第7話 勇者あああああの決戦!?
……そこには魔王四天王ヒミコがいた。
後姿だが、間違いない。
あんな変な髪型してる少女が、そう何人もいてたまるか。
でもなんでこんなところに!?
もしかして俺たちを追ってきたのか!?
だとしたら、俺たちの行方を知るために宿のおばちゃんを尋問しているのか!
気付かれる前に逃げないと!
しかし、俺たちは恐怖で動けなかった。
まるでオロチの赤い目で睨まれているかのように、その場にくぎ付けにされていた。
これから始まるであろう凄惨な尋問を想像し、冷や汗が流れる。
逃げるんだおばちゃん!見た目はいたいけな少女でも、そいつは魔王四天王だ!
おばちゃんはヒミコと対峙し、あまつさえ睨みつけている。
いつ、あのオロチが飛び出してくるか。
そう考えただけで、俺の身体が恐怖で震える。
そして、ついにヒミコが動いた。
何かを宿のカウンターに叩きつける。
バンッ。
大きな音が宿に響いた。
隣でアリゼがびくっと震えた。かわいい。
一体何が始まるんだ!?
ごくり。
つばを飲み込む。
そして、ヒミコが口を開く。
「じゃから、金ならあると言っておろうが!!」
「いい加減にしな!!おこちゃま銀行のお金は使えないんだよ。おじょうちゃん。お金遊びは、お友達とやってくんな!!」
「おこちゃま銀行じゃない!!ジャパングの貨幣じゃ!!」
「はいはい。最近のおもちゃのお金はよくできてるねえ。だけどお嬢ちゃん、Gじゃないとだめなんだよ。1部屋120Gだよ。」
「ええい。わらわは、魔王四天王じゃぞ。
そうじゃ、勇者払いでどうじゃ!倒した勇者の所持品から払おうぞ。」
「勇者かい。でも昨日来た勇者は100Gしか持ってなかったけどね。」
「そんなばかな!?勇者のくせにか!?」
ぐぬぬ、と唸るヒミコ。
「まったく。子どもの夢をぶち壊すとはとんでもない勇者もいたもんだよ。」
おばちゃんは、やれやれといわんばかりに肩をすくめた。
「そんなところでこそこそしてないで、かっこいいところの一つでも見せてやんな。勇者様。」
「あああああ!」
振り返ったヒミコの目が驚愕で見開かれる。
「……。」
しばしの沈黙。お互い何も言わないまま気まずい時間が流れる。
「えーと。ヒミコ、今お前……」
「ちがう!ちがうのじゃ……そうじゃ!わらわは、ジャパングの一介の村人、ヒマコじゃ!!」
「でも今、魔王四天王だって言ってなかったか?」
「それは……マオ失点王と言ったのじゃ。その……わらわのフルネームはヒマコ・マオ。一介の村人であると同時にプロカバディ選手で、失点王なのじゃ」
突っ込みどころが多すぎる……。マジメに嘘つく気あんのか?っていうか何だよ、カバディって。やってるとこ見たことねえぞ。
「でも、俺の名前呼んでただろ。あああああって。やっぱヒミコなんじゃ……」
「後ろに人がいてびっくりしたのじゃ。うわあああああと」
「……」
俺がヒミコ?をじっと見る。
あ、目を逸らした。
ヒミコ?は口笛を吹こうとするが音が鳴っていない。
ふすー ふすー と乾いた音がした。
こいつ、すっごく分かりやすく動揺してるぞ!!
だけどこいつ本当にあのヒミコか?
俺たちをあれだけ追い詰めたやつと同一人物と思えないぞ。
ヒミコなら、オロチの1匹でも出せばおばちゃんなんて一捻りだろうしなあ。
本当にヒマコなのかも?
うーん。
仲間に目配せしてみるが、皆困惑した顔をしている。
あ、そうだいいこと思い付いた。
「まあ、ヒミコな訳ないよな~」
俺がわざとらしくそう言う。
「そ、そうじゃ!!一介の村人ヒマコじゃ!!」
お。食い付いてきた。
「それにしても、圧倒的な気品だな。とても一介の村人とは思えない」
「そうじゃろ。そうじゃろ」
「世の男の夢みる傾国の美人というのは、こういう人を言うんだろうなあ」
「でへへ」
ヒミコが頬を赤らめる。なんて、単純なやつ……
アリゼがむっとした顔でこっちを見てくる。しかーし、これは褒め殺し作戦。耐えてくれ、アリゼ。
「夏の夜空の星々を、散りばめたように輝く琥珀色の双眸……」
おれはそう言うと、ガリアンをひじで小突いた。わかってるな!
