第四章 死神と戦車

   一

『人間の成長とは、緩やかな上昇曲線ではなく“”をきっかけとした階段状のものである。

 日々の積み重ねによる蓄積が、“”のではない。ある“気づき”を引き金として“”なのだ。

 それは人間個人というミクロなものから、人類全体というマクロなものにまで。おおよそ成長という因子を抱えた存在は皆、等しくそうして自身の成長に立ち会う。

 ならば、我々が得たテレパシー能力とは成長なのだろうか。

 能力開花につながる何がしかの蓄積が、木星圏で生きる日々にあったというのだろうか。

 我々は特別ではない。

 血は赤く、骨と肉で出来た身体は脆弱極まりない。

 そう。地球に住んでいたころから我々は何も変わってはいない。変わってなどいないはずなのだ。

 ただ住処を木星圏に移した。ただそれだけの、ただの人間たちであったはずなのだ。

 だがしかし、現実に我々は中央に住まう人々とは一線を画した力を手に入れ、彼らからの一方的な畏怖と否定にさらされている。

 木星圏の為政者はそれを、中央の人々に一歩先んじた“成長”への嫉妬と呼び、その論理によって発生したイデオロギーはとうとう中央の一大拠点へ攻め入る暴挙へとつながった。

 ここにいたり、多くの者たちは確信したのだという。

 私の家族や友人、私が知る多くの知己たちも確信したのだという。

 この力こそ、安穏をむさぼる中央の者たちに先んじてフロンティアで生きる我々の“成長”なのだ、と。

 そして成長した子は親の手元を離れ、自立しなければならない。中央への抵抗運動とCALIBER要塞の占拠による隔絶こそが、木星圏に生きる人々にとっての自立の証明になるだろう、と。

 更に加速し、圧倒的な奔流にまで膨れ上がったイデオロギーは数多くの技術革新、経済の活性化、工業や食糧生産プラントの建設ラッシュによる雇用促進といった多くのプラスをもたらしている。

 その豊かさに酔い。それを奪おうとする中央を敵とし、輝ける不破の未来を信じて、数多の若者たちは戦地へと赴くのだろう。

 だがしかし。

 だがしかし、と私は思うのだ。

 それは本当に正しいのだろうか。成長や進歩と断じて良いものなのだろうか。

 かつて原子力を手にし、無限のエネルギーに至る糸口を掴んだはずの人類が最初に行った行為が原子力爆弾の製造と使用であったのと同じ過ちを犯しているのではと考えてしまうのだ。

 中央の圧政と搾取への抵抗。それはいい。だが、そのために銃を取ることは本当に正しいことなのだろうか。テレパシー能力という奇跡を得た身を、ブラッディー・ティアーズという破壊兵器の一部品へと貶め、人殺しの業を若者たちに背負わせようとしているこの現実は罪ではないのか?

 それを正義や聖戦と呼ぶのは、あまりにも罪深い、感情的すぎる暴論なのではないのだろうか。

 ならば、どうすればよいのだ。中央の搾取と否定を良しとし、明日をも知れぬ苦しみにあえぎ続けろというのか。銃を取る以外に、そんな日々をどう救えるというのだ。おまえの言葉は、身勝手で意気地の無い臆病者の正論ではないのか。

 語る私へと多くが口にする問いかけの答えを、私は知らない。

 そう糾弾し、私を退け、去ってゆく者たちへ返す言葉を、悲しいことに私は持っていないのだ。

 だがしかし、私自身をして正義とさえ思える彼らの論理に私の中の理性が反発している。

 答えにならない言葉が。

 救いとならない論理が私に、この言葉を吐き出させるのだ。

 だがしかし。

 だがしかし。

 だが、しかし―――と』



   *   *   *   *   *



 艦長席左脇の副長席シートに腰をおろし、ドカトはまたたくことのない星々が浮かぶ宇宙を見つめていた。

 抱えた問題に行き詰まると、そうして思考を終わりの無いループに任せたまま、ぼんやりとひとときを過ごすのがドカトのクセだった。そんなときは決まって父の言葉が胸裏をよぎる。

 歴史家であるのと同時に思想家でもあった父は、中央との戦端が開かれるまで延々と反戦デモの先陣へ立ち、結果として思想犯の汚名とともに投獄されたのだった。

 ドカトら残された家族への風当たりは強く、戦争特需で世間が活気づくに従って彼の言葉は否定と嘲笑の対象へと堕ちていった。そんな父を憎み、志願した軍でただひたすらに戦い抜いた果てで待っていたのは、能力の消失と死地へ旅立つ若者たちを見送る抜け殻のような日々だった。

 思えば、ドカトにとって戦いとは、父を否定する唯一最大の手段だったのだ。

 自分の戦いが木星圏の勝利に貢献し、中央からの完全独立を掴み取ることこそが、自身や家族の汚名を晴らす唯一の手段だと思い続けていた。そしてそれはある意味で正しく、結果としてCALIBER要塞攻略に参加した精鋭パイロットという肩書きによって、父は恩赦による釈放を受け、下層エリアでの生活を余儀なくされていた家族は本国の首都にあるかつての我が家へと戻ることができた。

 だが、戦争から切り離され、戦うことのかなわぬ身となってしばらくした頃のことだった。ふとしたきっかけから気づいてしまったのだ。かつてほど父の言葉を否定できない己自身に。

 戦うことを否定はできない。むしろ肯定以外の材料が見つけられないくらいだ。


 だが、しかし。


 父の口癖でもあったその言葉がドカトに肯定を許さない。

 予感があった。

 おそらくは生涯、ドカトはその言葉から逃れられないだろう、という予感だ。

 忘れえぬあの日の記憶がある限り。

 初めて送り出した教え子の訃報を耳にしたあの日の記憶がある限り、ドカトは永遠に戦争を肯定しきれないのだろう。

 数多くの死を見てきた。

 数え切れない敵を殺し、数え切れない数の同胞たちが死ぬのを見届けてきた。

 だというのに、あのたった一つの死が、ドカトにはどうしても許せない。

 自身の手の中で育て、巣立ちを見送った雛鳥の未来が、またたくまに散らされてしまった現実―――自責の中で思い描いたどんな理屈、どんな言葉、どんな理由でも自身を納得させられなかった。

 ドカトは思う。

 きっとあの日、あの瞬間こそがそうだったのだと。

 父への憎しみに捕われ、中央からの完全独立という熱に浮かされていた自分が、戦争という言葉が持つ本当の意味を理解した瞬間だったのだ。そして恐らく、誰よりもそれを理解し知っていた唯一人が、憎み続けていた父だったのだと。

 釈放から数日後、投獄による衰弱で父は他界したという。CALIBER要塞の防衛戦線に身を投じていたドカトがそれを知ったのは、重症を負って搬送された後方基地のベッドの上でのことだった。

 大きくなったら酌み交わそうと、年代もののウイスキーを書斎で大事に保管していた父を思う。

 もし今、父と酒を酌み交わせたならば、自分はそれをどう感じたのだろうか、と。

 そんな埒も無い考えにかぶりを振って、ドカトは教え子たちの姿を思い浮かべた。

 かつての、ではない。

 今現在、自身が守り、育て、導かねばならない3人の姿を、だ。

 アンディ・ハレー。

 アル・ワン。

 南風はえ優人ゆうと

 部下たちの名を指折り、死なせたくないと心の底から思う。

 混迷を深める現在を生き延びさせてやるため、自分に何ができるのだろうと思いはせる。

 だが手がかりが無いわけではない。

(レイジ・トライエフ……か)

