第16話

 結局ベイル達はその後口論する二人を無視して、メリエに連れられて白薔薇騎士団の訓練場に向かうこととなった。そしてその道中、余所者二人はメリエからコロシアムの近況を教わった。

 

「コロシアムには今現在、四千名以上もの選手達が参加しています。その中には自分の所属するギルドやジムの名声を高めるために参加している人達もいます。地元のギルドの知名度を上げるために、わざわざ遠くの県から遠征してくる者達もいるんです」

「一発逆転を夢見てる、ってわけか」

「そうなりますね。ここが帝国唯一のコロシアムですから。そしてそんな多様な組織がしのぎを削る中で、現在は三つのグループから輩出された選手が上位トップ10を独占しているのです」

「それはなんだ?」

「改造倶楽部。帝国公認道場。そして白薔薇騎士団です」

「あのミチとゾリがいる組織か」

「そういうことです」


 裏通りを出て表通りに出たところでメリエがそう言った。ベイル達が太陽の日差しを久方ぶりに浴びて目を半開きにする中で、メリエは足を止めずに説明を続けた。

 

「この三つの組織は互いをライバル視し、他方に遅れを取るまいと研鑽を積んでいます。現在の戦績としては、我が白薔薇騎士団がトップに立ち、その下から改造倶楽部と帝国道場が追いかけてきている感じですね」

「他のフリー選手とか、ギルドとかはどうなんだ? 上位争いに絡んでこないのか?」

「時折飛び込んでくる者はいますね。ですがそれも短期的なもので、最終的にはいつも我々三組織でランキングを占める形に収まります」


 自分達より強い者が現れると、三勢力の選手はこぞって猛特訓を始める。そして意地になってチャレンジャーを実力で倒し、また元の鞘に収まるのである。メリエは最初に会った時と同じ丁寧な口調で、そう二人に説明した。

 

「いつもそんななのかよ。新参連中も根性ねえな」

「彼らも決して努力を怠っているわけではありません。ただそれ以上に、私達も血の滲む努力を行っているのです」


 口を尖らせるベーゼスにメリエが答える。彼女の口調はとても得意げなものであった。それは自分の研鑽と実績に裏打ちされた、確かな自信であった。


「そこまで言えるほどやってるのか。どんなことしてるのか気になるな」

「我ら白薔薇騎士団の訓練風景に興味があるということですか?」

「まあな」


 ベーゼスが興味津々に答える。メリエもそれを受けて嬉しそうに微笑み、足を止めずに口を開く。

 

「すぐにわかりますよ。さ、ついてきてください」





 それから三人はたっぷり十分かけて、目的の建物の前までやって来た。驚いたことに、そこは周りの建物と殆ど同じ形と大きさをしていた。

 

「随分こじんまりしてるんだな」

「お前らんとこ、ランキング上位勢なんだろ? もっと無駄にデカかったり、野外訓練が出来る中庭とかあるかと思ってたぜ」

「ここの行政府の意向なんです。少しでも多くの者を受け入れるために、建物を建てる際に購入する土地の広さに制限をかけているんです」

「中庭とかは作れないってわけか」

「はい。ですからあの改造倶楽部のように、地下を掘ってそこに施設を設ける所もあるんです」


 私達のようにね。メリエはそう言って、入口のドアを開けた。一階ロビーには受付カウンターとテーブルしかなく、寂しいくらい広々としていた。一応部屋の隅に観葉植物やら絵画やらが飾られていたが、焼け石に水であった。

 

「メリエ様、お帰りなさいませ」


 カウンターに座っていた受付係の一人が、メリエを見つけて頭を下げる。メリエもそれに応えて彼女の元に向かい、後ろ二人もそれに続く。そうしてメリエはカウンターの前に立ち、受付係に向き合いながら口を開く。

 

「こちらの方々を訓練場に案内したいのです。突然ですが、いいでしょうか?」

「見学の方々ですか? わかりました。もちろんいいですよ」


 受付係はメリエからの提案を快諾した。それから受付係は部屋の奥を手で指し、「あちらからどうぞ」と簡単に案内した。そこには地下へ降りるための階段の入口がぽつんと置かれていた。

