第11話 潜伏4
まさしくバルバトスはそこにいた。
工場地帯からおよそ三○○メートル離れた一本道を悠然と歩くバルバトス。その背後にはパーティメンバーであるシンシアとラティの姿もあった。
カンカンカン、とここからでも聞こえるほどの鐘の音が聞こえてくる。バルバトスパーティの姿は確認されたようだ。すなわちあの工場地帯には大量のノーマルキャラクターが潜伏していることになる。
「バルバトス様、この音……」
「ああ、気付いてもらえたようだね」
「ま、気配でバレバレなんですけどねぇ」
いつも通り頬の筋肉の緩んだ表情を浮かべるシンシア。その一方でラティは僅かに眉を吊り上げ、戦闘態勢へと心を切り替える。
だがラティの心には一抹の不安もなかった。彼女が敬愛する、この世界最強の男が傍にいる以上、恐れるものなど何もない。
「ざっと一○○人くらいはいそうだね。……予想より、少し少ないな。一○○人程度でどうにかなると思ってるのか?」
油断でも慢心でもない。ただ絶対的な自信に裏打ちされた言葉に、ラティの心が熱く燻る。
「――バルバトスさぁん?」
「ああ、分かってる」
ラティは小首を傾げたが、どうやらシンシアは気付いたようだ。
無論、バルバトスもとっくに承知していた。
――フリージアが近くにいる。
だが一息に接敵できるような距離ではないようだ。正確な場所までは絞りこめない。しかし明らかに、ただのノーマルキャラとは比べるまでもない強大な気配を感じる。
幾度となく規格外の怪物たちを相手にしてきたスーパーレアだからこそ分かる強者の気配。その眼光がこちらを射抜いているのをひしひしと感じる。
どこかで爆音が鳴り響く。火の手はそこかしこで上り、始まりの町を包む闇を払っていた。今もどこかで、騎士団と創生旅団が戦っている。
だがバルバトスは確信していた。この戦争……間違いなく、ここが大一番となる。
「――じゃあ、作戦開始だ」
バルバトスパーティからおよそ一○○メートルほど離れた場所に、フリージアパーティがいた。工場地帯の隅に捨て置かれている無数のコンテナの上に登り、積み重なったコンテナを影にしてバルバトスの動向をつぶさに観察していた。
「ちゃんと一直線にここまで来てくれたか。ここまでは予定通りだ」
満足げに頷くフリージア。その傍らで闇を纏ったリリィもまたフリージアとは別の意味で作戦が順調に進んでいることを感じていた。
この戦争を左右する最も大きな要因はバルバトスだ。創生旅団は、バルバトスとの戦闘でどれだけ被害を小さくできるかに全てがかかっていると言っても過言ではない。
リリィが暴き出した、創生旅団の戦力の偏り。それは明らかにバルバトスを誘い出すための罠だった。
創生旅団の戦力は大きく分けて四つに分散されていた。全ての旅団員を完全にバラバラに散らせるという手もあったのだろうが、それでは誰がどこを探し終えたのか把握できず効率的ではないし、なにより騎士団と遭遇した場合確実に敗北することになる。
よって四つの部隊を編成し、それぞれが自分の持ち場のみを探索、かつスーパーレアを迎撃するという作戦しかありえない。
この四という数字は、そのまま騎士団のパーティの数に等しく、騎士団のパーティを完全に分散させるためのものだ。
問題は、半端な部隊がバルバトスパーティに遭遇した場合全滅するしかないというところにある。そうなっては肝心の探索がどの程度進んだのかも分からない上に、貴重な戦力の四分の一を無駄死にさせてしまうことになる。
よって、バルバトスを倒すための部隊がどうしても必要だった。
「あの、フリージアさん……バルバトスさんがここに来たってことは……作戦が漏れてるってことなんですよね?」
「そういうことだ。騎士団のスパイは存外優秀らしいな」
ディーンの問いに当然のように答えるフリージア。
その情報をリークしたのは他ならぬリリィなのだが、犯人捜しなどフリージアにとってはどうでもいい。
フリージアは、誰とも知らぬスパイは必ずこの戦力の偏りを暴き、それがバルバトスを誘い出すための罠だと見抜くだろうと予想していた。
