第10話 潜伏3


 そしてついにその日がやってきた。

 ワンダー・ブレイドが800万ダウンロードを突破。その報せは瞬く間に始まりの町を駆け巡った。

 今まではまるでお祭り騒ぎのように賑わっていた町が、その日だけは不気味な程の静けさだった。

 今まではダウンロード数がキリ番を突破することは新たなイベントの開催を意味していたが、今回に限っては全く意味合いが違う。

 それはさながら開戦を告げるゴングだった。滾るような熱は、密やかに、影に隠れるようにキャラクター間を伝播していった。

 騎士団は正式に、アップデートのためのメンテナンス中、全てのキャラクターの外出禁止令を発令。しかしそれはもはや形式的なものに過ぎなかった。


「――なんか……偏ってませんか?」

 作戦の最終確認を行うためにカインは創生旅団アジトへ招かれていた。

 各パーティのリーダーが個別にフリージアの元へ呼ばれ、作戦時の自分の持ち場を伝えられる。

 故に創生旅団員は、結局この組織内に何人の構成員が存在しているのか、それらがどこに配置されているのかすら知らされないまま開戦を迎えることになった。

 そんな中、カインには他のパーティリーダー以上の情報が開示されていた。その一つが、各パーティの配置図だった。

 それぞれのパーティがどこを探索するのかが記されており、それを見たカインはやや困惑した。あきらかに一箇所に戦力が集中している。


「これでもギリギリなんだ。戦略としてはこれ以外にない。例えば、仮に騎士団が全員で一塊になって行動したら、正直勝ち目はなかったかもしれん」

 フリージアの言葉に反論はない。一人を倒すのにも苦労するスーパーレアが一五人も固まられたら倒しようがないだろう。

「だが今回の戦いにおいてはそうはならない。創生旅団の目的は騎士団を倒すことではないからな」

「わかります。たとえ創生旅団が全滅しても誰か一人でもソースプログラムにたどり着けたら俺たちの勝ちですもんね」

「そうだ。だから連中は戦力を分散して、旅団員が『歪み』を発見することを阻止しなければならない。――そしてそこが我々が勝利する唯一の活路でもある」

 フリージアは一枚のメモを取り出した。下層での一戦を書き留めたミーリルのメモだった。

「今回の戦争において重要なのは、バルバトスとの戦闘でいかに被害を少なくできるかに掛かっている。言ってしまえばこいつさえ倒してしまえば他のスーパーレアは数の力でなんとかなる。それはこのデータが証明している」

