ソーシャル・レアリティ

橋本ツカサ

第1話 虚無の箱庭

 大人気ソーシャルゲーム『ワンダー・ブレイド』。

 全世界800万ダウンロードを記録したビッグタイトルであり、四○○人を超えるキャラクターと深い戦略性が売りの本格的ダンジョンRPGだ。

 度重なるアップデートによる新キャラクターや新しい仕様の追加で、リリースから一年以上たった今でもその人気は衰えることなく、ますます広がりを見せる世界観に多くのプレイヤーが胸を躍らせていた。

 ゲーム開始直後、プレイヤーがチュートリアルを終えると、まず最初に三人のレアキャラクターから一人を選択し、入手することができる。

 水属性のレアキャラクター、『ディーン』。

 木属性のレアキャラクター、『ラティ』。

 

 ――そして火属性のレアキャラクター、『カイン』。


 それが、後にワンダー・ブレイドの世界を掌握することになる男の名だ。





 一年前。


 薄暗い洞窟内を激震させる龍の尾。褐色の甲殻に覆われたドラゴンは身を大きくよじりながら尻尾を振り乱す。

「みんな、こいつを足止めしてくれ! あと二ターンでいい!」

 カインは大きく後退しながらパーティメンバーに指示を出す。

 降り注ぐ炎。味方の魔法使いが放ったファイアーボールがドラゴンに命中する。だがそれをものともせずに突進するドラゴン。凄まじい体当たりが魔法使いに炸裂する。

「きゃあ!」

 ヒットポイントがゼロになり戦闘不能になる魔法使い。だが回復している暇はない。カインは歯噛みしながらじっと機会を狙い続ける。

 続く剣士の突撃。剣士の攻撃はドラゴンにクリティカルヒットし、ドラゴンのヒットポイントを残り僅かなところまで追い詰める。

 腹を響かせるドラゴンの咆哮が洞窟内に轟く。ドラゴンの吐き出したファイアブレスの直撃を受けてひるむ剣士。だがここでついにカインのアビリティスキルの発動に必要なターン数が経過した。

「今だ! 『ブラスト・ブレイド!』」

 ドラゴンに向かって突進する。身構えるドラゴン。だが無駄だ。カインのアビリティスキルは、どんな敵にも1000の固定ダメージを与えることができる。

 この一撃で終わらせる!

「うおおおおおおおおお!」

 激しい光とともに振り下ろされる剣。ドラゴンの体を切り裂き、ドラゴンは最後まで雄々しい吠え声を残したまま静かに地面に倒れ伏した。

 その瞬間、浮かび上がる『ダンジョンクリア!』の文字。カインたちは歓声をあげながら、勝利の余韻を噛みしめていた。




 ダンジョンから出たカインたちは、町へ戻るまで四人で会話を弾ませていた。

「いやー、やっぱりカインさんのスキルは強いっすね」

 火の剣士ミルドが言うと、傍にいた魔法使いマリーも笑顔で同意した。

「私たちが出撃するようなダンジョンで1000ダメージって相当ですよね。私なんて普通に攻撃したら二桁とかなのに」

「まあ、これでも一応レアキャラクターだからな。序盤の敵は任せてくれ」

「ほんと、いつも頼りにしてますよリーダー!」

 明るく肩を叩くミルド。しかしその後方でトボトボと浮かない顔の、弓使いリーブの顔が視界に入って、カインは歩みを止めて振り返った。

「どうしたリーブ、落ち込んだ顔してるけど」

「あ、いえ……私、最近よくカインさんと一緒のパーティに入れてもらうじゃないですか」

「ああ。最近多いな」

「でも私……本当にいつも役立たずで……すみません。さっきのドラゴンだって私、なにも……」

 カインは苦笑してリーブの頭をポンポンと撫でた。

「そんなことないって。一度も出撃できないキャラクターだって沢山いるんだ。リーブは十分強いからパーティに入れてるんだぜ」

「……違います。それは……私が火属性だから」

 それまで楽しそうに話していた面々の顔にすっと暗い影が射す。

「カインさんのリーダースキル……『パーティ内の火属性メンバーの数だけパーティメンバーの攻撃力を中アップ』させるスキルがあるから……私はなんとかカインさんのパーティに入れてるんです。もし他の属性だったら、私なんて……」

