二人は疲労しきっていて、立っているのもやっとだった。あの場所から脱出することがすべてで、ほかのことなど考えていられない。現に、ソラはぺたんと座りこんで、苦しそうに息をするだけだった。

 雨賀は口に煙草をくわえたまま、ややぼんやりした様子で立っている。相変わらず、煙草に火はついていない。

「――八十七周、ってとこか」

「は……?」

 ナツが怪訝な顔をすると、雨賀は珍しくすんなりと答えた。

「お前たちがだよ」

 いくぶんのんびりとしたその口調には、驕るわけでもない余裕が含まれていた。すでに勝負はついている、というのだろう。

 そして実際、それは正しかった。

 ナツにはもう、魔法を使う気力も、逃走する体力も残っていない。

「俺の魔法〈虚数廻廊エディット・キューブ〉は、〝任意の空間をループさせる〟というものだ」

 雨賀はゆっくりとしゃべりはじめた。まるで受刑者に対して、最後の告解をうながすように。

「正確には空間の複写といったほうが近いんだが、それが実際にどんなものかはお前たちがさっき体験したとおりだ。合わせ鏡に、像が無限に映りこむようなものだな。こいつは使いかた次第によっては、四次元ポケットみたいな真似もできる。わかるよな、四次元ポケット? あの遊園地でバッグの中に杖が収まったのは、そういう理由だ」

 ナツはまだ呼吸が整わず、ろくに言葉を挟むこともできなかった。だけでなく、先ほどの〈虚数廻廊〉による魔法の影響が、どこかでまだ継続しているような気がする。

「――それはともかく、お前はどうして自分たちの居場所がこんなにも簡単に見つけられたのか、知りたいんじゃないのか?」

 雨賀は少しからかうように、にやりとしてみせた。ナツはむっとした顔で、雨賀のことを見ることしかできない。

「どうせだから、それも教えといてやろう。透村穹に直接会ったことで、烏堂の〈暗号関数〉による条件設定が可能になった。そうすればなんて曖昧なものに頼らなくても、透村穹自身を変数に指定することができるのさ。そして〝地図にスプレーをかける〟ことを〝透村穹が通った地点〟という条件で発動すれば、お前たちの動きはリアルタイムに把握できる、というわけだ」

 ナツには、雨賀の言葉を完全に理解することはできない。それでも、その魔法から逃れるのは容易ではない、ということだけはわかった。

「お前のことは、とりあえず誉めておいてやるよ」

 と、雨賀は言った。

「……とりあえず、は余計じゃないですかね」

 ナツは息を切らせながら、何とか返事をする。とはいえ、ナツにはその程度のことを言い返すのが精一杯だった。

 それからしばらく、妙な沈黙が続いたが、

「――お前は何故、ここにいるんだ?」

 と雨賀は急に、そんなことを言った。煙草を捨て、それを意味もなく足で踏みにじりながら。

「お前は、何を? 何故、その娘といっしょにいる?」

「…………」

「もう一度言うが、お前は無関係だ。〈運命遊戯〉が引きよせただけの、ただの偶然の産物だ。お前はここにいるべきでも、関わるべきでもなかった。それはくだらん運命が持ちこんだ、みたいなものだ」

「……僕は」

 と、ナツはそれでも何とかして言った。

「ソラを守りたいと思ってる、それだけだ」

「だが、それは無理だ」

 雨賀は即座に言い捨てた。何の躊躇も、迷いもなく。

「それだけでは、俺たちをどうにかすることはできない。俺たちが求めているのは、そういうものだ。お前はそれと同等のものを求めているのか? すべてを捨て、すべてを犠牲にしても求めるべきものを。お前はその子を守ることで――」

