第12話 断罪の刃


「リリィが……スパイ?」

 時間は遡り、決戦前夜の創生旅団作戦室。カインはパーティリーダーとしてフリージアに呼び出され、作戦の最終確認を受けていた。

 だがカインには他の旅団員とは全く異質な作戦が言い渡されていた。

「その可能性がある、というレベルの話だがな」

「ど、どうして……リリィは創生旅団の中でも古参者だって聞きましたけど」

「証拠はない。確証もない。が、奴がスパイだと考えると辻褄が合う」


 騎士団のスパイならば、騎士団の情報を集めることは造作もない。

 またフリージアと同じパーティにいるため創生旅団の内情も自然と収集できる。

 更にリリィは自分から創生旅団への入団を希望したわけではなく、ミーリルによるスカウトで仲間となった。

 それも強力なカムフラージュとなって疑惑の念も一層弱まり、古参者として他の旅団員と接することも不自然なく行える。


「騎士団が生まれ、情報の漏洩が明らかになり、私も初めは犯人捜しをしたものだ。だが創生旅団は〝打算によって結託した集団〟だ。自身のスペックのために戦う組織。故に、本来ならこんな組織にスパイなど現れるはずがない。騎士団に寝返ったところで得をする者など一人もいないからだ」

 言われてみれば確かに、とカインも納得した。

「本来有り得ないものを全うな手段で見つけようとしても無駄だ。それを分かっているからこそ、スパイもここまで大胆に動けたんだろうな」

「でも、それならリリィじゃなくても他にも容疑者は無数にいるんじゃ……?」

「無論いる。そして結局スパイを特定することもできなかった。故に、我々は〝誰がスパイでも支障のない作戦〟を立てる必要がある」


 問題を解決するのではなく、問題そのものが問題とならないような布陣の構築。その一環として、まさに今カインが受けているような、パーティリーダーに対する個別の作戦指示がある。

「こちらの布陣がおおよそ暴かれることは仕方ない。むしろそれによってバルバトスを激戦区におびきだすことにも使えるし、それ以上の具体的な作戦は漏れない」

 カイン達パーティリーダーに伝えられている指示は、ごく単純なものでしかない。バルバトスが他のパーティと一緒に行動していた場合は戦闘を放棄し、その後どの交戦地へ向かうか、あるいは探索を優先するかは全てパーティリーダーの判断に委ねられている。情報を暴きたいスパイにとって、アドリブのアクションほど厄介なものはないはずだ。


「だがそれでもスパイがこちらの裏を突く可能性があるとすれば、それは一つしかない」

「――嘘の情報を創生旅団に流す」

 カインにもようやくフリージアの言いたいことが理解できた。

 騎士団員の数が実際よりも少なくフリージアに報告されていたならば……それを前提に組まれた作戦は一気に瓦解する。

 ほんの一つの小さな虚偽は、しかし盤石な寄る辺にたちまち大きな孔を穿つ一撃となる。

 そしてそれができるのは、創生旅団内においてリリィただ一人となる。


「よって、我々は〝リリィがスパイだった場合〟を想定して作戦を構築する。作戦が始まったと同時に、私はすぐさまリリィを始末する。今まで多大な貢献をしてくれたあいつには申し訳ないが、黒なら然り、白なら……まあとりわけいいスキルでも追加してやれば怒りも収まるだろうさ」

「そ、そんなあっさり……」

 くっく、と薄く笑うフリージアに対して、カインはうすら寒いものを感じずにはいられなかった。確証もなにもないというのに、〝もしそうだったら困る〟という理由だけでリリィはいきなり斬り殺される羽目になるというのか。


「おいおい、他人の心配をしてる場合か? 一番大変なのはお前だぞ」

「え?」

「リリィが黒だということは、こちらの知らないスーパーレアが存在しているということだ。そしてそいつらは十中八九、バルバトスを援護するために影に潜んでいるだろう。嘘の人数を報告したとしても、そこまで大胆な嘘を吐いたとも思えないし、まあせいぜい二、三人というところだろう。――そいつらを、お前が始末するんだ」