 

「ここも地下に施設があるのか」

「さっき言ってたあれだろ。土地が買えないから、そのための苦肉の策ってやつだろ」


 見物人二人が呑気に言い合う。メリエはそんな二人を引き連れて階段へ向かう。階段はそれなりに長く、三人は暫く無言でらせん状にねじれた階段を下り続けた。

 らせん階段と地下訓練場の間に境界線は無かった。三人は階段を降りきると同時に、その訓練場に足をつけていた。

 そこは石畳の敷かれた、広大な領域であった。天井には換気用のファンと照明が配置され、壁沿いには武器を立てかけておくラックが規則的に置かれていた。そしてその訓練場の中で、何十人もの団員たちが特訓に精を出していた。運動用の服を着てランニングをしている者もいれば、軽装の防具と使い慣れた武器を身に着けて実戦訓練に臨んでいる者もいた。隅で筋トレを行う面々もいた。

 ベイルはそんな光景を見て、自分が通っていたハイスクールのグラウンドを思い返した。ここはそれよりずっと広かったのだ。

 

「へえ。ちゃんとやってるんだな」

「いつもはこの建物の上の階に荷物を置いて、そこで着替えてからここで訓練を始めるんです。こちらに私的な荷物を持ってくる団員はほとんどおりません」

「その団員ってのは、ここにいるので全部なのかい?」

「これで全部と言うわけではありません。本当はこれの十倍くらいいますね。ただ団員の殆どが、訓練よりも実戦を重視する方々ばかりですので。ここに全ての団員が顔を見せることは殆どありません」

「ちまちま努力なんてやってられねえってことか」

「お恥ずかしい話ですが、そういうことです」


 そんな訓練風景を見ながら、横でベーゼスとメリエが会話をする。そしてメリエがそこまで言ったところで、ベイルが話に割って入る。

 

「コロシアムの上位ランキングに入ってるのはどっちなんだ? 熱心に練習してる方なのか?」

「そうです。基礎基本のトレーニングをみっちりこなしている方々の方が、最終的に良い結果を出しています。効率やセオリーを学ばず、我流でやりたい放題やっているだけでは、上位には到底辿り着けません」

「ここにいない連中はなんでそうしないんだよ」

「これも情けない話なのですが、団員の大半が、練習というものを軽く見ているのです。彼らはここに来る前は、皆冒険者や傭兵、山賊などといった、己の腕っぷし一つで力をつけてきた者達ばかりなのです。そんな今まで独学で強くなってきた彼らが、今更基礎を学べと言われて、どうしてそれを受け入れられるでしょう?」

「ああ、そりゃ嫌になるな」

「言われてみれば」


 メリエからの説明に、二人は素直に頷いた。それも全くその通りだ。今までやってきたことを全否定されて、その上こっちで考えたマニュアルに従えと言われて、いい気分になる者はいないだろう。

 訓練中の団員が彼らに気づいたのはその時だった。

 

「メリエ様、お帰りなさい」

「お帰りなさいメリエ様」

「メリエ様、そちらの方は? どちら様ですか?」


 一人の団員が気づくと、残りの団員も訓練を止めて一斉にメリエに近づく。対するメリエも寄って来る彼らを笑顔で迎え、最後に問いかけてきた一人を見ながら口を開く。

 

「こちらの方々は外からやって来たお客人です。私達のことに興味をもってくださり、こうして見学に来たのです」

「なるほど、そうなんですか」

「ところでメリエ様、改造倶楽部の方はどうでしたか? 確かここを出ていく際に、そちらに顔を出してくると仰っていたはずですが」

「もちろん、そちらの方にも顔を出してきましたよ。私はそこでこちらのお二人に会い、そこで起きていた騒ぎから抜け出す形でここまでやって来たというわけです」

「なるほど。そうなのですか」


 メリエの言葉に、団員たちは素直に頷いた。誰もメリエの言葉に疑いの念を抱いていなかった。そして団員たちは続けてベイルらの方に視線を移し、展示されたブランド品をガラス越しに物色するようにまじまじと二人を見つめた。

