第12話

 もう少し守りを固めた方がいい。アドゥエーレはベイルにそう警告した。

 

「君の中には半分日本人の血が混じっている。それだけでブラックフォーチュンにとっては十分標的となり得る。彼らは何が何でも君を殺そうとするだろう」

「あいつらはそこまで日本人が嫌いなのか」

「ああ。なんでそうなったのかはわからないが、とにかくブラックフォーチュンはそういう奴らなんだ。目の前に日本人がいたら、是が非でもそれを潰しにかかる。かつて君達の前にトカゲ怪人と箱頭の怪人が来たのも、おそらくはそれが理由だろう」

「俺を狙って?」


 ベイルが尋ねる。アドゥエーレは沈黙でそれに答えた。ベイルは思わず息をのんだ。

 そんなベイルにアドゥエーレが答える。

 

「だからまず、あなたは強い味方を増やしておく方がいいだろうね。一目散に帝都を目指して、そこに保護を求めてもいいけど、たぶんそこに着く前にブラックフォーチュンに潰されるだろう。彼らは日本人を倒すためなら手段は選ばない。空を飛ぼうが馬車に乗ろうが、彼らはどこまでも獲物を追いかけて、必ず倒すだろう」

「具体的には?」

「日本人一人を潰すために怪人が五十人送り込まれたことがある」

「マジかよ」


 ベーゼスが口を挟む。彼女の顔は疑念に満ちていた。ベイルとメリーゼも同じ顔をしていた。

 

「いくらなんでもそれはねえだろ。話盛り過ぎだ」

「嘘じゃないんだよ。本当にあったんだ。もちろんこれは最悪のパターンで、いつもこうなるって訳じゃない。それでも疑うんなら、東京の情報省で話を聞いてみるといい。嘘かどうかわかるよ」

「ええ……?」


 アドゥエーレは自信満々に返した。言い返されたベーゼスは呆然とした。

 そんなベーゼスを差し置いて、アドゥエーレは改めてベイルを見て言った。

 

「だから、まずは近くで助っ人を探してみるといい。傭兵とか、用心棒とか。二、三人くらいでパーティーを組んでおけば、いくらか安全かもしれない。それと先に言っておくけど、メリーゼは連れていけないよ。彼女にはここを守ってもらわないといけないからね」「あ、そうか。メリーゼとはここでお別れなのか」

「アドゥエーレ、どこか適当な場所は無いか?」


 アドゥエーレの言葉を聞いて、思い出したようにベーゼスが声を上げる。そしてメリーゼが表情を寂しげに曇らせる横で、ベイルがアドゥエーレに尋ねる。アドゥエーレは少し考え込んだ後、おもむろに懐から地図を取り出してそれを広げた。


「そうだね。道すがら宿屋に寄って、そこで人を募るのもいいかもしれない。でも一番手っ取り早く済ませるなら、速攻で神奈川に入ることかな」

「神奈川? そこに何があるんだ?」

「グリディア帝国公認のコロシアムがあるんだ。そこには大勢の腕自慢達が集まっている。当然、金を積めば助けてくれる人もいるはずだ」


 日本地図のある地点、「小田原」と書かれた場所を指さしながらアドゥエーレが言った。他三人がそこに注目し、アドゥエーレが続けて言った。

 

「旧小田原城跡にある巨大コロッセオだ。近くに観客用のホテルもあって、各都市と繋がるワイバーン便もある。まあ一種の観光地だね。ここから近い所にあるのも、僕達にとってはポイントが高い。だからまずは、ここを目指してみたらどうかな?」

「そうなら俺も異論はないな。馬とかはどうすればいい?」

「そこは問題ない。馬はこっちで用意しておくよ。馬車はさすがに駄目だけどね」

「やっぱ用意するのに金かかんのか」

「悪目立ちして、ブラックフォーチュンの連中に狙われる可能性が高くなるからだよ」


 アドゥエーレの言葉に、三人は揃って「ああ」と納得した。

 

 

 

 

 結局、ベイル達はアドゥエーレの勧めに従って、小田原に向かうことになった。ついでに人目を避けるためのくたびれたマントと、そこそこの路銀、そして馬を二頭もらった。金はおろか馬までタダで贈られたところで、驚いたのはベーゼスだった。

 

「いいのかよ? この馬、結構上等なものだろ?」

「帝国で飼育されている中でも、特に能力の高い品種の馬だよ。まあ、我々を手伝ってくれた感謝の印さ」


 正門前でそれらを贈与したアドゥエーレは、ベーゼス達に対してさらりと言った。メリーゼ、そしてわざわざ厩からここまで馬を引っ張って来た飼育長も、アドゥエーレの言葉に同意するように首を縦に振った。ベーゼスは「マジかよ」と驚きと喜びの混じった声を上げ、そしてベイルは今一つ実感が沸かないまま、その贈られた馬を見た。