「そ、それだってちゃんと理由があって選ばれてるんだから、お前の力じゃん!」

 今にも泣きだしそうなリーブをなんとかなだめようとするカインだが、それが気休めに過ぎないことは皆分かっていることだった。

 ――ワンダー・ブレイドがリリースされてもうすぐ二ヶ月になる。だがリーブは未だに、さっきまで潜っていたダンジョン以降のステージにパーティメンバーとして呼ばれたことはない。おそらく、今後もないだろう。

 リーブのアビリティスキルは敵に100前後のダメージを与えるという微妙なもので、ステータスが他のノーマルキャラクターよりも少しだけ高いからまだかろうじてパーティに入ることができているが、カインのリーダースキルがなければおそらくパーティメンバー候補には残らないだろう。

 そして今潜っていた炎の洞窟。ここでドロップするキャラクターはみんな火属性で、リーブよりもステータスは高い。しかもこのダンジョンのクリア報酬はレアガチャが引けるチケットだ。レアガチャからは必ずレア以上のキャラクターが召喚されるため、たとえ火属性でなくともリーブはパーティから外されることになるだろう。

 だがそれはリーブだけの問題ではない。ミルドも、マリーも、みんな思いつめた表情を浮かべている。彼らのレアリティもノーマル。いつパーティから外されてもおかしくない者たちだ。


 ――そう。この世界において、キャラクタースペックに勝る価値はない。

 カインも、彼らも、この世界に誕生した瞬間から、抗うことのできない格付けを背負っていた。




 町に到着したカインたちは最後に軽く挨拶を交わしてパーティを解散した。

 始まりの町。そこでカインたちは生活している。

 もしプレイヤーがカインをパーティに入れた状態でダンジョンへ向かうと、カインはこの世界の制御プログラムから命令を受けて出撃する。他にはガチャなどで召喚される場合には神殿に転送され、プレイヤーへの顔見せを行うことになる。

 それ以外は基本的に自由時間で、どこで何をしていても問題ない。ダンジョン帰りで少し腹が空いたカインは、いつもの食堂に向かうことにした。

 適当に定食を頼んでテーブルに座る。

「おかえり、カイン」

 そこへ一人の少女が話しかけてきた。緑のボブカットに緑の一張羅を着ている彼女は、カインと同じくチュートリアル終了時点で取得可能なレアキャラクター、ラティだった。

「ようラティ。お前も今から夕飯か?」

「うん。カインはダンジョン帰り?」

「ああ。今日は珍しく炎の洞窟に行ったぜ」

「あー、あそこか。私は全然行かないな。私木属性だし、炎系ダンジョンは苦手だから」

 そう言いながらラティは自分の定食をテーブルに置き、カインの正面の席に座った。

「そういえば聞いた? このゲーム、ついに50万ダウンロード突破したんだって」

「お、いったか! じゃあ何かイベントやるかもな」

「チケット沢山配るかもね。あーあ、また私の出番なくなっちゃうなあ」

「お前はアビリティスキル結構いいじゃん。まだ全然活躍できるって」

 ラティはカインやディーンとは違い、リーダースキルが『攻撃を受ける度にHPを小回復』で、アビリティスキルは『パーティ内の木属性キャラの数だけパーティメンバーの回復力を中アップ』という、回復系キャラだ。

 だが正直リーダー向けのキャラではないのは確かだ。かといってサブメンバーに入れるのも微妙なアビリティスキルで、今のゲームバランスだとカインやディーンのリーダースキルを使って、高い攻撃力で一気に決めてしまったほうがダンジョンは攻略しやすい。

 なので最近ラティがほとんど出撃に呼ばれていないことをカインは知っていた。

「あーあ、なんで私だけ攻撃タイプじゃないんだろう。カインとディーンはいっつも出撃してるのに」

「俺だって……スーパーレアが当たったらお払い箱だよ。ラティと同じだ」

「……そうだよね。こんなこと言ってたってしょうがないもんね」

 ラティは空元気に笑顔を浮かべて、定食を食べ始めた。

「……」

 ラティや、今日一緒にダンジョンへ潜った彼らはカインのことを羨ましいと思うのかもしれない。それなりのリーダースキルに、それなりのステータス。序盤のダンジョンなら大抵はカインがパーティリーダーだ。

