第3話 虚無の箱庭3
二ヶ月が経った。ワンダー・ブレイドはじきに700万ダウンロード突破が目前と噂され、始まりの町は活気に溢れていた。
リリース当初に比べれば始まりの町の人口密度も格段に増えた。あれからもう三○○人を超える新キャラクターが追加されているのだから当然だ。
新しいシステム。新しいダンジョン。新しいボス。様々なものが追加され、ワンダー・ブレイドは今が人気絶頂期。多くのプレイヤーに愛され、皆がこの世界を楽しんでくれている。
……だがその喜びは、プレイヤーと、そして一部の人気キャラクターだけのものだった。
「あ、カインさん。お久しぶりです」
背後から声をかけられてカインは振り向いた。
そこにいたのは、ノーマルキャラクターの火の剣士ミルドと魔法使いマリーだった。
以前はよく同じパーティになっていたが、最近ではめっきり会うこともなくなっていた。懐かしい再会に顔のほころぶカイン。
「ああ、久しぶり」
「聞きましたか? もうすぐワンダー・ブレイド700万ダウンロードだそうですよ。凄いですよね!」
「……ああ」
ミルドの明るい笑顔に、カインは乾いた返事を返すのがやっとだった。
「もう俺たちみたいなノーマルキャラにはイベント事しか楽しみがないですからね」
「そうなのか?」
「はい。だって俺たち、もう半年以上出撃してませんし」
「……そうか」
「――ねえちょっとミルド。もう行きましょう」
マリーが気まずそうにミルドの服の袖を引っ張る。
「どうしたんだよマリー。折角カインさんと久しぶりに会ったんだ。いろいろ話を聞こうぜ」
「……話せるようなことなんてなにもないよ」
「またまた。知ってますよ。数ヶ月前のアップデートで凄い強化されたらしいじゃないですか。レアキャラクターの中では上位クラスの強さだって噂ですよ。あ、もしかして今もダンジョン帰りですか?」
「ミルド!」
マリーがミルドの腕をぐいと引く。
「あの、カインさん。私たちこれで」
「……ああ。またな」
覇気のない声でそう返事をし、カインは踵を返して歩き出した。
「――え? カインさんが戦力外!?」
「バカ、声が大きい!」
背後からミルドとマリーの声が聞こえてくる。声はすぐに小さくなったが、それでも何を話しているのかは聞き取れた。
「――もうカインさんが出撃する機会はほとんどないのよ。初級ダンジョンはラティさん。中盤以降はスーパーレアパーティが基本だから」
「じゃあ、もう初級ダンジョンにも出撃できないのか?」
「不憫よね……悪くないスペックを持ってるはずなのに、ラティさんのせいで……」
耐え切れずカインはその場から走り去った。
彼らの言う通りだった。カインはこの二ヶ月、ろくに出撃していなかった。序盤のダンジョンでさえ。
ガチャで出やすい分だけ他のレアキャラクターの方がずっと出撃頻度は高いだろう。
だがカインは初期レア……プレイヤーのほとんどがラティを選ぶようになった今、カインはもう誰からも必要とされなくなっていた。
「くそ……!」
惨めだった。どうせならノーマルキャラならよかった。そうすればミルドやマリーのように諦められたのに。
下手にレアキャラクターで、初期レアの一人で、強化なんてされてしまったから……そんな考えばかりが脳裏をよぎる。
このままどこかへ消えてしまいたい。そう思って町を走り続けた。そうしなければ、逃れようのない現実に押しつぶされてしまいそうだった。
そうしてあてどなく、力尽きるまで走り続けた。
そのとき。
「――きゃあ!」
「うわ!」
曲がり角から出てきた人物を避けきれず、勢いよく衝突して転倒してしまう。
「痛ぁい……もう、誰よ」
「す、すみません!」
起き上がって謝罪しながら、倒れた女性に手を差し伸べたカインはそのとき瞠目することになった。
「あれ、カイン?」
「……ラティ」
そこにいたのはラティだった。予想していなかった再会に、カインはしばし言葉を失う。
「久しぶりだねカイン。どうしたの、そんなに急いで」
「いや、俺は……」
本当に久しぶりだった。もう三ヶ月近くもラティと会えていなかった。
