3
「ひかりちゃんと私は、小さい時はよく似ていました。みんな私たちを同じように扱ったし、私たちもお互いを同じみたいに思ってました。どこに行くにもいっしょだし、何をするにもいっしょです」
あかりはぼんやりと、一人でつぶやくようにしゃべっていた。ハルとアキは、黙ってそれを聞いている。
「……ずっとそうなんだと思ってました。私とひかりちゃんはいつもいっしょで、いつまでもいっしょなんだって。それだけは、きっと変わらないものなんだって……思ってました。でもひかりちゃんはいつの間にかひかりちゃんじゃなくなってました。相変わらずいっしょにいたけど、ひかりちゃんはどんどん変わっていきました。まるで、私を置いてどこかに行っちゃうみたいに」
あかりは少しだけ、悲しそうな顔をした。
「あのぬいぐるみは、本当はひかりちゃんも欲しがったんです。でも一つしかなくて、結局私が買ってもらいました。ひかりちゃんは別の、それより少しだけ大きな犬のぬいぐるみを買ってもらいました。ひかりちゃんは最近、そのぬいぐるみを大切にしてます。でも本当は、ひかりちゃんはあのぬいぐるみが欲しかったんです。欲しかったけど、わざと別のを選びました。そんなことをするくらいなら、私はあのぬいぐるみを二人で持ってたほうがよかったのに――」
ハルもアキも、しばらく黙っている。
(……どういうこと何だろう?)
と、アキは思った。ぬいぐるみを取ったのは栩ひかり? 彼女は本当はあかりちゃんのぬいぐるみが欲しかったから?
アキはそう考えてみるが、全然わけがわからなかった。これではまるで理屈が通っていないし、第一同じ家に住んでいて取ったぬいぐるみをどこにやるというのだろう。それに、どうやって公園でぬいぐるみを取ったのかもわからない。隠し場所なんてないのだから、そんなことをすればすぐにわかってしまうはずだった。
ハルも、アキと同じように黙っていたが、
「――あかりちゃんは」
と、不意に言っている。
「ひかりちゃんと、仲直りがしたいの?」
あかりは不思議そうに、ハルのことを見ている。確かにそれは、全然関係のないセリフのように思えた。けれど、
「……はい」
と、栩あかりははっきり答えた。
ハルは柔らかな調子で言葉を続けた。
「だったらきっと、大丈夫だよ。ぬいぐるみが見つかれば、みんな元に戻るから。ううん、違うな……それは少し違うところから、またはじまるんだ」
あかりもそれからアキも、ハルが何を言っているのかわからなかった。けれどこの少年がただの冗談や気休めでそんなことを言っているのでないことだけは、わかる。
たぶんこの少年はいつだってそれにふさわしいときにしか、本当のことを言わないのだ。
「――それで」
アキは気をとりなおすように、一呼吸置いた。
「これからどうするの? ぬいぐるみは結局、見つかってないわけだし」
「うん」
「わたしたちも公園を探してみようか?」
「それは別にいいと思う。あの子たちが散々探して、それでも見つからないなら、たぶんここにはないだろうし」
「じゃあどうするの?」
「うん……」
ハルは考えるように唇に手をあてている。
「できれば〝クラノナツ〟っていう人に直接会って、話を聞いてみたいんだけど」
言って、あかりのほうを見た。けれど、
「ナツのお兄ちゃんはいつ来るかわからないんです。どこに住んでるかも、私たちは知らないし」
じゃあ仕方ない、という感じでハルは首を振った。
「その人に会えそうだったら、ぼくに教えて欲しい。今は少し、考えなくちゃいけないことがあるんだ」
そうして三人が話しあっているところに、子供たちのうちの一人――一番年下の上村七花という少女が、とことことやって来ている。
「あのね」
と、ひどく舌足らずな声で、七花はしゃべりはじめた。
「ねこさんはね、きっとつかまってるの」
「?」
「おかあさんがいってたの。ねこさんをつかまえる、わるいひとがいるって。あかりちゃんのねこさんも、きっとそのひとにつかまってるの。だからねこさんを、たすけなくちゃいけないの」
七花はそれだけ言うと、もう気はすんだとでもいうふうに元のところへ戻ってしまった。
それが何のことなのかは、二人にはもちろんわからなかった。
数日後、ハルとアキは屋上に二人で座っている。放課後で、校内にはほとんど人は残っていなかった。太陽は、空を焦げつかせてしまいそうなほど強く輝いている。