 ……だがカインは、なまじ中途半端にいいスキルを持っているせいでスーパーレアキャラクターと同じパーティになることも珍しくない。

 その度にカインは何度も見せつけられた。レアリティの壁……圧倒的なスペックの差を。

 カインのアビリティスキル。『敵に1000のダメージを与える』なんて、スーパーレアキャラクターからすれば失笑もののダメージソースでしかない。その程度の火力、彼らは通常攻撃で易々とたたき出す。

 まだレベルの低い内はスーパーレアたちも「初めまして。よろしくお願いします!」なんて挨拶をするものだが、レベルが上がっていき、次第にステータスの差が明らかになっていくにつれて、カインを見る目も変わってくる。明らかに見下されていると感じることも多々あった。

 そして数日もすれば、そのキャラがリーダーのパーティのサブメンバーとして出撃するなんてことも、カインには日常茶飯事だった。

 そういう化け物みたいな者たちが、日を追うごとに次々と新たに追加されていく。このゲームの次世代を担うキャラクター達。ゲームが進めば進むほどそういうキャラが四人揃ったパーティが当たり前になる。

 カイン自身、そこに劣等感を感じたことは、ないとは言えない。羨ましいと思わずにはいられない。

 だが……。

「……そうさ。言ったってしょうがない」

「カイン?」

 ラティがきょとんとカインを見つめる。

「俺たちは確かに序盤でしか活躍できないかもしれないけど……でも、逆に言えば序盤では俺たちがいないとだめなわけだろ? 俺たちがスーパーレアキャラクターの引き立て役だっていうなら、それはそれで俺たちにしかできないことだ」

「……」

「皆、自分の役割があるんだ。俺たちは誰だって、何か意味を……目的を込めて作られたキャラクターなんだ。なら、俺たちは俺たちにできることを精一杯やって、そうやって皆でこのゲームを盛り上げていこうぜ」

「……うん。そうだね」

 ラティは力強くニコリと笑った。その笑顔を、カインはしばし眩しそうに見入ってしまった。

 自然と頬が熱を帯びていくのが分かった。ラティとこうして話す度に、カインは何度も心臓を高鳴らせてきた。

 ラティとは生まれたときから一緒にいたような仲だ。よきライバルであり、大切な仲間であり、同じ境遇を分かち合う半身のように感じていた。

 辛いとき、寂しいとき、カインは何度も彼女の屈託のない笑顔に励まされてきた。そうして、カインは次第に彼女に恋をするようになっていた。

「……出撃頻度が少ないのも、悪いことばっかりじゃないかもな」

「どうして?」

 ラティの質問に、カインは答えずに笑ってはぐらかした。

 カインとラティは属性的に同じパーティになることは少ない。どちらかが出撃しているときは、こうして一緒に夕飯を食べることもできないだろう。

 もし出撃が少なくなることでラティと一緒にいる時間が増えるのなら……それはそれでいいことなのかもしれない。

 そんなこと言えるはずもなく、カインは照れ隠しに飯をかきこんだ。

「でも、一度でいいから終盤のダンジョンとか、イベントダンジョンの上級コースに出撃してみたいよね」

「今やってるイベントだと……焔の館か」

「あの麻痺属性の攻撃してくるボスがいるところだね。どんなところなんだろう。行ってみたいなぁ」

 まだ見ぬこの世界の奥地に思いを馳せ、うっとりとした顔をラティが浮かべたそのとき。

「レアキャラクターの分際で、焔の館に行きたいだと?」

 ラティの背後から凛とした声が聞こえてきた。同時に声のした方を見遣ったカインたちは、思わず椅子から立ち上がった。

「せ、『聖騎士フリージア』さん!」

 驚愕の声をあげるラティ。そこにいたのは、最近追加された水属性の新スーパーレアキャラクター、聖騎士フリージアだった。

 美しい白銀の甲冑を鳴らし、金の長髪をたなびかせながら悠然と佇む姿はあまりに神々しく、カイン達とは明らかにビジュアルの作りこみから違う。

「お前たちは初期レアのカインとラティか。ふ、どうしてレアキャラクターというのはこう分を弁えないんだろうな。お前たちは大人しく序盤のダンジョンの雑魚を相手にしていればいいものを。そう思わないか、ディーン?」

