第4話 反逆の狼煙
不自然な程の遠回りを幾度も重ね、カインたちは始まりの町のとある裏路地に行き着いた。普段なら誰も寄り付かないような不気味な路地を抜け、その先にある一件の飲食店に入った。
こんなところに飲食店があったことなど初めて知ったが、それよりも気になったのはその店の構造だった。
店内の照明はおそらく意図的に薄暗くされており、そしてほぼ全ての席が絶妙に柱やカーテンに遮られており、それなりの人数がいるはずの客の姿は、ただの一人として正確に認識できなかった。
ただコソコソと何かを話し合うような声だけが聞こえてきて、その異様な雰囲気にカインは思わず生唾を呑み込んでしまう。
「いつもの席をお借りします」
ローブを着た女性はマスターにそう言うとカインを連れて店の奥へと進んでいった。そして一番奥……他の席よりもいっそう厳かに周囲から切り離されているボックス席へとカインを促し、カインは言われるがままに席に着いた。
「まずは自己紹介からしておきましょう」
そう言って女性はフードを取った。改めてその素顔を晒す女性。その顔には見覚えがあった。
「あんたは……ミーリル」
「ご存じでしたか。光栄です」
水属性のレアキャラクター、ミーリル。取り立てて特筆すべき点のないごく普通のレアキャラクターだ。
強いて言うならば……本当に〝特徴がない〟ことが何よりの特徴とでも言うべきキャラクターで、彼女を使って出撃する機会なんていうのは、あらゆるケースを想定してもあまり思いつかない。初期のガチャで五回連続で彼女を当ててしまった、くらいか。
「……創生旅団、って言ってたな。革命がどうとか……何をするつもりなんだ?」
「紛れもなく革命を行います。現在のキャラクター間のパワーバランスを破壊し、新たなる序列を作り出すつもりです」
「どうやって?」
カインの質問に、ミーリルは怪しく微笑みかけてきた。
「――逆に、どうやれば革命になり得ると思いますか? ……〝こんな世界で〟」
そう混ぜ返されて、カインはしばし沈黙した。頭を働かせてみるが……一分考えても何も思いつかず、苦し紛れに答えを捻り出した。
「スーパーレアキャラクター達に戦争を仕掛ける、とか」
「なるほど。では仮に、革命戦争を起こしたとしましょう。俗に言う弱キャラ達が一丸となってスーパーレア達に襲い掛かり、見事勝利したとしましょう。――それで、何かが変わりますか?」
「…………何も」
「そう、なにも変わらないのです。なぜなら我々を支配しているのはスーパーレア達ではないからです。我々を支配しているもの、それはすなわち、この世界のシステムそのものなのです」
その通りだとカインも納得した。この世界がゲームの中の世界であるという事実、それが全ての元凶なのだ。
カインたちを支配しているのは彼らよりももう一次元上の存在だ。革命を行うのならば、それは相手が違う。
「我々が挑むべきはスーパーレアではなく、この世界の……いわば神、ということになります」
「あんまり馬鹿げた話なら帰らせてもらうぞ」
「いいえ、あなたは帰らない」
「……どうして?」
「我々と同じ眼をしているから。この世界を呪う眼です。その眼をしている限り、あなたは我々の同志です」
「…………」
「話を戻しましょう。どうやって神に挑むか。……神、というのはすなわちこの世界のシステムということですが、そもそもそのシステムはどのようにしてこの世界を作っているのか?」
「プログラムで構築してるんだろう」
「その通りです。そのプログラムには全てが記されています。この世界の全てが。全て……そう、あなたのステータスもです。もしその数値を弄って上昇させれば……」
「……スーパーレア並のスペックを手に入れられる?」
ミーリルは目を細めて首を横に振った。
「スーパーレア〝以上〟のスペックだって手に入れられます。ステータスだけじゃありません。どんなスキルだって手に入ります。例えば……『パーティメンバーにラティがいる場合、パーティメンバーの攻撃力を一○倍にする』とか」
思わず失笑するカイン。もしそんなスキルがあれば、確かにカインは一気に最強キャラクターにのし上がれるだろう。そして出撃するときはいつもラティと同じパーティ。なるほど夢のような話だ。
――無論、実現するのならば、だ。カインが失笑したのはそこだ。
「で、どうやってソースコードを書き換えるんだ。俺たちがソースコードになんか干渉できるわけないだろ」
