第2話 虚無の箱庭2


 それから二ヶ月が経った。

 カインは相変わらず序盤のダンジョンで雑魚モンスターを倒す日々が続いていた。

 変わったことと言えば、

「『メテオストーム』!」

 降り注ぐ火球の雨が禍々しい魔鳥へと直撃し、魔鳥は断末魔とともに地面に墜落した。

 歓声と共に剣を突き上げるカイン。それに合わせてくれたのは同じレアキャラクターの剣士だけで、他の二人は白けたように踵を返してダンジョンを後にした。

「もう作業だなこれ」

 炎の使い手。スーパーレアキャラクター、『炎帝のメドヴィエル』が欠伸交じりに言う。

「なんで私たちがこんなダンジョンに出向かないといけないのかしらね」

 もう一人は水属性のスーパーレアキャラクター、『水の踊り手ラクシュミー』。どちらもほんの一月前に追加された新キャラだ。

「ま、まあ今はほら、200万ダウンロード記念でスーパーレアが当たる確率が超絶アップ中なんで、始めたばかりのプレイヤーがスーパーレアを当ててるんじゃないですかね」

「毎日チケット配ってるものね。――カイン、あなた明日にはこのパーティから外れてるわよきっと」

「っ……も、もう慣れましたよ」

 愛想笑いで誤魔化す。だが内心は決して穏やかではなかった。

 つい二週間ほど前にワンダー・ブレイドのテレビCMが放送され、その効果で急激にダウンロード数が伸びている。その影響か、ことあるごとに新キャラクターが追加されている。

 基本的に、新たに追加されるキャラクターというのは旧キャラクターよりも高い性能を持っている。

 そういう点で言えば、カインなどは最古参だ。新しい波に呑まれて、最近では炎の洞窟にすら出向くことはほとんどなくなるほどに、プレイヤーは早い段階で強いキャラクターを手に入れることができるようになっていた。

「……あんまり気を落とすなよカイン」

 剣士がカインの肩をポンと叩き、囁き声で励ましてくれた。

「高望みさえしなけりゃ俺たちだって立派なレアキャラクターさ。程々に頑張っとこうぜ」

「……ああ。そうだな」

 カインは乾いた返事を返すことしかできなかった。




「へー、そんな序盤のダンジョンにスーパーレアが二人か。凄い強運のプレイヤーだな」

「ああ、まいったよ本当に」

 カインはいつもの食堂でディーンと夕飯を食べながら愚痴を聞いてもらっていた。

「お前の方はどうなんだよディーン。相変わらずフリージアさんと同じパーティになってるのか?」

「いや、最近はほとんど一緒に出撃しないな。まああの人が出撃するようなダンジョンなんて俺が呼ばれないってだけかもしれないが」

「へー。まああの人も天下のスーパーレアだ。今も大活躍してるだろうな」

「……それがよ」

 うって変わったディーンの真剣な表情。周囲を気にするように見回したあと、ディーンはカインに顔を近づけ、声量を抑えて話しだした。

「聞くところによると、フリージアさんって、プレイヤーの間では、その……『外れスーパーレア』扱いになりつつあるんだと」

「え、フリージアさんが!?」

 思わず大声を出してしまい、慌てて周囲を見回す。幸い誰にも気に留められていないようだった。

「……なんでまた。鳴り物入りで参入したのに」

「まあ、フリージアさんが追加されてからもう二ヶ月以上経つ。その間に追加されたスーパーレアは五人……そのどれもがフリージアさんより高いスペックを持ってるらしい」

「……」

「それに、フリージアさんのスキルって限定的すぎるし、扱いづらいから……最近は出撃よりも、召喚される頻度の方が高いって噂だ」

 プレイヤーがガチャを引き、当たったキャラは神殿に転送される。強いキャラクター、人気キャラクターというのは往々にして当たりづらい。

 逆にスーパーレアだというのに度々召喚されているということは……そういうことなのだろう。

「なんというか、この世界もどんどん変わっていくな」

「ああ。この先追加されるキャラクターはみんな俺たちよりも強いやつらばっかりだぜ。……いや、俺たちなんてまだいい方だ。ノーマルキャラ達なんて、もうほとんど出撃しないらしいぞ。かといって合成に使われることもないから、その……売却されるばっかりだって」