 青きブラッディ・ティアーズを駆り、ドカトたちの前にあらわれた少年の言葉を脳裏で反芻する。

 あのどこか見覚えを感じさせる少年は何者なのだろうか。

 恐らくは、この不可解きわまる状況の真実に通じているのだろう少年について、ドカトたちは処遇を決めあぐねていた。

 とりあえずの処置として独房に監視つきで隔離してはいるものの、はっきりとした方針を決めるには、あまりにも判断材料が少なすぎたのだ。

 つい昨日のやりとりを思い出し、腕組みしたドカトの表情が曇る。



   *   *   *   *   *



「な、なんだと!?」

 イクシスは蒼白になって後ずさった。化け物でも見るような目でレイジを凝視し、恐れをなした様子でよろめく。

「どうやら、あなたは事情をご存知のようですね」

「わ、ワシは知らん。知らんぞ。知らんといったら知らん! 知らん!」

「艦長?」

 視線をそらして首を振るイクシスに傍らのドカトが不審に眉をひそめる。

「レイジといったな。やはり、我々に事情を説明してはもらえないのか?」

「残念ながら。ですが、このままいけば遠からず、この艦は襲撃を受けることになるでしょう。それもBTの部隊によって、です。防げますか? 現状の艦載戦力で」

「それは……いや、待て。BTの部隊といったか。どういうことだ? 木星軍ではないのか? それとも何がしかの反乱勢力でも現れたとでもいうのか?」

「事情なら、そこの艦長さんに聞いたらどうです? 色々と、ご存知のようですよ」

 場の視線を一身に受けたイクシスは、きょろきょろと視線をさまよわせ、喉元をかきむしるように指をうごめかせた。

「で、でまかせだ! ワシは何も知らんぞ。そ、そうだ。そいつはスパイだ。そうに決まっている。誰か! う、撃て! こいつを撃たんか!」

「艦長!? 落ち着いてください。おい、おまえら」

「な、何をするか。ワシは艦長だぞ。おい、貴様ら!」

 半狂乱になってわめき散らすイクシスが、数人の兵士に囲まれ引きずられていく。それを見送りドカトは嘆息すると、苦りきった表情で口をひらいた。

「レイジ・トライエフ。すまんが中継基地に着き、上の判断をあおぐまでの七日間、身柄を拘束させてもらう」

「……仕方がありませんね。ただし―――」




   二

「おお、ドカト。ここにおったか。ほれ」

 油まみれの作業服を身に着けたルーク整備長がブリッジを訪れたのは、12時間置きに定めたブリッジのクルーたちが交代要員にバトンタッチしだした時のことだった。相変わらずの気さくな笑顔とともに、ルークは一冊のファイルをドカトへ手渡す。

「どうでした?」

 ファイルの中身は、秘密裏に頼んでおいた青いBTの調査報告書だ。

「どうもこうもないわい。ヘタに触れたら自爆するなんて代物にできる調査なんてタカがしれておる。しかもあのエンジン音にレイアウトとときて冷却水の補給もいらんなどと言いよるからにゃあ、積んどるのは核融合エンジンではないな。奇抜な外見に目を取られがちじゃが、フレームから関節機構にいたるまで、見て取れるだけでも専用パーツと新機軸品だらけ。もはや規格外というより一種の工芸品じゃよ。まったく、酔狂な機体じゃ。あれ一機分の開発費で戦艦の5,6隻は買えるかもしれんぞ」

「また大げさな。しかし、そうなるとあれは新技術のテストベッドとして作られた“試作機Xナンバー”の可能性が高いと?」

「いんや、それにしては外装の組み上がり精度が高すぎる。あの無駄のなさは、試作機や試験機ではありえんよ。外連けれん味の強いパッと見からしてデモンストレーション用の高性能機なのではないかと最初は思ったんじゃがのぅ」

「宣伝……たしかに民間企業が新機種や技術のプレゼンテーション用に高性能の試作機を作ることはよくありますが」

「違うじゃろうなぁ。あれは一民間企業がおいそれと作れるようなシロモノじゃあない。だいたい技術デモンストレーション用の機体ならばもっと、アピールする部位を誇示した設計にするものじゃし、こけおどしの広告塔ならば見てくれだけのハリボテで十分なのじゃから。さりとて”新型機採用枠の競合試験トライアル”は半年も前に終わっておるし、それ以前に木星圏で作られたかすらも怪しい」

「何か出所の手がかりが?」

「勘じゃよ。根拠は無いがの。あの機体からは木星圏の匂いが全くせんのじゃ」

「…………」

「……ちょっと、さっきの資料を開いてくれんかの。たしか5ページ目のあたりじゃ」

 どちらともなく降りた重苦しい沈黙を振り払うように、ルークがドカトの手元を指した。

「これは?」

「よく似ておるじゃろ? あの独特の光彩に覚えがあっての」

 言われるがまま開いたページには、フューリーの装甲金属の拡大図と、図鑑から転載したらしい金属組織図が並べて記されていた。 

「サイメタル……ひょっとしてSSTの原材料に使用されているレアメタルですか?」

「さすがに知っておったか。まあ、一般に出回っとるのは可能な限り純度を上げた黒い単結晶なのじゃがの、一定以上の不純物を含むサイメタルはサファイアのような青い輝きを放つんじゃ。で、どうやらあの装甲は、それをベースにした合金のようじゃな」

「装甲にサイメタルを? そんなことが可能なのですか?」

「不可能というより無意味じゃからせんだけで、できんことはないの。SSTによる光磁気障害と空間破砕振さえ克服できるなら、とっくに誰かがやっとったじゃろうて」

 光さえ通さぬ絶対の障壁ゆえに、大きすぎるSSTは機体のレーダーや外部カメラを初めとしたあらゆる知覚機器を無効にしてしまう。それが故に、盾という原始的なスタイルの兵装が考案されたのだ。

「ではやはり、トライアル用の試作機なのでは? 全身をSST化させられる何がしかの技術が確立されたのだとしたならば、ありえない話とも思えませんが」

「じゃから無意味なのじゃよ。たしかに全身をSST化させられたなら、BTは文字通り無敵の機動兵器といえるかもしれん、なにせ一切の攻撃が効かなくなるのじゃからのう」

 言葉を切り、苦々しく宙をにらんだルークの目が遠くなる。

「SSTが開発され、軍がBTの実用化でやっきになっていた頃、そうした考えにとらわれた連中が山ほどおったよ。数え切れないアイデアと試行が繰り返され、中には目をそむけたくなるような生体実験さえおこなってのぅ。じゃが、その全てが失敗に終わったよ」

「BT開発の暗部、ですか。噂には聞いておりましたが……」

「SSTには、極低温下におけるマイスナー効果や半導体素子のブレーク・ダウン現象に似た特性がある。コントロールが可能な、ある一定量を超える精神波を注いだ場合、瞬間的に性質が反転し、無限に精神波を吸収しようとしだすのじゃ」

「まさか……」

「無意味なのじゃよ。仮にSSTフィールドを通す知覚技術を開発したとて、BTの全身に及ぶほど大量のSSTを起動などさせたら過負荷で操縦者の脳が破裂するのじゃからな。そうした犠牲のもとに得られたデータによる限界量が、現状のシールドに使用されているわずか二十数キログラムなのじゃ」

