第4話 勇者あああああと四天王

おれたちは、初めての戦闘を終えて意気揚々と山道を歩いていた。


歩を進めるたびに金貨が心地よい音をたてる。


少し傾斜がきつい道も、皆笑顔で進んでいく。


「町に着いたら、何を買おう。俺のおかげで、金も手に入ったんだし、買いたい放題だな!」


おれは、懐の財布をなでた。盗賊たちから奪った一万五千百ゴールドでずっしり重い。


「はいはい。先生のおかげですよ。その有り余る威光で魔王も蹴散らしてくれよな。」


ガリアンがめんどくさそうにそう答えた。


「まあ、長旅になりそうだ。まずは食料か?荷物にならない、保存食がいいんだけど」


おれは、ひとまず無難な提案をする。


「そうだな。じゃあ、武器と防具を買いに行くか!」


「そういえば、着替えもいるぞ。ガリアンの汗は臭いからなあ」


「そうだな。じゃあ、武器と防具を買いに行くか!」


「よく考えたら、雨が降った時のこと、考えてねえな。テントもいるか」


「そうだな。じゃあ、武器と防具を買いに行くか!」


この脳筋が!武器と防具だけで、どう旅するんだよ!魔王の城までたどりつく気あんのか?


よく考えたら、早く町に着かないとやばくないかこれ。


王様は、勇者に野宿セットを配るべきだろ。このヒノキの棒もまあ、山道で杖として役にたってるけどさあ。


心中でそんな焦りを感じながら、歩いていた時だった。おれたちを呼び止める声が聞こえた。


「待つがよい。そこを行くもの。」


見ると、道をふさぐようにして2つの人影があった。


一人は、おれの身長の2倍はあろうかという巨大な男だ。顔立ちが豚っぽいので、トロール族だろう。呼吸の度にブヒブヒと言っている。


しかしこの巨大トロールが霞んでしまうほどに、もう一人が凄まじいプレッシャーを放っていた。


そいつは、厳めしい竜の彫刻があしらわれた石の玉座の上に鎮座していた。


その竜の彫刻は、何匹もの竜の頭が絡みあっていて、

まるで生きているかのようだ。目に嵌め込まれた宝石が赤く輝いている。


ひじ掛けに頬杖をつきながら、そいつはこちらを睨め付け、口を開いた。


「わらわは、魔王四天王が一人。オロチのヒミコ。」


ヒミコと名乗ったそいつは、10才にもならない少女のように見えた。


髪の毛を顔の両脇で束ねる独特の髪型をしている。


一度見たら忘れられないような変わった髪型だ。この地方のものではないだろう。


外見だけを見れば、変な髪をした幼子が戯れているように見えるかもしれない。


だが、全身から溢れ出る魔法力の波が、ただ者ではないことを物語っている。


風も吹いていないのにおれたちの髪がざわざわと揺らぐ。


「お、おではブータン。ブヒッ。」


後ろのトロールが控えめに言った。


「くそ。四天王だって!?何かめちゃくちゃ強そうなのが出てきやがった。」


四天王が何で最前線に出てきてんだよ!

魔王城の中でゆっくりしてろよ!


でも、旅立ったばかりの勇者を叩くのは、とっても合理的!

よく考えたら当たり前!

わざわざ勇者の成長を待つわけないよね!


これは、絶対勝てないやつだ。

おれは覚悟を決めると、特技の土下座を放った。


「すみません。魔王倒すなんて生意気言ってごめんなさい。アリヤンパンに帰ります。二度と初めの町から出ません。武器屋営みます。10年先、50年先も武器屋でいいです。僕のクエストは、ここで終わりです。」


どうだ!?

ここまで言えば、許してくれるだろ!?


「ほう。油断を誘うために、土下座までするとはのお。なかなかに、賢しい奴よ。」


「ブヒッ!ブヒッ!」


「すごいです!そこまで考えていたなんて!」


いや、ちがうからね。


「顔も性格も、父親とは真逆よのう。オルペガは、溌剌とした二枚目であったが…それにどうやら命名の技量は、欠けておったらしい。あああああ、とは。いやはや。」


ヒミコがやれやれといわんばかりに首を振る。


「ブヒヒヒヒ!」


ブータンが、嘲笑うかのような鳴き声をあげた。


うるせえ!ほっとけ!


「ああ、オルペガ。奴には大きな借りがある。だが聞けば奴は死んだと言うではないか。償いは、子であるお主らにたっぷりしてもらうぞ。」


個人的な恨みかよ!

謝っても、見逃してもらえないやつだこれ。


こんなことなら、ニートなんかしてないで、もっと経験積んでから旅立てばよかった。

世の中には、15年間城の周りの雑魚敵を倒し続けて大物になった人もいるらしいしなあ。


「諦めたら、だめです!きっと何とかなります!」


アリゼが言った。ガリアンも口を開いた。


「確かに、今のおれたちが勝てる相手じゃねえ。だけど、こういう戦闘は、負けてもなんやかんやでなんとかなるのさ!」


なんやかんやってなんだよ!

負けたら死ぬだろ!?