二人はいつもと同じように、柵にもたれかかり、足を投げだして座っていた。日陰にいるおかげで、暑いというほどではない。時折、思い出したように風が吹いていった。
「……平和だよね」
ぽつりという感じで、アキが言った。
「ここでこうしてたら、世界の終わりまでこのまんまじゃないのかな、っていう気がしてくるよね。静かで、穏やかで、何も起こらなくて……何で世界からは貧困や戦争がなくならないんだろう? 世界はこんなにも静かなのに、ねえ――」
「それはいいんだけど」
ハルは呆れている。
「そんな話をするためにぼくを呼んだの? 世界の終わりについて考えるために」
「いやだな、ハル君」
アキはのんびりしていた。
「これはいわゆる、世間話ってやつだよ。ただの世間話」
「世間話で世界の終わりについて考えたりするのかな……」
「世間話だから、そんなことを考えるんでしょ」
ハルはやれやれ、とため息をついた。けれどアキはそんなことは気にせず、
「まあそれはともかく、〝猫〟のことでちょっと気になる話を聞いたんだよね。ぬいぐるみじゃないけど」
と、一転して話題を変えた。
「それって、この前あの子が言ってたあれのこと? 〝わるいひと〟に〝つかまってる〟とか」
「うん」
アキはうなずいて、
「いろいろ話聞いたんだけど、最近街中とかで猫がいなくなってるらしいんだって。飼い猫じゃなくて野良だから、本当のとこはよくわかんないんだけど。もしかしたら、どこかに散歩に行ってるだけかもしれないし」
「…………」
「でも一ヶ所だけじゃなくて、市内のいろんなとこで猫がいなくなってるんだって。聞いただけの話だから、本当かどうかはわかんないんだけど。変質者がやってるんだとか、研究所みたいなとこで集めてるんだとか、いろいろ噂になってる」
「あの子が言ってたのって、そういうことなのかな?」
「うん、たぶん」
母親からでもその話を聞いて、それがぬいぐるみのことと結びついたのだろう。
「でもね、そのことでちょっと気になることもあったんだ」
「気になること?」
アキはどこか、煮えきらない様子だった。この少女にしては、ひどく珍しい態度である。いつもなら嫌だといっても話すくせに。
「あのね、志条芙夕さんいるじゃない」
「志条さん?」
言われて、ハルは人形よりも無表情なその少女のことを思い出している。
「うん、あの子がね、何か猫を捕まえてるらしいんだって」
言いながら、アキもさすがに自信なさげだった。確かに、アキは同じクラスとはいえ、志条芙夕という女の子について何も知らない。だからといって、彼女が猫を捕まえている光景なんて想像できるはずもなかった。
「逃げた自分の猫を探してた、ってことはないのかな?」
「さあ……」
「友達の猫でもいいけど」
「どうなのかな……」
アキにもハルにも、よくわからなかった。話自体を信用していいのかもわからないし、志条芙夕という少女がその辺の猫を捕まえていたなんてことを信じていいのかどうかもわからない。
けれど――
ハルには何となく、それが何かの〝事実〟の一部であるような気がした。ハルは彼女のことを知らない。けれどハルには、あの少女のことを多少なりとも知っておく必要があった。何しろ彼女は、ハルのことを知っているのだ。そしてそれがいったいどれくらいなのか、ということが問題だった。
「…………」
ハルがそんなことを考えていると、
「それでさ、ハル君」
と、アキは不意に言っている。ハルが、「うん?」という感じでアキのほうを見ると、
「ぬいぐるみのこと、何かわかった?」
「ううん、まだ。とりあえず、〝クラノナツ〟っていう人に会わないと何とも言えないかな……その人が本当に〝魔法使い〟なのかどうか確かめないと」
アキはハルの顔を見つめた。
「それって、この事件も〝魔法〟が使われたってこと?」
確かにそれなら、ぬいぐるみが突然消えたことの説明もつくのだろう。そして〝クラノナツ〟が魔法使いである可能性は、とても高かった。
けれど――
いったい、どんな魔法を使ったというのだろうか。絵を描いて風船を爆発させるような魔法? スケボーを自動で動かすような? それとも、アキの知らないような方法が、魔法にはあるのだろうか。
ハルは黙ったまま、特に何も答えようとはしなかった。
この少年は、いったい何を知っているのだろう――?
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