「し、しかしあんなタイプのBTは見たことがありません。去年に参加した新型機のトライアルでも、全身SSTなどというコンセプトは噂話ですら耳にした覚えがないのです。木星軍でないのならば、あれは一体……」

「本当に、そう思っとるか?」

 過去を映していたルークの目がドカトを映す。一切の逃避的思考を許さぬ眼に、ドカトは考えまいとしていた可能性を注視せずにはいられなかった。

「あれは明らかに何らかの目的を持って開発された特別品じゃ。本来カーボン並の弾性強度しかないサイメタルを装甲材に加工するほどの技術力。関係者以外に操縦はおろか触れることすらままならぬ機密性。そしてあの完成度を生み出す為の膨大な時間と資金。全てを成し得ることが可能なのは、一つしかなかろう?」

 声を潜めて語るルークの指が、ラストページの1語を指す。

 中央。

 それは地球、月、火星、そしてそのラグランジュポイントに漂うコロニー群によって形作られる巨大勢力の総称だ。テレパシー能力を得た木星圏の人類を恐れ、拒絶した人々の領域でもある。

「バカなッ。ありえません。仮にそうだとしても、BTはテレパシストにしか扱えないのですよ?」

「そんなことはわかっておる。じゃが、それ以外にはありえまいが。いや、むしろ当然なのかもしれん。3年前の第一次CALIBER要塞攻防戦で奴らは思い知ったはずじゃ。テレパシストとBTの脅威を、な」

「目には目をということですか?」

「あるいはBTを上回る新兵器開発計画の一環として試作されたか」

 テレパシストを根絶やしにするために。接触により自分たちが覚醒するのを防ぐために。木星、果てはその先に広がるフロンティアという資源を手に入れるために。

「そこまで……そこまで彼らは我々を拒絶するのか。同じ人間だろうに」

 苦渋に満ちた独白をもらし、ドカトはやりきれなさを覚えずにいられなかった。

「そうじゃあない」

「?」

「つまりは、奴らも戦争をしておるということなのじゃろうて。テレパシー能力は、結果として木星圏に多くのモノをもたらしたが、同時に多くの敵を作る結果にもなった。外にも、内にも、じゃ。どんなものであれ、“理解の外にる”や“自分が持っていないものを持っている”隣人というのは恐ろしく、また妬ましいものなのじゃよ。ワシらにとっての中央、中央にとってのワシらはまさにそれじゃ。かつて中央を相手に戦ったおまえさんにとっては、骨身に染みておることじゃろうがな」




   三

 これほど静かに眠るのは何年ぶりだろう。

 緊張も警戒も必要なく、ただただ泥のように眠る時間など。

(こういうのも、たまには悪くないかもしれないね)

 眠りの中で笑み、心地よいまどろみの奥へ沈んでいく。

「おい……おいってば……お~い!」

 薄闇が立ちこめる独房の中、寝台に身を横たえて眠るレイジを呼ぶ声があった。

 周囲をうかがいつつ音量をしぼった呼び声が帯びる、切羽詰まった感情にひかれ、けだるげに身を起こす。

「誰?」

 枕元のゴーグルを手探りながら寝ぼけた声で問う姿に、声の主が呆れた様子で息をついた。

 扉に開いた小さな金網付きののぞき窓から青い瞳がレイジを見下ろしている。

 小さな電子音と金鳴りを発して電子ロックが解除され、人影が滑り込んだ。

「あなたは?」

「俺はアンディ・ハレー。BTのパイロットやってんだけどさ」

 BTパイロット、と聞いたレイジの目が失望の色を映す。「答えないと言っているのに」と口の中で呟いて、緩慢にレイジは身を起こした。

「フューリーのことでしたら―――」

「いや、そうじゃなくって」

「?」

「ちょっと、聞きたいんだけどさ」

 わずかな逡巡に少し視線を泳がせ、ためらいがちに問いかける。

「占い師が絶対にやっちゃいけないことって知っているか?」

「?」

 不可解な問いに、眉根を寄せたレイジが見返す。からかわれているのかと、怪訝に思うものの、アンディの表情は真剣どころか切迫した緊張に満ち満ちていた。

「何の……ことです?」

「!?」

 いくばくかの沈黙をへて、ためらいがちに問うたレイジを見つめるアンディの顔が深い失望を浮かべて引きつった。

「違うのかよ」

 かすれた呟きが、レイジの困惑をさらに深めていく。

「おまえ、地球から来たんじゃないのか?」

「!? あなたは―――」


『……ハレー少尉と南風少尉は至急、ブリッジまでお越しください。繰り返します……』

 

 思わず驚きの声を上げたレイジの言葉を、ミユキの声の艦内放送がさえぎった。まるでいたずらを見咎められた少年のように身を震わせ、アンディは舌打ちとともに天井のスピーカーを睨み上げる。

「呼び出しかよ。こっちは忙しいってのに」

 いまいましげに舌打ちして、アンディは踵を返した。

「悪ぃ。今の無し。忘れてといてくれよな」

 言い残し、廊下に人気がないことを確認すると平静を装い出て行く。

(彼は、もしかして……)

 一つの推論を思い、アンディの背が消えた扉をジッと見つめるうちにふと、レイジは扉に手をかけてみた。扉は何の抵抗もなく開いてレイジに道を開ける。

「さ、て。どうしようか」

 眼鏡の奥で黒瞳が細められた。




   四

「BTの調査ですか?」

 ブリッジへ赴いた優人とアンディに、腕組みして副長席に座すドカトが鷹揚にうなずく。

「そうだ。正直なところ機密に触れるのは気が引けるが、バリアスのFRE不調が依然として直らん以上、最悪の事態に備えて戦力を確保せねばならん」

「そのための調査。ですか」

「すでにフェザード整備長には話を通してある。言うまでもないが、他言は無用だ。自分たちが軍の機密に触れていることを忘れるな」



   *   *   *   *   *



 格納庫では整備兵達によるバリアスの点検整備が急ピッチで進められていた。

 コクピット周辺のメンテナンスハッチは全て開け放たれ、中のFRE調整用テストコネクタに接続された光ファイバーの束がウネウネと壁面のパネルまで伸びている。

 睡眠不足と疲労、消えない原因不明のエラーに殺気だつ面々の横を、優人とアンディは足音を忍ばせて通り過ぎた。

 格納庫奥、鉄骨とシートで区切られた区画へと進んでいく。

「機密兵器、か」

 入り口らしき合わせ目のシートにかけた手が止まる。優人はアンディに振り返り、

「どんなBTだと思う?」

「決まっている。あの、青いヤツさ。それっきゃねえよ」

「だよ、な」

 軽い期待と緊張にはやる心を押さえつけ、優人はシートをくぐった。

 くぐった先のハンガーに固定された二機のブラッディ・ティアーズを認め、思わず走り寄る。

 ちょうどルーク整備長ら数人によって全身を覆うシートカバーが外されるところだった。

「何しとる。おまえら! 邪魔じゃ。離れんか!」

 ルークの怒声に慌てて壁際へ下がる二人の目の前で、一気にカバーがめくり落とされた。アンディが目を輝かせ、

「おおッ!」

 そこにはフューリーと同じく、燦然さんぜんと輝く青い装甲に身を包んだブラッディ・ティアーズが―――いなかった。

「あぁん!?」

 素っ頓狂な声を上げて目をこするアンディの横で優人も絶句している。

 それは、確かに貴重な機体ではあった。もしここにアルがいたら狂喜して得意のウンチクを長々と語ったことだろう。

「なに、コレ……」

「さあ……」

 眼前の機体たちを指差して唖然とするアンディに、優人も首をかしげる。

 特異な形状をしたブラディ・ティアーズであった。皿型をした頭部。四肢は太い上に手先足先がなくスラスターとバーニアのみで構成され、隙間から伸びる接地用フレームが機体を地に立たせている。胴はバリアスと大差なく見えるものの推進器の類いは一切なく、代わりに細く短い副腕が胸部と背部に二基ずつ合計四本そなえられていた。

