第2話 未知との遭遇
夜が明けた。洞穴へと差し込む朝日に起こされた俺は、とりあえず這い出して目の前の川で喉を潤した。
住んで履いたものの、川の水だ。雑菌がわいているかもとは考えたが、昨日飛び込んだ時にもたらふく飲んだのだから今更だろう。
手ですくって飲む。
変な体制で寝ていたせいか、首を回すとごきごきと鳴った。
今はもう雨は降っていない。あたりの土がそこまでぬかるんでいないあたり、あのあとすぐに止んでくれたのかもしれない。
まあ五体満足なだけでありがたい。素っ裸だが、洞穴でみっちり丸まっていたおかげか寒さに凍え死ぬこともなかった。ラッキーだろう。
よくよく考えると危険極まりなもしれない、とは思ったが、あの時はもう意識が虚ろだったのだ。どうしようもなかった。
それから顔を洗って、改めて途方に暮れる。さてさて、これからどうしよう。
昨日はへとへとで、正直何かを考えたりどうしようという気力もなかったのだが、一夜明けてひと段落すれば話は別だ。
俺に判っているのは、俺がよくわからない山の奥にいること。そしてパンツさえ持っていない完全な荷物なしだってこと。
もしかして、裏山で遭難しているのだろうか、とも考えた。
深夜徘徊してて、何かあって気を失って物取りに合って、そんでわけのわからない服を着せられて放置されていた。とか。ありそうといえばありそうだが、どうも違う気がする。
いや、違うな。この病人が着るみたいな服をつけている時点で、そういう都合のいい予想は捨てるべきだ。昨日それは理解したはずだ。
そういう妙なポジティブシンキングは、明らかに間違いだろう。
そもそも、だ。
今になって、明るくなって、俺はまた別の懸念が浮かび上がっていた。
ここは、どこの山なのか、ということだ。
伊達に俺だって何年も深夜徘徊していない。そこがいつもの山かどうか位は判断が付く。
木の種類だとか風景だとかはともかく、とにかく何かが違う。植物や動物のエキスパートでも何でもないが、ここは違う場所だ、と断言できる。
それに、人っ子一人いないのだ。あんな火事があったのだから、警察や消防が来てもよさそうなものだが、そんな気配は微塵もない。
大した規模に広がらなかったようだが、しかしそれにしたってこんなに人気がないのはおかしい。
以上の情報から、俺はここが未知の土地ではないかと考えている。最悪、日本ではない可能性だって。
そうなると、誰か助けや人が来るまで待つというのはなしだ。自分で考えて、助けを求めに歩かなければならない。
裸一貫、何もない状況で。
川上から少し強い風が吹く。背後の木々がざわざわと揺れる。森がまるで生きているように、こちらを笑っているみたいだ。
どんよりとした気分になった俺は、うつむいてため息をつきながら、改めてそれを見る。
そう。俺の身に着けてある、唯一の着衣ーーー俺の腕にはめてある、腕輪である。
機能の段階で何とはなしに気づいていた。ただし、それに何か意味を見出す余裕はなかった。
金属的な光沢を放ってはいるものの、重さ自体はほとんど感じない。腕にぴっちり、葉っぱが入る隙間がないくらいに締め付けられているが、圧迫感はない。
河原にある大きめの石で、こつんこつんとつついてみる。それでいて不思議なのは、これだけの硬度を持ちながらも、この腕輪に一切重さを感じないってことだ。
木でこすれても、石でぶつけても傷一つつかない。にもかかわらず、鉄や合金にあるような重さは感じない。
実際昨日目が覚めた時も、最初は全く意識の埒外にあった。目でとらえてはじめてその存在を知覚する。それほどに自然だ。
俺は腕輪を眺めながら、そろりとなでさする。
当たり前だが、こんなものをファッションにする趣味はない。
というか普段家からほぼ出ない俺には、おしゃれなど無用の長物だ。
そしてこれが、一体何の素材で出来ているのか。それすらもわからないのだ。
そんなことを少し考えたが、それよりも素っ裸な現状のほうが問題だ。
俺が来ていた貫頭衣は、まだ湿っているしところどころ破れている。コレを着る、というのはどうも気が進まないな。自宅で着てた痛Tとハート柄のトランクスが恋しくなる。
とりあえず腰布として巻いておくことにする。幸いにも気温は暖かさを感じるくらいだ。
心細くはあるが、寒いとふるわせるほどではない。
下半身は、まあ重力に身を任せるということで。(問題は、これが意外と気持ちいいと感じてしまうことだ)
とはいえどこに行くか、どうするか。何も決まってはいない。
「くそったれめ」
そんなつぶやきを漏らしながら腕を木にたたきつける。すると腕に妙な感覚。
なんだ。何か虫でもつぶしたか、とおもい飛びずさるが、それは勘違いだとすぐにわかる。動いたのは腕輪だった。
謎の腕輪。そいつがかすかに腕の上部にスライドし、その露出した部分から現れた機械的な構造部分が現れた。そしてそこから、突如光の線が発せられた。
なんだ。突然のことに驚きつつ、それを放り投げるわけにも行かない。
その赤い光は、はっきりと山の斜面の上のほうを刺していた。
しかもその光は、日中にもかかわらず、さらには林立する木々を通過して、向こう側にその光を発していた。その一点に穴が開いているわけではない。
文字通り、光が通過している。
しかもその光といえば、俺が腕を振り回した時でも、同じ一点を刺すようにして発光し続けている。
以上のことから、判明したことは一つ。
この光は、『どこか』を指し示している。
「行くしかないってことか」
俺はため息をつきながら、一人ごつ。この光が指し示す場所。
俺がなぜここにいるのか。そして、この腕輪がなぜ俺に取り付けられているのか。
