第14話

 余所者二人は、その妖精の誘惑に逆らえなかった。ベイルとベーゼスはミチの後に続き、通りを外れて路地の中へと進んでいった。路地裏は暗く狭く、表通りに比べてずっとジメジメしていた。そして表通りに比べて少数ではあったが、ここにも人と店の姿があり、一つの市場として機能していた。しかしその雰囲気は、表通りのそれに比べて遥かに剣呑なものだった。

 闇市。風俗。違法商品専門店。路地に軒を連ねる店を見渡しながら、ベイルはそんな言葉を脳裏に思い起こしていた。ここは表の世界には顔を出せない、いかがわしい店の宝庫であった。

 

「やっぱり、こういう場所ってどこにでもあるんだな」

「町がでかくなると、自然とこういう場所も出来てくるのさ。光と影のバランスってやつだね」

 

 そう呟くベイルにミチが言い返す。横でそれを聞いたベーゼスも納得したように「なるほどね」と相槌を打つ。

 そんな彼らを、路地の住人は冷たい眼差しで睨みつけていた。余所者への風当たりは強いものだったが、当の余所者二人は気にも留めなかった。一方で先頭を行くミチに対しては、ここの住人の殆どが一転して憧憬に似た視線を向けていた。

 そんな薄暗く、暗い活気に満ちた路地を、三人は臆せず進んでいった。そしていくらか進んだところで、唐突にミチが脚を止めた。

 

「ここだよ」

 

 ミチがある一角を指さしながら告げる。そこには一つの小屋があった。小屋に窓は無く、鉄製の扉が一つあるだけだった。扉にはノブの類も無かった。

 

「ここが?」

「なんの店なんだ。看板も何も無いぞ」

「入ってみてのお楽しみだよ」

 

 余所者二人の問いかけにそう答えながら、妖精が扉に手をかざす。直後、その扉は音も無く横にスライドしていった。

 

「こっちだよ」


 妖精に招かれて小屋の中へ入る。中はひどく殺風景だった。家具や調度品の類は一つも無く、壁掛け式のランタンと地下に続く階段だけがあった。店番や見張り番もいなかった。

 

「ていうか、これもう店ですらねえな」

「カモフラージュだよ。ここに溶け込むなら、外見だけでもそれっぽく見せておかないとね」


 驚いたように言葉を漏らすベーゼスに、ミチがそう答える。そしてミチは平然と階段を降り始め、二人もそれに続いて階段を降りていく。

 階段はまっすぐ下に向かって伸びていた。幅は狭く、三人は縦一列になって進んだ。定期的に松明が壁に掛けられていたので、視界の心配は無かった。

 そうしてしばらく階段を下りていると、やがて目の前に扉が見えてきた。扉は木製で、今度は取っ手がついていた。

 

「ここが? 目的地なのか?」

「ええ。押して入ってね」


 ミチのアドバイス通りに、ベイルが取っ手を掴んでドアを押し開ける。ドアは音を立てて開かれ、三人は奥へと進んだ。

 ドアの奥も薄暗かった。その空間は広く、中央に受付らしきカウンターがあった。周りにはテーブルやらベンチやらが不規則に置かれ、壁沿いにはいくつもの扉が設置されていた。

 中には多くの人がいた。人間だけでなく、亜種族も大勢いた。宴会場のようにぎゃあぎゃあ騒いでいたわけではなかったが、それでもある種の物静かな活気が、確かにそこにあった。

 そしてよく見ると、そこにいた連中の殆どが奇怪な見た目をしていた。四本の脚で器用に歩く人間がいれば、首から上に二つの頭を持つ人間もいた。直立歩行する魚。蜘蛛の下半身を持った鳥。後頭部から尻尾を生やした小人。腰から下を切り落として、空中に浮遊する人間もいた。背中から刃物のついた腕を生やしたエルフや、腹に大きく裂けた口を備えたオークまでいた。

 見ているだけで頭がおかしくなりそうだった。これが改造手術の成果だというのか?