「バルバトスに戦力を集中するということですか?」

「当たらずとも遠からず、だな。闇雲にこいつにノーマルキャラをけしかけるととんでもないことになる」


 それはあの恐ろしいスキル、エアロ・シュトロームのことを言っているのだろう。

 絶対にバルバトスにあのスキルを使わせてはならない。ノーマルキャラクターを倒す度にバルバトスの攻撃回数は増し、スキルゲージが増加してしまう。それは必敗戦術だ。

 かといってバルバトスパーティは少数で倒せる相手ではない。その匙加減は極めて難しいだろう。具体的な采配はフリージアに任せることになる。

「そういえばフリージアさん、例のスパイの件はどうなったんですか?」

 創生旅団内にスパイがいるとフリージアは以前語っていた。あれからその話題は聞いていなかったが、解決したのだろうか。


 フリージアは僅かに表情を堅くして切り出した。

「結局誰がスパイかは割り出せなかった。そのせいで各パーティのリーダーに個別に作戦を伝える羽目になってしまった」

「そんな状態で決戦を迎えて……いいんですか?」

「良い悪いの問題ではない。時間が来たのだからやるしかない。だから作戦の詳細も満足に伝えられん。旅団員たちにはかなりアドリブで動いてもらうことになるだろうな」

「……逆に、そのスパイを逆手に取ったりできないですかね」

「ほう」

 驚いたようにフリージアは目を丸くした。

「というと?」

「今パっと思いついただけなので具体的な案はないんですけど、例えばスパイに嘘の情報を教えたら、それだけで効果的だと思うんですけど」

「まさに情報戦の基本だな。……ふむ、やはりお前を選んだのは間違いじゃなかったようだ」

「?」

 フリージアはなにやら満足したように数回頷いたあと、

「――カイン、お前には作戦時に重大な任務を任せたい」

 口元を怪しく歪ませながら言った。




 深夜二時。

 予定通りワンダー・ブレイドのメンテナンスが始まった。

 ゲームは一時的に強制終了し、プレイヤーはネットワークから弾きだされる。出撃も召喚もされることのない、キャラクター達にとって完全に自由の時間。

 今夜何が行われるのか、始まりの町の全てのキャラクターが理解していた。革命戦争に参加しないキャラクターは騎士団からの命令通り自室に籠って静観を決め込んだ。

 不自然な程に静かな夜の町。通りには人の姿など皆無。だというのに、息を潜めて影から影へ移動する気配はそこかしこに点在していた。


 創生旅団と騎士団は同時に行動を開始。一斉に始まりの町じゅうに散った。

 騎士団員は計二○名。内、一六人が前線へと参加している。

 この戦争は力と力がぶつかり合う単純な消耗戦ではなく、どちらかといえば遭遇戦に近い。

 創生旅団の目的はあくまでも騎士団と戦うことではない。始まりの町のどこかに発生する、ソースコードへと繋がる『歪み』を発見することである。創生旅団は数にものを言わせたローラー作戦でその位置を特定しようとしている。


 対する騎士団はそれを阻むことが最終目標だ。言ってしまえばこの戦争に決着がつく必要もない。引き分けでも勝利なのだ。創生旅団が『歪み』にさえ辿り着かなければそれでいい。

 最も理想的な展開としては、創生旅団よりも先に『歪み』を発見し、騎士団員全員でその『歪み』を守護する。これで勝利は確定する。

 だが現実的にそんなことはあり得ない。よって騎士団は始まりの町じゅうを走り回り、旅団員を発見次第撃破していくことになる。外出しているキャラクターは全て撃破対象だ。


「――見~っけ」

 始まりの町下層。寂れた公園の一角におぞましい声音が響き渡った。

 『歪み』を捜索中のノーマルキャラの一人が捕捉された。ひっ、と短い息が漏れたときには既に、視界は紅蓮の炎に包まれていた。

 炎帝のメドヴィエルの容赦ない一撃が、ノーマルキャラクターを一瞬にして爆殺する。漆黒の闇を照らす光源が一際輝くと同時に、周囲に息を潜めていた数十の気配が一斉に戦闘態勢に移行した。

「おいおいお前ら、今は外出禁止だぜ?」

 軽口を叩くメドヴィエルだが、その双眸はぎらついた殺意で満ちていた。

 彼をリーダーとしたパーティメンバーの三人が颯爽とメドヴィエルに駆け寄ると、彼らを取り囲むように数十人のノーマルキャラクターが姿を現した。

「さぁて、お仕置きの時間だぜゴミ共!」

 荒れ狂う獄炎の輝きが始まりの町を染め上げた。




「おや、もう始まったか。随分早かったな」

 始まりの町上層の一角。とある民家の屋根の上で戦況をくまなく見通していたフリージアは、遠くからでもはっきりと視認できる爆炎を見て呟いた。

「は、早くないですか?」

 フリージアの傍らで控えていたディーンも驚きの声をあげる。

「まあスパイを割り出せなかった時点でこちらの布陣もある程度割れているのは止む無しと覚悟していたが、それにしても凄まじいな。……騎士団のアジトは神殿にあるんだったな、リリィ?」

「はい、そのはずです」

 リリィもまたフリージアの背後で待機していた。黒装束に身を包んだリリィはさながら闇の化身のようだった。

 リリィ本人は意識していなくとも、暗殺者の職業として生まれた彼女は自然と闇に身を隠す術を備えていた。

「神殿から下層までまっすぐ進んで、ノーマルキャラ達の居場所をあらかじめ知っていないと説明できない早さだな。……まあいい。そのための人海戦術だ」

 淡々と語るフリージアの傍でリリィは小さく歯噛みした。

 いくらなんでも露骨すぎる……やはりバルバトスが懸念していた通り、メドヴィエルのスタンドプレーは問題ありだったようだ。


 リリィは騎士団のスパイとして創生旅団に紛れ込んでいる。

 厳密に言えば、先に創生旅団に誘われたのだが、騎士団の発足に伴いすぐさま鞍替えを行った。

 もとよりリリィは創生旅団の思想に何ら共感しておらず、むしろバルバトスと共に騎士団の発足に一役買って出たほどだった。

 リリィの役目は創生旅団の内情を可能な限り暴くこと。そして騎士団に関する嘘の情報を創生旅団に流すことだ。

 フリージアは各パーティのリーダーに個別に作戦を伝えていた。そのためリリィもフリージアが構築した作戦の全容は知らされていない。


 だが彼女は決戦までの僅かな期間にも調査を行い、どの程度のパーティがどのような場所に配備されているのか、おおまかに割り出すまでに至った。

 開戦前の情報戦における諜報役を果たし終えた彼女の最後の任務は二つ。

 戦況の把握と――フリージアの暗殺だ。

 無論、容易な任務ではない。いかに外れスーパーレアとしての扱いを受けているとはいえ、フリージアもまた立派なスーパーレアの一人。単なるレアキャラクターのリリィとの戦力差は歴然だ。戦闘になれば万に一つもリリィに勝ち目はない。