実際、もしバルバトスパーティ以外のパーティがこの工場地帯に紛れ込んだ場合、下層のメドヴィエル達の二の舞になることは間違いない。
周囲を遮蔽物に囲まれ、隠れる場所も多いため圧倒的に防衛に有利なフィールドだ。ここで勝利できるパーティがいるとすればバルバトスパーティしかあり得ない。
工場地帯を除いた三カ所の交戦地域は、いずれもこの工場地帯を中心に点在している。そのため、もしバルバトスがこの場に現れなかった場合、いざとなれば三カ所の交戦地域の全てに駆けつけることができる。
この場にいるノーマルキャラが一気に増援として追加されれば、その交戦地域も瞬く間に制圧できるだろう。つまりバルバトス以外のパーティが現れた場合、一気に騎士団のパーティの半数が撃破される危険すらある。
罠だと知りつつも、結局工場地帯はバルバトスが制圧するのが最も勝率が高い。
「……大丈夫」
リリィは誰にも聞こえないような小さな声で呟く。
もしここにバルバトスが誘いこまれたのだとしても、そもそもその作戦でバルバトスを確実に倒せるかとなると話は別だ。
下層での戦いでは五○人以上でかかってもバルバトスに完封されたのだ。確かにレアキャラクターが参戦していなかったし、今度は倍の一○○人以上のキャラクターが用意されているようだが、それでもリリィにはバルバトスが敗北する姿など全く想像できない。
なによりバルバトスとて、無策にこの場に来たわけではない。フリージアが罠を張っていたように、バルバトスもまたこの場を攻略するための策を用意しているのだから。
「じゃあ、俺たちがバルバトスの相手すんのか……」
ミルドはげんなりと漏らし、マリーもこめかみを抑えていた。
「まあ……いずれにせよスーパーレアと戦うことは覚悟してたけど、バルバトスとはね」
ミルドはメドヴィエルとの戦闘でリタイアしたため、バルバトスとは戦っていない。そう考えればむしろバルバトスとの交戦経験のあるマリーとリーブこそ、あのパーティの恐ろしさを痛感していると言える。
「でも、ちょっと待ってください。もしバルバトスさんのパーティ以外にも、もう一組騎士団のパーティがここに来たらどうするんです?」
最悪のシナリオを思いついたのか、リーブが青ざめた顔で問う。
それはつまり、フリージアが展開した四つの部隊の内の一つを無視し、代わりにこの工場地帯にバルバトスパーティを含めた二つのパーティが攻め込んでくる、というものだ。
「うわ、それはヤバイな……スーパーレアがもう三、四人増えたら勝てっこねえ」
「いいえ、それはそれで悪くないわ」
「は? どういうことだよ」
「もしここに他の騎士団パーティが参戦したら、私たちは端から戦闘を放棄すればいい。ここから離脱して、別の交戦地帯を援護するもよし、散開して一気に探索を進めるもよし。まあ、そんな作戦を向こうが選ぶとは思えないけど」
その作戦自体はカインから既に聞かされていた。
この戦争の目的は騎士団を倒すことではなく『歪み』を見つけることにある。故に、必ずしも交戦する必要はなく、必要があれば撤退も立派な作戦の内だ、と。その指示自体は、おそらく全てのパーティに伝達があったはずだ。
もともとこの作戦は、騎士団が戦力を一箇所に集中させた場合創生旅団に勝ち目はないという前提から始まっている。
そうさせないために部隊を複数に分け、戦闘に勝利することではなく『歪み』を発見することを勝利条件としているのだ。
この期に及んでバルバトスを護るために貴重なパーティを割くなど愚策でしかない。
「でもさ、これがバルバトスを誘い出すための罠だって向こうは気付いてるんだろ? じゃあなんか対策を用意してんじゃないのか?」
「ええ、まず間違いなくね」
ミルドですら即座にその考えに思い至ったのだ、フリージアが失念するはずもない。
だが肝心のその策がなにかは、容易には想像できない。
しかしマリーにはフリージアの策が見えていた。カインと同じパーティであるマリーだけが、その可能性にたどり着くことができた。
「伏兵がいるのよ」
「伏兵……どういう意味だ?」