「な――ちょ、ちょっと待ってください! 無理に決まってるじゃないですか!」

 狼狽するカイン。レアキャラクターのカインが単騎でスーパーレアを相手にして勝利しろ、などと無茶が過ぎる命令だ。


「そもそも隠れてる相手をどうやって見つけるんですか。無理ですよ」

「できる」

 フリージアはぴしゃりと言い放ち、テーブルの上に地図を開いた。そして工場地帯をトントンと指さす。

「工場地帯の出入り口は三箇所しかない。スーパーレアならここの高い壁も越えられるかもしれんが、大多数のノーマルキャラには無理だ。だから、連中はここを封鎖しにくるはずだ」

 いかにスーパーレアと言えども、一○○人もの人間が一斉に逃げ出せば、全てを仕留めることは不可能だ。そのため退路そのものを封鎖するというのは確かに道理だ。


 カインはフリージアの策略の深さに感嘆した。工場地帯という戦場は、単に防衛に向いているというだけで選ばれたわけではなく、伏兵の潜伏位置を限定させるという意味も込められていたのだ。

「だから、こちらもここに伏兵を置く。お前と、他に三人の高火力スキルを持ったレアキャラクターだ。スーパーレアと斬り合う必要はない。一撃で仕留めろ」

「……無理ですよ。どうやってスキルゲージを溜めるんですか」

 スキルゲージは敵と交戦する度に上昇していく。カインがスキルを使うためにはカインのパーティメンバーが敵を攻撃しなければならない。順序が滅茶苦茶だ。


「簡単なことだ。誰かを攻撃すればいい」

「だ、だからそのためにはスーパーレアと戦わないと、」

「なぜ騎士団と戦う必要がある」

 全く解せないカインをよそに、フリージアはあっさりと言い放った。

「〝創生旅団同士で斬り合えばいい〟。それでもスキルゲージは溜まる」

「な……」

 瞠目するカイン。

「何を言ってるんですか、仲間同士で斬り合うなんて! そもそも、スキルゲージは敵を攻撃しないと上昇しないはず……」


「敵とはなんだ? モンスターか? 騎士団か? だが騎士団などという括りは本来このゲームには存在しない。無論、創生旅団もだ。我々が勝手にそう呼び合い、互いを敵と認識しているだけだ。我々の諍いなど、システムにとっては知ったことではない。実際は皆同じゲームキャラクターに過ぎん。だが、騎士団を攻撃するとスキルゲージが溜まった。重要なのはそこだ」

「……」


「キャラクター同士でも攻撃を加えればスキルゲージが上昇する。なら、創生旅団同士で事前に攻撃し合い、スキルを溜めた状態で戦闘を開始することもできるということだ」

 それはまさにシステムを逆手に取った発想だった。戦闘が始まる前にスキルを溜める方法があるなど、まっとうにこのゲームの一員として生きるキャラクターには想像もできないだろう。

 また、もしこの方法を思いついたとしても騎士団には取り入れることはできない。

 スーパーレアキャラクターのスキルは強力ゆえに必要なスキルゲージも多い。攻撃を受け、回復魔法を施され、次は自分が攻撃する……順番を決め迅速に行ったとしてもそれなりの時間を要する作業だ。騎士団にそんな時間の猶予はない。

 戦闘にも探索にも参加することなく、ただ一度の機会のために潜む少数のキャラクターにのみ許された戦法だ。


「騎士団の中でも強力なスーパーレアは他の交戦地域に出したいだろうから、伏兵に選ばれるのは下位の者だろう。それくらいなら、お前のスキルなら一撃で仕留められるはずだ」