「そうだ、その……ひよっこ戦士の上腕二頭筋のふくらみみたいな……おっぱい!」
このバカ脳筋が!すかさずアリゼが口をひらく。
「地下道のフロッガァーみたいな、可憐なほそながい手足……」
アリゼェ…。
でも、ぷくうと頬を膨らませた顔がかわいい。
「そして、真珠のように白い肌。こんなに美しい天使がこの世に二人といるはずがない!」
おれは言った。
「その通り!それはわらわこと、魔王四天王オロチのヒミコただ一人じゃ!」
あ…
固まるヒミコ。
暫しの沈黙
「しまったのじゃああああ!わらわがヒミコで、しかも今は魔力が使えないってばれてしまったのじゃああああ!」
「やっぱりてめえヒミコじゃねえか!」
ガリアンが叫んだ。
そして、ヒミコに詰め寄る。
「しかも魔力が使えないとはなあ!」
ぎくう
「けどそれだけじゃねえだろ!」
ぎくぎくう
「ふんぞりかえってた石の玉座もねえ、それを押してたトロールもいねえ!」
ぎくぎくぎくう
「それに宿無しってことは、魔王軍ですらなくなったな!?」
ぎく×4う
ヒミコに間近に迫るガリアン。
指の骨をパキパキと鳴らしている。
「今までは、よくも偉そうにしてくれたよなあ」
そう言って、ガリアンは顔を覗き込むように睨みつける。
固まるヒミコ。
「び」
び?呪文でも唱えるつもりか。おれは身構える。
「びえええええええええええええええ」
ヒミコが、けたたましい泣き声をあげた。
泣くのかよ!?
魔王四天王が泣きじゃくっている姿は、とても違和感があった。
でも冷静になって見ると、ムキムキのオッサンが幼女にメンチ切ってる構図は犯罪だよなあ。
「ヴぇぇぇぇぇぇんぇっぐじゅっげほっごほっぶえっ。」
顔にある穴という穴から液体を撒き散らしすヒミコ。
べっちゃべちゃだ。
しょわ~。
ほかほか。
あ。
ヒミコの足を伝って水が流れる。
床板の上に黄金色の海が広がった。
“黄金郷”は!!! 宿にあったんだ!!!!
どん!
「やべえ。これはアウトか!?」
ガリアンが叫んだ。
しかし次の瞬間、大海原からほかほかと湯気が立ち上った。
湯気は「危ないところだったな!」と言わんばかりにヒミコの下半身辺りを覆い隠す。
「ふう。さすが湯気先輩。助かったぜ。もう少しで18禁タグが付くところだった。」
額の汗をぬぐうガリアン。
「ブルーレイ版では湯気が消えるから、紳士の皆は全裸待機だ!」
ガリアンが親指を立てた。
「ヴぇえええんえほげほっ。ぶじゅっ。」
ヒミコは、ガリアンに構わず泣き続ける。
あーあ。これが魔王四天王だってんだから情けねえなあ。
お漏らし幼女が幹部やってる組織に世界は脅かされてるのかよ。
「あんた子供を泣かすんじゃないよ」
おばちゃんがガリアンをにらみつけた。
「い、いや俺はその…」
おばちゃんのプレッシャーにあたふたとするガリアン。
「ええい泣き止めよ!な!」
ガリアンがヒミコの頭をくしゃくしゃと撫でる。
ねちょお、と不快な音がしてヒミコの髪がテッカテカになった。
ますます泣き声が大きくなる。
あーあ。完全にこっちが悪者だよ。
でも俺も泣く子のあやしかたなんて知らないしなあ。
そうだ!
ガリアンに責任を押し付けよう!
「なーかした~なーかした~。せーんせーに言うたーろ~。」
「うるせえ!というかせんせーって誰だよ!」
だがその時、
漫才を繰り広げる俺たちの横を
アリゼがヒミコに向かって駆けた。
何をする気だ!?
突然のことに俺たちが固まってる間に
アリゼはヒミコの元にたどり着く。
そして
ぎゅっ。
抱きしめた。
ヒミコの目が驚きで見開かれる。
「よーしよーし。怖くないでしょ?」
そう言いながらヒミコの背中を優しくさする。
「ヴん」
ヒミコはアリゼの抱擁に応えるかのように、アリゼの胸に顔を埋める。
鼻水やガリアン油でアリゼの服が汚れるが、気にする様子もない。
その微笑みは、全てを包み込むかのような慈愛に溢れていた。
オーマイゴッデス。
俺も泣きじゃくれば抱きしめてくれるかな……チャンスだ!
思うが早いか、おれは行動に移していた。
まさに勇者的な、圧倒的行動力!
「ヴヘヘえええええーでゅふぼこぼこお。俺も怖かったよおおおお」
俺は渾身の力をふりしぼって、涙と鼻水を分泌し、顔をくしゃくしゃにした。
おばちゃんの、この世に存在してはならないモノを見るかのような、冷たい視線が痛い。
しかあし!
さあ来い、アリゼ!
「おまえには、おれがついてるぜえええい」
ガリアンが勢いよくおれに飛びついてきた。
いつもより多量の油を分泌しながら。
ヌルベチャコポォ。
湿った音が宿に響いた。
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