 シェイド社製”ザンサス”。五年前、正式採用機の座をかけてアシモ社製フレイムソードⅠと競合し、敗れた強襲用ブラッディ・ティアーズである。

「か~ッ。これだから若いモンは。なんじゃ、おまえらザンサスを知らんのか?」

 硬直する二人の前にリフトで降り立ったルークが呆れた声を上げた。

「ザンサス?」

「ちょうど5年前、軍の正式採用機の候補に上がったBTじゃよ。ピーキーな操作性と特殊なコクピットシステムをのぞけば、現行型のフレイムソードⅡにだってヒケはとらんぞ。しかし、こんなのに触われる日がこようとはのう」

 言ってルークは「整備士冥利につきる」と、満足げにザンサスを見上げた。

「ま、ありゃ確かに扱いづらそうだよな。ってか、俺だったら絶対パス。格好わりぃもん」

「なんじゃと?」

 ボソリともらした言葉に、ルークの反応は速かった。避ける間もなくアンディの喉元へ配線工事用の電工ナイフを突きつけたのだ。

「この未熟モンが。この機能美あふれるデザインがわからんか!」

「ジョ、ジョーク、ジョークだってば」

「ちょ、ちょっと落ち着いて。そうそう、ところでその特殊なコクピットって何なんです?」

「ああ、それは見た方が早かろ」

 ナイフを腰に戻し何事もなかったかのようにリフトを指し示す後ろで、冷や汗を浮かべてのけぞっていたアンディが優人に目線で感謝する。

 リフトにのって機体の胸郭付近へ組まれた足場へ降り立つと、キースと整備兵二人が不可解な表情を浮かべていた。ルークの姿を認めたキースが駆け寄ってくる。

「どうした。システムは立ち上がったのか?」

「いえ、それが……」

 彼にしては珍しく言いよどみ、意を決して口を開く。

「妙なのです。外部からの信号をまったく受け付けません。というより、どうもコクピット部が機体のメンテナンス用ポートとつながっていないように思えます」

「背部や腰部のコネクターは?」

「試しました。けれど、やはりつながりません。強制開放のレバーも引いてはみたんですが」

「妙じゃな。CSシステム機だろうとメンテナンス用の基本配線経路に関しては同一規格のはずじゃが。どれどれ……」

 接続されたメンテナンス用小型端末の前に座り込み、部下達からの報告を聞きつつキーを打つ。

「これは……長びくね」

「だな。そっちのもう一機のヤツ見てみようぜ」

 隣に立つザンサスを指差すアンディに首肯し、細い足元を気にしながらそろそろと歩き出す。

「どうでもいいけど誰だよ。あんな頭、考えたの」

 円盤状の頭部は扁平で、装甲を施されたそれらが円盤縁のレール上を走る設計となっている。頭部装甲のスリット内を内包したセンサーやカメラ類が駆け回るバリアスやフレイムソードとは対照的だった。

「そんであの手だろ? BTっつうより移動砲台じゃん」

 前部副腕袖口に施された荷電粒子砲の砲口を認め、アンディが呆れ顔で胸郭を軽く叩いた。


(アンディ……)


「あ?」

 涼風のさざめきに似た声が、かすかにアンディの耳元を通り抜けて言った。怪訝に眉根を寄せ、ザンサスの頭部を見上げた途端、エアシリンダーの駆動音とともにコクピットハッチが勢いよく展開する。

「のわっ!?」

「アンディ!」

 突然の出来事に思わず飛びすさり、無重力の宙でバランスを崩してよろけるアンディの手を優人が掴み、引き戻す。

「サ……サンキュ……」

 やっとそれだけ言うと、アンディはへたり込んだ。優人も大きく息をついてかがみ込む。

「な、なんで?」

「システムダウンしているんじゃなかったのかよ」

 開放されたコクピットハッチの奥―――薄暗い空間に黒い合成皮で被覆されたシートが補機類に埋まるようにして据えられている。見かけはバリアスと大差ない、普通のコクピットだ。

「なんじゃ、おまえら。何しおった!?」

 二人の背にドカドカとルーク達が駆け寄ってくる。新たに五人分の重量が加わった足場がたわみ、軋みを上げた。

「わわっ。ちょっと待てよ。おい」

 激しく揺れる足場へ必死に伏せてしがみつく二人と違い、五人は慣れた様子でたどり着くと、左側コクピットハッチの基部にあるメンテナンスハッチへ端末を接続する。

「どうじゃ?」

「あ、つながりました。おかしいなぁ。ここがつながるなら外部ポートでもいけるはずなんですけれど」

「おまえら。どうやってハッチを開けたんじゃ?」

「どうやって、っていわれても……」

 全員の視線が集まるなか、のろのろと立ち上がった二人が戸惑いの声を上げる。

「かる~く叩いただけなんだけど。なぁ?」

「そうなんです」

「ふむ?」

 困惑を浮かべる二人を疑わしげに見やり、ルークはコクピットで起動操作を行っているキースを振り返った。

「いつまでやっとる。コクピットの電源ぐらい、すぐじゃろが」

「そ、それが……」

「ええい、見せてみい―――な、なんじゃこりゃ?」

 苛立ち混じりにキースを押しのけ、コクピットへ頭を突っ込んだルークが目を丸くした。

 後ろからコクピットをのぞく二人も、ライトで照らされたそこを見て言葉を失う。

「モニターがない?」

「おまけにファンクションボードが操縦桿みたいのに化けてやがる」

 上下左右と前面に設置され、外界を映し出すはずのモニターが正面のそれを残して取り払われていた。

 違和感のないフレームや機器レイアウトから、元々そのように作られたのだろう。そして左手で機体制御のシステム切り替えや火器管制、プログラム起動を行うファンクションボードの代わりなのだろう。タッチパネルの代わりに、五指をはめて操作するとおぼしきリングスイッチを備えた大型のレバーが据え付けられていた。

「さっき言っていた特殊なコクピットシステムって、こういうことですか」

「全然違うわい!」

 納得する優人にルークが紅潮した顔で怒鳴った。

「なんじゃコイツは。フレームレイアウトから見てCSシステムは間違いなさそうじゃが、こんなけったいなコクピット聞いたこともないわい」

「なあなあ、それで、CSシステムって何なんだよ?」

「あぁ、それはですね」

 アンディの問いに、人差し指で眼鏡を押し上げたキースが振り返る。何故か得意満面に付箋紙だらけのファイルを広げ、その中からある図面を出して見せた。

「これです。コクピット・セパレートシステム。これはコクピット部分が分離して緊急脱出ポッドになるんですよ」

 キースが開いたページには、コピーを重ねすぎて色落ちしたモノクロの絵図が記されていた。胸郭に内包したカプセル状のコクピットが、爆裂ボルトによって分解した機体から飛び出すプロセスを描いたものだ。