会って話したいことが沢山あった。聞きたいこともあった。だが実際にこうして顔を合わせると、頭の中が真っ白になって何の言葉も出てこなかった。
「? じゃあ、私はこの辺で。またねカイン」
「あ……」
この場を去ろうとするラティが一歩踏み出したとき、カインは反射的に彼女の腕を掴んでいた。
「な、なあラティ! 今から飯食いにいかないか!」
「え、な、なに?」
狼狽するラティ。だがカインは彼女の手を掴んで離さなかった。今ここで手を放すと、二度と会えなくなるような得体の知れない不安だけがカインを駆り立てていた。
「な、いいだろ? 久しぶりに会えたんだ。いろいろ話したいこともあるしさ」
「でも私……」
「な、なにか用事でもあるのか?」
「……」
考えこむラティ。ドクドクと早打つ心臓の音を感じながら、カインは必死にラティの手を握り続けた。
「……まあいいか。そんなに急いでるわけでもないし」
「そ、そうか! よかった。じゃあ行こう!」
安堵と共に弛緩した笑みを浮かべて、カインはラティの手をひいて歩き出した。
だがそうして歩いている間も、何か粘つくような焦燥感がカインの背筋を撫でているような気配をずっと感じていた。
いつもの食堂でラティと同じテーブルに座り、適当に食事を二人分頼んだ。
「――最近、どうなんだ?」
開口一番、とりあえず一番訊いておきたかったことを訪ねた。
「どうって?」
「その、凄い活躍してるって聞いたから」
「……まあ、ぼちぼちかな。よくイベントダンジョンにも出撃するし」
「へえ、凄いじゃないか。念願叶ったってところか」
「念願?」
「前に言ってただろ? 一度でいいからイベントダンジョンに出撃してみたいって」
「……あー、そうだったね」
思い出したように頷くラティ。
「なんだよ、もう初心は忘れたのか?」
「べ、別にそういうわけじゃ……」
「ははは。まあ無理もないな。今じゃ最強パーティのメンバーの一人なんだから」
明るく笑うカインとは対照的に、少し表情を曇らせるラティ。
「羨ましいな。レアキャラクターなのに、スーパーレアキャラクターを押しのけてパーティメンバー枠に入れるなんて。大出世じゃないか」
「私の力じゃないよ。全部バルバトス様のおかげ」
「――バルバトス……〝様〟?」
違和感から聞き直す。確かにカイン達にとってスーパーレアキャラクターは問答無用で目上の存在だが、様までつけるのは少し過度じゃないだろうか。
「バルバトス様は本当に凄い方だよ。バルバトス様以降も何人かスーパーレアキャラクターが追加されたけど、未だにプレイヤー人気はダントツでバルバトス様が一位なんだから。それに優しいし、頼もしい。とっても素敵な人なんだよ」
「そ、そうか……」
「私なんて、あの人がいなかったら良くて終盤のダンジョンに呼んでもらえるくらいだよ。バルバトス様には頭が上がらないよ」
熱っぽく語るラティの表情に、カインはなにか不吉なものを感じた。今までラティのこんな顔は見たことがなかった。
「尊敬してるんだな」
「うん、もちろん」
楽しそうに破顔するラティのその笑顔はとても可愛らしくて……無性にカインの焦燥感を煽った。
「そういうカインはどうなの最近」
「――俺……は……まあ、普通かな。たまに中盤のダンジョンに行ったり、とか」
嘘とも本当とも言えない微妙な返答で茶を濁す。
「俺はイベントダンジョンなんて行ったことないぜ。あの辺のダンジョンってどんな感じなんだ? やっぱり化け物みたいに強いボスがいるのか?」
「別に。私たちはどんな敵にだってまず負けないし」
「へ、へえ……じゃあもうどんなダンジョンも作業みたいになってるのか」
「……作業って……」
顔をしかめるラティ。
「昔は俺たち同じくらいの人気だったのに、今じゃ大きく溝を開けられてるもんな。俺も頑張らなきゃな」
「……」
「俺もラティみたいに忙しく出撃してみたいよ」
カチャリとラティがフォークをテーブルの上に置いた。見ると、ラティはほとんど料理に手をつけていなかった。
「どうしたんだ? 食欲ないのか?」
怪訝な顔で尋ねる。ラティはゆらりとこちらを見遣ると、
「――なんか今日のカイン、嫌味っぽいよね」