ヒミコが不気味な笑みを浮かべた。


「なんとかなるか試してみるがよい。絶望というものをその身に染み込ませてからなぶり殺しにしてくれる。」


「ブヒヒヒヒイ」


なぜか戦う感じの流れになってしまった。


おれは、ヒノキの棒を構えた。


「ガキだからって容赦しねえぞ!そのすました顔に一発叩き込んでやる!」


ガリアンが突っ込む。


しかしヒミコは、表情を変えない。それどころか、椅子から立ち上がろうともしない。


「馬鹿がっ!くらえ!」


ガリアンの斧が降り下ろされる。


「やったか!?」


だが、次の瞬間吹っ飛ばされたのは、ガリアンだった。


ニュルーッと嫌な音を立てながら、ガリアンが地面を転がる。


ガリアンが滑った地面は、まるでナメクジが這った跡のように湿り気を帯び色が変わっていた。キモッ。


「ほお。わらわの一撃で傷一つ負わぬとは、頑丈な奴よ。」


ヒミコが余裕の笑みを浮かべる。


見れば、椅子に彫られた竜の彫刻が動いている。竜は、こちらを威嚇するかのように椅子から飛び出し宙に浮いている。

あいつがガリアンを吹き飛ばしたのか。


「ふわあ…。それで終わりか?なんとも退屈なやつらよのう。」


ヒミコがあくびをしながらそう言った。


「ブブヒブヒッ。」


ブータンが、手にした扇でヒミコをあおぐ。


「次は、私の番です!」


アリゼがメーラの魔法を放つ。


「無駄なことよ。」


ヒミコが指を鳴らすと、とたんに輝く光の盾が現れた。


メーラの火球は、その盾に当たると跳ね返った。


「きゃあ!?」


跳ね返されたメーラの炎は、アリゼの服を際どい感じに焼き焦がして、さっと消えた。

大変だ。アリゼの服が!

服が…!

これは…大変だ!!


「あれは、マホカウンター!全ての魔法を跳ね返してしまう魔法です!」


「よし。もう一度メーラだ、アリゼ!」


「あの…跳ね返されてしまいます。」


「メーラだ、アリゼ!」


「あの…。」


「メーラだ!」


「こないなら、こちらからゆくぞよ?」


その言葉とともに、竜の口が開く。


「灼熱の息を受けてみよ」


竜の目が一際輝きを増し、猛る火炎が放たれる。


「おれに任せな!」


ガリアンが前に飛び出す。

そして全身に力を込めると、ガリアンが体表に纏っていた油がまるで生き物のようにうねうねと右手に集まった。キモッ。


「くらえ!」


気合い一閃、横薙ぎに拳を振ると、油のアーチが空に架かる。

陽光を反射し、きらきらと輝くそれは、世界一渡りたくない橋だ。


その油に引火して、灼熱の炎は、おれたちの側方へと逸れていった。


「これは、奇なり。」


ヒミコは、手を叩いて喜んだ。


「お主らは、芸人にでも転職したらどうじゃ?」


「おれとアリゼを、ガリアンみたいなトンデモ人間と一緒にするな!」


おれはヒミコをにらみつけた。


「よかろう。随分と楽しませてくれたが、そろそろ終わりにしてくれよう。」


ヒミコから放たれていた魔力の波が、いっそう激しくなる。

風が唸っているかと錯覚するほどの魔力だ。


椅子に彫られた竜が次々に動き出す。竜たちは、次々とその首を宙に浮かべた。


その数は、1、2、3…あっこら動くな!数えにくい!


「7だな!」


「8です。」


アリゼが冷静に答えた。


「ヤマタノオロチ。これが、わらわの力よ。」


竜の目が赤く輝く。

まずい!炎を吐く気だ!

さっきの8倍の炎じゃ逃げ場が無いぞ!


「おれに任せな!」


「そうか!こっちも8倍の油で対抗だ!」


「いや、8方向からうたれたら、捌ききれねえ。というか、そんなに油でねえよ。」


「じゃあどうするんだよ!何か策があるのか!ガリアン!」


「ああ…たった一つだけ残った策があるぜ」


「たった一つだけ!そ…それはいったい!?」


フフフフフ、という感じでガリアンが笑う。


「逃げるんだよォ!」


ガリアンは、崖に向かって走り出した。


「そっちは、崖だぞ!?ついに狂ったか!?」


「知らねえのか!勇者のパーティーが崖から飛び降りる時は、崖の途中に生えてる木で勢いが殺されて、下には湖があるもんなんだよ!」


そんなバカな!?

でも他にどうしようもねえ。


おれは何も考えずに、崖から飛び降りた。

直後猛る火炎が山頂を覆い尽くした。


あ、あぶねえ。

だけど、そんなこと考えている暇もなく、おれたちは重力に引かれていった。


ヒミコは特に追いかけもせず、相変わらず玉座に頬杖をつきながら言った。


「さすがは、勇者。この高さから飛び降りるとは。まあよい。今回は見逃してやるとしよう。すぐに倒してはつまらぬからのお。行くぞ、豚。」


「ブヒッ!」


ブータンが、石の玉座を押し、2人は去ってゆく。


後には、溶解し標高が少し低くなった山がのこされるだけだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る