「確かに、バルバトスと他のパーティが一緒に行動していたら私たちは戦闘を放棄する予定だった。もし増援のスーパーレアが堂々とゲートに近づいてきたら、まず間違いなくこっちの索敵の方が早いし、工場地帯から離脱できる可能性も高い。……でも、戦闘が始まってから他のスーパーレアが参戦したら、どうしても対処が遅れる。結果、包囲されて全滅することになる。――それがバルバトスの策なのよ」
「でも、戦闘は既に三箇所で起こってます。伏兵なんてどうやって……?」
「わかった、他のパーティから一人ずつこっそりこっちに向かってきてるんだ!」
パチンと指を鳴らすミルド。
確かに三箇所の交戦地域から一人ずつ工場地帯に向かえば、計三人のスーパーレアが参戦することになる。そうなればこの工場地帯は制圧したも同然だ。
だがマリーはその可能性を否定した。
「私も初めはそうかと思ったけど、やっぱりどう考えても誤魔化せないと思う。スーパーレアは一人一人が強烈な存在感があるし、一人でもいなくなったら絶対に誰かが気付く。なにより、向こうだって一パーティでこっちの部隊を一つ相手にするんだから必死なはずよ。バルバトスの援護に向かったせいで他のパーティが全滅、なんて本末転倒でしょ?」
「じゃあ……やっぱり伏兵なんて不可能なんじゃ?」
「いや……違う」
そこでミルドがもう一つの可能性に気付く。
「俺たちはずっと騎士団のメンバーは一五、六人……四パーティしかいないって聞かされてたけど、その情報そのものが間違いだったら、伏兵は用意できる」
「そういうことね」
「え、じゃあ……」
その結論が何を意味するのか、リーブも察したようだ。
「騎士団員の数をフリージアに報告したキャラクター……そいつがスパイよ」
それが誰なのかまでは知らされていなかったが、騎士団の内情を探る諜報員が創生旅団に存在することは聞かされていた。おそらくフリージアからも高い信頼を寄せられ、今まで創生旅団に貢献し続けてきた人物なのだろう。しかしその諜報員こそが敵のスパイだったということになる。
「でも、なんで伏兵がいるって分かるんだ? 他の策を用意してる可能性だってあるだろ」
「そうね。確かに騎士団の作戦は他にもいくつか想定できる。でも、少なくともフリージアさんは伏兵がいるって睨んでると思う。じゃなきゃ今のこの状況は説明できない」
「この状況……?」
興味深そうに尋ねるリーブ。マリーは工場内の物陰からそっと外の様子を窺う。バルバトスは今まさに工場地帯へと足を踏み入れるところだった。
フリージアはここへバルバトスを誘い込む。
バルバトスはそこに伏兵を用意する。
そしてフリージアはそれを察している。
つまり……。
「騎士団が用意した伏兵を奇襲する……それがカインさんの役目なのよ」
コンテナの影からリリィもつぶさにバルバトスパーティを観察していた。
バルバトスはついに工場地帯へと入り込み、戦闘態勢を整えている。シンシアとラティを庇うように前に立ち、さっと剣を抜き払った。
バルバトスパーティ以外のスーパーレアがこの場にいないことは、工場地帯に潜伏している創生旅団員たちも把握できているはずだ。既に火の手はあちこちで上り、その爆炎は大きく三カ所に点在している。そこから他のスーパーレアがこの工場地帯に向かっているという報告もない。あとはこの場にいる創生旅団員とバルバトスパーティとの真っ向勝負となる……誰もがそう思っているはずだ。
だが実際はそうではない。この工場地帯を囲うように、三人のスーパーレアが息を潜めて機を窺っている。
数日前、騎士団のメンバーの最終調査を行った、という体でリリィはフリージアに虚偽の報告をした。実際よりも一パーティ少ない数を騎士団員の総数として伝え、切り札として懐に忍ばせた。
リリィの諜報活動は最近の話ではない。創生旅団にはかなり初期の段階から誘いを受けており、フリージアともそれなりに長い付き合いになる。入手が困難な騎士団のデータを長い時間と多大な労力をかけて調査、提供した――ことになっている――リリィへの信頼は非常に高く、フリージアが自身のパーティに招くほどだ。
そんなリリィが自信をもって報告した騎士団員の数こそが、彼女の創生旅団に対する情報戦の中で最大の成果だ。
