2
公園の中にはすでに、何人かの子供たちの姿があった。あかりはきょろきょろと敷地を見まわして、それがちょうどぬいぐるみをなくした日と同じ顔ぶれであることを告げる。
(つまり、もしぬいぐるみを誰かが隠したり盗っていたりしてたとしたら、容疑者はこの中にいるってわけね)
アキはそんなことを考えながら、
「どうしよう、とりあえず子供たちに集まってもらおうか?」
と、訊いた。
けれどハルは黙ったまま、公園を見つめている。何か考えている様子だった。
「ハル君?」
「……うん、そうだね」
どこかぼんやりとしながら、ハルはうなずいた。
「ぬいぐるみをなくしたのは、いつ頃のことだっけ?」
と、ハルはあかりに訊いた。
「三日くらい前の、夕方です」
「じゃあ、その時のことを聞いてみよう。誰かぬいぐるみのことを見てるかもしれないし、最後にどこにあったか知っておきたいしね」
「わたし、あの子たち呼んでくるね」
そう言うと、アキは遊んでいる子供たちのほうに走っていった。
ハルとあかりはそのあいだに、木陰になったベンチに向かう。ハルがそのイスに座ると、あかりもすぐ隣に座った。見あげると、水底から水面をのぞくように、葉のあいだから木漏れ日がきらきらと光っていた。蝉の声がやかましい。
しばらくすると、アキが二人のところに戻ってきた。その後ろには、五人の子供たちが続いている。
ハルはベンチから立ちあがった。
「話は聞いたかな? ぼくたちはあかりちゃんのぬいぐるみを探してるんだ」
まず、ハルはそう言ってみた。
子供たちは互いに顔を見あわせてから、中の一人が代表して口を開いている。髪を短く刈った、野球少年という感じの男の子だった。
「猫のやつのことでしょ、あかりの持ってた」
「そう……ところで君たち、全員知りあいなの?」
あかりを含めて合計六人の子供たちを見まわしながら、ハルは言った。
「そうです」
ハルの隣で、あかりが答えている。詳しく話を聞いてみると、この公園に集まっているのは大体近所の子供たちらしかった。一番上が四年生の男の子で、下は一年生の女の子。クラスもばらばらで、近所ということ以外には共通点らしいものはない。
ちなみに、最初に答えた少年が四年で
「ぬいぐるみがなくなったときのことは覚えてる?」
と、ハルは質問を続けた。
「三日くらい前のことでしょ。俺らも探したもんな」
桐山修一が確認するように仲間たちを見まわした。子供たちもみな、うなずいている。
「その時は見つからなかった?」
「ここの公園は大体探したけど……なあ?」
修一がそう言うと、眼鏡をかけた和野英一という少年がうんうん、とうなずいた。
「僕らここの公園のことはよく知ってるけど、この辺にはなかったよ」
ハルは少し考えてから、
「とりあえずその日のことを教えてもらっていいかな。あかりちゃんとは、みんないっしょに来たの?」
「確か、あとからだよな」
前歯が一本欠けた、名坂茂が答える。何となく能天気そうな感じの少年だった。
「俺たちは今みたいに先に来て遊んでたんだよな。うん、そうだ。それで今みたいにあかりたちがあとから来たんだ。その時は、確かぬいぐるみ持ってたよな」
「そのあとは……?」
「七花ちゃんと、志帆ちゃんと遊んでました」
あかりがそう言って、二人のほうを見た。和野志帆は英一の服の袖をつかんでじっとしている。上村七花は上級生の話に退屈しているらしく、その辺をぱたぱたと走りまわっていた。
「その時は、ぬいぐるみはあったんだね?」
「ありました」
「それから?」
「ナツの兄ちゃんが来たから、〝魔法遊び〟してたんだよ。あかりも志帆も七花も、いっしょに混ざってたから、その時はぬいぐるみのことは知らないけど」
魔法遊び?
