していた。
いや。腕輪自体が、新たな形へと変化していた。
先ほどまでは手首に占められていただけだったものが、手の甲全体を覆うように広がっていた。手甲のように変形していたのだ。
しかも、相変わらず重くもなんともない。
腕の半分くらいだろうか。
何重にも折り重なる鉄の衣が覆っている状態だ。
「なんだ。何が起こったんだよ!」
「キットに部品を追加をしました。これにより探査能力が高まりました」
「だから!どういうことだって。説明しろ」
そう告げると、しかし球体は黙り込んだ。俺が怪訝に思うと、思わぬ答えが返ってきた。
「……拒否します。現在当座標に対して、現地の生物が接近中です。目標の対処にあたっては、先ほど追加された武器機能をお使いください」
「……現地の生物って、お前、いったい何を」
間もなく、その言葉の理由が分かった。木々が倒れる音と、トババタと地面を踏み鳴らす音。
何かが、来る。森を駆け抜け。茂みをかき分けて。何かが、来る。
そうして俺の目の前に現れたのは、見たことのない生物だった。
いや、あえてこう言おう。
現れたそれは、怪物だった、と。
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