「それができるからこの組織が誕生したのですよカインさん」
ぴしゃりと言い放つミーリル。その確固たる自信に満ちた物言いに、カインは押し黙った。
「……詳しく教えてくれ」
「これに気付いたのは本当に偶然です。あれは500万ダウンロード記念の大型アップデートがあったときでした。始まりの町の中央ゲートの奥の方に、普通では気付かないような小さな『歪み』を見つけたんです」
「『歪み』? あんたが見つけたのか?」
「はい。私はその『歪み』の中を覗きました。すると、そこはどんな闇よりも暗い漆黒の空間で……中には夥しいほどのコードが溢れかえっていたんです」
「それが……ソースコードだったと?」
「そう気づいたときにはもう『歪み』はなくなっていました。時間にしてほんの数分のことでした。その時にわかったんです。ソースプログラムは、アップデートを行う際に一度この世界と同期する、と。そのときにならばソースコードの内部に侵入することができます」
「で……ソースコードを改竄する?」
「その通り」
「でも、肝心の改竄は可能なのか? 誰がやるんだ?」
「まだ試していませんが、ソースコードの書き換え自体はさほど難しくないはずです。なにしろ私たちも同じコードで構成されているのですから。プログラムの中へ侵入すれば、私たちは今のこの姿ではなく単なるソースコードへと存在を変換されるでしょう。そうなれば、コードへの干渉は可能なはずです。〝誰でも〟ね」
「……」
その話が本当なら、腑に落ちないことがある。なぜ、
「なぜ仲間が必要なのか、ですか?」
こちらの疑問などお見通しと言わんばかりにミーリルは言い放った。
カインは静かに頷いた。
その計画ならば、仲間を集める必要などないはずだ。秘密裏に全てを行った方がいい。むしろ仲間など、余計なトラブルを招くリスクしかないはずだ。
「それにはちゃんと理由があります。まず、肝心のその『歪み』ですが、現れる場所が一箇所ではないのです。次の600万ダウンロードの際、私と他にもう一人で中央ゲートに向かいましたが、そこに『歪み』は発生しませんでした。諦めて帰路についたとき、今度は町の兵舎裏の物陰にその『歪み』を発見したんです」
兵舎裏……確かにそんなところほとんどのキャラクターに用事はない。見つからなくても仕方ないだろう。
なるほど、とカインにもこの話の全貌が見えてきた。
「急いで『歪み』の中に入ろうとしましたが、時すでに遅しです。『歪み』は消滅し、ソースコードを改竄する暇などとてもなかった。そこからです、我々が創生旅団を立ち上げたのは」
「つまりどこに『歪み』が発生するか分からないから、できるだけ多くの人間で宝探しをしたい、ってことか」
「はい。人数は多ければ多いほどいい。時間は限られていますからね」
「……なら、あとは日程だけか。いつやるんだ?」
「我々の狙いは次の大型アップデート……つまり、800万ダウンロード突破記念イベントのアップデートです。その際、プログラム更新のためにこのゲームは数時間のメンテナンスに入ります。そこがチャンスです」
「創生旅団メンバーで一斉に始まりの町を捜索。『歪み』を発見次第ソースコードを改竄し、何事もなかったかのようにメンテナンス終了を待つ……か」
……不可能……ではない。確かに。この組織の規模にもよるが、その如何によっては不可能な計画ではない。
「このゲームの運営だってすぐには気付かないでしょう。何の異常もないことを確認してアップデートを行うのです。まさかメンテナンス中にゲームキャラクター達からハッキングを受けるなど、想像の埒外です」
「だがいずれはバレるだろう。すぐに修正されるんじゃないのか?」
「いえ、その心配はありません。たとえ意図していなかった強化であっても、一度強化してしまったら滅多なことでは修正は行えません。だってプレイヤーはそのキャラクターが欲しくてお金を出してガチャを回すんですから。それを後になってから弱体化させるなんて、非難が殺到します」
「……なるほど」
「とはいえ、あくまでも許容範囲内に留めなければなりません。ゲームバランスを著しく崩壊させかねないほどのあからさまな改竄はさすがに修正されるでしょうが、既存のスーパーレアキャラクターよりも多少強い程度の改竄ならば問題ないでしょう」