見たことのないような冷めた瞳でカインを射抜きながらそう言った。
「ら、ラティ?」
「ずっと言われてきた……。レアキャラクターのくせに……バルバトス様のオマケのくせに……カインも、そう思ってるんでしょ? だから今日はそんなに嫌味ばっかり言うんでしょ?」
「ちょ、ちょっと待てよラティ! 俺は嫌味なんて……!」
「カインはいいよね。もう全部諦めてるんでしょ? 誰からも期待されてないんでしょ? でも私は……っ」
そこでラティはふと我にかえったように頭を振った。
「……ごめん。最近ずっと気が立ってて。いろんな人と、その……いろいろあって」
「いや……別に……」
こんな険しい顔をするラティなどカインは今まで見たことがなかった。
人気キャラクターとしての栄光の道のりは、カインが思っている以上に様々なしがらみに溢れているのだと知った。
「ごめん、今日はもう帰るね……さよなら」
「お、おいラティ!」
カインの制止を振り切り、ラティは椅子から立ち上がるとそのまま食堂から走り去っていった。
急いでそれを追いかけるカイン。だが人混みに紛れたラティを一度見失うと、そこから彼女の姿を探し出すのは困難だった。
陽が落ちるまで始まりの町を走り回り懸命にラティの姿を探すが、一向に足取りが掴めないまま時間だけが過ぎていった。
だがこのままラティと別れることだけは嫌だった。伝えたいことも伝えられず、彼女を傷つけたままにしておくことなんてカインにはできなかった。
「でも、ラティが行きそうな場所なんて……」
それでなくともラティとは三ヶ月も会っていなかったのだ。今ラティが向かいそうな場所なんて……。
「――待てよ?」
そこではたと思い至る。いくらラティが人気キャラになったからといって、一度も会えないなんておかしくはないだろうか。
カインはこの二ヶ月ほとんど出撃もなく、ずっと始まりの町にいた。なのにずっと会わなかったということは。
ラティは普段は始まりの町にはいない……あるいは、始まりの町の中でもカインが普段行かないような場所にいる、ということではないのか。
カインは疲れ果てた体に鞭打ち再び走り出した。始まりの町のある一角を目指して。
そこは所謂、始まりの町の上層部とでもいうのか、スーパーレアキャラクター達が主な住人の区域がある。カインのようなレアキャラクターは滅多に立ち入ることのない場所だが、今のラティならばそこにいてもおかしくない。
上層部へと到着したカインは、そのまま足を止めることなくラティを探し続けた。
始まりの町には似つかわしくないような煌びやかな街並みを走り抜ける。途中で何度もスーパーレアキャラクターを目にした。
彼らは誰もが、なぜ初期レアのカインがこんな場所にいるんだ、というような顔をしていたが、カインは気にせず走り続けた。
そうして数十分が過ぎたとき、
「――ご馳走さまでした!」
聞き覚えのある声が聞こえてきた。T字路の曲がり角の先……そこから紛れもなくラティの声が聞こえてきた。
「ラ――」
急いで曲がり角から顔を出したカインは――しかしそこで動きを止めた。
とある高級レストランの出入り口にはラティと、そして木龍の魔剣士バルバトスの姿があった。
ネオンの光に照らされた二人な幻想的で、まるで元からそうして生まれてきたかのような調和があった。
「今日はあまり食が進んでいないようだったけど、口に合わなかったかな?」
「そ、そんなことありません! さっき友人と会って、食堂で少し食事をしてきてしまったので……すみません」
「ふふ。謝ることじゃないさ。それにしても食堂って、あの中層の? 毎日上層の食事ばかり食べているから、もう舌が味を忘れてたんじゃないかい?」
「私は、その……バルバトス様と一緒に食べるお料理が一番おいしいです」
「そうかい。嬉しいよ。僕もこうして君と一緒の食事は楽しいよ」
どんな美女でも一目で恋に落とせそうな微笑を浮かべるバルバトスと、それをうっとりとした熱っぽい瞳で見つめるラティ。
「私……夢みたいです。私みたいな、ただのレアキャラクターがバルバトス様と……」
頬を染めて俯くラティの顎を右手でくいと上げ、バルバトスは優雅に首を横に振った。