 雨賀は、そして言った。とても静かな、恐ろしく静かな声で。

「――?」

 ナツはその言葉に、うまく返事ができずにいる。言うべきことは、あるはずだった。言わなくてはならないことが。

 けれど、ナツは一言も口をきくことができずにいる。

 そんなナツに向かって、雨賀は言った。

「結局のところ、――」



 その数十分前――

 千ヶ崎朝美はバイクに乗って、天橋市内を巡回していた。懸案の調査対象については、ほとんど進展していない。何しろ魔法のことなので、一般の記録をあたってもすぐに限界を迎えてしまう。成功にしろ失敗にしろ、相手はすでに目的を終えているのかもしれなかった。彼女はいまだに、怪しい動向を発見できずにいる。

 そのため今は、俗にいう足で稼ぐしかない状態だった。市内を走りまわって、魔法の痕跡なり何なり、棒に当たるのを期待するしかない、というとだ。

 それはある意味では、彼女が問題視する〝結社〟の二人と同じ行動だった。奇妙な運命の巡りあわせのようなものとして――

(何かしら……?)

 幹線道路をしばらく走っていると、事故があったらしく作業車が道をふさぎ、徐行の看板が立てられていた。あたりには暑さに対する皮肉のように、雪に似た羽毛が宙を舞っている。

 朝美はギアを下げてウインカーを出すと、進路を変更して細い路地へと入っていった。どちらにせよ、明確な目的地があるわけではない。多少のまわり道やより道をしたところで、どうなるわけでもなかった。

 その程度のことで運命が変わるものでもない。そう、彼女は思っていた。

 けれど――

 迷路のような狭い裏道を走行するうち、朝美はふと魔法の揺らぎに似たものを感じとった。希薄化した煙のような、あまりはっきりとしないものではあったけれど。

 朝美はバイクを停め、〝感知魔法〟のペンダントを取りだす。それは相当弱まってはいるが、魔法の揺らぎには違いなかった。だが見たところ、周囲に不審な事象は確認されない。住宅地にある何の変哲もない十字路で、人の姿も見えなかった。

 ところが彼女はそれとは別の、もっと強い魔法の揺らぎに気づいた。でたらめに投げたコインがどれも同じ面を向けたような、偶然としてはありえない強さである。

(誰かが魔法を使っている?)

 いくらか距離があるし、はっきりとした位置もわからなかったが、朝美はそこへ向かうことにした。魔法の誤用や乱用を防ぐのが、委員会の役目でもある。そして執行者である彼女には、その責務があった。

 ギアをローに入れて発進すると、彼女はアクセルをまわしてその場所へと急いだ。



「――

 と、雨賀秀平は言った。

「わかっているんだろう、自分でも? お前は自分で何かを選んだわけでも、決めたわけでもない。サイコロの目に従って、ボードを進んだだけだ。お前は運命の端っこに引っかかっただけで、お前が運命を選択したわけじゃない」

 一歩、雨賀は二人のほうににじりよった。

 ナツは少しも、動くことができずにいる。もうできることはなかった。ここから逃げだしたとしても、またあの魂それ自体を拷問にかけるような空間に閉じこめられてしまうだけだろう。本当に、できることはない。

 雨賀は運命そのもののような足どりで、迫ってきた。決して逆らうことのできない、そんな様子で。

 けれどその時――

 不意に、一台のバイクがその場に現れていた。

 突然の闖入者は黒塗りのバイクに乗ったまま、何かを確認するように三人のことを見ている。ヘルメットに隠れてその素顔はわからなかったが、スーツ姿のプロポーションから搭乗者が女性だと判断できた。

「……?」

 雨賀は怪訝そうな顔で、闖入者のことを見つめた。

 女性はスタンドを立てて、実用性の高そうなフォルムのバイクから降りると、ヘルメットを脱いでハンドル部分に引っかけた。

 ボブカット、というのだろう。薄く染めた髪をうなじにそってカットしていて、ひどくスマートな身ごなしをしている。どことなく、高級な機械製品を思わせるような、そんな感じをしていた。

