第5話 反逆の狼煙2

 三日後。

 カインは変わらず始まりの町での生活を続けていた。他の者にもそう映っただろう。いつものように暇を持て余し、することもないまま町を適当にぶらつき時間を潰す、落ちぶれたレアキャラクター……だが、確かに変わったものがある。

 それはカインの心境だ。

 今日はダンジョンに呼ばれるのではないか、何かいいアップデートの知らせがあるのではないか。そんな哀れな期待を胸に秘めながら、それとは裏腹にそんなことはあり得ないと諦観に心を冷やす……そんな日々はもう終わった。

 カインが今始まりの町を歩いているのは、暇を忘れるための散歩ではない。来るべき時に備えての散策だ。

 既に見知った町ではあるが、それでもまだ訪れたことのない場所はある。ミーリルに連れていかれた裏路地がまさにそうだ。

 800万ダウンロード記念のアップデート。そのために用意されたメンテナンス時間はせいぜい数時間だ。その間に、カインたちは始まりの町のありとあらゆる場所を調べつくさなければならない。

 そのためには、この町の全貌を完全に把握している必要がある。

 それはダンジョン攻略に比べればあまりに些細な作業でしかない。だがカインの心はかつてないほどにやりがいに満ち溢れていた。

 この世界で何百回と剣の素振りをし、体を鍛えたところで、ステータスが上がることはない。そんな努力には何の意味もない。

 だが今行っているこの小さな作業が、やがて大きな希望の一つとなるのだ。

 それはあるいは、この世界においてキャラクターの努力が初めて実を結ぶ瞬間なのかもしれない。カインにはそれが何よりも嬉しかった。

 やがてカインは始まりの町の一角に行き着いた。カインが普段いる場所を中層と呼ぶなら、ここはまさに最下層……ノーマルキャラ達が生活する場所だった。

 別にここに来たかったわけではない。ただ普段行かない場所を散策してみようと思い立ち、そうして歩いていると自然とここに行き着いただけだ。

 だからそこで目にする何にもなんら興味はないはずだった。

 しかし。

「……」

 小さく息を呑んでしまうカイン。同じ町なのに、これほどまでに違うものだろうか。砂と埃が舞う、廃墟の世界だった。

 まるで整備の行き届いていない様子はさながらスラム街のようで、この場所からは一切の希望が感じられない。

 ノーマルキャラ達はここで生活することを強いられている。どのプレイヤーからも必要とされず、良くて他のキャラクターの合成素材に使われ、それ以外では容赦なく売却されるのを待つばかりの者たち。

 ともすればこのゲームの運営からすらも存在を忘れられていても不思議ではないようなキャラクター達。

 町のあちらこちらで、そんな者たちがひっそりと佇み、あるいは道端に座り込んでいるのが見えた。誰の目にも光はなく、かといって絶望もなく、ただ漫然と時を過ごしている。

 出撃など夢のまた夢。なんのために存在しているのかも定かではないような一日をただ生きている。

「……俺は……」

 思えば、恵まれていたのかもしれない。確かにラティにお株を奪われ出撃頻度は激減したが、それでもレアキャラクターとしての待遇を受けている。ここ最近では数えるほどしかないが、それでもたまに出撃もしている。

 最近出撃する機会が減ってるんだよな、なんてディーンに愚痴をこぼしているときも、カインは無意識にこの現実から目を背けていた。

 不遇だと嘆きながらも、下には更に下がいることを認めようとしなかった。自分の都合の悪いことから目を逸らしてきた。

「……」

 だがそれも今日までだ。カインは全てを受け入れる。ここにいる者たちの無念を。怒りを。嘆きを。そして自分もその怨讐の一部なのだと自覚し、そうして初めてカインはこの世界を革命できる。