 そう言って、フリージアは更に詳しい作戦をカインに伝えた。





 それから時間は過ぎ、メンテナンス開始直後。

 カインはパーティメンバーには極めて簡単な説明だけを残し、すぐさま指定された場所へと移動した。

 工場地帯から少し離れた寂れた空き地が待ち合わせ場所だった。スパイからの情報により騎士団は創生旅団がどこを探索するのかを知っている。逆に言えばそこから離れた場所は比較的安全と言える。


 カインが到着すると、既に三人のレアキャラクターがそこにいた。いずれも見知った顔ぶれだったが、無駄話をしている余裕もないため、四人はさっそく作業に取り掛かった。

 アビリティスキルに回復魔法を持つキャラクターが一人いたので、誰かが攻撃を受ける度に体力を回復させていく。

 一人ずつスキルゲージを満タンまで上昇させていき、最終的には四人全員が溜まりきるまでこの作業は続く。


 精神的にも肉体的にも非常につらい作業だった。無抵抗の相手を斬るのも、無抵抗に斬られるのも、どちらも多大な苦痛を伴った。それが同じ志を持つ仲間ともなれば尚更だ。

 カインはせめて自分がスキルを溜める番は最後にしてくれと申し出た。無抵抗の相手を斬るよりも、先に自分が斬られる方が、よほどカインの慰めになった。

 そうして四人全員のスキルが溜まり、今度はそれぞれがどこに潜むかという話に移った。

 目標は三カ所のゲートだ。一:一:二の割合で、一つずつゲートを受け持つことになる。

 最もスキルの威力が高いカインは一人で東門を担当することになった。


 あとは敵に見つからずに姿を隠し続けるだけだ。無理に伏兵を見つけ出す必要はない。時が来れば騎士団の伏兵も姿を現し、バルバトスの加勢に入るはず。カインが狙うのはその一瞬だ。

 もしこの奇襲に気付かれてしまえば、最悪の場合スーパーレアに返り討ちに遭う可能性がある。そのため、奇襲を仕掛けるタイミングはほぼ同時であるのが望ましい。

 だが離れた三箇所で同時に攻撃を仕掛けるためにはなんらかの合図が必要だ。

 そこでフリージアは自らの持つスキル『聖騎士の輝き』を作戦開始の合図としてカイン達に伝えていた。この暗闇であればどこから放たれようとも必ず目に付くその光を合図に、カイン達は一斉に伏兵に襲い掛かることになる。


 気配を消し、じっと息を潜めるカイン。やがてその視界の端に、ゆっくりとこちらへ歩いてくるバルバトスパーティの姿を確認した。

「……ッ!」

 三箇所あるゲートの内、どこからバルバトスが工場地帯へ侵入するかは分からなかったが、どうやらカインは当たりを引いてしまったようだ。

 こうなった以上、どうにか伏兵のスーパーレアを倒せたとしてもバルバトスとの戦闘は覚悟しなければならない。


「……」

 今はとにかく気配を気取られないこと。バルバトス程のスーパーレアならば闇に潜むカインの殺気を感じ取ることすら不可能ではないはずだ。心を殺し、機を狙うしかない。

 ……そう弁えていても、カインは燃え滾る心を抑えるのに大変な労力を強いられた。

 何度見ても憎しみの蘇るその顔。スーパーレア以外のキャラクターなど虫けら程度にしか思っていないことがありありと窺えるその視線。自信に満ち溢れ、栄光を約束されたその佇まい。

 ――そして、そんな男と同じパーティにいられることを限りない名誉であるかのように全幅の信頼を寄せたラティの眼差し。


 今すぐにでも物陰を飛び出しスキルを叩きつけたい衝動に駆られる。

 カインは必死に憎しみを呑み込もうとした。だが工場地帯までの道を優雅に歩む足音を聞くたびに、あの日バルバトスに一撃で敗れ、惨めに地を舐めた屈辱が眼球の裏を炙っていく。