「間違っていたら悪いのですが」

 と、その女性は言った。よく徹る、滑らかに研磨された声をしている。

「あなたたちは、〝魔法使い〟ですね?」

 雨賀はおもむろに、この闖入者のほうに向きなおっている。ナツもソラも、その横で呆然とそれを見ていた。

「……そう言うあんたは、いったい何者なんだ?」

「私は千ヶ崎朝美といいます。魔法委員会の、執行者です」

 と、朝美は言った。

 ちっ――

 そんな声が、雨賀の口からもれている。が、表面は平気の体で、

「その委員会が、俺たちにいったい何の用だっていうんだ?」

 と、訊いた。

「この近辺で、いくつか魔法の揺らぎを感知しました」

 朝美はごく落ちついた声で告げている。

「委員会は、不用意な魔法の使用は認めていません。よって私は、それを確認に来ました」

「――別におかしなことなんてしていない。魔法もちょっと理由があって使っただけさ」

 雨賀はそう言ってとぼけようとした。誤魔化すつもりなのだ。けれど、

「こいつは悪いやつだ。私たちを誘拐しようとしてるんだ」

 座りこんだまま、ソラが叫んでいる。

「…………」

 朝美はあまり好意的とはいえない顔で、雨賀のことを見た。

「……まあ仕方ないな」

 と雨賀は簡単に肩をすくめている。

「この状況じゃ下手な言い訳をするつもりにもならんからな。このタイミングで委員会が出てくるとは、これもやはり〈運命遊戯〉の――」

 後半は独り言のようにつぶやいている。

「――しかし、こちらとしてもこのまま引きさがるわけにはいかん。例え委員会の執行者が相手だろうと、な。何しろこっちとしても、これまでにいろいろ苦労させられている」

 そう言って、雨賀はそばに置いてあった荷物に手をのばした。例の〝四次元ポケット〟式のボストンバッグである。おそらくその中に、何らかの武器なり魔術具がしまいこまれているのだろう。

 朝美はしばらく、何かを判断するように黙っていた。それから、あくまでも事務的な口調で質問する。

「つまりあなたは、私を委員会の人間であると知って、それでも私の行動を妨害しようというのですね?」

「ああ」

「そしてその子の言うとおり、あなたは〝悪いやつ〟だと」

「……まあな」

 雨賀はいくぶん、嫌そうな顔をした。が、事実には違いない。

「ならば――」

 そう言って、朝美は上着の内ポケットから何かを取りだしていた。

「私としても、実力で事態を処理させてもらいます」

「……!?」

 雨賀はそれを見て、さすがにうろたえた。

 ――朝美がその手に握っていたのは、どう見ても「銃」だった。要人警護でよく使用される、グロッグというやつである。

「まさか、委員会がそこまでやるはずがない」

 言いながら、雨賀は動揺を隠せない。そこまで目立った行動を、委員会が許可するとは思えなかった。だがそれが本物だとすれば、まともに立ち向かえる代物ではない。

 けれど、

「――ええ、これは本物ではありません」

 と朝美はあっさりと認めた。

「いわゆる、エアガンというやつです。これはどちらかというと銀玉鉄砲に近いものですが、作動機構にスプリングを使用した、エアコッキングガンという種類のものです。もちろん玩具ですから、たいした威力は出ません。少々痛みはありますが、人を脅すのには向かないでしょうね」

 そう言って、朝美は空き地の塀に向かって実際に弾を発射してみせた。

 パチン、パチン――という音がして、小さなBB弾がブロック塀に命中して地面に転がっている。もちろん、壁面には傷一つない。

「見てのとおり、この銃に殺傷能力と呼べるようなものはありません。けれど――」

 言いながら、朝美は手元の銃を左手でさっとなでるような仕草をした。手品師が、ハンカチをかぶせた帽子からハトか何かを取りだすみたいに。

 その瞬間、魔法の揺らぎが生じていることに、雨賀は気づいている。世界がわずかにとはいえ、書き変えられたのだ。

「――私の〈情報転移メモリー・ノート〉を使えば、話は別です」

 朝美はもう一度、壁面に向かって銃を構えた。銃爪トリガーに指をかけ、そっと力を入れる。

 途端に、バァアン、という炸裂音があたりに響いて、さっきと同じBB弾が塀に丸い穴を作ってめり込んでいた。それは本物の銃声であり、本物の銃弾が持つ威力だった。

「私の魔法〈情報転移〉は、〝あるものの機能を別のものに上書きする〟というものです。つまり本物の拳銃の機能を、この模造銃にコピーしたわけです。ただし機能の複製先は、複製元とよく似ていなくてはなりませんが……」

