「……あれ、魔法ですよね」

 と、走りだした車の中で烏堂は言った。助手席に座って、窓の外を眺めている。別に顔をあわせたくないといった理由ではなく、それは単に人を探しているからだった。

「おそらくは、な。〝感知魔法〟にひっかかったことを考えれば、そうだろう」

 運転席で、雨賀は前を向いたまま答える。

 雨賀秀平しゅうへいと烏堂有也ゆうや――

 それが、二人の名前だった。

 烏堂有也は、二十歳過ぎの大学生である。念入りに染められた髪は短く切られていて、どこか幼さの抜けきらない顔立ちをしていた。けれど軽薄そうな外見に似あわず、その視線にはぶれがなく、頭の回転の速さをうかがわせた。丸いつばの帽子をかぶっていて、音楽でもやっていそうな雰囲気がある。

 一方の雨賀は、三十代半ばくらいの年齢で、身だしなみには特に注意を払っているようには見えなかった。かといって不潔という印象はなく、それはある種の野性味として存在している。どこか茫洋とした雰囲気のわりには、目の奥にだけ硬質な光を宿していた。

 雨賀は片手で運転しながら、胸のポケットから煙草を取りだして一本口にくわえた。

「……危ないですよ、運転中に」

 窓の外を見ながら、烏堂は忠告する。

「まさか〈暗号関数リミット・コード〉じゃないだろうな? 見えてるのか」

 火はつけようとせずに、雨賀は言った。

「それくらいわかりますよ。第一、魔法を使ったら雨賀さんにはわかるでしょ?」

「……お前の魔法がもう少し便利だったら、こんな苦労はしなくてすんだんだがな」

 言いながら、雨賀の口調は別に叱責しているふうでもない。ただの世間話のような感じだった。

「無茶言わないで下さいよ。こっちは大学の貴重な休みを棒に振ってまで手伝いに来てるっていうのに」

「まあ、そうだな」

 どうでもよさそうに言いながら、雨賀は運転を続ける。人を探しているので、可能なかぎり徐行運転だった。

「……さっきの子供、〝魔法委員会ギルド〟の関係者ってことはないですよね?」

 相変わらず外を見ながら、烏堂は訊いた。

「それはないだろう。ただの生意気なガキだよ、あれは」

 雨賀は面白くもなさそうに言う。

「けど魔法使いである以上、まったくの無関係ってことはないでしょう」

「いや、あれは正式な訓練を受けたやつじゃないな」

「……じゃない?」

「俺の感じでは、な。珍しいが、ありえないわけじゃない。自然に力の使いかたを覚える魔法使いだっているだろう」

「そんなもんですか」

 烏堂は言って、けれどそれ以上は関心なさそうに口を噤んだ。

「――しかし、〝お姫様〟はどこにいるんですかね?」

 しばらくして、烏堂はつぶやくように言った。

「俺の調べでは、この町までやって来たことに間違いはない」

 雨賀は事務的に答える。

「でもそれだって、もう町から出ていった可能性もあるわけでしょ?」

「そうだな」

「じゃあ、こんなのまるで無意味じゃないですか。いるかどうかもわからない人間を探すなんて」

 雨賀はいったん車を停めて、火のついていない煙草を指に挟んだ。

「〝お姫様〟がこの町に来たのは、何か理由があってのことだろう。おそらく、例のに関することだ。とすれば、まだこの町にいる可能性は十分に高い。そう簡単に目的を果たせるとは思えないからな。だからごちゃごちゃ言ってないで、お前は〝お姫様〟を探してりゃいいんだ。何しろ、は厄介な魔法だからな」

「はいはい、わかりましたよ」

 烏堂はふてくされたような態度でため息をついた。上下関係のよくわからない二人ではある。

「それから、これを使え」

 雨賀は言って、胸のポケットからペンダントのようなものを取りだしている。

 傍目から見れば、それは奇妙なことだった。

 いや、必ずしもおかしなことではない。からペンダントのようなものを取りだした、それだけのことだ。

 けれど――

 その同じポケットに、煙草の箱が入っていたとなると話は別だった。それはたいして大きくもない普通の胸ポケットで、明らかにペンダントが入るような余裕はない。そもそも、煙草が入っているにしてはまるで膨らんでいなかった。

 だが雨賀はまるで当然のことのように、そこからペンダントを取りだしている。烏堂にしても不審そうな様子などなく、それを受けとっていた。

「しかしさっきのことを考えると、これで見つかりますかね?」

 烏堂はそのペンダント、〝感知魔法〟の魔術具を掲げながら、疑り深そうに言った。

「犬が歩いて棒に当たるならまだしも、に当たったって何にもなりませんよ」

「今のところ、それ以外に手はない」

 雨賀は車を発進させながら言った。

「魔法使いがそうごろごろいるわけじゃないんだ。魔法の〝揺らぎ〟を探していけば、そこに〝お姫様〟がいる可能性は高い。こいつは普通の家出人を探すのとはわけが違う。何しろ魔法がからんでいるんだからな」

「まあ、そうなんでしょうけどね」

 ぶつくさ言いながらも、烏堂は魔術具に意識を集中させはじめている。

「――ガラスの靴でおびきよせるわけにもいかんからな。まったく、面倒なことになったもんだ」

 雨賀はうんざりしたように言って、また煙草を口にくわえた。



(やっぱり、魔法使いか……)

 と、ナツはを聞きながら思った。

 ナツが今いるのは、さっきと同じ公園のベンチのところである。子供たちは相変わらず線路を増やしながら遊んでいて、蝉の声が喧しかった。

 ベンチの上には、一台のラジオが置かれていた。小型の、目覚まし時計のような形のものである。そこからイヤホンをのばして、ナツは耳に当てていた。

 スピーカーの向こうからは、二人の男――車に乗っている雨賀と烏堂――の声が聞こえている。

 盗聴器――

 簡単に言うなら、そういうことだった。ナツは魔法で、ラジオを盗聴用の受信器に変えたのである。

 もちろん、そのためには発信器も必要だった。ラジオだけ盗聴器に変えても、何も聞こえてくるはずがない。

 ナツが発信器にしたのは、コインだった。カジノでチップに使うような類のものである。ナツはそこに〝耳〟の記号を描きこんでおいた。そして烏堂に話しかけたあの時、そっとポケットにすべりこませたのである。手品師がよくやる手管だった。ラジオのほうには〝口〟が描きこまれている。

 しばらくして、ナツはイヤホンを外した。遠くになりすぎたのと、魔法が切れてしまったからである。ラジオからはもう、雑音しか聞こえていなかった。

 会話の感じからして、二人がナツの盗聴に気づいている気配はない。けれど問題は、そんなことではなかった。

(――探している〝お姫様〟ってのは、魔法使いのことだったのか)

 どうやら、そのようだった。それがどういう魔法使いなのかはわからない。魔法による予言というのが何のことなのかも。

 とはいえそれは、結局のところナツには関係のない話だった。テレビの向こう側で起こる、いくつかの出来事や事件と同じで。それは一瞬、ナツのそばまでやって来たが、チャンネルを変えるようにしてどこかへ行ってしまっていた。

 ――行ってしまった、はずだった。

 そう、本来なら話はここまでのはずだった。ひねくれ者の魔女を招き忘れることもないし、迂闊な娘が禁じられた小部屋をのぞくこともない。話ははじまりもしないうちに、終わってしまっている。

 けれど、そこに魔法が関わったとき――

 運命は奇妙なねじれを生じさせていたのである。

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