「……」

 売却は、キャラクターにとって最も耐え難い仕様の内の一つだ。

 合成に使われるでもなく、もちろん出撃できるわけでもなく、単純にキャラクターの格納ボックスを圧迫するだけなので削除するという意味が込められている。

 自身の存在意義の全てを否定されてしまうのだ。ノーマルキャラクター達は、もうずっとそんなことばかり経験しているらしい。

「はあ……俺たちもいつかそうなるのかもな……」

 深い溜息を共に食事を進めるディーン。沈鬱な空気が流れたそのとき。

「二人ともー!」

 食堂の入り口からラティがこちらに手を振っていた。慌ただしくテーブルを掻き分け、こちらに走り寄ってきた。

「どうしたラティ、そんなに急いで」

「二人とも聞いた!?」

「だから何がだよ」

「300万ダウンロード記念の話!」

 目を輝かせて言うラティとは対照的に、カインとディーンは互いに顔を見合わせて首を傾げた。

「300万って……今200万ダウンロード記念イベントやってるところだろ。まだ先の話じゃないのか?」

「ううん、テレビCMの効果で、もの凄い勢いでダウンロード数が伸びてて、このままだと二週間もしない内に300万ダウンロード行きそうだって!」

「へー、そりゃすごいな。でもそうなると、俺たちはますます肩身が狭くなりそうだな」

 ディーンが全てを諦めたような顔で、苦笑すら浮かべて肩を落とす。だがラティは変わらず興奮した面持ちを崩さないまま、バン、とテーブルに両手をついた。

「そんなことないんだよ! 実はね、300万ダウンロード記念に、大型アップデートがあるらしいの!」

 アップデート。ゲームの仕様を追加したり、あるいは変更したりするバージョンアップのことだ。

「そのアップデートで、私たち三人のステータスが上方修正されるらしいの!」

「なんだって!?」

 椅子から立ち上がるディーン。カインも驚きに目を見開いた。

「それだけじゃなくて、スキルも強くなるって話なの! これで私たちも一気に強キャラの仲間入りができるかもしれない!」

「ほんとか! やったなカイン!」

「ああ!」

 満面の笑みで喜び合うカインたち。その日は朝まで三人で今後のことについて予想し合い、夢を語り合い、期待に胸を弾ませた。

 この強化によって、カインたちの絆は更に深まると思った。ワンダー・ブレイドを代表する三人として胸を張って、カインはラティの隣に並べるようになると。

 だがそのアップデートは、カインにとって崩壊の序章でしかなかった。




「緊張してるのか、カイン?」

 スーパーレアキャラクター、炎帝のメドヴィエルがカインに声をかける。

「い、いや大丈夫です!」

 カインは精一杯虚勢を張って歩を進めた。

 そびえ立つ無数の大樹。日中だというのに光も射さないほど木々に閉ざされた森林には、暗く濁った空気が溢れていた。

 闇の大森林。中盤の最難関とされる高難易度ダンジョンだ。木属性に有利なカインは、サブメンバーとしてパーティに参加していた。

 カインが今まで訪れた中で最も難易度の高いダンジョンだ。カインは今までにないほど緊張していた。

 パーティメンバーはカイン以外は全て火属性のスーパーレアだった。彼らからすればこの程度のダンジョンはどうということはないのだろう。

 皆凛とした佇まいで微塵も緊張を窺わせない。紛れもなく、木属性ダンジョンを攻略する上でのオールスターが揃っている。

 そんなパーティの中に、カインが参加していた。

 二週間前の大型アップデートによって、カインのスペックは大きく上昇した。

 ステータスは大台の四桁まで上り詰め、リーダースキルは『パーティ内の火属性キャラの数だけパーティメンバーの攻撃力が大アップ』に。アビリティスキルは『敵に3000の固定ダメージを与える』になり、大幅な強化が施された。

