「なかなか面白い劇だったよ」

 結城季早は志条芙夕に向かって、そう言った。

 二人が立っているのは、学校の屋上である。空にはひどく澄んだ青さが広がって、薄い雲がひきのばされた絵の具のように浮かんでいた。風が時折、強く吹きすぎていく。

 生徒や保護者たちは今頃、体育館で次の劇を見ているはずだった。そのため、屋上には季早とフユの二人しかいない。フユは劇が終わってすぐにやってきたので、黒いドレス姿のままだった。

「君もその格好は似あっているし、何といってもだからね」

 季早はにこにこしている。子供が懐きそうな、そんな笑顔だった。

「いい迷惑だわ、こんなの」

 フユはいつもの無表情を浮かべた。とはいえ、彼女は確かに迷惑だと思っている。つまりはこの劇の配役に不満を持っている人間が、もう一人いたということだった。

「本当に人の悪い劇だったわ」

「しかし、なかなか良い劇だったよ」

 季早は相変わらずの笑顔を浮かべている。

「宮藤くんが魔法使いの役というのは、少し可哀そうな気もしたけれどね」

「…………」

「彼は、?」

 その言葉に、フユは小さく首を振った。風が吹いて、彼女の髪を揺らしている。何故かフユは少しだけ、笑ったような気配があった。

「何も気づいてなんていないわ。わかるわけがないでしょうね、自分の〝何が〟狙われているのか、その理由も。彼はたぶん――人が好すぎるのよ」

「そうかい?」

 季早は笑顔を浮かべたまま、その少年のことを思い出した。佐乃世来理の家を訪ねたときと、ついさっき体育館ですれ違ったときのことを。不思議な少年だった。どことなく、自分に似ているような気がする――

「今日渡した魔術具で、最後だったかしら?」

 と、フユは訊いた。

「そうだね、これで大体の準備は整った。〝結社メンバー〟の協力には感謝するよ。あとは最後の仕上げにかかるばかりだ」

「そう――」

「魔術具といえば」

 季早はついでというふうに訊いた。

「咲羽三香という女の子のことは、どうなったんだい?」

「……問題ないわ。ちゃんと口止めしておいたから」

 フユは無表情に答えている。

「もっとも、結局は宮藤くんに見つけられたようだったけど。けどそれは私の責任じゃないわね。私は彼女に魔術具を渡して、使いかたを教えただけ。いずれにせよ、彼女が約束を破るとは思えないけど」

「しかしあの子にからといって、たいした問題になるとは思えなかったけどね」

「用心に越したことはないでしょ」

 フユの口調は変わらない。

 そう――

 自分と結城季早がいっしょにいるところを見られたからといって、事情を知らない三香がそれを人に言う可能性は低かった。けれどこのことに関しては、何しろ前例というものがある。

(おせっかいで優秀な情報源というものがあるのだからね)

 フユの心の独白は、もちろん季早には伝わらない。

(――いずれにせよ、もうすぐその時を迎える。そうしたら宮藤くん、あなたはいったい、どうするのかしら)

 フユは誰にも伝わらない、頭の中の断絶した領域でそんなことを考えてみる。

 秋の空は晴れ渡り、体育館からは遠い拍手の音が伝わってきていた。

 ――季節は、最後の時を迎えようとしている。

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