第19話

 試合は一瞬で終わった。ベイルがアーネストを一撃で下し、挑戦者が勝利を掴む結果となった。この後はメリエがコロシアムに降り立ち、スピーチをする予定となっていた。この試合は表向きには白薔薇騎士団主催のものであり、そしてメリエがこの「突発的イベント」の責任者となっていたからだ。

 予定通り、メリエはコロシアムに姿を見せた。それから彼女はゆっくりした足取りでベイルの横に立ち、大勢の観客の見守る中で口を開いた。

 

「本日はこの特別試合を観戦していただき、まことにありがとうございます。そして次に、こちらの勝者である戦士ベイルに、惜しみない拍手をお願いします」


 メリエが朗々と響く声で第一声を放つ。観客達は彼女の願い通り、ベイルに対して盛大な拍手を贈った。ここまで大っぴらに称賛されたのは初めてなので、ベイルは途端に気恥ずかしくなった。救護所送りになっていたアーネストのことは、もはや誰も覚えていなかった。

 そうしてひとしきり拍手が鳴りやんだ後、メリエは胸を張って次の言葉を放った。

 

「我々白薔薇騎士団は、実力が無いからと言う理由で団員を放逐したりはしません。誰にでも強くなる権利は平等にあり、また何者もそれを蔑ろにする権利は持ち合わせていない。そう考えているからです。しかし他者を貶め、他者の努力を侮蔑するような者に、我が騎士団の名を名乗る資格はありません」


 メリエはそう前置きし、それからアーネストの騎士団内での「悪行」を大々的に公表した。虚飾も誇張もせず、ただ真実のみを告げた。

 突然の暴露に、観客達は絶句した。メリエはお構いなしに、改めてアーネストを糾弾した。

 

「かつて彼は、自分には実力があると言いました。自分は強いのだから、何をしてもいいのだと言い放ちました。しかし実際はどうでしょう。ここにいる外からの挑戦者に一蹴され、惨めな姿を晒しました。果たしてそれで、本当に力があるなどと言えるのでしょうか?」


 問いかけるように声を放つ。直後、観客席からは否定の声が一斉に鳴り響いた。ブーイングの嵐が駆け巡り、中には「そんな奴クビにしちまえ!」と怒りを露わにする者もいた。

 メリエとしては望むところだった。彼女は一歩前に立ち、「全くその通りです」と力強く主張した。

 

「私も、皆様と同じ気持ちです。彼はもう騎士団ではない。心はおろか、力すら満足に持ち合わせていないあの男に、騎士団を名乗る資格は無い! 私は今ここに、アーネストを白薔薇騎士団から公式に除名することを宣言します!」


 メリエが言い放つ。次の瞬間、万雷の拍手が彼女の主張を迎え入れる。

 よほど腹に据えかねていたのだろう。言い切ったメリエの顔は晴れやかだった。

 

「今日は本当にありがとうございます」


 それからメリエは身を翻してベイルの方を向き、すぐ傍まで近づいて耳元で囁いた。

 

「もしよければ、この後控室にお邪魔してもよろしいでしょうか? いくつか説明したいことがあるのです」


 いきなり言われたベイルは、咄嗟にメリエの顔を見た。間近にあったメリエの顔は、いたって真面目であった。

 そしてベイルもまた表情を引き締め、無言で首を横に振った。

 

 



 アーネストは元は世界各地を巡る冒険者であり、実力はあったが性格に難がある人物であった。そんな彼が白薔薇騎士団に入団したのはつい最近のことであり、そして彼はまた、いわゆる「入団後も熱心に訓練を行わなかった」人物の一人である。

 ベイルはそのことを、試合後に彼のいた控室までやってきたメリエから聞かされた。そういうことはせめて先に教えてほしいとベイルは思ったが、口には出さないことにした。

 

「そういうことはもっと早く言えよ。気が利かねえな」


 しかしベーゼスは、そんな心遣いなど持ち合わせていなかった。メリエと一緒にベイルの元に乗り込んできた半竜人は、見るからに不満げな表情で彼女にそう言った。そしてそんなベーゼスに便乗するかのように、一緒にここまで来たミチとゾリも揃って口を開いた。

 

「そうだそうだ! それ結構大切な情報じゃないのか!」

「基本的なことは教えておいても良かったんじゃねえのか? 別に知られて困ることでもねえだろ」

「申し訳ありません。私の注意不足でした」


 メリエはそのバッシングを素直に受け止めた。彼女はそう言ってベイルに頭を下げ、当のベイルは一人困惑した。周りも本気で怒っていたわけではなく、生真面目な彼女の態度を見て今度は全員で呆れ返った。

 そんな中、メリエだけが平常運転で言葉を続けた。

 

「では気を取り直しまして。私の知っているアーネストの情報について、お話を再開してもよろしいでしょうか?」

「あ、ああ、うん。頼むよ」


 戸惑いがちにベイルが答える。メリエは頷き、感情の波を平衡に保ったまま説明を始めた。この一切動じない精神力は是非とも見習いたい。ベイルは心の中でそう思った。

 