 ディーンとラティも同様に強化され、あの二人も今忙しそうにダンジョンに向かう日々が続いている。

 この二週間、カインの気分は最高だった。




 無事にダンジョン攻略を終えたカインはいつもの食堂に向かう。

 だがそこにはディーンとラティの姿はなかった。

「ふう……なんか最近全然あいつらに会えてないな」

 お互い出撃が増えて自由時間が減ったのが原因だろう。バージョンアップ以降、もう二週間近くずっと二人に会えていない。この世界において出撃が増えるのは何よりも喜ぶべきことだが、ラティに……好きな人に会えないのは少し寂しかった。

「まあ、近い内にまた俺も余裕ができてくるだろ」

 確かにカインは強化されたが、またすぐに新しいスーパーレアキャラクターが追加されれば、今日のようなダンジョンに出向くことは少なくなるはずだ。そうすればまたラティと会える時間も増える。今はこの忙しさを楽しんでおかなければ。

 ……そう思っていた。だがそれは間違いだった。

 正確には、〝半分が〟間違いだった。




 カインの予想通り、その後追加された火属性のスーパーレアキャラクターの二人が今までよりも更に一層高いスペックを持っており、四つしかないパーティメンバーの枠からカインは早々に弾かれることになった。

 だが序盤から中盤までなら十分に通用するスペックを持っていたので、カインはそのあたりのダンジョンをメインに攻略に出向くことが増えた。

 アップデート当初よりは出撃頻度は減ったが、それでも以前に比べれば十分な扱いだ。カインは何の不満もなく日々を過ごしていた。

 ……一つ気がかりだったことは、そうしてカインの出撃頻度が減少して落ち着いている間も、ラティの出撃頻度は一切衰えなかったことだ。

 アップデートから、もう二ヶ月近くラティと会っていなかった。

 以前同じパーティになった木属性のレアキャラクターから話を聞いた限りでは、ラティはスーパーレアキャラクターと同じレベルの人気を誇るキャラクターになっており、レアキャラクターの間でも頭一つ飛びぬけた扱いを受けているとのことだった。