 それはこれといって特徴のない、茶褐色の馬だった。背丈も驚くほど大きいというわけでは無く、たてがみもごく普通だった。しかしその代わり、目だけが赤く爛々と輝いていた。まるで赤く燃えるルビーを嵌め込まれたかのように、眼球そのものが赤く光っていたのであった。

 ベイルは嫌な気分になった。馬に見つめられるだけで胃液が逆流し、背骨に寒気が走るような悪感情を抱いた。

 

「これまさか、モンスターとかじゃないだろうな」


 胸の内から湧き上がる恐怖を抑えつけながら、恐る恐るベイルが尋ねる。アドゥエーレはそれに対し、「そんなことはないよ」と返してから言葉を続けた。


「それ自体は普通の馬だよ。馬とモンスターを交配させて産み出された品種ってだけさ。何が親になったのかはわからないけど、とにかく普通の馬よりはずっと速いよ」

「そうだよな。普通の馬じゃないからな」


 ベイルはげんなりして答えた。メリーゼとアドゥエーレは何故彼がここまで嫌そうな表情を見せるのか理解できないように怪訝な顔を見せ、ベーゼスは彼の横であっという間に馬と懐いていた。

 

「それから、道中は出来るだけ目立たないように動いた方がいい。馬に乗って、さっさと目的地まで行くんだ。あまり寄り道をし過ぎると、それだけブラックフォーチュンに狙われる可能性が高くなるからね


 それとなくアドゥエーレが注意する。ベイルは彼に向き直って「わかった」と答えながら受け取ったマントを羽織り、馬に乗り込んだ。この時既にベーゼスも馬にまたがっており、彼女は器用に手綱を動かしてベイルの真横に馬をつけた。

 

「馬はどうなんだよ。乗りこなせるのか?」

「それなりにね。子供のころ、乗馬スクールに通ってたんだ」


 ややぎこちない動きで自分の馬を御しながら、ベイルがベーゼスに答える。そんな彼らにメリーゼとアドゥエーレが近づき、名残惜しげに声をかけた。

 

「会ったばかりだというのに、もうお別れか。寂しいものだね」

「もう少しこちらでゆっくりしていっても良かったのではないのですか?」

「そうしたいのは山々なんだけど、こっちとしても仕事があるからね」


 悲しそうな目で訴えるメリーゼに、ベイルが苦笑交じりに答える。メリーゼは彼が情報収集のためにここに来たことを思い出し、口を閉じてしゅんとなった。

 

「メリーゼ、あまりわがままを言うもんじゃない。君にもここで仕事があるんだ。しっかりなさい」


 そのメリーゼにアドゥエーレが声をかける。メリーゼも腹を括り、表情を引き締めながら改めてベイルを見た。

 

「それじゃあ、ベイル、ベーゼス、お気をつけて」

「ああ。メリーゼも体に気を付けて」


 ベイルがそれに答える。ベーゼスがそれに続いて「お前も無理すんなよ!」と激励する。

 それから二人は、揃って手綱に力を込めた。彼らの命令に従うように馬は嘶き、前脚を持ち上げてから勢いよく走り出した。

 

「ハッハーッ! ご機嫌だぜ!」

「お、おい、待て! もう少し遅く……!」


 前を行くベーゼスに追いつこうと、ベイルが必死になって馬を制御する。こうして二人はやや危ういながらも、世話になった拘置所を後にした。

 

「あの二人、大丈夫でしょうか」

「なに、そんないきなり襲われたりはしないよ。平気平気」


 その後姿を見送りながら、メリーゼが不安そうに漏らす。アドゥエーレがそれに反応し、気楽な調子でそれに答える。

 

「ブラックフォーチュンは神出鬼没だが、どこにでも湧いて出てくるようなものでもない。そうポンポン出現することは無いよ」





 その数時間後、二人のもとに報告が届いた。

 この拘置所から出発し、帝都を目指していた馬車の列が襲撃を受けたというのである。その車列にはトカゲ怪人と箱頭の怪人、そして彼らと共謀したクロードが載せられていた。

 車列は全滅。護衛部隊も壊滅。護送されていた者達は一人残らず脱走し、後には壊れた馬車と力なく倒れた馬、そして力尽きた兵士の群れが散らばるように横たわっていた。

 

「……アドゥエーレ?」


 局長の執務室で、報告書を持ってきたメリーゼが不安げな顔を見せる。手紙を読み込んでいたアドゥエーレはそれから目を離し、手紙を机に置きながらエルフの方を見た。

 

「なに、大丈夫大丈夫。そんな簡単に補足はされないよ」


 アドゥエーレの額から脂汗が流れ落ちる。眼鏡の奥で、彼の両目が挙動不審気味に泳いでいた。

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