第8話 勇者あああああと同宿者

その後、おばちゃんの好意で風呂を貸してもらえた。


ヒミコは、アリゼと一緒に入浴中だ。


ぐぬぬ。

咄嗟にガリアン油を避けてしまったせいで

一緒に入浴できなかったぜ。


10年来の腐れ縁のせいか、反射的に避けちまった。ちくしょう。


俺とガリアンは、ヒミコとガリアンが創造した大海を雑巾でせっせと干拓しているのだった。


「まさかヒミコが魔王軍を抜けたとは驚きだぜ。」


ガリアンが、雑巾を絞りながら言った。


「だな。魔王軍にも色々あんだろ。」


俺は適当に答えた。


はあ。今ごろ2人は体を洗い合っているんだろうか。


あーあ。洗いっこに参加したいぜ。


「だけどヨオ、ただで抜けられたと思えねえ。魔王軍は、ハイそうですかと辞められる組織でもねえだろ。」


「だな。」


「ましてやヒミコは魔王軍の中核。四天王の一角だ。」


「だな。」


「四天王内の内部抗争にでも負けたのか?どう思う?」


「だな。」


どーでもいいなあ。

四天王だったとはいえ、今は無力…


いや、待てよ。


やっぱり無力なふりをしてるんじゃないか?

それで俺たちが油断したところを…


なんて卑劣な!


今、ヒミコはアリゼとお風呂で2人きりだ!


アリゼが危ない!


今すぐお風呂に駆けつけないとダメだな!

これは不可抗力だ!

やましい意味はないぞ!

断じて!


俺が風呂へと続く廊下に出ようとすると、反対におばちゃんがやって来た。


おばちゃん、邪魔だ!


「なんだい。もう床拭き終わったのかい?」


急いでるんだ。

早くしないとアリゼが風呂から上がって……

じゃなかったヒミコに襲われてしまう!


「ほらよ。」


おばちゃんが何か手渡してきた。


なんだこの鍵。


そんなことより今は邪智暴虐のヒミコを打ち倒さねば。

あああああは、激怒した!


「団体客用の大部屋の鍵さ。良ければ使いな。」


悪辣非道の生命を冒涜するかのような魔の手先を成敗して…

何だって!?

今おばちゃん何て言った!?


「あんな幼子の連れが居たなんて早く言ってくれりゃあね。さすがに馬小屋は酷ってもんさ。

ああ、値段はそのままでいいよ。」


そのとき、突然うしろから、ガリアンが身を乗りだしてきた。


「いやあいつは、連れじゃねえ――痛てええええ‼」


俺は渾身の力を込めて、ガリアンの足を踏んづけた。


「俺たちは、仲間さ。そうだろガリアン君。」


これだから器の小さい奴は困る。

昨日の敵は今日の友。

一度拳を交えたら、そいつはもう仲間さ。



いや~。ヒミコのおかげで宿に泊まれるなんてラッキーだぜ。


神様仏様ヒミコ様。

足の裏舐めさせて下さい。

ペロペロペロペロ。


「ああ、あとこいつも渡しておくよ。」


そう言っておばちゃんは、可愛らしい少女の絵が描かれたカードの束を渡してきた。


「何だこりゃ?」


カードを覗きこんだガリアンが言った。


「ペロペロ。じゃなかった。てへぺろ。それは、キュアシスカードだな。」


俺は言った。


「キュアシスって何だ?新商品のプロテインかなんかか?」


アホか!!

筋肉中心の思考回路しやがって!!


「キュアシスは、キュアキュアシスターズの略称。女児向けの連載紙芝居で、少女が女僧侶に変身して魔王軍と戦うんだ。」


無知なガリアンに教授してやる俺。


「なるほどなあ。女僧侶だからキュアするシスターってことか。」


ウンウンと頷くガリアン。


「で、人気あんのか?」


「当たり前だ!!スラーイム蹴りごっこって知らねえか?」


「ああ!!それなら知ってるぜ。道端で昼寝してたら、よくスラーイムに間違えられて、女の子たちに蹴り飛ばされたもんだ。あれは興奮したなあ…。」


性癖暴露してんじゃねえ。

こいつのキモさは底なしかよ。


「ともかく、あれはキュアシスが発祥の遊びなんだぜ。」


そうだったのか。と唸るガリアン。


「キュアシスに女子サッカー部所属のキャラが出てきて、スラーイムを豪快に蹴り飛ばすシーンが幼女に大ウケしたんだ。」


あの時はスゴかったな。世界中の幼女がスラーイムを蹴り飛ばす光景が社会現象になったからな!


「他にも、キュアシス連載開始以来、女子の成りたい職業ランキング1位は女僧侶がキープし続けてるんだぜ。それくらい大人気なんだよ!」


キュアシスの偉大さが分かったか。筋肉野郎。


「あんたよく知ってるねえ。」


おばちゃんが何故か苦笑いしながら言った。


当たり前だろう。常識だぞ。

幼女に囲まれながら、毎回欠かさず見てたからな!