「は、はい! そうですね!」

 フリージアの声に即答したのは、彼女の背後でお供のように付き添っていたもう一人の初期レアキャラクター、ディーンだった。

 ディーンはビクビクとフリージアの顔色ばかりを窺い、愛想笑いを浮かべるのに必死な様子だった。だがそれはカインとラティも同じだ。普段は声をかけることすら躊躇われるスーパーレアキャラクターを前に、思わず緊張に身を固くしてしまう。

「ふ、フリージアさん。今ダンジョン帰りですか?」

 恐る恐る声をかけるカイン。フリージアは優越感に浸った表情を浮かべながら首肯した。

「お前たちが行きたがっていた焔の館のボスを討伐していたところだ。まあ私のスキルの敵ではなかったがな」

「いやぁフリージアさんは本当に頼りになります。本当なら俺なんかが入れるダンジョンじゃないですからね」

「当然だ。焔の館のボスは火属性。お前は単に水属性のレアキャラクターだからパーティに入れただけだ。思い上がるんじゃないぞディーン」

「は、はい。もちろんです」

 威圧的にディーンを睨み付けるフリージア。重苦しい空気を緩和しようと、ラティが口を開く。

「や、やっぱりパーティリーダーはフリージアさんみたいなスーパーレアキャラクターが似合いますね! 焔の館もフリージアさんがリーダーだったんですよね?」

 ピシッ、と空気に亀裂が入ったかのような錯覚を抱くほど、フリージアの発する雰囲気が変わった。

「ば、バカお前!」

 ディーンが慌ててラティの口を塞ぐ。事情の呑み込めないカインとラティがきょとんとしていると、ディーンの後ろから一人の少女がおずおずと手をあげた。

「あ、あのぉ……今回のパーティリーダーは、あの……私でぇ……」

 気の毒になるほど申し訳なさそうにそう言ったのは、淡い黄緑の髪をした少女だった。

「あ、シンシアさん。お久しぶりです!」

「こんばんはぁラティさん」

 ラティと挨拶を交わすこの少女は、リリース当初からこのゲームに存在する木属性のスーパーレアキャラクター、『深緑のシンシア』。同じ木属性ということで、ラティともよく同じパーティになっている。

「……調子に乗るなよシンシア」

 重く響くフリージアの声。ディーンとシンシアは気まずそうに視線を逸らした。

「お前のリーダースキルが『炎属性モンスターからの攻撃を25%減らす』というものだったから、今回はたまたまお前がリーダーだっただけだ。スペックで言えば私の方が上なんだ」

「わ、わかってますよぉ……」

「くそ、忌々しい……なぜ私がリーダーじゃないんだ。気分が悪い。帰るぞディーン!」

「は、はい!」

 颯爽と去っていくフリージアと、それを追いかけるディーンとシンシア。張りつめた空気が霧散し、カインとラティは深く息を吐いて椅子に座りなおした。

「怖かったぁ……」

「ディーンも大変だな」

 同じ水属性ということで、これからも彼はフリージアと同じパーティになることが増えるだろう。気の毒なことだ。

「フリージアさんって性格悪いよね。スーパーレアだってこと鼻にかけてさ」

「まあ、言うだけのスペックがあるしな。それに今回のイベントのために用意されたようなキャラだし」

「……これからはああいう人たちがこのゲームのメインになっていくんだよね」

「まあ、な……」

 そっと、カインの手にラティが自分の手を重ねてきた。

「――私たちも、頑張らないとね」

 面食らったカインだが、すぐにラティに微笑み返した。

「ああ。頑張ろうぜ」

 自分は主役じゃなくたっていい。改めてカインは自答する。それよりも、カインはラティと同じ初期レアでこれからもそれはずっと変わらないのだという事実の方が、何よりもカインを勇気づけた。

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