 全てを失った日。全てに絶望した日。新たなる命を得た日。

 あの日失った全てを今日取り戻す。そのために自分は今ここにいるのだと言い聞かせ、カインは少しずつ平静を取り戻していく。


 革命が成功した暁には、カインはバルバトスを凌ぐスペックを手に入れる。ラティが向けていた羨望の眼差しを自分に向けさせることができる。また以前のように、ラティと肩を並べて歩ける日が来る。

 その慰めがささやかにカインの心を癒したそのとき、カインの視界に映りこんだのはバルバトスと共に歩むラティの姿だった。


「――ラ、」

 思わず声を発しそうになるのを咄嗟に抑える。

 慌てて過剰なほど物陰に身を隠し、必死に呼吸を整えた。

 まるであの日の再現だった。バルバトスを恋しげに見つめるラティと、それをただ見つめ返すバルバトスの姿。

 今それと同じものがカインには見えていた。錯覚でもなんでもなく、事実その通りだと直感できた。


 一○○人を超えるキャラクターから放たれる静かな殺意に身を晒しながら、それでもラティが何も恐れずに歩けるのは、きっとバルバトスが傍にいるからなのだろう。

 リリース当初は不人気キャラだったラティ。だがアップグレードで需要を獲得し、バルバトスの参入で一気に最強パーティの一角にまで登りつめた。

 きっとその栄光の軌跡がラティを変えてしまった。なら同じ道を自分が進めば、きっとまた同じ日々が戻ってくる。

 その希望がカインの心を鎮めた。益体のない殺意を霧散させ、目指すべき勝利への道筋を見ることができた。


 バルバトスパーティはカインの潜む物陰になど目もくれることなくアスファルトの道を歩き続け、やがて工場地帯の東ゲートをくぐった。

 剣を鞘から抜き払うカイン。バルバトスが工場地帯へ侵入したということは、もういつ戦闘が起こってもおかしくない。そうなればどこかに潜む騎士団の伏兵が姿を現し、バルバトスに加勢するはずだ。

 カインは周囲をくまなく観察した。町中で爆発音の鳴り響く中、工場地帯には不気味なほど動く物体が少なかった。カンカンと鳴り続ける鐘の音と、バルバトス達がアスファルトを踏み鳴らす音だけがやたらと響き渡っていた。


 こんな静寂の中ならば、わずかでも動くものがあれば嫌でも目に付くはずだ。カインは全ての神経を集中させる。

 やがてバルバトスが工場地帯のほぼ中心にまで到達する。そこまでくるともはや隠れる必要もないと判断したのか、立ち並ぶ無数の工場内からノーマルキャラクター達が顔を覗かせるのが目立ち始めた。

 相手がバルバトスと知って戦々恐々としているのは想像に難くないが、それでも誰一人としてそこから逃げ出そうとする者はいなかった。

 自然、皆の視線はバルバトスと工場内へと集中する。東ゲートの外に潜むカインになど誰も気づくはずもない。


 ――それは騎士団の伏兵も同じだった。

「――ッ!」

 思わず剣の柄を握る力を強めてしまうカイン。

 見つけた。カインが潜む物陰からほんの数十メートル程しか離れていない、打ち捨てられたコンテナの裏。その影が確かに動くのが見えた。目を凝らすと、間違いなくそこには何者かがいた。


「あれは……」

 短く切りそろえた黒髪に黒のマント。腰に携えた歪な魔杖。『漆黒の魔導士アセト』。カインとは一切面識はなかったが、その名前は知っていた。

 だが何よりも重要なことは、アセトが騎士団のメンバーだとフリージアから聞かされていなかったことだ。フリージアの知らないスーパーレア……疑いようもなく、騎士団が用意した伏兵に他ならない。

 ということは同時に、リリィがスパイだという裏付けがこれで取れたということになる。フリージアの読みは見事に的中していた。


 アセトが完全にコンテナから姿を現し、意識が完全にバルバトスの方へ向いたとき、全てが決まる。

 今や多くのノーマルキャラが建物から身を乗り出し、戦闘態勢を整え終わっていた。遠距離タイプのキャラは武器の矛先をギリとバルバトスへと向け、近距離タイプのキャラはゆっくりとバルバトス達を囲うように展開していく。

