5
集会のアリバイ、鍵のかかった箱、不可解な状況――
簡単そうで、よくわからない事件だった。
「犯人はきっと魔法を使ったのね」
アキはいきなりわけのわからないことを言った。
同じ昼休みの時間、二人は屋上の片隅にいる。空からは春先の澄んだ陽射しが降ってきて、向こうでは何人かの子供たちが声をあげて遊んでいた。
「魔法?」
ハルは柵にもたれかかって、怪訝そうに訊きかえした。風は少し肌寒かったが、冬はもうすっかりその影をひそめている。
「だって、鍵のかかった箱を開けちゃったんでしょ?」
「必ずしも方法がないわけじゃないと思うけど……どうなのかな。俊樹は絶対無理だって言ってたけど」
「だから犯人は魔法を使ったのよ。それで鍵を開けちゃったの」
「仮にそうだとしても」
ハルは考えこむように言った。
「どうして鍵をかけなおしたりしたのかな? どう考えても手間だし、あまり意味があるとも思えないよ」
「――え、うーん」
「犯人の性格が几帳面だったとか、できるだけ長く気づかれないようにとか、いくつか考えられるけど……必ずしも必要とは思えないし」
「うーん」
アキは考えているのかいないのか、唇のあたりに指をあてている。
「そっちのほうはどう? 何かわかったこととかは?」
「一応、友達に聞いてみたんだけどね……」
表情からして、特に収穫はなさそうだった。
「みんな、何も知らないみたい。集会が終わってから、おかしなことはなかったし。集会のあいだも別に変わったことはなかったって」
「うん」
「念のために、朝、俊樹のまわりにいたのにも聞いてみたけど、やっぱり何も知らないみたい。鍵をかけてたのを見たのは何人かいたけど、カードを盗りそうな人には心あたりないって」
「まわりの人間にカードを盗った人がいると思う?」
「わかんない……」
アキは首を振った。
「とりあえず、いくつか問題を検討してみようか――」
ハルは一度間をとって、考えるように言った。向こうでは、子供たちがさかんに駆けまわっている。
「まずは、アリバイだね。集会のあいだは誰も教室に戻ってないし、終わってからもカードを盗るような時間はなかった。カードの所在が確認されてるのは、集会の前まで。だからカードが盗られたのは集会のあいだしかない」
「……もしかして、先生がやったとかはないかな?」
「うーん、それはどうかなあ。先生だって集会のあいだは体育館にいたわけだし。第一、そんなことするとは思えないけど」
「でもほかにいないんなら、一応疑ってみるしかないでしょ?」
「珍しいカードみたいだから可能性がないわけじゃないけど、でも無理があるかな」
「どうして?」
「俊樹がカードを持ってきたのは、今日がはじめてみたいだから、先生でそのことを知っていた人はいないと思うんだ」
「うーん……」
「まあそのことはまた考えるとして、次は鍵だね」
「やっぱり何かの方法で開けられるんじゃないかな? 絶対開かないてことはないんじゃないの。ピッキングとか何とかとか……」
「かもしれないけど、さっきも言ったようにどうして鍵をかけなおしたりしたんだろう。鍵をまた閉めなきゃいけない理由でもあったのかな」
「箱を壊して中身を取りだしたとかは?」
「実物を見たけど、そんな跡はなさそうだった。壊して、直したんだとしたら、鍵よりもっと不可解だしね」
「あ、中身を盗んだんじゃなくて、箱そのものを取りかえたとかは? これならうまくいくんじゃないかな」
アキは自分の思いつきに手を叩いた。
「でもそれだとかなり計画的だね。俊樹の話だと見ためよりずいぶんちゃんとしたものだったみたいだし、手が込みすぎてるかもしれない。下手をすると、その手間のほうが高くつくよ」
「うーん」
そう言われると、アキにはもう何も思いつかなかった。
「よくわかんないけど、手がかりが足りないって感じかな」
「そういうわけでもないけど、でもどうしてそんなことをしたのかわからないんだ」
アキは不思議そうにハルのことをのぞいた。この少年にはもう、何かわかっているのだろうか?
「ねえ、もしかして何かわかってるの?」
「体育館でぼくが倒れたのが、そういう理由ならね」
「?」
「とにかく、もう少し考えてみるしかないよ」
屋上のうえを小さな風が吹いた。それは春の陽射しを透明にろ過するような、重さのない風だった。
二人が教室に戻ってみると、担任の葉山美守が少し早めにやって来ていた。彼女はクラスの日直を呼んで、古い座席表を書きなおさせている。
ハルは何気なく席について、そしてはっとした。
あることを思いついて、次の瞬間には自分でそれを否定する。そんなことがあるはずはない。もしそうだとしたら、この事件は。
ハルは心臓の鼓動を落ちつけ、ゆっくりと考えてみた。
けれど――
そうである可能性が、もっとも高いのだ。
(確かにこれは、ぼくが起こした事件なのかもしれない……)
そう思った。そして自分にはどうしてもこの事件を解決する必要があるのだということを、宮藤晴は思い知らずにはいられなかった。
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