そしてこの計画を知らない者たちにとっては、その強化はあくまでも運営が行ったものとして認識される。誰に糾弾される心配もないということか。
「いかがですかこの計画。ぜひ感想を聞かせていただきたいです」
「……悪くないかもな」
「そう言っていただけると信じていました」
微笑するミーリル。同時に、知らずカインも同じように笑みを浮かべていることに気が付いた。暗く裂けた口元から、カインの中に芽吹いた復讐の火が顔を覗かせているように感じた。
「それで、創生旅団だったか? 規模はどれくらいなんだ?」
この計画の全ては人員の数にかかっていると言っても過言ではない。創生旅団の組織規模は何よりも重要だ。しかしミーリルは静かに首を横に振った。
「申し訳ありませんが、それについてはここでは申し上げられません。組織の情報は可能な限り秘匿しておきたいのです」
「秘匿、って……誰から?」
秘密は隠す相手がいなければ意味をなさない。創生旅団は秘密組織のはずだ。いったい誰から情報を守るというのか。
「――実は、我々の動きは以前からとある組織に知られているのです」
「とある組織?」
「我々と同様、運営側が用意したものではありません。キャラクター達が独自に創設した組織です。名は『騎士団』。この世界の秩序を守るという名目で誕生した自治組織です」
騎士団……創生旅団がテロ組織だとすれば、彼らは政府軍といったところか。どのようなキャラクターが所属しているのか、想像に難くない。
「騎士団にはスーパーレアキャラクター達がいるのか」
「ご明察です。それも、少数ではありません」
この世界のゲームバランスを守ろうと考えるのは、そのバランスから恩恵を受けている者だけだ。
自分たちの地位を守るために、スーパーレアキャラクター達が徒党を組んでカインたちのようなテロリストを排除しようとするのは当然だろう。
「私たちも可能な限り情報を隠匿してきたつもりなのですが、こればかりは完璧などありません。騎士団は私たちが次のアップデートの際に動き出すのを知っています。そのため、こちらのメンバーに関してはギリギリまで公開することはできないのです」
「そういう事情ならいいよ。じゃあ俺は何をしていればいいんだ?」
「基本的には決行日まで待機していただければそれで問題ありません。詳細はまたこちらから連絡いたします」
カインが首肯するとミーリルは満足したように椅子から立ち上がった。カインもそれに続いて腰を上げ、個室から出た。
「言うまでもないことですが、全て他言無用でお願いします。この店への出入りも、可能な限り控えてください」
「ああ、わかってる」
そんなものは即答すべき確認だ。カインは個室から離れ、店のドアに向かって歩き出した。
「――酷なる秩序に反逆の刃を。共に武運を、カイン」
その背中にミーリルが静かに声を投げかけた。カインは彼女の瞳をじっと見つめ返して頷いた。
店の廊下を歩く。その途中……柱やカーテンに隠れた客たちからの視線を感じた。顔は見えずとも互いに意識していた。
ここにいる者たちも創生旅団の構成員なのだろうか。ざっと見て三○人ほどは店の中にいるようだ。
この数字が創生旅団の全体の何%なのかはわからない。どのような者たちなのかもわからない。
店を出て路地裏を抜け、カインは遠方に見える上層部を見上げた。先程、カインが絶望を味わい、世界を呪い、そして新たな目的を得た場所。ソーシャルゲームのキャラクターとしてのタスクではない。一個の人格としての、切なる願いだ。
煌びやかにこの世界を彩る始まりの町の上層部。生まれながらに求められ、努力もなく、理由もなく、ただかくあるべくして成功を約束された者たちが灯す輝かしい栄華の光。その光のまるで及ばない、薄暗い路地裏の一角にカインはいる。
……その輝かしい光は、無数の敗者の無念の上に煌めいているのだ。生まれながらに軽んじられることを宿命づけられた者たちの。
――だが一つだけ言えることがある。確たる事実として存在していることを、カインは今日知った。
彼らは決して沈黙してはいない。この世界を認めてはいない。この薄暗い地の底で息をひそめ、いずれ来る革命の日を夢見ている。
カインは路地裏を抜け、町へと歩を進めた。
復讐に淀む漆黒の影が、静かに町の明かりへ伸びていた。
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