 勝機があるとすれば背後からの不意打ちだが、一撃を叩きこんだ時点でフリージアとの戦闘は避けられない。そしてフリージアを一撃で葬るだけの高火力スキルもリリィにはない。


 捨て身も同然の特攻任務だったが、同時にこれはリリィにしかできない任務でもあった。フリージアの背後に警戒されずに近づけるのは、同じ創生旅団でありフリージアのパーティメンバーであるリリィだけだ。

 創生旅団にとってフリージアは単なるリーダーではない。創生旅団における最高戦力であり、ノーマルキャラクター達が何十人とかかってようやく倒せるスーパーレアと、真っ向切って斬り合える唯一の戦力だ。フリージアの働きは戦局を大きく左右するファクターとなる。

 どうやらまだ彼女は前線に出るつもりはないようなので、リリィとしても戦況の把握に努めているが、リリィには他にも気がかりなことがあった。


「ところでフリージアさん、ミーリルは何やってるんですか?」

 ディーンがリリィの最も訊きたかったことを代わりに訊いてくれた。

 フリージアのパーティ最後の一人、ミーリルの姿が見えない。

 フリージアがリーダーならミーリルは参謀だ。フリージアからも絶大な信頼を得ており、今回の作戦も半分以上は彼女が考案したものだ。

 そんな重要人物を遊ばせておくわけがない。そして、いかにレアキャラクターとはいえ騎士団との戦闘に参加させて捨石にできるキャラクターでもない。

 彼女はきっと今回の戦争で重要な役割を与えられているはずだ。

 フリージアと一緒にミーリルを監視するつもりだったリリィは、まさかミーリルがパーティから離れて行動するなどとは考えていなかったため、彼女の動向が大きな懸念材料となっていた。

 そのとき、ドン、ドン、とそこかしこで爆発音が響きだした。下層だけではなく中層でも火の手があがり、着実に戦況が動いていることが窺えた。

「バルバトスはまだ戦っていないようだな」

「そうみたいですね。あいつの攻撃ってもっと鋭いっていうか、爆発が起こるような攻撃しませんもんね」


 戦況を見渡していたフリージアの懸案事項は、やはりバルバトスのようだ。

 騎士団に存在するのはいずれも強力なキャラクターばかりだが、その中でもバルバトスは他とは一線を画す戦闘力を持っている。単騎ですら圧倒的な強さを誇る上に、ラティとシンシアが同じパーティにいることでその戦闘力は何倍にも増幅されている。