 力強く一歩を踏み出し、カインは下層の散策を続ける。住人達が物珍しそうにレアキャラクターのカインを眺めているのを感じながら、町の端から端までを歩き続けた。

 上層とはまさに天と地の差。圧倒的な格差を目に焼き付ける。そして二時間以上歩いたとき、

「――カインさん」

 不意に後ろから声をかけられた。振り向くと、そこには懐かしい顔があった。

「あ。リーブ!」

 火属性の弓使い、リーブ。リリース当初はよくカインの火属性パーティの一員だったノーマルキャラだ。そういえば彼女を見るのも何ヶ月ぶりだろう。

 昔はカインがリーダーで、ミルドやマリーやリーブと一緒にダンジョンに出撃していたものだが、もう久しく彼女と同じパーティになっていない。

 いや、以前偶然会ったミルドとマリーですらもう何ヶ月も出撃していないと言っていた。ならリーブも同じようなものだろう。

「久しぶりだな。元気にしてたか?」

「はい。まあ、いつも一日ボーっとしてるだけですけど」

「……そうか」

 顔を曇らせるカインを見て、リーブはにっこりと微笑んだ。

「そんな顔しないでください。私、別に気にしてません。それにカインさんだって大変そうじゃないですか、バルバトスさんが追加されてから」

 バルバトス。忘れもしないあの男の名に、カインの瞳に熱い火が灯る。

「まあな。でも、」

 でもそれもじきに終わる。この世界を革命した暁には。

 ついそう口に出してしまいそうになって、カインは慌てて口をつぐんだ。

「……でも、なんですか?」

「いや、なんでもない」

 取り繕うカインを見てリーブは可笑しそうにくすくすと笑った。

「嘘が下手なんですねカインさん」

「? どういうことだ?」

「この町はもう探索する必要はないと思いますよ」

「な――」

 瞠目するカイン。なぜ彼女はカインがこの町を探索しにきたことを知っているのか。

「リーブ……どうして」

「――〝酷なる秩序に反逆の刃を〟」

「……」

 ……そういう、ことか。

 どこか奇妙な納得感を得るカイン。

 リーブはリリース当初からずっと自分の立場を憂いていた。そんな彼女にもしあんな話が持ちかけられたら……断る理由など一つもない。

「カインさんの入団は一部の団員には既に噂になっています。私、嬉しかったです。ずっとカインさんを遠くに感じていたから……」

「……お前も、創生旅団のメンバーなのか」

「私だけじゃありません。下層にいるノーマルキャラ達はだいたい団員です。下層の構造は私たちがあらかた調べ尽くしました。もうカインさんのお手を煩わせるまでもありません」

 ノーマルキャラ達だけでもおそらく二○○人はいるだろう。その大多数が旅団員なら、創生旅団の規模はカインの想像以上なのかもしれない。

「逆に、中層や上層の探索はまだ不十分なんです。だからむしろカインさんはそちらの方をお願いできますか」

「ここは任せてもいいのか?」

「はい。もう一切の見逃しはありません。何しろ私たち、時間だけはたっぷりとありましたので」

「……わかった」

 もうここに用はない。カインが踵を返すと、リーブが「あの」とカインを呼び止めた。

「カインさんは、どうしてこの革命に参加するんですか?」

「……」

 発端はどこだったのか。リーブの言葉に、改めて自問する。

 バルバトスに敗れてから? ラティを奪われてから? ……いや、もっと以前から、カインはこの日を待っていたのではないのか。

「……ただ強くなりたいわけじゃないんだ。結果的にはそうなるんだろうけど、それは手段でしかない。俺は……俺はもっと、このゲームの一員なんだって胸を張って言えるようになりたい。そうしないと……」

 この先もきっと、あらゆることを諦め続けて生きていくことになる。それだけは嫌だ。

「…………。よかった。やっぱり、カインさんは私たちの仲間です。あなたの気持ち、凄くわかります。私なんて、何人のプレイヤーに名前を覚えてもらえているか……」

 ディーンは言っていた。このゲームにおいて最も耐え難いことは存在価値を見いだせず売却されることだと。だが、もしかしたら違うのかもしれない。

「私、スーパーレアになりたいなんて思ってません。私は……いいえ、ノーマルキャラ達は皆、知ってほしいんです。ここにいるんだってこと。たまには思い出してほしいんです。……それだけなんです。忘れられる――ううん、いたのかどうかすら覚えられないことほど、辛いことはありませんから」