「まあ、実際は戦場でこんなの的になるだけですし、無駄にコストがかかりすぎることもあってザンサス以降は試作もされなくなった機構なんですけれどね」

「じゃあ、これ、いわゆる脱出装置つきってヤツなわけ?」

「まぁ、そうなのですけれど、コクピットの内装が資料と違うんですよ」

 いってキースはページをめくり、コクピット部分の図面と写真を見せる。

「ね? まるでコクピットだけ別物と入れ換えたみたいでしょう? しかも―――」

「キース! 何を油売っとるか。とっとと準備せい!」

 言いかけたキースの言葉がルークの怒声に遮られた。「やれやれ」と肩をすくめ、ファイルを閉じる。

「別物、か……」

 慌てた様子など微塵もなく歩いていくキースの背からザンサスの頭部へと視線を移し、優人は漠然とした不安を感じずにはいられなかった。




   五

 加速に伴う慣性重力にのしかかられた身体が、シートにめり込んできしみを上げる。

 歯を食いしばって耐える視界の中で、またたきどころか一ミリも位置を変えない星々の輝きに苛立ちを覚えつつ右手の操縦桿を押し下げた。

 一瞬の無重力の後、凄まじい落下感が全身を包み込み、向かう正面に灰色の機影――バリアスが映った。

 振り返ろうと両脚部のバランサーノズルを吹かせて回るバリアスの機影を映すディスプレイ上で、踊る照準が緑から赤へと変わってロックオンを告げる。

「もらい!」

 叫びと同時に、アンディは左手を収めた手のひら形のくぼみの中指と親指部にあるスイッチを押した。

 高速機動中の動作による大小のモーメントがもたらす微震がコクピットをゆるがせ、ディスプレイ上のバリアスへ向けて右手から火線が走る。

 時間にしてコンマ数ミリ秒。刹那の交錯をはたしたバリアスの背で爆光が花ひらいた。

 ヘッドアップディスプレイに埋め込まれた球体の三次元レーダーから赤色の光点が消え、”YOU WIN”の表示とともに戦闘記録の自動セーブが実行される。

(やっと…かよ……) 

 安堵の息をついて、アンディはゆっくりと左足で制動ペダルを踏み込んでゆく。

 減速に従い、背に寄った血行が全身に行き渡るのを心地よく感じながら、アンディはヘッドレストから伸びたケーブル先をヘルメットのチンガード左部のジャックから引き抜いた。



   *   *   *   *   *



 シミュレーションルームの壁面から、2号機のシミュレーターシートが勢いよく引き出された。

「うっへ。疲れる。この扱いにくさは、もうピーキーとかそういうレベルじゃねぇぞ」

 急に緊張を解いた反動か、眉間の辺りに疼痛とうつうを覚えながら、ヘルメットを脱いだアンディがふらふらとシートから降りる。そして壁際のシートに歩み寄り、腰を下ろして息をつく先で、ヘルメットを小わきに優人が苦笑をもらした。

「でも、さすがだね。あのコックピットを一日で使いこなすなんて」

 簡易的だがザンサスと同じ仕様に改造された筐体を振り返り、優人が感嘆する。その言葉に、タオルで額の汗をぬぐっていたアンディは苦笑し、肩をすくめて渋面を作ってみせた。

「俺様にかかればチョロイね。って、言いたいトコだけど、正直いってギリギリだわ。とりあえず、正面モニターしか使えないなんてキツすぎるぜ。おまえが後ろとった時なんてレーダーしか見てなかったぞ俺」

「まぁ、実戦になればFREが使えるし、死角はそんなに問題にはならないとは思うけど」

「なら乗ってみてみ? 使う使わない関係なしで、とんでもない閉塞感だぜアレ。やっぱ周りが見えないってのは息がつまるわ」

「あはは。残念ながら、僕はパイロットなんでね」

「いっていろ」

 笑って拳を突きつけ合う後ろで、1番と4番のシートが引き出された。

「や、やべぇって俺。なんか込み上げ……うっぷ。は、吐きそう」

 4番のシートから転げ落ちたアルが大の字になって荒い息をつく。

「あらら。ずいぶん搾られちゃったみたいだね」

「さ……三十回……堕とされ……た……」

「きっついな。それ」

 息も絶え絶えなアルのかたわらへ、ヘルメットを小脇に抱えたドカトが歩み寄る。

「誰が寝ていいといった? さっさと並べッ!」

「は、はひ」

 慌てて整列する三人を見回し、ドカトは手元の戦闘記録に目を落とす。

「ハレー少尉。既設型との反応速度差をここまで詰める順応力は、さすがと言っておこう。あとは動作シーケンスだな。バリアスからのプログラム移植とデバッグを16時間後の実機訓練までにやっておけ。必要なら何人使ってもかまわん。すでにルーク整備長には話を通してある」

「はい」

「南風少尉。だいぶ動きに柔軟さが出てきたな。しかし操縦システムを変更して一日のハレー少尉にやられてどうする。もっと反応速度を上げろ。敵の動きを見て対応するのではなく、予測し先回りするんだ。それと、ファンクション・セレクトは頭でやるな。全て反射でやれ。豊富な動作パターンによる対応力と多様性が貴様の持ち味だ」

「はい」

「で、ワン少尉」

 うってかわって険呑な雰囲気を漂わせたドカトに、アルのこめかみを冷たい汗が流れ落ちてゆく。

「すまなかったな。どうやら俺が甘かったようだ。たった一時間の高速機動で酔っ払うようなヤワな内臓は、俺が徹底的に鍛えなおしてやるからそう思え」

「は、はい」

 容赦の無い宣告にアルは胸中で泣きながら敬礼を返すのだった。




   六

 それは標準時間AM3:00ちょうどに現れた。

 艦内に鳴り響く警報とアナウンス。艦内通路をそれぞれの持ち場目指して走る乗組員の姿を、民間人達が不安げに見送っている。

「策敵班は何をしていた!」

 艦長席のイクシスが金切り声を上げた。各所からの報告と指示で騒然とするブリッジの面々が、冷たい一瞥を投げかけ無視を決め込む。

 鎮静剤を打たれて眠っていたイクシスがブリッジに戻ってからほんの一時間しか経過していない。「なんでワシばっかり、こんな目に」涙目になって周囲をなじるイクシスが頭を抱えたとき、ブリッジのモニターにドカトの顔が映し出された。