「……」

 フリージアはどのようにしてバルバトスを攻略するつもりなのだろうか。リリィはそっとフリージアを様子を窺う。

 リリィの調べでは確かにパーティの配備に偏りがあった。明らかにバルバトス対策だろう。創生旅団に許されたただ一つの戦術……物量作戦でバルバトスを押し潰すのだろうか。

 だがノーマルキャラクターをいくら宛がったところでバルバトスは倒せない。それはフリージアも承知の上のはず。その上でいったいどんな作戦を組み立てたというのか。


 ――なにより、フリージアには知る由もない奥の手がバルバトスにはある。万が一にもバルバトスが敗れるなどあり得ない。

「……大方想定通りの場所で戦闘が起こってるな」

 静かに呟くフリージア。

「予定より少し早いが……そろそろ移動するぞ」

「え、この場所を離れるんですか?」

 困惑顔のディーン。ここは前線から最も遠い場所であると同時に戦況を見渡すのに最も適している絶好のスポットだ。そこを放棄してまでどんな用があるというのか。

「いいからついてこい。面白いものを見せてやる」

 にやりと口元を歪ませるフリージア。

「……」

 この戦争に負けるなどとは微塵も思っていないリリィだが、それでも何か得体の知れない思惑が水面下を泳いでいるのを感じずにはいられなかった。




「なあ、これ……戦闘始まってるよな?」

 中層で『歪み』の捜索を続けていたミルド。だが町中でひっきりなしに鳴り響く戦闘音を聞きながらの宝探しは予想以上に神経をすり減らす作業だった。

「当たり前でしょ。もうメンテナンスに入ってから一○分も経ってるのよ」

「……やべえよな……今そこらじゅうで、マジでスーパーレアと戦ってんだぜ。俺達みたいなノーマルキャラがさ」

 武者震いに震えるミルド。そんな彼の姿を見て嘆息交じりに腕組をするマリー。

「俺達ももうすぐスーパーレアと戦うんだよな……あんときみたいに」

「……そうならないためにこうして『歪み』を探してるんでしょ」


 カインパーティに割り当てられた捜索場所は、中層の最西端にある工場地帯だった。

 キャラクターが装備する武器は全てここで作られている。もっとも、武器を精製するのはプレイヤーだ。そして精製にかかる時間もほんの数秒なので、ほとんど名ばかりのハリボテに近い。

 とはいえ工場地帯は非常に広大で、始まりの町のおよそ七分の一を占めている。しかも入り組んだ構造のせいで『歪み』を探すのも一苦労だ。

 そのためか、この地帯の探索には多くのキャラクターが割り当てられていた。カインパーティもその一つだ。


 ミルドとマリーはペアを組んで指示された箇所を念入りに探していく。

 だがいつスーパーレアが現れるかという緊張感で、思うように作業に集中できない。不意に人影が見えたと思ったら創生旅団員で、互いにホッと安堵の息を漏らしてから作業を再開する、という流れをミルドはもう何度も経験した。

「……あー、全然みつかんねえ。本当に『歪み』なんてあんのかなぁ」

「そこ疑うと、この組織の存在意義自体がなくなるわよ」

 ミルドは度々作業を止めてマリーに軽口を飛ばしていた。普段なら冷たくあしらうマリーも、この時ばかりは口数が多くなっていた。


 スーパーレアと戦うということがどういうことか、ミルドもマリーも既に嫌というほど思い知らされた。その恐怖を乗り越える間もなく決戦の火ぶたが上がってしまい、多くのノーマルキャラが不安を抱えながら探索を続けている。

 それを少しでも紛らわすための無駄話は、どこか遠くで爆発音が響く度、小さな人影が見える度、心にふと不安がよぎる度に二人の間に発生した。

 そんな時間が一分続き、二分続き、やがて二人に割り振られていた捜索個所を全て調べ終えたときには、メンテナンス開始から一五分が経過していた。

「一応……調べ終わったよな?」

「そうね。私たちは外れだったみたいね。念のためにもう一度同じ箇所を調べておきましょう」

 マリーの提案を了承するミルド。来た道を引き返す最中、ミルドが周囲をぐるりと見回して言った。

「そういえばリーブの方は大丈夫かな。あいつ一人だけど」

「まだこの辺では戦闘は起こってないみたいだし大丈夫でしょ」


 リーブは探索には参加せず、工場地帯の屋根の上から索敵を行う任を任されていた。もし騎士団員を目撃した場合はただちに合図を送る手はずとなっている。

「むしろ心配なのはカインさんの方なのよね」

 マリーは納得のいかない表情で呟いた。

 リーブはこの場にはいないが、どこにいるのかは分かっている。無論その目的もだ。


 だがカインはメンテナンスが始まってからすぐさま三人とは別行動をとった。

 しかもメンテナンスが始まってから突然その旨を伝え、目的も明かさないままどこかへ行ってしまった。

 結局パーティの指揮を執る者のいないまま、三人は打ち合わせ通りの場所を探索することとなった。


「フリージアさんの指示なのかな」

「どうなんだろ……まあ私たちに明かさないのは何か理由があったか、よほど急いでたかなんでしょうけど。まあ作戦そのものには大した支障はないと思うから大丈夫だとは思うんだけど」

 カインはもともとスキル要因なので、戦闘が始まったとしても結局どこかに身を隠してスキルゲージが溜まるのを待つ必要がある。そう考えればカインの所在が分からないこと自体は作戦にさほど影響がないようにも思える。

「もしカインさん抜きで戦闘になったりしたら俺達なんのために戦うんだかわかんないよな」

「……まあ、仮にカインさんが私たちの動きを把握できないような場所にいたとしても、私たちが戦闘を始めたらカインさんのスキルゲージも上がるんだし、そうなればここへ駆けつけてくれるでしょ」

 マリーの言葉にミルドが「まあそうだな」と相槌を打とうとしたそのとき。


「――え?」

「ん……?」

 二人は同時に奇妙な違和感を覚えて動きを止めた。それは二人にしか感知できない違和感。

〝二人のスキルゲージが増加していた〟。

 呆然と顔を見合わせる二人。もちろんまだ二人は戦闘に参加していない。スキルゲージの増加は、マリーとミルド以外……つまりリーブかカインが戦闘を開始したことを意味している。