 悲痛な叫びにも似た述懐にカインは返す言葉もなかった。

 ただ、悲しみに掠れた彼女の声がいつまでも残響した。




 時刻が夕方を大きく回ったところで今日の探索は打ち切った。まだ全てを回り切れているとは言えないが、まずまずだとカインは頷いた。

 いつもの食堂に向かう。そこで見知った顔を見つけた。

「あ、ディーン!」

 カインと同じ初期レアの一人、ディーンがいた。四人掛けのテーブルに座り誰かと会話していた。

「カイン? ――カインじゃねえか。久しぶりだな!」

「おや」

「……こいつか」

 テーブルに駆け寄る。そこにはディーン以外にも二人の人物がいた。

「あ、ミーリル……それに……」

 カインを創生旅団へと招いた女性、ミーリル。そして、こんな中層の食堂にはあまりに不似合な人物が一人。

「せ、聖騎士フリージアさん!」

 スーパーレアキャラクター、聖騎士フリージアがそこにいた。

「こんなところで何してるんですか? もしかして出撃の帰りですか?」

 そういえば以前もこんなことがあったような気がする。リリース当初、カインとラティが食事をしているところへディーンとフリージアがやってきたのだ。

 あのときは確か焔の館というダンジョンから帰還したところだったはずだ。

「いや、俺らはその……」

 言葉尻を濁らせるディーン。ミーリルとフリージアは互いに顔を見合わせ、小さく頷き合った。

「ちょうどいいところへ。そろそろあなたに連絡をしようと思っていたところです」

 ミーリルが言った。

 息を呑むカイン。ミーリルの言う連絡とは、疑いようもなく創生旅団に関することだろう。そんなことをディーンとフリージアのいる場所で軽々しく口にするなど、どういうつもりなのか。

「こちらのレアキャラクター、カインさんも我々の同胞です」

「なっ――」

 驚愕の声はカインとディーンのものだった。

 ミーリルは今、カイン〝も〟と言った。

 それが意味するところを理解し、ゆっくりと二人の視線が交わった。

「カイン……お前も旅団員だったのか?」

「……ディーン」

 驚きはあったが、その事実はやがてカインの中で納得へと変わった。

 考えてみれば、彼もまたカインと同じ境遇なのだ。バルバトスの登場と、それに伴ったラティの人気上昇によって出撃頻度が激減したのは、同じ初期レアであるディーンも同様だ。

 なら、カインと同じ道を辿ったとしても不思議ではない。

「じゃあ、フリージアさんも……」

「そうだ。私も創生旅団のメンバーだ」

 淀みなく宣言するフリージア。まさかスーパーレアキャラクターがこんな計画に参加しているなど、カインには信じられなかった。

「ど、どうしてフリージアさんが……スーパーレアなのに」

「……っ」

「お、おいカイン!」

 苦い顔で視線を逸らすミーリルと、焦り顔でカインを制するディーン。フリージアは綺麗な瞳をギロリと剥いてこちらを睨み付けた。

「……レアリティがイコール強さなのか?」

 怒りを抑えるように言うフリージア。ただならぬ雰囲気にカインは思わず生唾を呑み込んだ。

「そ、そうじゃないですか?」

「ではラティはどうなる。奴はレアキャラクターだが下手なスーパーレアよりも出撃しているぞ」

「それは……」

「レアリティはおおまかな指標でしかない。重要なのはキャラ毎のスペックだ。スーパーレアよりも使い勝手のいいレアキャラクターもいれば……レアキャラクターよりも使い道のないスーパーレアもいるということだ」