その答えは、そこにしかない。
俺は未知の技術力を腕輪と光から感じ取りながら、斜面を登りだした。
光の終わりは、まだ見えない。
*
それからどれくらい時間がたっただろうか。というほどにはたっていないだろう。
一時間もしないうちに、俺は光の先へとたどり着いた。
道なき道を、斜面を歩くのは辛かった。
湿った土の上、ところどころべたりとくっつく土の上と、角に当たると痛い石の上だ。
そんなところを裸足で歩くのは無謀なので、腰に巻いていた布きれを少しちぎって、足に巻き付けた。
それでも土の上は気持ち悪かったし、石の上を歩くのは痛かった。
辛いのはに精神的にもだ。だれもいない山奥。そんな場所を歩いているのだ。
不安でないほうがおかしい。
ましてや俺はひきこもりニートだ。外を出歩くこと自体がつらい。
体力だって落ちてるし、思えば昨日からろくに何も食べてないのだ。今は精神的ショックやら何やらで腹は空いていないけど、多分体には疲労が蓄積されているはずだ。
だが、今の俺にできることなど限られている。
俺の置かれている状況の最大のヒントは、この腕輪しかない。放たれる光。木や岩を貫通する光を放つなんて、明らかに普通じゃない。
ドンキホーテや東急ハンズでも売ってないのは確かだ。
普通の技術ではないそれ。いったいなぜ、俺の腕にあるのか。
俺は黙々と歩き続け、答えにたどり着いたのだった。
それが何を指示していたかが、はっきりとわかったのだ。
まじかよ。そこそこに疲れている俺は、声に出さずにそうつぶやいた。渇いたのどが、さらにからからになりそうになる。
あたりの木々がなぎ倒され、土や石が飛び散っている。
それは放射状に広がっており、必竟その中心を浮かび上がらせる。
そこには、クレーターがあった。巨大な、穴が。
空から降ってきた衝撃で、地面に穴が開く。そんなもんを見るのは、当たり前だが初めてだ。
だが、真に驚くべきはその原因となったものだ。
その中心、空から降り地面を抉り取ったであろう存在ーーークレーターの中心に鎮座しているのは、銀色の球体だった。
クレーターを下りながら、おれはそれを睨みつける。
巨大なパチンコ玉というフレーズが思い浮かぶが、それにしちゃデカすぎる。
大きさは、バランスボールくらいだろうか。ちょうどまたがるのにいいくらいの大きさ、というと分かりやすいか。
表面は光沢でてかっており、何とも言えない顔をした自分の表情をはっきりと移している。笑っていいものか、悲しんでしまったほうがいいものか。
こりゃやばいな。どう考えても、地球のものじゃない。つまり……。
ダメだ、頭が働かない。
地面にめり込んだそいつへ向けて、腕輪は光を発し続けている。
こいつをどうにかしろってことか?
そうして俺が茫然としながら、5m県内へと近づいた途端、その光は赤から青へと光を変える。
そうして動揺して立ち止まった瞬間光が消える。
進むか戻るか反応する間もなく、銀色の球体に動きがあった。
そいつは突然上半分をにょきりとせり出させると、花弁のように表面を開いて中身を剥いて見せたのだ。
そして中から現れたのはーーー別の球体。
さきほどより小さい。
今度はボーリング玉くらいだ。マトリョーシカかよ。という突っ込みはおいといて。
そいつは突然ヴうううんという音を立てたかと思うと、空へと浮かび上がりだした。ふわり、とまるで重力を無視したような浮き上がり方だった。
そうしてそいつはおれの目の高さにまで合わせると上昇を停止し、かち、かち、と腕輪と同じ青い光を放し出した。
「 」
「 」
「 」
突然、わけが分からない音がその機械から発せられる。ぐちゃごちょとかどしゃべしょとか、ぽこぴーとかそんな感じの音だ。
機械音であることはたしかなのだが、どこか生物的な響きを持ったそれらの音のあと、その機械から耳慣れた音が聞こえてきた。
「音声での認証設定が必要です。コントロールにあたって、マスターの登録をお願
いします」
日本語。そのあと、中国語?かアジア圏っぽい音声でのフレーズが流れていく。それから英語でも。
おそらくこの機会は同じことを言っているのだ。マスターの登録をお願いします、と。
俺はとりあえず、自分の名前を名乗ることにした。
「久住、新斗」
機会が一瞬沈黙。しまったか、と嫌な汗が噴き出そうになった瞬間、
「……音声パターン87693での認識を確認しました。今後当機はマスターの使用する言語に基づいたコミュニケーションを開始します」
そうして球体が形を変える。
今度はわかりやすい。上部にスライドすると、カメラアイとディスプレイらしきものが現れる。
それが上部を向くと、そこからなんと何か妙なシルエットが現れた。
今はやりの、AR画像というやつだろうか。ちょうど先ほどまで光を発していた部分から、のっぺらぼうの小人が現れる。
「惑星探査サポートセット、XCCV-****。起動完了。正常動作確認。問題ありません。自動セットアップをバックグラウンドで実行中。なお権利保有者とのコミュニケーションは可能です。どうぞよろしくお気軽に声をかけてください」
女性型のシルエットの口元が動く。どうやら、こいつが声の主、ということらし
い。
なんだかわからんが、これでよかったらしい。耳慣れた日本語にどこか安心しながら、俺は早速質問する。
「お前はいったい……何なんだよ」
皆そう聞くだろう。だから俺だってそう聞いたんだ。
わかっていたのは、一つだけ。
ろくでもない答えが返ってくる。
少なくとも、それだけは予想していた。
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