「自分を卑下しちゃいけない。君はどんなスーパーレアにも負けないくらい素敵な女性だよ」
「バルバトス様……」
――目を逸らすことしかできなかった。
T字路の影に身を隠し、震える身体を抱きすくめて、カインはただうずくまることしかできなかった。
必死に目を閉じて、少しでも入ってくる情報を遮断した。破裂しそうなほど脈動する心臓と、耐え難い吐き気以外には、何も認識できなかった。必死に考えないようにした。
不自然に空いた二人の会話。その空白が何を意味するのか。T字路の向こうから伸びている二つの影が今どのようになっているのか。全てから目を逸らした。何も理解したくなかった。
だがそれでも一つだけ、否が応にも理解せざるを得なかった。
――ラティはもう、なにもかも……自分からは遠い存在になってしまったのだという、その事実だけは。
どれくらいの時間そうしていたのか。まるで眠るようだったまどろみも、こちらへ歩み寄ってくる足音で覚めた。その足音はバルバトスのものだった。いつのまにかラティの姿はなく、バルバトスはT字路を直進していった。
その傍ら、曲がり角でうずくまるカインなど眼中になく颯爽と歩き去るその背中をカインはただ見つめることしかできなかった。
「――ラティ? 別に、彼女のことはなんとも思っていないさ」
その言葉を聞くまでは。
ゆらりと、カインはゆっくりと顔をあげた。呆然と。真っ白な頭のまま、ただバルバトスの方を眺めていた。
バルバトスは誰かと一緒に肩を並べて歩いていた。見覚えのある後姿。女性だった。
「本当ですかぁ? それにしては随分仲好さそうでしたけどぉ?」
深緑のシンシア。ラティと同じくバルバトスの定番パーティメンバーの一人。今日はラティとバルバトスだけではなく、彼女も含めて三人での食事だったようだ。
「まあ、一応は同じパーティメンバーだしね。彼女はなんていうか、妹みたいなものかな」
「妹ですかぁ? どっちかっていうと〝ペット〟みたいな感じに見えますけどぉ」
「ペットか。はは。まあそれもいいかもね」
眼球の奥で灼熱が弾けるのを感じた。
「だいたい、ただの初期レアとスーパーレアの僕が釣り合うはずがないだろう?」
「あはは、それもそうですねぇ。でもラティちゃんカワイソー。あの子本気でバルバトスさんのこと好きみたいですよぉ?」
「いいじゃないか、夢くらい見させてあげれば。いずれ彼女の上位互換が追加される。それまではね」
「ふざけるな、テメエ」
振り返る二人。燃え盛る双眸がバルバトスを射抜く。岩のように固く握りしめられた右手が怒りに震える。
空っぽだったカインの中身が、今や荒れ狂う憤怒だけで満たされていく。その全てを曝け出し、カインはバルバトスの前へと立ちはだかった。
「? 君は……すまない、誰だったかな」
「あ、ひょっとしてカイン君?」
「カイン? ああ、君が……それで、何か用かな?」
呑気に尋ねてくるバルバトス。カインが何に対して怒っているのか、それすら理解していないこの男に向かって、カインは一歩足を踏み出した。
「お前は……ラティを弄んでやがるのか」
「――、……なるほど」
ようやくカインの言いたいことを察したのか、バルバトスは僅かに目を細め、シンシアはややバツが悪そうな顔をした。
「そこの角からいろいろと覗いていたようだね。でも、君には関係のないことだ」
「……関係ないわけあるか。俺は……俺はあいつの……!」
その先に続く言葉を言えず、カインは歯噛みした。
そんな自分が情けなくて、尚更バルバトスを睨み付ける視線を強めた。バルバトスはそんなカインを蔑むかのように……まるで精一杯威嚇する子犬を見るような目で一瞥した後、
「嫉妬か。どいつもこいつも……見苦しいね。ラティも靡かないわけだ」
ブチンと何かが切れる音が脳裏に響き、カインは駆け出していた。
腰の剣を抜き払う。ありったけの憎しみを込めた一斬は、それ故にかつてない威力を纏っていた。
スーパーレアのシンシアですらおそらく容易に視認できない速度の一撃を、不意打ちも同然にバルバトスに繰り出した。
