第11話
アドゥエーレ・メイジャンは科学者であり、統率者であった。
アドゥエーレは元々、グリディア帝国帝都東京で研究員として働いていた。彼の学者としての才能は他の同僚たちに比べて頭一つ飛び抜けており、同時に人を動かすリーダーシップも持っていた。アドゥエーレは二つの才能を同時に持ちえた不世出の天才であり、彼の存在はグリディア帝国にとって非常に貴重なものであった。
しかしそんなアドゥエーレにも欠点があった。平時の彼は広い視野を持ち、的確に人を動かすことが出来た。しかし自分が研究に携わっている時に限り、その視野が極端に狭くなるのである。同時に道徳観や倫理観も欠落し、研究結果を出すためなら手段を選ばなくなる。そしてここに飛ばされてくる前にも、アドゥエーレは帝都にある自分の研究所で自ら研究に没頭していた。
その結果どうなったか。彼は研究に勤しんだ代償として、自分のいた研究所を周囲の区画ごと吹き飛ばしたのだ。
「その時僕は、いわゆる爆発物の研究をしていたんだよ。それで、その時出来た爆弾がどれだけの威力か確かめたくってね。自分の体を使って実験してみることにしたんだよ。まさかあそこまで凄まじい破壊力を生み出すとは思わなかったよ」
「お前頭おかしいよ」
「ちなみに、それどんな爆弾なんだ?」
「人間爆弾」
「お前頭おかしいよ」
応接室の一つで自己紹介を済ませた後、アドゥエーレから彼がここに来た経緯を聞いたベイル達三人は、彼がここに来た経緯を本人から聞いて、揃って唖然とした。メリーゼは開いた口が塞がらないといった体で何も言い出せず、詳しく話を聞いたベイルとベーゼスもただ呆然とするだけだった。
アドゥエーレはそれが我慢ならなかった。
「一応言っておくけど、僕だって別に爆発したくて爆発したわけじゃないんだからな。あれは彼らの生態や素性を探る上で必要な実験だったんだ。結果はまあ、あんまり出なかったけど」
しかし反論しようとして、アドゥエーレは最後の方で語調を弱めていった。当然ながらそれは自己弁護として成立しなかった。
だがそこでベイルは彼の言葉に反応した。彼はアドゥエーレを見ながら言った。
「彼らって誰なんだ? あんた、あっちでどんな実験してたんだ?」
「彼らって、あれだよ。ブラックフォーチュンだよ」
次の瞬間、聞き手に回っていた三人は同時に驚愕した。彼らは一斉に「えっ」と叫んでアドゥエーレを見つめ、真っ先にベイルが口を開いた。
「それはつまり、ブラックフォーチュンの技術か何かを調べてたってことなのか」
「そうだ。人間爆弾は彼らの持ってる技術の一つなんだよ。僕はそれを調べて、彼らのことを知ろうとしたんだ」
「でも特にわからなかったんだろ?」
「そうだよ。さっぱりだよ」
アドゥエーレは開き直って答えた。彼にそう問いかけたベーゼスも、彼のその態度を見て何も言えなくなった。そこまで自信満々に言われたら怒るに怒れない。
そうしてベーゼスが沈黙した後、今度はメリーゼが彼に問いかけた。
「ですが、それ以前から掴んでいた情報は無いのですか? 彼らがどこから来たのかとか、いつごろから活動を始めていたのか、とか」
「ああ、あと、ついでにあんたらの事も知りたいな。あんた達はいつからここにいるんだ? どうやってやって来たんだ」
便乗するようにベイルが尋ねる。それを聞いたアドゥエーレはベイルに注目した。彼は眼鏡越しに、「そんなことも知らないの?」と言いたげな目線を彼に向けていた。
「こいつ、外から来たんだよ。外の世界だ」
それに気づいたベーゼスが、ベイルを見ながらフォローを入れる。そしてベイルもこれに乗じて、自分がここに来た理由を簡潔に説明した。
直後、アドゥエーレの目の色が変わった。
「そうなのか。だからそんな質問をしたのか。そうかそうか、調査なのか」
「ああ、実はそうなんだよ。だから良ければ教えてくれないか」
「我々が日本に来た理由かい?」
「ああ」
アドゥエーレからの問いかけにベイルが頷く。アドゥエーレは興味津々な眼差しをベイルに向けたまま、彼に向けて口を開いた。
「よし。では僕が知っている範囲で教えよう。僕達がどうやってここに来たのか。そしてその後、何が起きたのかをね」