「彼が騎士団に入ったのは、簡単に言えば経歴に箔をつけるためです。もちろん我々は彼を歓迎しました。ですが彼は自信家、というよりも傲慢な性格をしておりまして。事あるごとに騎士団の訓練を軽視し、熱心な団員を嘲笑したのです」


 失望した。あの有名な白薔薇騎士団は、こんなくだらない事をちまちまとする連中の集まりなのか。そんなことをするよりも、色々な所を回って経験を積んだほうがずっと自分のためになる。アーネストは常日頃からそんなことを言いふらしていた。彼が訓練場に来るのも、訓練を行うためではなく、そこで訓練している団員に罵声を浴びせるためであった。

 

「もちろん我々も、ずっとあの場所にこもっているだけではありません。数か月に一度、団員全員で西方遠征を行い、そこで実地訓練を行っています。また団員同士が自主的にパーティーを組み、訓練の延長として短期外征に出かけたりもしています。内にこもっているだけでは、上達も何もあったものではありませんからね」

「アーネストはそれを知っているのか?」

「もちろん知っています。彼はそれを知っていて罵倒するのです」

「その遠征にアーネストは参加するのかよ」

「子供のお遊戯に付き合う気は無い、と言って、一度も参加したことはありません」

「うわあ……」


 ベーゼスの問いにメリエが答える。メリエの返事を聞いた面々は一様に顔を渋らせた。

 

「どうしようもないな、そいつ」

「クビにしたほうがいいんじゃないそれ? いくらなんでも邪魔過ぎるでしょ」


 ゾリとミチが揃って口を開く。メリエも彼らの言葉に頷き、そのまま言葉を放つ。

 

「もちろん我々も彼の行動を問題視しました。そして実際に、彼に自主的に退団するよう提案もしました」

「それで、どうなった?」

「彼は退団を拒否しました。それどころか、自分より劣った連中がでかい口を叩くなと、向こうから反論までしてきました」


 彼ほど素行の悪い団員は見たことが無い。この時アーネストに話を持ち込んだ上級幹部三人は、揃って同じ思いを抱いた。メリエはその時アーネストと対峙していた一人であり、三人の中で真っ先に言い返したのも彼女であった。

 

「我慢の限界でした。ろくに修練もせず、自分を上に見てそれ以外を徹底的に見下す。彼の素行の悪さは周囲から聞き及んでいましたが、それでもいつかは改心してくれるだろうと、そう思っていた自分の甘さをひどく恨みました」


 そう言うメリエの顔は侮蔑に歪んでいた。この人もちゃんと悪感情を露出出来るのか。ベイルは彼女の怒りを垣間見て、なぜか安心した気分になった。

 そんなベイルの隣でベーゼスが尋ねる。

 

「それで、どうしたんだ? まさかそのまま喧嘩別れして終わったのか?」

「いえ、けじめをつけなければならないと思いました。白薔薇騎士団副団長として、このままこの男を許すわけにはいかないと」

「何したんだ」

「決闘を申し込みました」


 周りの視線が一斉にメリエに集まる。

 

「一対一の真剣勝負。こちらが勝てばアーネストが団を去り、こちらが負ければ私が団を去る。という条件の上で、二人で決闘を行うことにしたのです」

 

 ゾリが息をのみつつメリエに尋ねる。

 

「それで、どうなった」

「私が勝ちました」


 メリエはこともなげに言った。周りは驚き、そしてすぐに納得した。

 

「まあそうだよな。負けたらここにいないもんな」

「それでどうなったんだ? アーネストは消えたのか?」

「騎士団からは姿を消しました。ですが退団届は出さず、そのまま雲隠れしました」


 ゾリからの質問にメリエが返す。ミチが真っ先に反応する。

 

「何それ。根性なしね」

「まったくだぜ。でも消えてくれただけマシじゃねえの?」


 ベーゼスが言葉を合わせる。メリエもそれに頷いて口を開く。


「ええ、まったく。形がどうであれ、アーネストは姿を消しました。彼がいなくなった後、以前よりずっと住み心地が良くなったのも事実です。だからこそわからない」

「わからない?」


 ベイルが反応する。メリエは頷き、彼を見ながら口を開く。

 

「彼があなたを敵視する理由です。白薔薇騎士団に復讐したいなら、直接私や、他の団員を狙えばいい。にも関わらず、彼は我々でなくあなたを狙った。腑に落ちません」

「そう言えばそうだな」


 ベイルも彼女の言い分に納得し、考え込む。なぜそんなことをしたのか? 言われてみれば確かに意味が分からない。

 こういう場合は、直接本人に聞くのが一番だろう。

 

「アーネストに聞いてみよう」

「あいつ聞ける状況にあるのかよ?」

「物は試しだ」


 訝しむベーゼスに、ベイルがさらりと答える。他の面々はそれに異を唱えはしなかった。

 

「じゃあ行ってみるか」

「まだ手術中じゃねえの?」


 そうして全員で、救護所にいるアーネストの元に向かうことになった。

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