 対するバルバトスパーティもいつでも戦闘を始められる様子だ。開戦の予感に空気がひりつくのを感じる。


 そしてその時、アセトがとうとうコンテナからその身を晒した。まるで影のようにゆらりと東ゲートへと接近する後姿を捉え、カインは勝機を感じ取った。

 アセトは間違いなくこちらに気付いていない。あまりにも無防備な背をカインに晒している。カインの潜む物陰からアセトまではたかだか数十メートル。その程度、三秒もあれば踏み越えられる距離だ。

 フリージアからの合図はないが……今以上の好機などあるとは思えない。もしアセトがバルバトスと合流してしまったら、それこそ全てが水の泡だ。


「……仕方ない」

 意を決したカインがアセトに向かって走り出そうとしたそのとき。

 闇夜を照らす眩い輝きが上空に咲き誇った。

 突然の光に誰もが思わず目を眩ます中、カインは即座にそれが何を意味するのかを察した。

 あれこそ『聖騎士の輝き』。フリージアからの合図だ。

「――ッ!」

 作戦開始。カインは猛然と駆け出した。


 光に目を奪われて完全にカインに背を向けていたアセトは、勢いよくアスファルトを蹴り上げる足音に気付き振り返る。そこでようやく、アセトは自分に向けて剣を振り上げるカインの姿を確認する。

「なに――ッ!?」

 だが遅すぎる。そのときにはカインは既に攻撃圏内にアセトを捉え、スキルを発動させていた。

「――『ブラスト・ブレイド』!」

 カインの渾身の一撃がアセトに向けて振り落された。




「総員――攻撃!」

 猛々しい号令と共に、幾十幾百もの矢、銃弾、魔法の雨がバルバトス達へと降り注いだ。フリージアからの合図を受け、バルバトスとの決戦の火ぶたが切って落とされた。

「――ふん」

 つまらなさそうにバルバトスは鼻を一度鳴らし、右手に構えた剣を一凪ぎに振りぬいた。

 たったそれだけで凄まじい突風が吹き乱れ、バルバトスを狙った凶弾はほとんどがあらぬ方向へ吹き飛ばされた。信じがたい絶技にノーマルキャラ達が息を呑むが、それでも攻撃を緩めることはなかった。


「バルバトスさぁん、作戦通りでいいんですねぇ?」

「バルバトス様、回復は任せてください!」

 突如現れた謎の光も収まり、シンシアとラティも戦場へと意識を戻す。やることは下層での戦いとほぼ変わらない。バルバトスが前衛に出て近距離タイプの敵を倒す。その際に負ったダメージはラティが回復し、ラティをシンシアが護る。

 やはり集中して攻撃に晒されるのはバルバトスだ。流れ弾を避けるためにシンシアとラティはバルバトスから距離を取る。

 もし攻撃がバルバトスに集中し続けるようなら、遠距離タイプのシンシアは頃合いを見て攻撃を仕掛け、目障りな弾幕を多少黙らせることもできる。

 なにより、創生旅団員たちはもはや誰もが戦闘態勢に移行している。最強のスーパーレアを前に一度攻撃を開始した以上、それ以外のことには意識など向かなくなる。


 そのときになって投入される三人の伏兵こそ、全てを決するカードとなる。漆黒の魔導士アセトを含む計三人のスーパーレアは、いずれもノーマルキャラを蹂躙することなどわけない実力者だ。戦闘に夢中になっている彼らは、突如現れた増援に戸惑い、逃走するまでに大きなタイムラグが発生する。そうなれば勝負は決する。全てのゲートを封鎖され六人の騎士団員に囲まれ全滅。それしか道はない。