最初に「向こう側」の面々が「こちら側」と接触したのは、今からちょうど二十年前のことであった。向こう側から来た者達は、まったく唐突に、かつて「日本人」が統治していた東京都に出現したのであった。
「二十年前? 十年前じゃないのか?」
「十年前ってことは、あれかな? 我々が黒い霧を出した時の話かな?」
「あ、ああ。……ああ? お前らが霧出したのか?」
「十年前のあれがファーストコンタクトじゃないんだよ。我々はそのさらに十年前に、一度日本人と接触してるんだよ」
「いや、おい、待て。お前らが日本を閉じ込めたのか? そうなのか?」
「まあまあ落ち着いて」
まあ順々に話していくから。アドゥエーレはそう言って、逸るベイルを抑えつけた。そうしてベイルが黙ると、アドゥエーレは続けて口を開いた。
「断っておくけど、僕は二十年前のそれには参加していない。十年前のあれが起きた時にも、まだこっちには来ていない。全部本や、人づてに聞いたものだ。そしてこれは、ごく一部の者にしか知られていない、無差別に言いふらしてはならないとされている情報だ」
「それ、アタシらが聞いていいのかよ」
「君たちは問題ないよ。なぜなら既に、もう彼らと関わってしまったからね」
それから改めてアドゥエーレは話を再開した。
二十年前に接触した二つの世界の者達は、非常に友好的な関係を築くことが出来た。向こう側の住人が礼節を弁えており、そしてこちら側の住人――日本人もまた礼を欠かさない者達であったからだ。
そして彼らは、この互いの接触を外部に漏らさないことで合意した。その時、こちら側の世界は混迷を深めていた。その時に更なる混乱の種をばら撒くのは得策ではない。それが両者の代表が話し合って決めた事であった。
またその時に、日本人は向こう側の世界の者達から魔術的技術を、向こう側の住人は日本人から物質的技術を交換した。これは互いの友好を深めるための、ささやかな密約であった。
「友好って、なんか胡散くせえな。混乱がどうとか言っておいて、結局は自分の立場を独占したいってだけじゃねえのか?」
そこまで聞いて、ベーゼスが口を尖らせる。彼女の批判の矛先は日本に向けられていた。
一方でアドゥエーレは苦笑いを浮かべながらも、それを否定しなかった。
「まあ実際はそうだったのかもしれないね。あの時日本もかなり不況だったって聞いてるし。彼らも何か打開策が欲しかったんだと思うよ。他の国を出し抜いて自分達だけ豊かになりたい。そう考えていてもおかしくないね」
「だから技術を交換したと?」
「そういうことだ」
アドゥエーレが結論付けるように言った。ベイルはそれを聞いて、二十年前に世界を襲った大恐慌のことを思い出した。その時自分はまだ十にも満たない子供だったが、周りの大人たちが血相を変えて右往左往していたことは妙に覚えていた。
その一方で、アドゥエーレは説明を再開した。
「まあもっとも、その後は大したことはしてないんだよね。互いに技術交換して、お互いの世界についてちょっと話し合ったりして、それから僕たちのご先祖様は自分達の世界に帰っていったんだ。両者は二週間くらいしか交わってなかったんじゃないのか、っていうのが、僕たちの間での通説だよ」
「随分あっさりしてたんだな」
「まったくその通り。ただその時、二つの世界の代表はある約束をした」
「約束?」
「十年後にまた会おう、という約束だ。なんでそんな約束をしたのかは僕もわからない。詳しい話は聞いてないからね。多分彼らの関係が外に勘付かれたのかもしれない」
「疑惑の目から逃れるために一旦別れることにした?」
「そういうことだ。とにかく、二つの世界の関係はそこで一度断たれたんだよ」
「それが一度目の接触?」
「そうだ。そしてそれから十年後、僕達の世界の代表者たちは改めて日本に来た」
そしてそこで、彼らは驚愕した。十年ぶりに再び訪れた日本の地は、まさに地獄絵図と化していたからだ。
「天高くそびえ立っていた高層ビルは根こそぎ崩れ落ち、アスファルトで舗装された道路は至る所で粉々になっていた。あちらこちらにクレーターが生まれ、その荒廃した世界を彩るように人間の死体が散乱していた」
「何があったんだ」
「ブラックフォーチュンだ」
三人は息をのんだ。そこでその言葉が出てくるとは思わなかった。アドゥエーレは続けて言った。