加えてカインは火属性でバルバトスは木属性。相性ではカインが圧倒的に有利だ。ならばやれる。この男に一撃を叩きこめる。そう確信した。――だが。
鋭い金属音。カインの一撃はバルバトスの剣によって防がれていた。いつ剣を抜いたのかすら分からないほどの早業で抜剣してみせたバルバトスは、涼しい表情を一切崩すこともなかった。
ギリギリと火花を散らす鍔迫り合いの向こうで、バルバトスが白けきったように肩をすくめた。
「弱点属性を突いてこの程度か。ラティと同じくアップデートで強化されたと聞いていたけれど……所詮はレアキャラクターか」
直後、バルバトスが剣を振りぬいた。スキルも何もないただの力任せの一撃は、いとも簡単にカインを後方へ吹き飛ばし、壁に激突させた。
「がッ……!」
ただそれだけでカインのヒットポイントは限界まで弾け飛んでいた。今まで戦ったどのモンスターの一撃よりも重く速い。
もし属性がカインに有利でなければ、今頃カインは気絶して地面に崩れ落ちていただろう。
これがスペックの違い……今までは漠然と数値でしか感じていなかったが、いざこうして剣を交えてみると、その差に愕然とするしかない。
カインはもはや立ち上がることもできず、膝をついて必死に激痛に堪えていた。
「……行こうシンシア」
バルバトスは勝利の余韻など感じる素振りも見せず、ただ興ざめた不快感だけを露わにしてカインに背を向けた。
「いいんですかぁ?」
「ただでさえいつもダンジョンを周回させられてるんだ。これ以上雑魚の相手は勘弁してくれないか」
「ふふ、それもそうですねぇ」
そうして二人は何事もなかったかのようにその場を後にした。バルバトスはとうとうカインに対して、耳元で羽音を聞かせる虫を払ったくらいの反応しか見せなかった。
残ったのは静寂と、惨めに項垂れるカインだけだった。
「……っ……ぅ――くッ……」
何もかもが色あせていた。目に映る全てが。ただ虚しさと悔しさと惨めさ……そういったものだけが今この場を支配する全てだった。
「あああああああああああああああああああああああああああ!!」
拳を地面に叩きつけ、あらんかぎりに叫んだ。
焦げ付くような絶望感がカインの心を侵していく。今は全てが呪わしかった。全てが。この世界の全てが。
「なんなんだ! なんなんだよこの世界は!」
カイン達はゲームキャラクター。生まれたときから全てのスペックが決まっている。
努力も、願いも、あらゆることが全て無意味に帰すシステムの中で、自分たちは生まれながらにして負け続ける宿命なのか。何をどうしたって、レアキャラクターはスーパーレアキャラクターには勝てないのか。
「じゃあどうすればいいんだよ! 全部諦めるのかよ!」
あのノーマルキャラ達のように。夢も、願いも……たった一人好きになった女性すらも。
あらゆるものを諦めて、道化を演じることだけが自分たちにできることなのか? 誰に決められたとも知れないプログラムに従って、それを甘んじろというのか?
そんなのは間違ってる。
そうだ。間違ってるんだ。
こんな世界は。こんな世界は。こんな世界は!
「こんな世界ッ!」
「――赦してはいけない。そうですよね?」
不意に頭上から放たれた言葉に、カインはしばし放心したまま動きを止めた。
やがてゆっくりと振り向くと、そこには一人の女性が立っていた。闇から滲み出たような黒いローブに身を包んだその女性は、静かにカインに手を差し伸べた。
「この理不尽な世界を赦してはならない。我々は蔑まれることに甘んじてはならない」
「あ、あんた……は?」
「あなたを我々の組織に招待いたします。共に戦いましょう、カイン」
何を言われているのか理解できなかった。ただ、何もかもが抜け落ちて空っぽになったカインの心に、彼女の言葉が驚くほどするすると染み込んでいくのを感じた。
「組織、って……なんのことだ。あんたは誰なんだ」
幽鬼のような虚ろな瞳で、カインは誰何をした。女性は、ふ、と微笑んで口を開いた。
「我々は創生旅団。私たちの目的はただ一つです。
我々はこの世界を――革命する」
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