「ねえ、スキルゲージが……」

「ああ、上がってるな」

 改めて確認する二人。今この瞬間にも、非常にゆっくりとだがスキルゲージが増加している。

「――リーブはどこ?」

「たしかこの近くの屋根の上だ」

 二人は同時に頷き、急いで屋外へと出た。ベランダを抜けた先にある梯子から屋根の上へ上ることができる。


「マリーさん!」

 だがマリーがその梯子に手をかけたと同時に、頭上から彼女を呼ぶ声が届いた。

「リーブ?」

 マリーが頭上を見上げると、そこには確かにリーブがいた。彼女もまた慌てた様子で二人の姿を確認し、やにわにカンカンと慌ただしい音を鳴らしながら梯子を下りてきた。

「あ、あの、マリーさん! 今、スキルゲージが!」

「ええ、こっちでも確認したわ」

 どうやらリーブも突然スキルゲージが上昇したことでパーティ内の誰かが戦闘に入ったのではと考えたようだ。

 結果として、この場にいる三人には身に覚えがないということが判明し、消去法で答えも導き出される。


「ってことは……カインさんが戦ってるってことか?」

 ミルドの言葉に青ざめるリーブ。

「た、助けにいかないと!」

「待って。まず状況を確認しないと」

 すぐにも工場地帯を飛び出そうとするリーブを制止するマリー。

「そんな悠長なことしてる場合じゃないよ! カインさんが一人でスーパーレアと戦ってるかもしれないんだよ!?」

「じゃあカインさんがどこにいるか知ってるわけ?」

 う、と押し黙るリーブ。マリーはそっと顎に指先を当て、状況を整理する。


「……まず、スキルゲージが上昇したってことはカインさんが誰かと交戦してるのは間違いないと思う」

「誰かって、スーパーレアしかいないだろ。騎士団に見つかったんだよ!」

「……それは考えにくいわ。カインさんは近距離タイプのキャラクターだから、スーパーレアと戦ってるんならすぐに戦闘不能になってるはず」

 言われてはっと息を呑むミルド。確かに、カインパーティのスキルゲージは今もゆっくりと溜まり続けている。

 ということは、カインは戦闘不能にならずに誰かに攻撃を加え続けているということになる。騎士団のスーパーレアを相手にそれは考えにくい。

「じゃ、じゃあカインさんは誰と戦ってるってんだよ!」

 業を煮やしたミルドがマリーの肩を掴んで揺さぶる。リーブもカインの安否が気になって仕方ない様子だった。


「今この場には、騎士団と創生旅団しかいない……でも、騎士団とは戦ってない……だから……」

 頭をフル回転させて思考を巡らせるマリー。しかしやがて、

「――――あ」

 たった一つの固定観念を排除したとき、たちどころに今のこの状況を説明できる解が浮かび上がってきた。


「……そっか、騎士団じゃなくてもいいんだ」

「なにがだよ」

 全く理解できないミルド。リーブはとにかく早くカインの状況を教えてほしいのかそわそわと落ち着きを失っていた。

「待って、考えさせて」

 一つ一つ、不明な点を洗っていく。


 なぜスキルゲージが上昇したのか。

 なぜカインは突如パーティから離脱したのか。

 なぜその説明をパーティメンバーにしなかったのか。

「……わかってきた。この作戦の意味」

 自分たちのやっていることは単なる宝探しではない。自分たちがこの工場地帯に集められたことには確かな意味があった。

 ――フリージアは、全てを知っていたことになる。

「……最悪だ」

「ど、どうしたんですか?」

「……もうすぐ、ここで戦闘が始まる」


 マリーがそう言うか早いか、カンカンカン、とけたたましい鐘の音が工場地帯じゅうに響き渡った。

 驚きに目を剥くミルドとリーブ。そして力が抜けたように項垂れるマリー。

「こ、これ……敵襲の合図ですよね!?」

「ああ、間違いねえ。見張りが騎士団を見つけたんだ!」

 一気に緊張の走る工場地帯内。内部で息を潜めていた創生旅団員達のざわめきは、実際に聞こえなくとも肌で感じ取れるほどだった。

「だ、誰が来たのか確認しに行くぞ!」

「はい!」

 二人が慌てて屋根の上へ上ろうとする中、マリーは首を横に振った。

「確認なんて必要ないよ」

「どういう意味だよ」

 マリーはどこか諦めたような表情すら浮かべて言った。


「来たのはバルバトスよ」

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