 最初は仕方ないと思っていた。カインの出撃頻度が落ちたのも、カインの代わりに強力なスーパーレアキャラクターが追加されたからだ。ラティにはまだそれがない。

 が、それも時間の問題だ。いずれラティの代わりとなるキャラクターが追加され、ラティの自由時間も増えるだろう。

 ……そう考えていたとき、カインは自らの浅はかな考えを恥じた。

 ラティは今ゲームで活躍していて幸せなんだ。なのに、ラティがメインパーティから降板するのを望んでいるようじゃないか。

 今はラティにとって一番大事なとき。心から応援してやるのが本当の仲間じゃないか。




 ――だが。500万ダウンロード記念のイベントが始まったとき、事件は起こった。

「おいカイン、聞いたか!?」

 バン、と勢いよく食堂のドアを開け放ち、ディーンがカインの座っているテーブルまで駆け寄ってきた。

「な、なんだよ。どうした」

「この前追加されたスーパーレア!」

「いや、知らないな」

「バカお前! これ見ろ!」

 ディーンはテーブルの上に一冊の本を投げ出した。

 これは全キャラクターの情報が載っているキャラクター図鑑だ。この本の一ページ目の初めに、カインとラティとディーンが載っている。

「えっと、新スーパーレア……この人か」

 最新のナンバーがついたキャラクターを目で追う。

 『木龍の魔剣士バルバトス』……それが500万ダウンロード記念に追加されたキャラクターだった。

「木属性……」

 スペックを見る。なるほど、恐ろしく高いスペックだ。どのステータスもカインの軽く三倍はある。ディーンが慌てている理由も合点がいった。

「つまり、木属性でまた凄いキャラが追加されたから、ラティがメインパーティから外れるときが来たってことか」

 複雑な気持ちだった。これまで随分と長い間第一線で活躍してきたラティも、ついに新しい波に呑まれるときがきたようだ。

 だがディーンはペシンとカインの頭を叩くと、図鑑のとある箇所を何度も指さした。

「ここ見ろここ!」

 言われるがままにそこを見ると、バルバトスのスキルが記されていた。

「なになに? リーダースキルは『パーティ内の木属性キャラの数だけ攻撃力を特大アップ』。完全に俺たちの上位互換だな」

「そこじゃねえよ。アビリティスキル見ろ!」

「えっと、アビリティスキルは……『パーティメンバーのアビリティスキルの効果を大アップ』……? 見たことないスキルだな。どういうことなんだ?」

「お前、この間シンシアさんが大幅強化された話知ってるか?」

 頷く。深緑のシンシア。リリース初期からいる初期スーパーレアの一人で、ラティの古くからの友人だ。以前食堂で会ったことがある。

 そのスペックの低さからリリース当初から外れスーパーレアの代表格とされていた彼女が、400万ダウンロード記念のアップデートで大幅に強化されたのだ。

 ステータスもさることながら、注目はそのアビリティスキル。『パーティメンバーのヒットポイントを大アップ』というもので、攻撃力の高いモンスターの出現するダンジョンでも耐えきれるヒットポイントを持てることから一気に需要を獲得した。

「つまり、バルバトスさんとシンシアさんが組めば、ただでさえ高いヒットポイントが更に高くなるってことだ」

「それは……凄いな。もう、ちょっとやそっとの攻撃じゃゲームオーバーにならないんじゃないか?」

「――じゃあ、〝そこにラティが加わればどうなる〟?」

 途端、カインの背筋に電流が走った。そこでようやく、カインはディーンがこれほどまでに狼狽している理由に思い至った。

「ラティのアビリティスキルは『パーティ内の木属性キャラの数だけパーティメンバーの回復力を大アップ』……つまり、バルバトス、シンシア、そしてラティ……この三人が組めば」

「――高攻撃力、高ヒットポイント、高回復力のパーティが出来上がる……」

「そうだ。もうプレイヤーの間じゃあ、それが現段階で最強パーティだって噂が広まってる。実際、今までラティを放置してたプレイヤーが急いでラティをレベルアップしてるし、最初にラティを選ばなかったプレイヤーは、ラティを目当てにガチャを回すほどだ」

「……」

 ガチャでスーパーレアよりも需要を高めたレアキャラクターなど聞いたことがない。しかもそれが初期レアなんて、にわかには信じられない話だ。

「で、でも俺たちにだってチャンスが……」

「いや、それはねえ。ラティはアビリティスキルがステータス上昇のスキルだったからこそここまで人気が出たんだ。だが俺たちのステータス上昇スキルはリーダースキル……。もし仮に水属性、火属性のバルバトスみたいなのが追加されても、俺たちはラティみたいにはなれねえ」

「……も、もしかしたら俺たちのアビリティスキルがアップデートで変更に……」

「馬鹿か。ついこの前に強化されたばかりだろ。もう当分……下手すりゃ二度と俺たちの強化なんてねえよ」

「……」

「ってことはだ。これから先最初のレアキャラクター選択で俺やお前を選ぶプレイヤーはいなくなる。ほぼ全ての人がラティを選ぶようになるんだ。そして今まで俺たちを使ってくれてたプレイヤー達はどんどんレベルが上がっていって、初期レアなんか使わなくなる。このままじゃ俺たち……」

 カインは動揺を隠せなかった。カインはただでさえこの間追加されたスーパーレアキャラクターのせいで出撃頻度が減った。今やカインの活躍の場は序盤のダンジョンしかない。

 だが序盤のダンジョンに向かうのは初心者プレイヤーだけだ。そして初心者プレイヤーは皆ラティを選ぶようになる。

 ……では、カインやディーンはいつ、どこへ出撃すればいいというのか?

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