 そんな視線に晒されたベイルとベーゼスは、くすぐったさと居心地の悪さを同時に味わった。色眼鏡で見られているようで、どこか落ち着かなかった。

 

「ところで皆さん、練習の方はちゃんとやっていますか? 次の試合まであと二日ですよ?」


 そんな団員たちにメリエが問いかける。団員たちはそれを聞いてすぐ表情を引き締め、やってきた三人に思い思いに別れの挨拶をしてから訓練に戻っていった。その勤勉で礼儀正しい姿は、ベイル達に好印象を抱かせるのに十分であった。

 

「決闘は礼に始まり、礼に終わる。例え相手が礼を欠いても、我々がそうあってはならない。それが我ら白薔薇騎士団のモットーなのです」


 団員の後姿を見送りながら、メリエが誇らしげに呟く。それから彼女はベイル達の方を向き、出し抜けに「私達の所へ来てみませんか?」と二人を勧誘した。メリエはベイル達をここに連れてきた目的を忘れていなかった。

 

「我々は主に、武器を使った戦闘術について指導しています。初めて武器に触れる方にも、一から親切に教えて差し上げます。どうでしょう? あなた方ならきっと強くなれますよ」

「うーん……」


 正直、悪い感じはしなかった。ここは穏やかで、それでいて強くなろうという真摯な空気に満ちていた。伸び伸びと訓練を行うには最適な場所だ。

 しかしそれでも、ベイルは首を横に振った。そして軽く驚くメリエに対し、ベイルがここに来た理由を話して聞かせた。

 

「なるほど、用心棒ですか」

「そうだ。まだ実感は無いんだが、どうやら俺はブラックフォーチュンとかいう連中に目をつけられているらしい。それでそいつらの追っ手から身を守るために、腕の立つ奴を何人か集めたいんだ」

「ここの連中を雇うってのは出来ないのか?」

「それは、勘弁していただきたいですね。彼らはこの後試合が控えておりますので」


 メリエは申し訳なさそうに答えた。ベイル達もそれ以上追求せず、改めてメリエの勧誘を断るだけに留めた。

 

「そういうわけだから、ここに入門するつもりは無いんだ。ここにも迷惑かかるかもしれないし」

「そうですか。それは残念です」


 メリエも無理に食い下がろうとはしなかった。ただ彼女は「護身術の類を学びたくなったら、いつでもご指導しますからね」とだけ伝えて、彼らを入口まで案内した。三人が外に出た時には、朝陽は既に夕日に変わっていた。

 

「そろそろ宿見つけないとまずいな」

「だな」


 そしてベーゼスのアドバイスを受け、二人は今夜寝泊まりする場所を探すことにした。この時ベイルの表情は消沈していた。

 

「今日は収穫なしか」

「気にすんなって。明日また別の所で人探ししてみようぜ。帝国道場とか行ってみるのってどうだ?」

「そうだな。まだあそこには行ってないな」


 改造倶楽部に殴りこんできた半裸の二人を脳裏に思い起こしながら、ベイルは気持ちを切り替えて宿を探すことにした。ベーゼスもそれに続き、夕方近くになってなお活気の溢れる通りを興味深げに見回しつつ、同じように宿を探した。

 

 

 

 

 幸運なことに、空室はすぐに見つかった。二人は同じ部屋を借り、そこで夜を過ごすことにした。深夜、いきなりブラックフォーチュンの連中が窓をぶち破って襲いに来るようなこともなかった。おかげで二人は夜を通して、ゆっくり体を休めることが出来た。

 

「なんだ? 外が騒がしいな」

「どうしたどうした。何があった?」


 そんな二人が、例の帝国公認道場が何者かの襲撃を受けたのを知ったのは、早朝起きてすぐのことだった。

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