「こちらドカト大尉だ。ブリッジ、聞こえるか」

 格納庫の端末から呼びかけるドカトの、パイロットスーツに包まれた姿を仰ぎ見る面々から安堵の吐息がもれた。

「状況は?」

 緊張をはらんだ声に、エルが情報をドカトに回す。レーダーには、高速で接近する所属不明の艦影が一つ映っていた。

「接触までおよそ十分です」

「通信は?」

「試みましたが応答ありません」

「問答無用か」

 苦々しげに呟き、航法士に全速離脱を命じる。

「大尉?」

 突然の指示にエルが訝しむ。

「万が一の場合、私とハレー少尉で時間を稼ぐ。補給基地まであと一日。この場をしのげば行けるはずだ」

 ドカトの台詞に、全員が息を飲む。

「ダ、ダメです! そんなのダメ!」

 通信士席からミユキがヒステリックに叫んだ。蒼白になって震えるミユキにドカトの目が厳しさを帯び、

「ラベルダ少尉。これは遊びではない」

「でも、でも」

「いい加減にしろっての。俺たちゃ戦争やっているんだぜ?」

 なおも言い募ろうとするミユキに、アンディの叱咤が飛んだ。ドカトの横に映ったアンディが柳眉を吊り上げている。

「だって……だって……」

「心配すんなよ。なんたって、こっちには木星軍の元エースと未来のエースコンビが揃ってんだ。はっきりいって無敵だぜ。それに―――」

 口端を吊り上げ、懐から一枚のカードを取り出す。

「さっき優人に引いてもらったんだ。カードは”戦車”。俺ルールだと、『絶好調! 掛け金は全掛けするべし』だ。コイツが出たときの俺は、はっきり言って無敵だぜ?」

「う、うん」

「んじゃな。すぐに戻るからよ。支援と援護ヨロシク!」

「あ、アンディ!」

 通信用モニターで、手を振るアンディのショートウィンドウが閉じた。唇を噛んでうつむく手が操作機器のキーボードに伸びる。

「そう……よね。アンディは、天才だものね。未来のエースだもの……」

 自身へ言い聞かせるように笑んで呟き、作業を続ける頬を大粒の涙が伝い落ちていた。

「あれ? なんでだろ。全然、心配なんてしてない……の……に……」

「ミユキ……」

 あふれる涙をぬぐわぬまま無言で作業を続けるミユキに、エルは悲しげに顔を曇らせた。




   七

『作業員は至急避難下さい。繰り返します……』

 スピーカーから流れるアナウンスとともに、ブラッディ・ティアーズを固定したハンガーが格納庫から流れてゆく。

『シューティングバレルセットアップ』

 管制官の操作により左壁に設けられたドックの中、ハンガーごと九十度反転し、頭頂部を前方へ向けた仰向きの形で固定される。

 ハンガーのロックが外れ、背部数点の懸架用フックのみで宙に固定された状態となった。

『射出進路クリア。リニアレール励起スタート』

 宇宙空間へと続くトンネルを寸断していた隔壁が次々に開かれ、四本のレールに沿ってガイドビームが灯る。

『ドカト機。射出します』

 ハンガーとレールをつなぐ車輪のリニアモーターが唸りを上げ、数十トンにもなる金属の塊を数瞬で三百キロ近くにまで加速させてゆく。

 終点出口はあっという間に訪れ、減速しつつ艦の外縁に向かい下方へ沈んでゆくハンガーと機体との間で火花が飛び散り、全高15メートルもの巨体が無色の空間へと撃ち出された。

 歯を食いしばって耐えていた加速の終わりとともにドカトは、強張りを確かめるよう二度、三度と右手を握っては開く。

「敵艦視認」

 彼方でまたたく光点を見つめ、ドカトは左足の制動ペダルを踏み込んだ。

 減速し、慣性のみで微速前進する左手に一機のザンサスが並ぶ。肩のナンバーは”02”。アンディ機だ。優人機とアル機はいない。FREの直っていない機体にテレパシストが乗る危険性を危惧したドカトによって、二人は艦に残してきたのだ。

『教官』

 通信機から、FREによる感情抑制を受けた抑揚のないアンディの声が響く。

「どうした?」

『あれ、地球から来たんです』

「それは推測だ。裏付けのない断定は意味がないと教えなかったか?」

 ヘルメットのバイザーを降ろしているため、モニター上のアンディの表情は見えない。

『教官。知っていますか? 地球って、資料写真なんかよりずっと青くて美しいんです』

「ハレー少尉?」

 かみ合わぬアンディの不可解な言動に眉をひそめた瞬間、ドカトの機体を横殴りの衝撃が襲った。

「な!?」

 モニターが像を乱して波立つ。警報音が鳴り響き、ヘッドアップディスプレイ上で赤いアラームメッセージが錯綜した。左腕損傷、ジェネレーター出力低下、ネルブファイバー断線率40%―――。

「いったい何が……ハレー少尉! 無事か!?」

 手ごたえを失った操縦桿から手を離し、軽い脳震盪で朦朧とする頭を振りながら著しく像を乱したモニターへと目をこらす。

「なんだと!?」

 そこに映る僚機が向けた砲口にドカトは絶句した。僚機がなした突然の凶行に混乱する耳朶を、雑音混じりの通信音声が叩く。

『すみません。教官、俺はどうしても地球へ帰らなきゃならないんです』 

「ハレー少尉、まさかおまえがあの艦にグレイティガーの位置を―――」

『さようなら』

 視界が白光に染まる一瞬、ドカトは涙するアンディを見たと思った。





   八

「ドカト教官!?」

 漆黒をたたえた空間に白き光の仇花が咲き誇った。

 鮮烈と呼ぶには重過ぎる死を目の当たりに、立ち尽くす優人の手からヘルメットが滑り落ちる。

「ど、どうなってんだ。アンディが教官を……」

 絶句するアルの呟きが、優人にはひどく遠く感じられた。


『聞こえているか。グレイティガー』


「アンディ?」

 感情のないアンディの通信が艦内に響き渡った。


『我々の要求は二つ。一つはもう一機のザンサスとフューリーの引渡し。もう一つは拘束したレイジ・トライエフの身柄だ』


 艦内すべてに行き渡る声はFREによる感情抑制のためかひどく機械的で、だがその淡々さが逆に不気味さをかもしだし、うむを言わさぬ脅迫めいた圧力となって艦員たちへとのしかかってくるようだった。


『言っておくが抵抗はムダだ。艦に残されたバリアスのシステムはすでにクラッシュさせてある。もし要求を拒むというのなら、艦を破壊してでもBTを奪わせてもらう。もう一度言う……』