「その〝魔法遊び〟って何のこと?」
「んー、何って言われても俺たちもよく知らないよ。ナツの兄ちゃんだけができるんだ。だからナツの兄ちゃんは魔法使いなんだ。〝キゴウ〟を描いて〝ゲンジツ〟にするとか何とか難しいこと言ってたけど、とにかく面白いんだよ」
「えと……例えばどんなことをするの、それは?」
「風船爆発させたり、スケボーを自動で動かしたり、靴にバネを仕込んだりとか、いろいろできるんだ」
「風船……?」
「そう、何か風船に絵を描くんだ。そしたら爆破すんの」
さっぱりわからなかった。
「そのナツって人は、今日はいないの?」
「うん、ここには来たり来なかったりするから。でもその日はいたんだ。確か、五年生じゃなかったかな? 〝クラノナツ〟とかっていうんだ」
ハルとアキは顔を見あわせてみた。少なくとも星ヶ丘小学校の五年に、〝クラノ〟という名前の少年はいない。別の学校の生徒らしかった。
「その人と……ええと、〝魔法遊び〟をしてたんだね。あかりちゃんもいっしょに。その時、ぬいぐるみは?」
「俺は知らないけど、どうかな?」
修一は全員を見まわす。
「このベンチのとこに置いてあったと思うけど」
英一が、あまり自信なさそうに発言した。
「ぬいぐるみがなくなったのに気づいたのは、いつ頃のこと?」
ハルが訊くと、再び修一が言った。
「あかりが帰るときだよ。何か用事があるとかで、あかりたちだけ先に帰ることになったんだ。その時に気づいて、みんなで慌てて探した」
「その時は見つからなかった……?」
「ああ」
確認すると、ほかの三人も全員うなずいている。茂が、相変わらず走りまわっている七花に訊くと、七花もやっぱりそうだというふうにうなずいてみせた。
「うーん」
ハルは手を口にあてて、しばらく考えている。
「その時公園にいた誰かが持ってったってことはないんだよね」
「まさか、そんなことはしないよ。俺たち以外には誰もいなかったし、そんなことは絶対にない」
「じゃあ、その日は風が強くてぬいぐるみがどこかに飛ばされちゃったとか、犬がくわえて持っていったとかは? 猫でもいいんだけど」
いや、ないよ、と修一は否定する。いくらなんでもそんなことはない、という顔だった。
「ここ、けっこう広いけど、あの日も散々探したし、そんな隠し場所とかないしなあ。あかりのぬいぐるみがどっかいったとしても、ここにはないと思うけど。ごみ箱にも空き缶とか変な綿くずとかしかなかったし、だいぶ隅まで探したからなあ」
ハルは少し考えるようにしている。この辺が、切りあげ時かもしれなかった。
「ごめんね、いろいろ聞いて。おかげで参考になったよ。ありがとう」
「いいよ、別に。それより、あかりのぬいぐるみ見つけてやってくれよ。俺たちもけっこう心配してるんだ」
「できるだけのことはするよ」
ハルはそう言って、少しだけ笑った。
子供たちが遊んでいるのを、ハルたちはベンチに座って眺めていた。世界は何かの実験中のように暑かった。元気な子供たちである。
「暑い……」
アキはむなしくつぶやきながら、服をぱたぱたとやった。普段は、こんな日に外出したりはしない。
「ねえ、ハル君?」
暑さにうんざりしながら、アキは助けを求めるように言った。ハルは風の音に耳を澄ますように、静かに子供たちを見つめていた。その隣では、あかりが大人しく座っている。二人とも、あまり暑そうには見えなかった。アキはとりあえず、今回のことについて質問してみた。
「ハル君は、さっきので何かわかった? ぬいぐるみがいつなくなったのかもはっきりしないし、どこに行ったかもわからない。どうも、公園には落ちてなさそうだけど……」
「うん――」
聞いているのかいないのか、ハルは気のなさそうな返事をした。
「みんなが覚えてるから、この公園でなくなったことは間違いない。でも誰も持って行ってないし、その辺に転がってるわけでもない。ぬいぐるみはいつの間にかなくなっていた……本当はぬいぐるみなんてどこにもなかったみたい。みんな夢でも見てたのかな?」
「うん――」
ハルはやはり、気のない返事しかしない。アキがむっとして何かしゃべり続けようとすると、
「話しておかなきゃいけないことがあるんじゃないかな?」
と、ハルは不意に言った。
「?」
ハルはけれど、アキに向かって話しかけているわけではなかった。ハルの隣で、あかりが顔をあげる。
「君はまだ、大切なことをいくつか話してないんじゃないのかい? 例えば、この場所にいたもう一人の人物のこととか」
あかりは黙ったまま、顔だけをハルのほうに向けている。アキは不思議そうな顔で二人の様子をうかがった。
「最初に公園に来たとき、君はぬいぐるみをなくしたときにいた人間は、全員ここにいるって言ったよね」
「…………」
「でも少なくとも、一人は足りてなかったはずだよ。〝魔法使い〟……その、〝クラノナツ〟という人はね。それにさっき話してたとき、茂くんて子が言ってたよね。『今みたいにあかりたちがあとから来たんだ』って。君は、一人でここに来たわけじゃないんだ」
子供たちの声が、夏の暑さの向こうに遠い。
「どうして君は、そのことを言わなかったんだろう? 勝手な想像になるけど、君はその人物のことをよく知ってるんじゃないかな。だから、わざわざその人物の話を聞く必要はないと思った。じゃあ、君といっしょに来てた人物は誰なのか?」
「…………」
「君たちは性格はまるで違うけど、何といっても双子だしね。それに彼女はどうやら、ぬいぐるみのことについては何か知ってるみたいだし……つまり、君が誰かといっしょに来るとしたら、そしてその人物のことを君がよく知っているとしたら」
ハルは少しだけ、言葉を切った。
「……それは栩ひかりしか、いないんじゃないかな?」
あかりは顔をそらした。
けれど――
彼女は小さく、うなずいている。
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