 目の前の物騒な現実とは関係なく、朝美はごく冷静な声で言った。

 雨賀はその光景――特に、壁面に無残に刻まれた銃痕――をじっと見つめている。

「念のために言っておきますが、委員会には正当な理由さえあれば、魔法使いを拘束する権限が認められています。多少の暴行のうえでも、です」

 銃で撃つことが〝多少〟に入るのかどうかは人によって微妙なところではある。

「私としては、とりあえずその子たちの保護を優先するつもりです。ですから大しく引きさがるなら、あなたのことはこの場では見逃します」

 朝美はそう言って、ちらりとナツとソラのほうを見た。それからまた、雨賀のほうを向く。譲歩した提案のように見えて、半分以上は脅しているのに等しかった。

「…………」

 雨賀はしばらく黙っていたが、やがて、「ちっ――」と短く舌打ちすると、手を挙げて後ろに下がっている。提案に従う、という意思表示だった。

 それから朝美は、油断なく銃を向けながら二人のそばまで歩いていく。ある程度の距離まで近づくと、彼女は銃を小さく振って相手に立ち去るよう勧告した。雨賀はバッグをつかんで、慎重に後ろへ下がっていく。

 最後の一瞬、雨賀は二人のこと――というより、ナツのことを見た。

 ナツも同じように、雨賀のことを見る。

 二人はどこかで、知っていたのかもしれない。不完全世界を巡るこの運命が、まだ終わっていないことを――

 それが再び、どこかで交わろうとしていることを。



「――大丈夫、あなたたち?」

 と、千ヶ崎朝美はまず質問した。

 雨賀はすでに去って、その場には三人しかいない。〈虚数廻廊〉による魔法の気配も遠くに消えて、あたりにはいつもの夏の光景が戻りつつあった。

「助かりました、ありがとうございます」

 ナツは何とかして、それだけを言った。二人ともまだ完全には回復していなかったが、当面の危機は去っている。

「いえ、たいしたことをしたわけじゃありません。これが私の仕事ですから」

 そう言いながら、朝美は左手で銃をさっとひとなでした。瞬間、かすかな揺らぎが発生する。それで〝銃〟の機能を戻したのだということは、ナツにも推測できた。画面上の文字を、コピー&ペーストするように。

「あなたたちには、いくつか訊きたいことがあります」

 朝美はすでに玩具の銃に戻ったそれを懐にしまいながら、言った。

「――その前に、いいですか?」

 とナツはそんな朝美を制している。

「何ですか?」

「あなたはいったい、誰なんです?」

 とりあえずナツにわかっているのは、彼女が自分たちを助けてくれた、ということだけだった。だからといって、本当に味方かどうかは断言できない。確かなのはせいぜい、この千ヶ崎朝美という人物が予言にあった〝五人の道化師たち〟の一人なのだろう、ということくらいである。

 朝美は少し考えるように黙っていたが、

「先ほども言いましたが、私は魔法委員会に所属する執行者の一人です」

?」

 もちろんナツは、そんなもののことは知らない。

「簡単に言うと、魔法に関する案件を処理するための公的な機関です。詳しいことは教えられませんが、魔法使いの警察と思ってもらえればそれほど間違ってはいないでしょう」

「つまり――」

 と言ったのは、ソラだった。この少女も委員会のことは知らなかったらしく、端的な表現をした。

「〝悪者をやっつける正義の味方〟ということだな?」

 朝美はその言葉を俎上に載せて、吟味するような顔をしている。どうやら、用紙の端を揃えないと気のすまないような、律儀な性格の持ち主らしかった。

「とりあえずは、そうですね――ですが、我々はあなたたちの味方というわけでもありません。あなたたちの素性と、追われていた理由次第によっては、ですが。あなたたちは、どうしてあの男に追われていたのですか?」