 

「ここが改造倶楽部か」

「改造倶楽部の中央受付だね。手術の予約とか、会計とかは全部ここで済ませるんだよ」


 冷や汗を流すベイルの問いにミチが答える。それからミチは身を翻してベイル達に向き直り、会心の笑みで二人に言った。

 

「さて。それじゃあちょっとお話ししようか」


 余所者二人にとって、その笑みはひどく邪悪なものに映った。





 ミチはその後、二人を連れて中央受付の扉の一つを開けた。扉の奥には通路が伸びており、三人はそこの右側にある扉を開けて中に入った。

 そこは一種の応接室のような部屋であった。そこは中央受付に比べてしっかり照明が機能しており、掃除の行き届いた清潔な空間であった。中には中心にテーブルとソファ、壁沿いに本棚、そして隅に給水器と紙コップが置かれていた。

 

「さて、何から話そうかな」


 ソファに二人を座らせ、自分はテーブルの上に胡坐をかきながら、ミチが二人と向き合って言った。すると最初にベイルが口を開いた。

 

「じゃあ俺から質問していいかな」

「いいわよ」

「なんで俺達なんだ? 何か理由があるのか?」

「特にないわね。たまたま目についた余所者があなた達だったってだけ」

「ここに招いた理由は?」

「あなた達にウチの顧客になってもらいたいから。なんの力も持っていない真人間とか、ここじゃとても貴重だからね。他の道場なりギルドなりに取られる前に、ツバつけとこうって思ったのよ」

「つまり、ただの勧誘活動ってことか」

「そういうこと」


 ベイルの質問にミチが答える。淀みない口振りだったので、ベイルはそれを信じることにした。

 今度はベーゼスがミチに尋ねる。

 

「ここはどういう場所なんだ」

「ここ? 改造倶楽部だよ?」

「だから、どういうことをする場所なんだよ」

「言葉通りだよ。お金と引き換えに肉体の一部を改造して、より強力な力を与える。手術で付与できる力は、払ってくれるお金の額に応じて強大になっていく。そういう場所だよ」

「改造手術か。なんか物騒だな」

「そもそもそれ、違法じゃねえのか? グリディアはこういう人体改造じみたものには厳しいって聞いてるんだが」

「バレなきゃいいのよ」


 ミチは悪びれる様子も見せずに言った。ベイルとベーゼスは揃って渋い顔を見せ、大してミチは平然と話を続けた。


「それに手術自体はいたって安全よ。別に全身に激痛が走るようなものでもないし、よほどのことが無い限り副作用も起こらない。手術後のアフターケアも万全。もちろん人間だけじゃなくて、亜種族の肉体改造も受け付けてるよ」

「だから受付に亜種族がいたのか」

「そうそう。もちろんこっちの手術成功率も百パーセントだよ。ブラックフォーチュンの肉体精製技術は凄いからね」


 そこまでミチが言った直後、二人が途端に目の色を変える。客候補の二人がいきなり殺気じみた気配を向けてきたので、ミチは思わず息をのんだ。

 

「ブラックフォーチュン?」

「お前、どういうことだ」


 そんなミチに二人が問いかける。聡い妖精はそれを聞いて、彼らが何に対して反応したのかを察した。

 

「あなた達、ブラックフォーチュンを知ってるの?」

「それなりにな」

「……どこまで知ってるのかしら?」

「どこまでだと思う?」


 ベイルは慎重に問い返した。ミチはすぐに答えず、そのベイルをじっと見つめた。ベーゼスは何も言わずに二人を交互に見比べた。

 暫しの沈黙。空気が張り詰める。が、やがてミチが先に折れた。

 

「わかったわよ。こっちから聞くわ。十年前のあれは知ってるのかしら? ブラックフォーチュンが日本人を襲ってることは?」

「それは知ってる」

「私達のご先祖様が霧を出して、ブラックフォーチュンを日本に閉じ込めたことも?」

「それも知ってる」

「物知りなのね」

「帝国の人から直接聞いたからな」


 ベイルが答える。彼の言葉を聞いたミチは引きつった顔を見せた。帝国の息のかかった人間を招き入れてしまったのかと後悔しているようであった。

 

