ナイツ、メイジズ&エイリアンズ

トランジスタラジ男

第1話 未知の目覚め


気が付けば、炎の中にいた。


「熱い」それが最初に抱いた感想で、それから「このままだと死ぬ」という事実に思い至るまで時間はかからなかった。


状況を把握するよりも早く、体は動いた。自分がどうなっているのかを知ったのは、動いてからだ。


体をはね起こしてから全身に痛みがあることを知り、駆け出してから自分が裸足で、風を切ってから体には薄布一枚巻いているだけだと気付く。斜面を転がるように落ちて自分が山の中、森の中にいることを認識し、そして転げて落ちて背後を振り返ってはじめて、自分のすぐ周りで炎が立ち上っていることを理解した。


そうして改めて思ったことは、「マジやばい」という現実だった。俺の現実マジやばい。二回思った。


俺は山火事の中にいる。


どうすりゃいいんだ、などと考える余地もない。周囲に立ち上る火の手から逃れようと山の斜面を駆け下りれば、間もなくゴールが見えてきた。


火のあたらない場所。燃える心配がない場所。焼き殺される心配がない場所。

転がり落ちるように俺は、その場所ーーー川の中へと飛び込んだのだった。


「   !!!???」


炎の熱気から逃れることには成功した。しかし今度は、川の流れと水の冷たさが新たに問題として立ち上る。


さっきはわからなかったが、意外と川の流れが速い。あとめっちゃ寒い。

だが溺れる、というほどの深さではない。足はなんとかつくし、水面から何とか顔を出せないことはないが、しかし流れに乗っていくうちにだんだんと川底が深くなってきたのが分かる。このままだと、やばい。俺は慌てて両手をバタバタさせながら、必死に川縁から水面に伸びている木の根をつかむ。


そこはちょうど岩の陰になっているおかげが、水流が弱まっている場所だった。体は水流を感じつつ、なんとか流れるのだけは止まった。


よし。俺はそのまま山火事と反対がわの岸に、なんとかよじ登る。


水面から自分の体を引っ張り上げた後は、もうばてばてだ。木に寄り掛かるようにして、俺は呼吸を整える。


目の前の景色、反対側に広がる山火事で、あたりは明るい。


どうやらなんとか窮地は脱したらしい。

炎から少し距離があるし、これで焼け死ぬことはないだろう。

そんな風に思っていると、まもなく頬を何かが打つのがわかった。


雨だ。

真っ暗な夜の空から落ちてくるそれは、ざああ、と燃える山林を打ちのめすように

火の勢いがみるみる落ちていった。

先程までごうごうとあたりを照らしていた炎は瞬く間に小さくなり、あたりは暗闇に包まれようとしていた。


良かった。これで、助かった、のか。

ぺたんと地面に座り込もうとして、全身に打ち付けてくる雨水の冷たさにぞっとする。このままでも死ぬかもしれん。


そこできょろきょろとしてみたら、都合のいいことにちょうど近くに手頃の大きさのほら穴があった。


俺はそのあたりにある座布団くらいの大きさの葉っぱをいくつかちぎって床に敷くと、穴の中にへた込んだ。


そこでようやく一息つく。洞穴は小さく短く、それこそ俺ひとりが体を収めるくらいのスペースしかないが、逆に落ち着いた。


激しい雨が降り続いている。おまけにあたりは真っ暗で、出歩くのは到底無理な話だろう。


だからそろそろ向きわないといけないだろう。今俺の陥っている状況について。



いったい何だ。俺はいったい何でこんな場所にいるんだ。


だが、うまく考えがまとまらない。答えがぽんと出てこない。

記憶喪失。そんな言葉が思い浮かぶ。

いや。俺自身のことは思い浮かぶ。


久住新斗。19歳。ニート歴4年。東京の埼玉近くの微妙な場所で、ぼんやりやってたはずだ。


そうだ。そのはずだ。それがどうして、こんなところにいる。

いや、焦るな。まず、そうたとえば、昨日の夕飯は?