「ふ、フリージアさんは使い道がないなんてことないですよ! 俺らと違ってたまに出撃してるじゃないですか」

 冷や汗を流しながらフォローするディーン。だがフリージアが外れスーパーレアキャラクターの扱いを受けているとカインはディーン本人の口から聞いたことがある。

「……そうだ。私は産廃なんかじゃない……。ステータスはそこまで悪くないはずなんだ……悪いのは全部スキルなんだ。運営のせいだ……くそ、誰だ私にこんなクソスキルを与えた奴は……くそ、くそぉ……呪いたい……!」

 ブツブツと呪文のように何かを発するフリージア。また始まった、という顔で困り顔を浮かべるディーンとミーリル。

 どちらもフリージアと同じ水属性ということから、何度か同じパーティになってこんなことを経験したことがあるのだろう。

「な、なあディーン。フリージアさんのスキルってなんだっけ?」

 こっそりとディーンに耳打ちする。ディーンは気の毒そうに言った。

「……リーダースキルが『味方への麻痺攻撃を防ぐ』。アビリティスキルが『先制攻撃する』だ」

「うっ!」

 び、微妙すぎる……! 

 口にこそ出さないものの、その衝撃はかなりのものだった。

 まずリーダースキルが酷い。限定的すぎて使いどころが限られるし、このゲームの仕様上麻痺攻撃は、最重要のリーダースキル枠を消費してまで防ぐほどのものでもない。

 ではサブメンバーに入るかといえば、先制攻撃アビリティは味方全体が先制できても微妙なのに、フリージアのスキルは使用キャラしか先制攻撃できないというクソっぷり。

 しかも性質上戦闘開始の初めの一ターンしか効果がない。そんなスキルを一度だけ使うくらいなら、ラティのように常時その効果の恩恵を受けられるアビリティを使うに決まってる。

 なんてむごい……完全にスキルに有用性を殺されてる。

 カインが同情の視線を向けたとき、

「――焔の館!」

 ガン、とテーブルに拳を叩きつけながら不意にフリージアが吠えた。

「あのイベントダンジョンのせいだ! あそこのボスが麻痺攻撃を使ってくるから、それに対抗するキャラとして私が追加されたんだ。初めてのボスドロップダンジョンだったから私だって初めは人気が出たのに……ドロップするボスが弱すぎて全然需要がなかった!」

 カインも聞いたことがある。焔の館でドロップするボスは一応スーパーレアキャラクターだが、ステータス、スキル共にフリージア以上に微妙すぎて今やどのパーティにも組み込む余地がないらしい。

 ……まさかそのキャラも創生旅団メンバーじゃないだろうな、という疑惑がカインの脳裏をよぎる。

「しかもその麻痺攻撃のシステムがプレイヤーから大不評を受け、そこから先しばらく麻痺攻撃をしてくる敵が実装されなかった……当然私をリーダーにするプレイヤーなどおらず、そうこうしているうちに『全ての状態異常を防ぐ』アビリティスキルを持ったキャラが追加され……とうとう私の出番は……!」