   *   *   *   *   *



「で、できるか!」

 艦長席から身を乗り出し、イクシスが泡まじりの唾を散らして叫んだ。

 だが、ブリッジにイクシスを振り返る者はだれ一人としていない。実質的な指導者であったドカトの死を目の当たりにし、皆が思考を停止させてしまっていたのだ。

 そんな中で一人、ミユキは色をなくした顔でフラフラと艦橋正面の窓へと歩んでゆく。

「嘘……嘘でしょ。アンディ」

 歩み寄ったガラスのすぐ向こうには、ビームキャノンの砲口を向けるザンサスの姿があった。

 ターゲットとして艦橋を捕捉しているのだろう。

 顔面のスリット内を動く機器類の中で、光学照準システムの赤外線レーザーを発する一つが赤くまたたいているのが見えた。

「アンディ! アンディ!!」

 だがそれはミユキにとってアンディの視線そのものに思えて、何かを語りかけてくれているような気がして、気づけば必死にガラスを叩いて彼の名を叫びつづけていた。

「ミユキッ」

 半狂乱になってアンディを呼び続けるミユキを、後ろからエルが抱きとめた。

「もうやめてッ。そんなことしても……そんなことしてもアンディ君はもう……」

 なおも暴れるミユキを必死に押さえつけながら、エルはザンサスを睨みつける。

 激情からではなかった。

 裏切りに怒るには、憎むには、あまりにアンディは仲間でありすぎたのだ。

「……っているのよ。アンディ。あんた、そんなトコで何やっているのよ!!」

 抱きすくめた腕の下からミユキが手を伸ばしている。

 小さく華奢な手は血まみれで、弱々しく震えていた。


『もう一度言う』


 だが、そんな二人を知ってか知らずかアンディは言葉を続けるのだ。


『……ザンサスとフューリーの引渡し……』


 変わらず、あまりにも抑揚を欠いた機械的な声を上げつづけているのだ。

「心配するなっていっていたんです」

 エルの腕の中で、ミユキが泣き崩れている。

「帰ってくるって、私にいっていたんです」


『……レイジ・トライエフの身柄を……』


「どうして……どうしてこんな……」

 嗚咽まじりの問いかけに、赤き機械の眼は何を語ることもなかった。



   *   *   *   *   *



「おい! 優人!?」

 肩を掴むアルの手を無言で振り払い、優人はヘルメットを手に格納庫の待機室を飛び出していた。タラップを一気に飛び下り、すれ違う整備兵たちを突き飛ばして駆ける。


『……抵抗はムダだ……』


「優人!? 何をする気じゃッ」

 向かう先、独断でクレーンによるザンサスの懸架準備を進めていたルークが叫ぶ。

 答えぬままリフトに飛び乗り、焦燥を浮かべて上昇させる先はザンサスの胸郭部だ。

 胸郭右ハッチ根元にある隠しハッチを開け、中の強制解放レバーを引く。しかしハッチは開かない。

「何でだよ!」

 胸郭を殴りつけ、優人は叫んでいた。

「頼む。俺を乗せてくれ! 頼む。俺は……俺は―――ッ」

「優人。よさんか。それはアンディのと違って完全に壊れてしまっておるんじゃ」

 憐憫の眼差しを向け、ルークは部下に優人を止めるよう合図する。


『……もし要求を拒むのなら……』


「たの……む……」

 すすり泣きを上げてハッチを叩き、優人は額を打ち付けた。血がにじみ、鈍色の装甲と優人の顔を赤く彩る。


 と―――。


「!?」

「バカな!?」

 突如として上がったコクピットハッチの開錠音に優人は顔を上げ、ルークが目を剥いた。

 一歩を退いた優人の眼前で、ゆっくりとザンサスのコクピットハッチが展開してゆく。望んだこととはいえ、まるで意志を持つかのような様にしばし呆然としていた優人は、我に帰ると意を決してコクピットへ飛び込んだ。

「よせ! 優人!!」

 叫ぶルークを無視して投げ出した背がシートに受け止められるのと同時にハッチが閉じ、パネル類に灯がともる。薄明かりで照らされた内部を見回し、優人はヘルメットをかぶった。

「基本レイアウトはバリアスと大差ない。これなら――」

 ヘッドレストから引き出したケーブルをヘルメットのチンガード左部ジャックに接続し、システムの起動表示が消えたヘッドアップディスプレイを操作する。脳波による思考補助制御システム”S-LINK”が起動し、自動的に優人のそれと同調を始める。

「……?」

 着々と起動作業を進める中、不気味さに思わず優人は手を止めた。

 奇妙だった。

 機体の各部機器のセットアップ状況を次々に表示していくヘッドアップディスプレイ―――そこには機体が置かれている状況についてのチェック項目もあるのだが、ただ一つのエラーもなく進んでゆくのだ。

 完全にシステムダウンしていた機体の状況を考えれば、起動の時点でまず、かつてダウンした環境との相違によるエラーが出ないのはおかしい。しかも、よく見れば機体を懸架・移送するグレイティガー側のシステムとも問題なく通信し、制御用ソフトの更新まで行なっているのだ。

 ルークたち整備班の調査では、各部の通信ポートは物理的につながっていないはずではなかったのか。

(考えるな。コイツは動く。動いてくれる。なら、それでいい。それでいいじゃないか)

 優人はあえて、それらの疑問に目をつぶった。

 いま優人が欲し、望むこと。アンディの元へと駆けつけ、その真意をただすことが果たせるのならば、少なくとも今の優人にとってそれ以外はどうでもよいと思えたからだ。

 思う間にも機体は完全に起動し、発進可能を告げてくる。

 メッセージを見て取り、優人は外部スピーカーのスイッチを入れた。左手のファンクショントリガーに手を入れ、リング部に指を通す。カバーが降り、左手首が固定された。

『離れて下さい。このまま自力で艦外へ出ます』

 ザンサスの身動きとともに、足場と組み上げられていた鋼材が崩れ、無重力の中を跳ね踊る鉄骨たちから蜘蛛の子を散らすように整備兵達が逃げていく。それらから視線をそらし、発進口へと優人はザンサスを歩ませた。



   *   *   *   *   *



「……艦を破壊してでもBTを奪わせてもらう。猶予は、一時間だ」

 宣言とともに、アンディはファンクショントリガーを操作して回線の接続を絶った。

「わりぃな、エル先輩。ミユキ。俺、もう裏切りモンだからさ。憎んでもらってかまわないぜ」

 正面ディスプレイの右隅にグレイティガーの艦橋をクローズアップしたショートウィンドウが浮かんでいる。艦橋の強化ガラスにもたれて泣き崩れる女性仕官たちの姿を見つめて呟くものの、FREによる感情抑制を受けた声と目は怜悧れいりさを帯びたままだ。


 と―――。


 ヘッドアップディスプレイがアラームを奏でだした。メッセージを読み取り、右腕のプラズマキャノンの砲口をグレイティガー左舷にある艦載機射出口へと向ける。

 アンディの認識領域に引っかかる、見知った気配から感情の揺らぎが消えていく。同時にヘッドアップディスプレイがFRE反応を訴え、警告音を発した。

「来ると思っていたぜ」

 閃きのままに、アンディは操縦桿頂部のボールコントローラーを親指で転がし、マニュアルでBT射出口へ照準レティクルを定めると、そのトリガーを引いた。

 連射される、プラズマの白熱光をまといし弾丸が射出口へと殺到し、射出口を白煙で包み込む。

「これが、俺らのやる最後の勝負かもな。優人」

 立ち込めた白煙から幾本もの光条がほとばしった。

 舌打ちして自機に四肢を広げさせ、右へ側転機動ロールを打たせたアンディ機の左肩を、その内の一本がかすめる。

 衝撃に失いかけたバランスの立てなおしでわずかに動きを鈍らせるアンディ機の眼前で、白煙を吹き飛ばしながら真上に背部両腕で六角形のSSTシールドをかざしたザンサスが飛び出してきた。

 まっすぐに、肉薄されるのと同時にアンディ機が体勢を整えなおす。

 前部右腕から伸びる高周波ブレードがアンディ機の右肩を狙って突き入れられた。同様に高周波ブレードを伸ばしたアンディ機の前部左腕がそれを左に受け流す。

 そして反撃に転じようと四肢のバランサーを一噴きした瞬間、振動がアンディの機体を大きく揺さぶった。コマのように一転した優人機が、背中からアンディ機に体当たりしたのだ。接触の瞬間、背部の副腕がアンディ機の両肩をホールドし、背負うような格好で固定する。

 左後腕指先に備えた接触回線で強制的にアンディ機の通信装置へ割り込みがかけられ、正面ディスプレイ上方に、通信用のショートウィンドウが開かれた。

「本当の事をいってくれ。アンディ!」

 ヘルメットのバイザーを跳ね上げる優人に、アンディは無言で一枚のタロットカードをモニターにかざす。カードには、鎌を背負った死神が描かれていた。

「死神? まさか、それがあのとき僕が引いた本当のカードなのか?」

 アンディのルールでそれが何を意味するのかは知らない。だが以前アンディから、タロットカードにおけるそれは訪れる転機や転換による『別れ』を意味すると聞いたことを思い出す。

「嘘だ。そんなカード一枚の偶然で、おまえが僕たちを裏切るはずがない。答えてくれ。アンディ」

 優人の声が熱を帯びる、ヘッドアップディスプレイから警告音が上がった。高ぶりすぎた感情にFREが過負荷を起こしかけたのだ。抑制レベルが自動的にはね上がり、優人の熱を冷ましていく。

