第5話 勇者あああああの羽休め
「ぶはっ」
俺は水面から顔を出した。
いやー。まさか、崖の下に湖があったおかげで無傷で済むとはね。
偶然ってあるものなんだな。
偶然、偶然。
「ぷはぁ」
アリゼが小さな顔をちょこんと水面に出す。
かわいい。
マーメイドかと思ったぜ。
ぬちょお。
ガリアンがイカつい顔を水面に出す。
キモっ。
海坊主かと思ったぜ。
ガリアンの油は、水では落ちない。
水分を与えるとむしろ粘性を増す。
体表から油が失われないようにするための保護機能か何かだろう。
珍妙な生き物だ。
昔近所の池に泳ぎに行った時なんて、水が全部ゲル状になって、生態系が壊滅した。
「行こう、ここもじき油に沈む。」
俺は、静かにそう言った。
「そうですね。早く岸に上がりましょう。」
アリゼが懸命に犬かきしながら言った。
かわいい。
はっ。
よく考えれば、アリゼは今ヌレヌレじゃないか。
さっき炎で服がきわどい感じになってたし。
うっひょい。テンションあがってきたぜ。
早く陸に上がろう!
おれは光の速さで陸にあがり、アリゼに手をさしのべた。
「安心しな。もう大丈夫だ」
「さすが、あああああさん。紳士ですね」
アリゼがそう言って水から上がる。かわいい。
「勇者たるもの、全人類の模範だからな」
おれの目はもちろん、アリゼの露出した胸に釘付けだ。
……って露出してない!
「服が直ってる!?」
新品同様。ぴかぴかだ。全然破けてない。それにもう乾いてる。
おい、どういうことだ。責任者を呼べ!
「何言ってやがる。ワンシーンまたげば、服が元にもどるのは当たり前だろ?」
ガリアンが言った。
ワンシーンってなんだ?
まあいいか。
でも言われてみれば、服や防具が自己修復するのは当たり前だよな。
何で忘れてたんだろう。
じゃないと、ダメージを受けるたびに防具がダメになっちまう。
俺は、落胆しつつも頭を切り替える。
それにしてもヒミコは強かったな。
この金で装備を整えて……
って、金が無い!!
さっきの高い飛び込みで落としたのか!!
くそっ。最初に王様にもらった100Gだけしかねえぞ。
こんなはした金じゃろくなものが買えねえ。
まあこれからどうするかは、宿にでも泊まってゆっくり考えよう。
でも金がないな。そうだ!相部屋にしよう。
今日大手柄だったガリアンくんは一人で一部屋の特別サービスだ。俺とアリゼは二人で一部屋で我慢しよう。ぐふふ。
元気が出て来たぞ。俺は大股で道を歩く。
すぐに近くの村に着いた。
「はやく宿に泊まろう。もう疲れたぜ。」
俺の言葉に皆が賛同する。
宿を探さないと。
村の入り口近くにいた青年に声を掛けてみた。
「あのー。ちょっといいですか。」
すると青年はにこやかにこう答えた。
「やあ。ここは、レーゼ村だよ。」
よかった。親切そうな人だ。
「この村はレーゼ村っていうんですね。ところで、宿を探しているんだけどこの村の宿はどこにあります?」
「ここは、レーゼ村だよ。」
「はい。レーゼ村ですね。分かりました。ところで宿を――」
「ここは、レーゼ村だよ。」
「はい。レーゼ村。あの、宿を」
「ここは、レーゼ村だよ。」
「いや、それはいいので宿を」
「ここは、レーゼ村だよ。」
「あの、もしかしてふざけてます?」
「ここは、レーゼ村だよ。」
青年は、笑みを崩さない。
あれ?話しかける人間違えたかな。
俺は仲間たちを振り返る。
ガリアンは、一人納得したように頷いている。
「あああああ、村には一人こういう奴が必要なんだ。じゃないと旅人が村の名前を知ることができないだろ」
なんじゃそら。立て札でも立てとけよ。
「あああああさん、しかたないです。私、あっちの人に聞いてきますね。」
そう言ってアリゼが駆けだす。
しかし、道に落ちていた小石につまづいてバランスを崩してしまう。
ドジっ子かわいい。
「きゃあっ。」
前のめりにつんのめったアリゼの頭が村の青年のみぞおちを直撃する!
「うぐっ。」
青年はよろよろと2,3歩後ろにさがり、胸を押さえながら膝をつく。
「す、すみません!大丈夫ですか!?」
アリゼが慌てて、うずくまる青年に声を掛ける。
「う・・・ぐう・・・。こ・・・こはレーゼむ・・・おヴぇええええ」
青年は吐瀉物で汚れた口角をむりやり上げながらこちらを見てくる。
にこお。
「ひいっ!?」
思わず変な声が出てしまった。
いったい何が彼をここまで駆り立てるんだ!?
その後いくら謝っても、笑顔でレーゼ村を連呼する青年に気味が悪くなった俺たちは逃げるようにその場を去った。
笑顔だし許してくれたんだろう。たぶん。
通りを歩いていると宿屋はすぐに見つかった。
赤レンガのちょっと小洒落た宿屋だ。
中に入ると、恰幅のいい宿のおばちゃんが声を掛けてくる。
「いらっしゃい。」
「しばらくこの宿に泊まりたいんだけど」
「はいよ。一部屋一晩120Gだよ。」
「何だって!!」
俺は値段に絶望した。
これじゃ泊まれねえ。
しばらくこの村の周辺で修業しようと思ったのに!
「薬草1個10Gなのに、宿の値段高すぎない!?」
「はあ?その辺に生えてる草の束と、うちの宿を同列にしないでくれるかい?」
ぐうっ。たしかに、草の束12個分と考えれば安いくらいかもしれない。
「俺は勇者だぜ?魔王を倒すんだぜ?だから魔王払いで負けてください!100Gしか持ってません!」
「はあ?勇者様が金持ってない?偽物なんじゃないだろうね?まあどっちにしろ金を払わないなら泊めないよ。こっちも商売なんでね。」
ちくしょう。なんてケチなんだ。
「言っとくけど、この村にうちより安い宿なんてないよ。小さい村なんでね。宿屋自体うちしかないよ。」
「どうしましょう。」
アリゼが不安そうに俺を見つめてくる。かわいい。
「どうって、野宿しかねえんじゃねえか?」
ガリアンが考えたくない現実を突き付けてくる。ちっ。野暮な野郎だ。
「あんたら本当に100Gしか持ってないのかい?うちの坊主でも、もっと持ってるよ。」
おばちゃんが呆れた顔で、こっちを見てくる。
「しょうがないねえ。馬小屋でよければ、一晩5Gで泊めてあげるよ。雨風くらいはしのげるだろうさ。」
おばちゃんの憐憫のまなざし!
俺の精神力に50のダメージ!
ちくしょう!もういい!寝る!
俺たちはさっさと馬小屋に行き、藁の山に飛び込んだ。
ふかあ。
あっ。思ったよりあったかい。
旅の疲れからか、あっという間に意識が暗転した。
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