 完全上位互換キャラクター。この世界では珍しい話じゃない。そろそろカインの涙腺が緩み始めてきた。

「で、でもほら、もう一つアビリティスキルあるじゃないですか。『聖騎士の輝き』。あれは使い道ありますよ!」

 ディーンが必死にフォローを入れるが、フリージアは全く聞く耳を持たなかった。

「『聖騎士の輝き』だと……? パーティメンバーの防御力を上げるだけのスキルなんぞ意味がないだろ」

「いやでも、ほら……ワンダー・ブレイドって戦略性が売りのゲームだし、そういうスキルもきっと需要が……」

「何が戦略性だ……このゲームは結局、火力ゴリ押しゲーだろうが!」

 フリージアの悲痛な叫びにカインも内心で同意した。

 確かにこのゲームもリリース当初は高い戦略性が売りのゲームだった。

 ダンジョンの構成を全て暴き出し、練りに練った戦略を基に、出撃と同時にボス討伐までの流れが既に出来上がっているような時代があった。

 その頃はまだ多くのキャラクターに需要があり、使い道があった。

 だがどこかで間違えたのか、それともいずれはそうなる宿命だったのか。

 新たに追加されるスーパーレアは基本的に過去のキャラクターよりも強く設定される。どうしてもキャラクターのスペックはインフレしてしまうのだ。

 そしてイベントダンジョンは、その最もスペックの高いキャラクターのパーティが出撃することを想定して作成される。せっかくのイベントダンジョンをあっさり攻略されるのは運営としても本意ではないのだ。

 キャラクターの強さとして最もわかりやすいものはやはり火力だ。となれば、ボスがそれに対抗するためには高い防御力、高いヒットポイントが必須となる。

 その連鎖が積み重なれば、もはや戦略など意味を為さなくなってくる。結局高火力パーティでごり押すのが一番手っ取り早くなり、ついにはバルバトスのようなぶっ壊れたスペックを持ったキャラクターが追加されてしまった。

 そういう観点で言えばフリージアの、パーティメンバーの防御力を上げるなんていうのはおよそ需要のないスキルと言える。

「全部……全部運営のせいだ……なぜ私がアップデートで強化されないんだ……『聖騎士』だぞ。このビジュアルだぞ。スペックさえよければ人気が出るはずなのに……待てども待てども強化されない。あのシンシアですら超強化したくせに!」

「私がどうかしたんですかぁ?」

 そのとき、テーブルから離れたところから甘い声が聞こえてきた。カインたち四人が一斉にそちらを向くと、そこには今まさに食堂に入ってきたところの人物がいた。

 深緑のシンシア。カインはよく覚えている……バルバトスに敗れた際に同じ場所にいた。バルバトスと一緒になってラティを嘲笑っていた。

「シンシアァ……!」

 ギリ、と歯を噛みしだくフリージア。シンシアは三人の取り巻きを引き連れて優雅にカインたちのテーブルまで歩いてきた。おそらくダンジョン帰りなのだろう。

「フリージアさんはこんな場所で夕食をとるんですかぁ? 私はレアキャラクター達と一緒のパーティだからこの子たちについてきてあげましたけど、薄汚いお店ですねぇ」

「……わ、私もここにいる三人と一緒のパーティだったから……付き添いで」

「ええぇー? ぷっ――あははははっ! 嘘はだめですよフリージアさぁん。知ってますよぉ? フリージアさん、もうずっと出撃してないんでしょぉー?」

「ぐっ……」

 紅潮するフリージアの頬。まるで公開処刑のような惨状に、カインたちは精一杯視線を逸らしてフリージアを見ないでやることしかできなかった。

「言わなくてもわかりますよ。ご一緒してる三人のために生活のレベルを合わせてあげてるんですよねぇ? 確かに冴えないメンツ……ディーンと、えーと、あなたは誰だったかな、忘れた。それに――あれ、カイン君? あらら、その節はどうもぉ」

「……」

 テーブルの下で爪が割れるほど拳を固く握りしめ、爆発しそうな感情を抑えるカイン。

「なるほどぉ、類は友を呼ぶと言いますか、大変ですねフリージアさんも。こんな人たちにわざわざ付き合ってあげるなんて、よっぽど暇なんですねぇ。――あ、もしかしてフリージアの『フリー』は『free』って意味なんですかぁ? あははははははは! それじゃあ暇なのも仕方ないですねぇ」