加えて地の利も騎士団にあった。フリージアが決戦の場に選んだこの工場地帯。なるほど遮蔽物も多く防衛に向き、いざとなれば他のどの交戦地へも向かうことができるという点で大きなアドバンテージがあると言える。
だが工場地帯は周囲を高い壁に囲まれており、スーパーレアならともかく運動能力に劣るノーマルキャラクター達が容易く超えられるものではない。一見防衛に適した要塞を思わせるそれも、見方を変えれば彼らを閉じ込める檻でしかない。
また工場地帯は最西端に位置しており、ここより更に西に移動することはできない。
よって自然、出入りできる場所が限られる。西を除いた東、北、南の方角に設けられた出入りゲートだ。
ということはその三つのゲートに一人ずつスーパーレアを配備するだけで、ノーマルキャラクター袋の鼠となる。
主戦力を失い、バルバトスを倒すこともできず、工場地帯を制圧された創生旅団に勝ち目はない。
「フリージアさん、バルバトスが工場地帯に入りましたよ」
緊張が窺えるディーンの声音。言わずもがなフリージアも承知している。
工場地帯からも徐々にノーマルキャラ達が姿を現し始めていた。バルバトスパーティ以外の増援がないことを理解し、ここで雌雄を決する腹のようだ。
「……」
リリィはそっとフリージアを見遣った。
この作戦に唯一の懸念材料があるとすれば、それはフリージアの存在だ。
彼女自らが戦闘に参加した場合、戦局は大きく動くことになる。単騎での戦闘力ならばラティはもちろん、シンシアとも十分互角に渡り合える実力の持ち主。
仮にフリージアが参戦したとしても、二つの騎士団パーティの前には為す術もないだろうが、用心しておくに越したことはない。
リリィが気を張っていたのはそのことだけだった。もしフリージアが少しでもバルバトスパーティに攻撃を仕掛けようとすれば、死なばもろとも捨て身の攻撃を仕掛けるつもりだった。勝てずともヒットポイントの何割かを奪えるだけで十分すぎる効果がある。
リリィがフリージアの動向を注視していると、ディーンが落ち着かない様子でフリージアに声をかけた。
「あの、俺たちは戦闘に参加しなくていいんですか?」
余計なことを、と思わず口を突きそうな言葉をぐっと堪えるリリィ。
バルバトスがとうとう工場地帯の中心に到達する。もはや周囲の遮蔽物からいつ矢が飛んできてもおかしくない。
バルバトスが戦闘を開始すると同時に、影に潜んでいたスーパーレア達も動き出すだろう。
そのとき、フリージアはぽつり、と言葉を発した。
「そうだな……そろそろ」
「……ッ」
身構えるリリィ。だがフリージアはそっと上空に掌をかざしただけだった。
その時、フリージアの手から眩い光が打ちあがった。青白い輝きは花火のように上昇し、やがて上空で光を拡散させた。闇を照らす光に思わずリリィとディーンが目を細める。
それは工場地帯にいる誰の目にも確認できただろう。バルバトス達ですら何事かと光源を確認していた。
「フリージアさん、これは……!?」
咄嗟に問い質すリリィ。不可解なフリージアの行動の意図は不明だが、この光は紛れもなくフリージアの固有スキル『聖騎士の輝き』だ。
パーティメンバーの防御力を一定時間上昇させるだけのスキル。今使う必要など一切なかったはずだ。とすれば、
〝――今のは……何かの合図?〟
リリィがそう訝しんだそのとき、
「――よし、これでいい。じゃあ……」
フリージアは腰に携えた剣をすらりと抜き――迷いsなくリリィの腹部を突き刺した。
「――――ぇ」
放心して言葉を失うディーン。刺されたリリィも現状を全く理解できずにいた。だが腹部から襲い掛かる激痛と喉元から溢れ出た血液が、理解以上に事実を突き付ける。
「が――アッ……ッ!」
何事もなかったかのようにあっさりと引き抜かれるフリージアの剣。体中の力が抜けたリリィはそのままよろよろと後退し、コンテナから落下した。
「――リリィ!」
ようやく我に返ったディーンが落下したリリィを追う。それを意にも介さず、フリージアはバルバトスパーティの方だけを見据えていた。
「作戦開始だ」
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