 訊かれて、ナツもソラも顔を見あわせている。どこまで説明するべきなのだろうか。

「……ある秘密について、あいつらが知ろうとしていたからです」

 結局、ナツがそんなふうに答えた。虚言を弄するつもりはなかったが、そのことについては、すべてをしゃべってしまうわけにもいかない。

「ある秘密というのは?」

「――それは、教えられません」

 ナツは淡々と、けれど躊躇なく答えた。ソラが目だけでそっと、そんなナツを見ている。

「ふむ」

 と朝美は語調は変えずに、表情だけを厳しくした。

「その答えは、?」

 もの言いこそ穏やかだったが、この女性がそんな言い逃れを許すつもりがないのは明らかだった。

「完全世界に関わることだ――」

 その時、ソラが必死に叫んでいる。遭難先から、救助船に向かってするように。

「――だから、誰にも教えられないことだ」

 千ヶ崎朝美はしばらく沈黙していたが、

「そうですか……」

 意外にも、それ以上は追及してこなかった。彼女はじっと、ソラの瞳をのぞきこむようにするだけである。

「では、あなたたちを追っていた男は何者ですか? それと、あの男がまたあなたたちを狙ってくるようなことはありますか?」

 と、朝美は質問を変えた。

「……たぶん、あるでしょうね」

 ナツは雨賀秀平のことを思い出しながら、言った。少なくとも本人の言葉によれば、そういうことになりそうである。

 とはいえ、あの二人についてナツとソラが知っていることはほとんどなかった。せいぜいがその名前と、二人の魔法についてである。ナツがそれを説明すると、

「そうですか――」

 朝美は何か思案するように腕を組んでいた。ジグソーパズルの一欠片を見つめるような、そんな顔をしている。

「何か、知ってるのか?」

 と、ソラが訊いた。狙われている当の本人とすれば、あの二人の正体を知るというのはとても重要なポイントだった。

「……いえ、ただの可能性について考えていただけです。何かを知っているというわけではありません」

 朝美は軽く、首を振っている。どう見てもそんな雰囲気ではなかったが、お互いのことがあるのでそれ以上は訊けない。

「――今のところ、その〝秘密〟については不問にしておきます。状況が変われば、そうも言っていられなくなるかも知れませんが」

 朝美はそう言って、ポケットから名刺を取りだした。何となく、普通のものより折り目正しそうな名刺である。

「とりあえず、私の連絡先を渡しておきます。あの男たちについては、こちらのほうでも調べてみるつもりです。私の追っている案件と、少し関係があるかもしれないので。ですから、あなたたちは。何かあれば、私を呼んでもらってかまいません。どんな人間だろうと、簡単には手出しさせないつもりです」

 朝美はそう言うと、少しだけ笑ってみせた。花の蕾がほんの少し緩んだような、そんな笑顔である。

 二人は顔を見あわせると、きょとんとした。いつのまにか、立場は逆転していたらしい。結局のところ謎の組織に属する謎の女性は、〝悪者をやっつける正義の味方〟に間違いなさそうだった。

 それから、二人を安全な場所まで誘導すると、彼女はバイクに乗って行ってしまう。その姿が見えなくなるまで、ソラは大きく手を振っていた。

 あとには、いつもと同じような夏の暑さと、町の風景だけが横たわっている。

 そうしてすべては、丸く収まったように思えた。事態が露見した以上、あの二人が不用意に手を出してくるとは考えにくかったし、千ヶ崎朝美は二人のことを保護すると約束している。ナツも、ソラも、朝美自身も、それを信じていた。


 ――たった一日後には、その約束が破られてしまうことなど知らずに。

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