 くすくすと遠慮なく笑い声を漏らすシンシアの取り巻き達。一方でカインたち四人はじっと視線を床に落とし、ひたすらにこの時間が過ぎるのを待った。

「……まだ根に持っているのか、シンシア」

「はあぁ? 何がですかぁ?」

「昔……私がお前を貶していたことをだ」

「あれぇ? そんなことありましたっけ? いいえ、全然気にしてませんよそんなこと。私は寛大ですからねぇ。人気キャラは不必要に威張る必要もないですから。今思えば、昔のフリージアさんは必死だったんでしょうねぇ。だってあんな……ぷっ、くく……ま、麻痺攻撃を防ぐなんてスキル……うっ、ぷっふふ……そんなの持ってたら、そりゃいつか落ちぶれるのも当然ですからねぇ、必死にもなりま――ぷはははははぁ! だ、だめだぁ、我慢できないいいひひひひ!」

 腹を抱えて笑うシンシアにつられて取り巻き達も声を出して笑いだす。スーパーレアのシンシアならいざしらず、その取り巻きはレアキャラクターばかりだ。そんな目下の者からすら遠慮なく嘲笑されるフリージアの心中は、もはや誰にも察することもできない。

「あーお腹いたいぃ……。はぁはぁ……ま、まあ頑張ってくださぁい。ぷくく……はぁぁ~……さてと、じゃあ私たちも行きましょうかぁ」

 はい、と元気よくシンシアに応える取り巻きたち。彼らを引き連れてシンシアは奥の個室へと向かっていった。その際中もずっと高らかな笑い声が店中に響いていた。

 一方こちらのテーブルは沈黙に包まれていた。フリージア以外の三人で目配せをし合っては視線を逸らし、咳払いをすることすら躊躇われるような気まずさの中、「お前が先に何か喋れ」と合図を送り合っていた。

「…………これで分かっただろう」

 そんな静寂を打ち破ったのはフリージア本人だった。

「レアリティなんて関係ない。スペックが全てなんだ」

「フリージアさん……」

「――だが、それももうじき終わる。次のアップデートで必ず奴らに目にものを見せてやる。……私の思いはお前たちと同じだ」

 カインたち三人は力強く頷いた。フリージアは紛れもなく革命を望んでいる。その熱はカインに勝るとも劣らない。

 なにより、いかに不遇とはいえフリージアはスーパーレアキャラクター。その助勢は単純に心強い。おそらく創生旅団の象徴的な存在なのだろう。

「気を取り直して話を戻しますが、カイン、近々あなたに連絡したいことがあったんです」

 会話の間を縫ってミーリルが口を開いた。

「なんだ?」

「まず、旅団員はそれぞれ四人編成のチームを構成してもらいます。当然、メンバーはこちらで決めさせていただきます」

 四人編成。実際の出撃で用いられる編成と同じ数だ。

「ただでさえ人手が必要なのに、更に一纏めにするのか?」

 ミーリルが横目でフリージアを確認する。頷くフリージア。

 ミーリルはテーブルに身を乗り出しカインの方へ顔を近づけた。可能な限り人に聞かれたくない話なのだろう。カインも彼女にならって顔を寄せた。ミーリルは囁くような声で言った。

「800万ダウンロードのアップデート時、騎士団が町を巡回するらしいという情報が入ってきました」

 騎士団……カインたちのような反乱分子に対する自警組織。スーパーレアキャラクターの多くが加入しているという、創生旅団の最大の障害だ。そんな者たちがよりにもよってアップデート時にはじまりの町を巡回するなど、明らかに創生旅団への牽制だ。

「……情報が漏れてるってことじゃないのか?」

「そうとしか考えられませんね。おそらく、創生旅団内にスパイがいます」

 カインとディーンが同時に目を見開いた。

「……目星はついてるのか?」

「いいえまったく。ですので、互いにチーム内のメンバーを監視してほしいのです」

「そしてこうなった以上、アップデート時に騎士団との戦闘は十分に考えられる。そのときの備えも兼ねて可能な限り強いチームを組んでおいてもらうのさ。探索力が四分の一になるのは確かに痛いが仕方ない」

