7
「なかなか面白い劇だったよ」
結城季早は志条芙夕に向かって、そう言った。
二人が立っているのは、学校の屋上である。空にはひどく澄んだ青さが広がって、薄い雲がひきのばされた絵の具のように浮かんでいた。風が時折、強く吹きすぎていく。
生徒や保護者たちは今頃、体育館で次の劇を見ているはずだった。そのため、屋上には季早とフユの二人しかいない。フユは劇が終わってすぐにやってきたので、黒いドレス姿のままだった。
「君もその格好は似あっているし、何といっても役がぴったりだからね」
季早はにこにこしている。子供が懐きそうな、そんな笑顔だった。
「いい迷惑だわ、こんなの」
フユはいつもの無表情を浮かべた。とはいえ、彼女は確かに迷惑だと思っている。つまりはこの劇の配役に不満を持っている人間が、もう一人いたということだった。
「本当に人の悪い劇だったわ」
「しかし、なかなか良い劇だったよ」
季早は相変わらずの笑顔を浮かべている。
「宮藤くんが魔法使いの役というのは、少し可哀そうな気もしたけれどね」
「…………」
「彼は、どのくらい気づいているんだい?」
その言葉に、フユは小さく首を振った。風が吹いて、彼女の髪を揺らしている。何故かフユは少しだけ、笑ったような気配があった。
「何も気づいてなんていないわ。わかるわけがないでしょうね、自分の〝何が〟狙われているのか、その理由も。彼はたぶん――人が好すぎるのよ」
「そうかい?」
季早は笑顔を浮かべたまま、その少年のことを思い出した。佐乃世来理の家を訪ねたときと、ついさっき体育館ですれ違ったときのことを。不思議な少年だった。どことなく、自分に似ているような気がする――
「今日渡した魔術具で、最後だったかしら?」
と、フユは訊いた。
「そうだね、これで大体の準備は整った。〝
「そう――」
「魔術具といえば」
季早はついでというふうに訊いた。
「咲羽三香という女の子のことは、どうなったんだい?」
「……問題ないわ。ちゃんと口止めしておいたから」
フユは無表情に答えている。
「もっとも、結局は宮藤くんに見つけられたようだったけど。けどそれは私の責任じゃないわね。私は彼女に魔術具を渡して、使いかたを教えただけ。いずれにせよ、彼女が約束を破るとは思えないけど」
「しかしあの子に僕たち二人がいるところを見られたからといって、たいした問題になるとは思えなかったけどね」
「用心に越したことはないでしょ」
フユの口調は変わらない。
そう――
自分と結城季早がいっしょにいるところを見られたからといって、事情を知らない三香がそれを人に言う可能性は低かった。けれどこのことに関しては、何しろ前例というものがある。
(おせっかいで優秀な情報源というものがあるのだからね)
フユの心の独白は、もちろん季早には伝わらない。
(――いずれにせよ、もうすぐその時を迎える。そうしたら宮藤くん、あなたはいったい、どうするのかしら)
フユは誰にも伝わらない、頭の中の断絶した領域でそんなことを考えてみる。
秋の空は晴れ渡り、体育館からは遠い拍手の音が伝わってきていた。
――季節は、最後の時を迎えようとしている。
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