「なにか理由があるんだろう? なにか。なにか。なにかがッ」

「………わりぃ。優人」

 それが、二人の交わす最後の言葉となった。

 ブレードを振るおうとする挙動を察し、突き飛ばして振り向きざまに荷電粒子砲を撃ち放とうとした優人機の前部左腕がアンディ機の前部右腕ブレードに切り飛ばされ、被弾したアンディ機の頭部でメインカメラが砕け散る。

 小さな爆光をまとわせ、二機が大きく弾かれた。




   九

 流星のように白い尾をひく二つの光が弧を描いて激突し、弾け合う。その軌跡を、あるときは絡み合わせ、あるときは引き離し、あるときは噛み合って静止する。そんなやりとりがどれほど繰り返されたことだろう。

 両者の力は一長一短、完全に拮抗し決着の時をひたすらに先延ばしている。

 アンディと優人。親友でありライバルである二人の戦いを、戦艦グレイティガーの艦橋から固唾を飲んでクルー達は見守っていた。

 誰も動く者はいない。ドカトの指示通り進めていた加速準備さえも、今は作業の手を休めている。エルも、ミユキも、イクシスですら無言だ。

 だが、一見互角に見えるその均衡の傾きを見抜く者が一人だけいた。ブリッジとも展望室とも格納庫のシステムルームとも違う場所から、彼はその戦いをモニターしている。

「ハレー機に押され始めた」

 外部モニターを落とした真っ暗な小空間で、計器の蛍光に照らし上げられた顔が曇る。ゴーグル奥の目を軽く閉じた前では、ヘッドアップディスプレイに埋め込まれた球状の三次元レーダー上を激しく踊る光点が二つ表示されていた。

「攻撃用腕を一つ失った影響が出てきたね」

 呟くレイジの脳裏には戦闘を繰り広げる二機と、それに乗る二人の様子が手にとるように浮かんでいる。機体が備えるFREがレイジのテレパシー能力を増幅し、得られた優人とアンディの情報を視覚的に変換しているのだ。もちろん、通常のFREにそんな機能はない。フューリーには特殊な外観に見合うだけの機構が数多く搭載されており、これはその一つなのであった。

「うん? とうとう痺れを切らせて来たみたいだ、ね」

 空を満たす大気のように広がるレイジのテレパシー網に引っかかるものがあった。それを予見し気を張っていたレイジの増幅された能力ですら、かすかにしか捉えられない気配が高速で接近してくる。目指す先は、考えるまでもない。交戦中の二機だ。

 識別は不明だが、フューリーのIFFはそれを”敵機”と判断している。

(さぁ、出番だよ。フューリー)

 レイジの左手が、ザンサスと同じトリガー式の操作機器”ファンクショントリガー”を操作した。

 それに従って仮死状態にあったシステムが高速起動し、機体腹部に収められた空間駆動エンジン独特の始動音が足元から伝わる。そして機体各部への電源供給が自立レベルに達するのと同時に、腰部左脇へ接続された外部電源コネクターが切り離された。

 ヘッドアップディスプレイの電源表示が”外部”から”内部”へと切り変わり、全身に張り巡らされた光ファイバーの束―――”ネルブファイバー”の呼称を持つBT用の超高速通信ケーブル内を光信号が駆け巡る。

 四肢の可動部内で流体金属製人工筋肉が脈打つ。古代日本の武者兜を思わせる頭部の顔面へ施されたY字形スリットのシャッターが展開し、奥の闇でうごめくセンサーたちの光点が不規則に踊りはじめた。

「いくよ」

 発せられる小さな呟きに応え、フューリーがハンガーを引きちぎって立ち上がる。

 足元で逃げ惑う整備兵達には目もくれず、レイジは操縦桿を押し倒した。



 

    十

 二機のザンサスによる戦いに決着がつこうとしていた。

 調整されたバリアスの戦闘データがシステムに移植されていることのみならず、ザンサス操作において一日の長を持つアンディとの差が出始めたのだ。

 すでに両者ともに射撃兵装の残弾は尽き果て、ブレードによる近接戦闘が続いている。

 右から左へ水平に薙いだ優人機のブレードを軽く後方へ推進器を吹かせて見切りかわし、間髪いれず接近したアンディ機が右腕ブレードを突き込んだ。

 一直線に走る切っ先が、ブレードを振った勢いのまま反転して避けようとした優人機の右肩を貫く。

 破損した人工筋肉機構のシリンダーからエメラルドグリーンの流体金属が血のごとく流出し、突然経路を絶たれ内圧を高めたエネルギーが爆ぜて肩部を吹き飛ばす。衝撃に機体がコマのように踊り、供給を絶たれた高周波ブレードから振動が消えた。

 オートバランサーによる姿勢制御でなんとか慣性を打ち消した優人機にアンディ機が迫る。

「終わりだ。優人」

 抑揚のない声とともにアンディ機が優人機のコクピットへ切っ先を突きつけた。 

「さぁ、降りろよ。じゃねぇとマジで死ぬぜ?」

 無言。テレパシーに感じるのは断固たる拒絶の意思だ。

「このまま捕まったところで、木星人のおまえは速攻で殺されるだけなんだぞ」

 わずかに許された感情が、アンディの声をわずかに上ずらせる。

「優人。なんか言えよ。もうおまえの負けなんだって」


『甘いね。ハレー少尉』


 突然の割り込みへアンディが反応するよりも早く、両腕のスラスターが撃ち抜かれた。

「!?」

 大きくよろめいて優人機ともつれあう後方から迫るのは青い機体、フューリーだ。

「て、てめえは」

 サブモニターに映る姿へ声を荒げる。フューリーは推進能力を大きく減衰されたアンディ機に接近すると、高周波ブレードを抜き放って脚部を大腿部半ばから切断した。

 戦闘能力の消失とともにFREがダウンし、アンディ機からFRE反応が消失する。

「南風少尉。ここは危険です。彼を連れて早く艦へ」

 そしてフューリーはバーニアの全てを失って完全に沈黙するアンディ機に手をかけると、バランスを取り戻した優人機へと押しやった。

「そう……」

 彼方の敵戦艦を、否、その方角にある空を見つめる目を細め、つぶやく。

「アレは危険すぎる敵だから」

 途端、レイジが見すえる空間が陽炎のように揺らいだ。

 次いで、揺らぎを埋めるように細身の人影が浮かび上がりだす。

 まるで悪霊を思わせる様子で質感を持っていく影。それは、青いサファイアに似た輝きを放つ装甲を持ったBTだった。

 フューリーと同じ―――だがそれは、装甲以外の共通を否定するかのような威容を感じさせてやまない。

 フューリーに比べて全体的に装甲が薄めで細長く、標準よりやや大柄な機体の背部に歪な十字型のアクティブスラスターを背負っている。

 左腕には身長ほどもある長盾型のSSTシールドを装備しており、右手に砲身の長い狙撃用ライフルを携えていた。凹凸のないヘルメット型の頭部右顔面には、BTでは珍しい長距離照準用のスコープが装備され、左顔面にはE字形のセンサースリットが刻まれている。

「”マイセルフ10号機コールドアイ”。やはり追っ手は、あなたでしたか。ライトニング・ヒュエル少佐」

 操縦桿を握る手に力をこめるレイジをあざ笑うかのごとく、新たな幻想機が左顔面スリットをまたたかせるのだった。

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