確か、肉じゃがを使った牛丼とひじきと大根のにつけ。カットされたグレープフルーツと、あとピーマンの炒め物。そんな感じだったはずだ。


うん、記憶自体はあるのだ。問題は、今の状況になるまでの記憶が抜け落ちているだけで。


その事実にホッとする反面、落ち着けと呼吸を繰り返す。

もっときちんと思い出さなければ。

順を追って思い出そう。俺がなぜ、こんな場所にいるのか。

そうだ、昨日は……散歩に出ていたはずだ。


ーーーーーーー



 その日俺は、夜の森を散歩していた。山沿いにある自宅から十分ほど歩いた、いつも裏山と呼んでいた場所だ。

人の視線が怖くって、街中を歩けない。そんな俺ができることと言ったら、こうして夜中に人里離れた山道を散歩するくらいだ。


母親や近所の人間と顔を合わせるのもつらいし、出歩くのは自然深夜になる。でも出歩くだけ、えらいといえばえらい、はずだ。


人並みにぼんやりとそんなことを思い上がら、空を見上げる。


だから、その月に妙な影が差したことに、なかなか気が付かなかった。月の光に混

じる小さな点に過ぎなかった影は、だんだんと大きくなり、そしてそれはやがて目の前を覆い尽くすほどに大きくなった。


おいおい。なんだ。何が起こっているんだ。


迫る圧倒艇質量。その時になって、俺にも理解できた。なにかが落ちてくるのだと。

やがて全身に走った衝撃とともに俺の意識は薄れた。



ーーーーーーー


そうだ。あの時、何かが起きたんだ。あれは何だったんだ。何を?

思わず自分の体に触れる。あの時。確かに体に痛みを感じなかったか?何かがぶつかってはこなかったか?


だが、そんな痕跡や傷、異常は何も見当たらない。先ほどの火であぶられたせいか転がったせいか、少しばかり肌には熱があったが、それだけだ。


俺は必死に記憶を穿り返そうとする。


だが長年使ってこなかった脳みそではそれも能わず、馬鹿特有のあきらめの良さで考えるのをやめた。


分かってるのは一つだ。山の中で何かがあった。そのせいで、俺はこうしている。

こんなわけのわからない山奥で山火事にあい、ついでに川に飛び込む羽目になった。


くそ熱い炎と、冷たい水にさらされて。


そこで思わずくしゃみが出た。まあ夜の川にダイブしたんだ。当たり前か。

俺はとりあえず水を吸った服を脱いで、思いっきりねじる。


そうしてあたりを改めて見渡す。


山、森、その両方か。そんなところになんでいるんだ。しかも山火事の状態で。事件の匂いが半端ないな。


こんなところに来る経緯は?


行方不明。誘拐。拉致監禁。


そんなフレーズが頭のなかを踊るが、しかしどうにもしっくりこない。

当然だ。自分以外の人間が誰もいないし、そもそも新斗にそんな価値はないのだから。

それに手荷物がない。携帯はもともと持っていないからともかくとして、財布もない。出かけるときには鍵だって持つのが当然だし、いや、というかその服装が一番不思議だ。


改めて、水気を落としたそれを広げてみる。

もう濡れたり破れたりでぼろぼろなのだが、一枚つづりの病院患者が切るような服に思える。ワンピースってやつ?

つい先程まで、俺はそれを着て倒れていたのだ。


おかげで下半身がスースーするな。そう。ノーパンだ。驚くべきことに、ノーパンなのだ。              


そう。つまり俺は今全裸なんだ。

部屋の中でさえパンツだけは切るようにしているのに。なんでわざわざ外に出てパンツだけ脱いでいるのか。意味が分からない。

だが、腕。そこにはあまり見慣れない腕輪のようなものがはめられていた。こいつは、なんだ。外そうとするが、案の定というべきか、外れない。なぜこんなものが。


そこではたと気づく。

こんな服を着せられたり腕輪をはめられたということは、誰か第三者の存在が欠かせないはずだ。


つまり、何者かによって自分は山の中に放り出された、ということか。


だがいったいなぜ。なんのために。


まったく、いったい何が起こってるのか。


あれこれと考えようにも、俺の瞼はぐんぐん重くなっていった。

気が抜けたせいか。安心したせいか。気が付けば俺の意識は、三角座りのまま眠りの中に沈み込んでいった。

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