「……」

 だがそれでも、何か判然としない違和感がバルバトスの胸中に棘を残し続けていた。

 先程の不可解な光が発せられた場所は工場地帯からさほど離れていなかった。おそらくフリージアのものだろう。となると、あれは何かを促す合図だったと考えるのが自然だ。

 ノーマルキャラ達に対する交戦の合図だったとも取れるが、釈然としない。あんな合図などなくともいつだってバルバトスとの戦闘は開始できたはずだ。

 つまり、あのフリージアの合図がなければ行動を開始できない者たちがいたということになる。


 思考を巡らせるバルバトス。だがそれを妨げるように遠距離攻撃の雨が降り注ぐ。

「鬱陶しいな」

 襲い来る攻撃を露を払うように撃ち落としていく。

 近距離タイプのノーマルキャラ達がバルバトスの周囲に点在していたが、数百もの攻撃をものともせず押し返すバルバトスの剣撃を前に、斬りかかることを躊躇していた。

 それはそれで正しい判断だ。不用意にバルバトスに接近し倒されることは、バルバトスにエアロ・シュトロームを放つためのスキルゲージを溜めさせるだけだ。


 だがその躊躇こそ必敗戦術。もたもたしている内に三体のスーパーレアが合流する。そうなればバルバトスはわざわざこんな開けた場所で集中砲火をいなす必要すらない。ラティとシンシアをアセトにでも任せて、堂々と工場内へ突入。瞬く間にこの場を制圧できる。

 だがその時、複数の爆発音が短い間隔で連続的に発生した。

「――なに?」

 胡乱気に眉をひそめるバルバトス。偶然おこった爆発とは明らかに違う、魔法、あるいはスキルによる爆発音だった。

 しかもそこらのノーマルキャラのスキルではない。もっと威力の強い、レアキャラクターのスキルだ。

 音は工場地帯の近く……だが明らかに工場地帯の外から聞こえてきた。それぞれ南北の両ゲート付近からだ。

 その付近は騎士団の伏兵が潜伏している場所だ。そんな場所で戦闘が起こるなどあり得るはずがないが……。


 ――なんだ?

 バルバトスの脳裏をよぎる予感。自分は何かを読み違えている?

「まったく、バルバトスさんばっかり狙って、私のことは無視ですかぁ?」

 シンシアが宙に手をかざす。近くの屋根に陣取るノーマルキャラ達に向かって攻撃を仕掛ける素振りを見せた。

「消えてくださぁい。『エレメント――」

「待てシンシア、何か――」

 シンシアの意識が完全にノーマルキャラに向いたその瞬間を狙いすますように、工場地帯の高い壁をすっと飛び越える人影が一つ。


 ラティはそれに気づかない。ノーマルキャラに意識が向いているシンシアも。だがバルバトスだけがその気配に気づくことができた。

「――後ろだ、シンシア!」

 気付くや否やバルバトスが声をあげる。反射的に背後を振り返ったシンシアが目にしたものは、閃光のように迫るフリージアの姿だった。

 もしバルバトスが気付かなければ接近に気付くこともなく不意打ちを受けていただろう。だがまだ両者の距離は十分にある。フリージアの間合いに入るまで三秒はかかる。

 驚かされはしたものの、すぐにシンシアの口角が嘲笑に吊り上がる。この距離ならば遠距離タイプのシンシアに軍配が上がる。ノーマルキャラに放とうと思っていた魔法の矛先を向けなおし、

「あらぁ、フリージアさん? こんなと――」


 ザン、とシンシアの両腕が斬り飛ばされた。


「――――は――ぁ?」

 余裕を見せつけ嘲りの言葉の一つでもくれてやろうと思っていたシンシアは、呆けたまま中身のない笑みを浮かべることしかできなかった。

 ラティも、バルバトスすらも、何が起こったのかを理解するのに少なくない時間を要した。フリージアとシンシアの距離は十分にあった。だというのに突如フリージアはバルバトスにも捕捉できないような速度でシンシアに接近し、攻撃を繰り出した。その現象の説明を誰もできなかった。