知性派の俺と、そこの脳ミソ筋肉油を一緒にするなよ。


「こいつはうちの娘の物だよ。うちの娘はこいつを渡すと、どんなに機嫌が悪くても泣き止んだものさ。」


おばちゃんは目を細めて遠くを見るような表情をしている。


「あんたら子どもをあやすのが下手くそみたいだし、次泣かしたらこのカードを渡してやるんだね。娘はもう卒業したみたいだから気にせずもらってくんな。」


なるほど。俺が預かろう。

ここぞという時までとっておこう。

大切に、厳重に保管しておくぞ。


俺は、キズがつかないようにカードの束をハンカチにくるんで懐に仕舞った。














そんなこんなしてるうちに2人が風呂からあがってきた。


そしてそのあと、交代で風呂に入った俺たちはヒミコ様のおかげで借りられた部屋に集まった。


部屋は簡素なつくりだった。

床板の上に薄い絨毯が敷いてあり、

毛布が添えてある。


雑魚寝スタイルかー。


「で?結局何があったんだ?」


皆が座るなり、ガリアンが切り込んだ。


「よしたまえ。ガリアン君。話しづらいことかもしれないだろう。

今は休息をとろうではないか。」


また泣かれたら大変だろ!


全く学習しない奴だな。


久しぶりに部屋の中で寝られるんだから早く寝ようぜ。


「実は…」


ヒミコが話始める。


おいおい。長話はやめてくれよ。


「大丈夫?」


アリゼが心配そうに声をかける。


大丈夫?長くならない?


俺は、心の中で呟いた。


「聞いてほしいのじゃ。あれは山頂の戦いの後のことじゃった……」






「ふん。あああああのやつめ、わらわに恐れをなして逃げおったわ。痛快、痛快。のう、ブータン?」


ヒミコは妖しく笑いながらそう言った。


「ブヒヒヒッ」


玉座を押しながらトロールがそれに応えて笑う。


地面からわずかに浮いている玉座は氷の上を滑るかのように、林道を進んでいく。


「もうすぐ、ナジミンの塔じゃな。しばらくは、塔を拠点にするとして……」


そのときヒミコは、小路の奥で、ふんわりと白い湯気が立ち上っているのに気づいた。


「……その前に温泉に浸かって行くとしようぞ。そこの木の下に停めよ!」


ヒミコが道端の木を指差す。


「ブヒッ!」


玉座がピタリと止まる。

そして、音もなく地面に着陸した。


「うむ。おふろセットじゃ!ブータン!」


「ブヒッ!」


トロールは、ゴソゴソと背嚢から風呂桶を取り出した。

風呂桶には、石鹸やタオル、着替え、そしてアヒルのおもちゃが乗っていた。


「うむっ!」


ヒミコは、笑顔でそれらを受けとると、

ぴょこりと玉座から飛び降りた。


「では、わらわが温泉に入っておる間、玉座を磨いておれ!」


そう言って温泉に向かって、歩き始めるヒミコ。


「いやだブヒッ」


「うむ。励めよ!」


一歩。


二歩。


「って、なんじゃと!?」


振り返りながら叫ぶ。


「いやだブヒッ」


大事なことだから2回言うブータン。


「……。」


しばし見つめ合う2人。


目と目が合う、瞬間。


好きじゃないと気付いた。


「ほう。ブータンよ。馬鹿な奴とは思っておったが、自殺願望があったとはのう。」


「ないブヒッ。でも十分な勝算はあるブヒッ。」


「ほう。この魔王四天王の1人、オロチのヒミコに勝てると?灼熱の火炎で焼きブタにしてくれる。」


不適な笑みを浮かべるヒミコ。


だが、ブータンは冷静だった。


「無理ブヒッ。お前は、玉座がないと魔法が使えないブヒッ。」


「ふえっ!?なんで知ってるのじゃ!?」


「やっぱりブヒッ。」


「あああああ。しまったのじゃ!!」


頭を抱えるヒミコ。


「この前ハチに襲われた時、お前は慌てて玉座に座ってからメーラを唱えたブヒッ。玉座無しには、初級呪文すら使えないブヒッ。」


「なんじゃと!見てたなら助けんか!」


ぐぬぬと唸るヒミコ。


「まあいい。ばれてしまっては致し方あるまい。しかし魔力だけが四天王の力ではない」


首にかかっていたネックレスを手に取るヒミコ。


ネックレスには、禍々しい骸骨が刻まれている。


「これを見るがよい!これぞ魔王様より賜りし魔物の呼び笛じゃ!近くにおる魔王軍の配下を魔法で呼び出せるのじゃ!」


 ブータンが丸い目をますます丸くする。ヒミコはにやりと笑った。


「四天王に支給される備品じゃが、今まで使ったことないから、お主もその存在を知らんかったようじゃのう。」


ついに使ってみる時がきたようじゃな!

とヒミコがどや顔を決める。


そしてヒミコが、魔物の呼び笛を吹く。


彫られた骸骨が金切り声をあげたかのように、精神を震わす甲高い音が辺りに響いた。


まるで地獄の底から聞こえてくる亡者の叫びのようにおぞましい音とともに、辺りに黒い霧が立ちこめる。


不吉と不安を溶かし込んだかのような漆黒が辺りを包んだ。

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