「安心しろ。別にここを摘発しようとかは思ってない。それに俺達は帝国の人間でもないしな」

「でも気になることはあるな。お前はどうしてそれを知ってるんだ?」


 ベーゼスが問いかける。ミチは額に手を当てて少し考え込んだ後、腹を括ったように口を開いた。

 

「ここにある施設はね、最初からここにあったのよ。私達がそれを見つけて、利用しているって感じなの」

「つまりお前達より前に、ここを使っていた奴らがいたってことか」

「そ。そしてその連中が」

「ブラックフォーチュン?」


 ベイルが尋ねる。ミチは彼を見ながら頷く。

 

「ここは十年前に、ブラックフォーチュンが怪人を生み出すために使っていた地下研究所なのよ。でもここにいたブラックフォーチュンは帝国軍に駆逐され、ここから姿を消した。そうしてもぬけの殻になったこの場所を私達が帝国から買い取って、こうして利用しているってわけ」

「だから連中の事情にも詳しいってことか」


 ええ、と半竜人からのそれに肯定してから、ミチが続ける。


「ここにいたブラックフォーチュンの奴ら、きっと帝国軍に奇襲されたんでしょうね。作戦計画書だの設計図だの、まともに破棄しないでそのまま残していったんだから。さらに運が良かったのは、帝国軍の連中も本気でそれを探そうとしなかったこと。なんでかは知らないけど。まあそのおかげで、私達はほぼ無傷の状態で残ってたそれを、何の苦労も無しに手に入れることが出来たってわけよ」


 ミチがどこか自信満々な体で説明する。それを聞いたベーゼスは感心したように頷いたが、ベイルはその横で渋い顔を見せて言った。

 

「でもそれ、帝国にばれたらまずいんじゃないか。敵対勢力の技術を流用してるとか、さすがにまずいだろ」

「前も言ったでしょ。バレなきゃいいのよ。それにもしバレたとしても、私達は帝国に忠誠を誓いますってアピールすればどうとでもなるでしょ」


 ミチは楽観的な姿勢を崩さなかった。客として招かれた二人は不安げな表情を見せ、そのまま互いの顔を見やった。そしてそんな二人に、ミチがニコニコ笑いながら問いかける。

 

「で、どうする? 改造手術受けてみる? コロシアムに挑むつもりだったら、ただの真人間じゃ頂点には辿り着けないよ?」


 思い出したように本題に切り込んでいく。ベイルは突然の申し出に戸惑ったが、すぐに気を取り直してミチに答える。


「いや、別に俺達、コロシアム出るつもりでここに来たわけじゃないんだけど」

「あらそうなの? じゃあ何しに来たのよ?」

「ボディーガード探しかな」

「用心棒雇うの? そんなことするより、うちで手術受けてった方がずっと安いし、何より手軽だよ?」


 ミチは譲らなかった。控え目に断っていたベイルも、この問答に少し嫌になってきた。そもそも改造を受ける気は無かったし、ここにはただ単純に好奇心から来ただけであったのだ。

 

「いいじゃない腕三本になるくらい! もっと見た目グロい奴とかいっぱいいるんだから! 絶対後悔させないから! ね? 改造しようよ!」


 一方のミチは目をキラキラと輝かせていた。まるで玩具をねだる子供のように、無駄に元気を漲らせながらベイルに迫ってきていた。

 こちらがはっきり結論を言うまで帰さないつもりだ。それを察したベイルとベーゼスは、共に恐怖と苛立ちを募らせていった。

 

「もういいよ。帰ろうぜベイル。他の所で用心棒見つけようぜ」

「そうだな。ここちょっとやばそうだし。別の所行くか」

 

 盛り上がるミチを尻目に、二人して小声で会話する。二人は同じ結論を抱いていた。

 部屋の照明が一転して赤くなり、アラームが鳴り響いたのは、まさにその時だった。

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