 フリージアが説明を補足する。

 認識が甘かった。革命の全ては次のアップデート時に始まるとカインは思っていたが、両組織の情報戦は既に幕を開けていたのだ。

「その、さっきも気になったんですけど、俺たちでスーパーレアに対抗できるんですか?」

 ディーンがおずおずと口を開く。カインが食堂に来る前に既にこの話題は上がっていたのだろう。ディーンはスーパーレアと真っ向切って戦うという状況に一切の活路を見いだせていないようだった。

 それはカインも同じだ。むしろカインはディーンよりも一層、レアキャラクターとスーパーレアキャラクターのスペック差を痛感している。あの日、バルバトスと刃を交えた一瞬だけで、カインはそれを思い知った。まして創生旅団員の大半はノーマルキャラ達だ。スーパーレアキャラクターにとっては虫けらにも等しい戦力だろう。

「できる」

 だがそのスーパーレアキャラクターの一人であるフリージアは、ディーンの問いに即答した。

「確かにスーパーレアは強い。騎士団にいるのはその中でも更に選りすぐりのキャラ達だ。だが奴らにも付け入る隙は十分にある」

「隙、ですか……?」

 カインには全く思い当たる節がなかった。どうやればノーマルキャラがスーパーレアに勝てるというのか?

「ワンダー・ブレイド内で頻繁に使われている大火力コンボを例に出そう。リーダースキルでパーティメンバーの攻撃力を二倍。パーティメンバーのアビリティスキルで更に一・五倍。そこに属性ブーストで更に二倍。モンスターの弱点属性を突いて更に二倍。最後に大火力アビリティスキルを持つキャラの攻撃で、ボスに一気に70万ダメージを与える。……奴らにはこういうことができる」

「……」

 フリージア以外の三人は神妙な面持ちで押し黙った。一介のレアキャラクターは一生目にすることのない数字だ。レアキャラクターだけでどれだけ高火力を出そうと思っても、せいぜい1万ダメージがいいところだろう。まさしく桁違い。カインたちが相手にするのは、そういう者たちなのだ。

「――必要か?」

 不意にフリージアが問う。カインは何を訊かれているのかを理解できず、怪訝に眉を寄せた。

「確かにヒットポイントが100万とかある一部のイベントボスには有効かもしれない。だが、普通のキャラクターを倒すのに果たしてそんな大火力が必要か?」

「それは……」

「必要ない。現状もっともヒットポイントの高いスーパーレアである、『城塞の番兵メギアゴーレム』ですらヒットポイントは5000程度しかない。5000だ。たった5000のダメージで、スーパーレアは倒せる」

 カインたちは固唾を呑んでフリージアの言葉を聞き入った。

 カインのアビリティスキルは、『敵一体に3000の固定ダメージを与える』だ。カインのアビリティスキル一発でだって、スーパーレアに致命傷を与えることが可能という計算になる。

 そして、そういう固定ダメージを叩きだすスキルを持つキャラクターは、圧倒的にノーマルキャラ達の方が多い。

 彼らの出せる固定ダメージなどダンジョンのモンスターには掠り傷にもならないようなダメージソースだが、ことキャラクター同士の戦いでならば、十分な効果を発揮するということになる。

「確かにスーパーレアのスペックは、一般的なキャラクターの十倍はあると言っていい。ではそれにどうやって対抗するか……答えは明白。我々は騎士団の十倍の戦力でこれを迎撃する」

「具体的な数字は出せませんが、現実的な数字だとだけお伝えしておきます」

 ミーリルもフリージアに賛同する。フリージアの語った戦略は、決して夢物語ではないのだ。

 いよいよ革命の狼煙がのぼり始めたのを感じ、カインは細い吐息と共に口角を釣り上げた。

 すぐそこだ……この世界のパワーバランスが崩壊するまで、もう間もなくなんだ。

「それで、俺は誰とパーティを組めばいいんだ?」

「カインさんのパーティは既に決まっています。彼らには既に話を通してありますから、今から顔合わせに向かっていただけますか? 始まりの町の下層にいます。パーティリーダーはカインさんです。メンバーは……」

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