 ただ一人、口元を三日月型に刻んだフリージア以外は。

「――どうだシンシア。お前が散々馬鹿にしていた私のスキルも、存外使い様だろう?」

 ――『先制攻撃』スキル。戦闘が始まった最初のターンのみ、いかなる相手にも先んじて攻撃を行える。

 紛れもない外れスキル……誰もがそう認識し、それ故に存在すらほとんど忘れていた。フリージアを外れスーパーレア至らしめているそのスキルこそ、シンシアの両腕を斬り飛ばしたカラクリの正体だった。

 全てを理解すると同時に、両腕から迸る激痛に悲鳴を上げながら地面に頽れた。


「属性ではお前が有利な上に、バルバトスのせいで笑えないほどヒットポイントが上がっているからな。――悪いが容赦できんぞ」

 両腕を失い魔法を使うことができなくなった以上、シンシアは抵抗もできない。何より遠距離タイプのシンシアは、接近を許した時点で圧倒的なハンデを負っている。

「シンシアさん!」

 慌てて駆け寄ろうとするラティ。だがバルバトスがそれを制する。

「離れていろラティ!」

 一瞬困惑顔を浮かべるラティも、次の瞬間、空を覆うほどの大量の殺意を目撃しその意図を理解する。


 フリージアの参戦。シンシアの敗北。それを目の当たりにしたノーマルキャラ達は今こそが好機と奮い立ち、一斉攻撃に打って出た。今まで二の足を踏んでいた近距離タイプのキャラ達も咆哮とともにバルバトスの方へと駆け出した。

 降り注ぐ銃弾。火矢。雷。

 爆撃のように叩きつけられる一斉掃射を全身に浴びながらバルバトスは突進する。

 だが、バルバトスへの攻撃の流れ弾を避けるために距離を取っていたことが裏目となった。剣を振り上げるフリージア。それを怯えた目で見上げるシンシア。


「フ、リー……ジ」 

「死ね」

 防御もできない文句なしのクリティカルヒットがシンシアに直撃した。

 一斬。もう一斬。シンシアは悲鳴を上げることもできずにその全てを受け続けるしかなかった。

 そしてとどめの一撃が心臓を貫き、シンシアはそのまま力なく倒れた。


「フリージアァ!」

 神速で迫るバルバトスと、それを迎え撃つフリージア。爆撃によって巻き上がる砂塵の中、二人のスーパーレアの刃が交差する。

「バルバトス様!」

 バルバトスを援護しなければ、その一心で駆け出したラティは、度重なる遠距離攻撃の嵐によって破壊された周囲にまで気を配ることができなかった。

 不意にラティのすぐ傍にあった工場が音を立てて傾いた。バルバトスを狙って放たれた攻撃の余波が工場の煙突の根本に罅を刻んでいたことに気付けなかったラティは、突然濃くなった足元の影を目にしてようやく、倒壊した煙突が自分に向かって倒れこんできていることを知った。


「あ――」

 バルバトスにばかり気を向けていたラティは身動きすることすらできず、迫りくる鉄塊を迎えることしかできなかった。

「――ラティ!」

 そのとき、誰かがラティを突き飛ばした。

 次の瞬間には凄まじい轟音と共に、煙突は完全に倒壊した。それだけに留まらず煙突はその直線状にあった建物をも叩き潰した。

「うっ……な、何が……」

 倒壊の衝撃に軽い眩暈を起こしながら、ラティはふらふらと立ち上がった。すぐ傍には自分を助けた人物の姿もあった。


「……カイン?」

 ピク、と肩を震わせるカイン。

 カインは負い目を隠すように視線をラティから外したまま合わそうとしなかった。

「カイン、ここで……なにを……」

 問いかけるラティの声は震えていた。問うまでもなく明白な答えを察してしまったからだ。

 ラティは信じがたいものを見るように、今度こそ決定的な問いを投げた。


「カイン――創生旅団……なの?」

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