「我々がこの日本という国に戻って来た時、彼らはその日本の民に攻撃を加えていたんだ。そしてブラックフォーチュンの怪人どもは無差別に、日本のあらゆる場所で破壊と殺戮を行っていた。ご丁寧に、自分から組織の名前を叫びながらね」
我々はブラックフォーチュンのナントカだ! アドゥエーレが棒読みで言い放つ。それを聞いたベーゼスが彼に尋ねる。
「それで、あんたらのご先祖はどうしたんだ?」
「止めに入った。そしてご先祖はまず最初に、日本から彼らを出さないことを優先した」
「それはなぜですか?」
メリーゼが質問する。アドゥエーレは少し考え込んでから、彼女の方を見て言った。
「ブラックフォーチュンは十年前に我々が渡した技術を使って、あの異形を獲得した。ご先祖はそう考えたのかもしれないな。そしてそう考えたご先祖は、その過ちの種が外に拡散しないことを何より重視した」
「だから、日本を霧で覆った?」
「ただの霧じゃない。魔術的理力を備えた特殊な霧だ。あらゆる電波を遮断し、こちらが望んだものしか通さず、また出すこともしない。当然ながら、外部からの物理干渉も許さない。いわゆる絶対防御だ」
これによって、ブラックフォーチュンは日本の外に出ることが出来なくなった。そしてこちら側の世界の惨状を知った向こう側の者達は急きょ日本に正規軍を派遣。大部隊による数の暴力によって、ブラックフォーチュンを無理矢理鎮圧したのである。
「当時の者達は、それで彼らを撲滅したと考えていた。でも実際は違った。残党勢力は地下に潜り、再起を図った。一方で我々のご先祖も、そんな彼らを追跡しようとはしなかった。ブラックフォーチュンの全滅よりも、彼らによって壊滅した日本国の再興に力を注ぐべき、と当時のトップたちはそう判断したんだ」
彼らがブラックフォーチュンを地下に追いやった時には、既に日本という国は再起不能な状態に追い込まれていた。ブラックフォーチュンの怪人達は、当時の日本人が持っていた武器では一切傷をつけることが出来なかった。これによって警察や自衛隊は完全に木偶の坊と化し、後に待っていたのは一方的な破壊と殺戮であった。
「政府機能は完全に崩壊。無事で済んだ日本人はほんの一握り。総人口の七割が殺害された。日本はもう、まともに国として活動することは出来ない状態にあったんだ」
「だから、代わりにあんたらがここを統治し始めた?」
「そうだ。この国を東と西に分けて、それぞれ人間と亜種族で治めることにした。そして今に至る、というわけだ」
「なんでそんなことしたんだよ。罪滅ぼしのつもりか?」
ベーゼスがそう尋ねる。彼女はブラックフォーチュンの面々が、十年前に自分達の先祖が渡した技術を利用して生み出された存在であることを覚えていた。
アドゥエーレは「恐らくそうだろう」と言った。
「少なくとも、今のグリディアの上層部はそう考えている。アリューレも同じ気持ちだと思う。自分達が余計なことをしたから、日本が災難な目に遭った。それを見て見ぬフリをすることは出来ない。ならせめて、アフターケアはしておこう。そんな感じだ」
「生き残った日本人に後ろ指さされるのを避けるために?」
「あと後ろから刺されないようにするためだろうな」
ベイルとベーゼスは後ろ向きな考えを崩さなかった。メリーゼは「卑下しすぎるのもどうかと思いますが……」と苦々しく呟いたが、アドゥエーレはベイル達に同調した。
「実際そっちの方が事実だろうね。自分達のせいでこうなりました、でもフォローはしません。そっちで何とかしてください。とか言われたら、何も知らずに被害に遭った方はたまったものじゃないだろう。だから不必要に敵を作らないように、僕達のご先祖はかつてあった日本政府に代わって、崩壊寸前だった日本社会を支えることにしたんだよ」
「中身はごっそり変わったみたいだけどな」
「それは仕方ない。僕たちは日本の政治システムをそっくり真似ることは出来ないからね。それとこの話を広めないのも、余計な敵を外部に作らないための措置の一つだよ」
アドゥエーレはそこまで言って、口を閉じた。それから一拍置いて、彼は再び口を開いた。
「何か質問は?」
ベイルが申し訳なさそうに手を上げる。アドゥエーレが彼を見ながら「何かな?」と問いかける。
「そのブラックフォーチュンって連中は、今も日本人を狙ってるのか?」
ベイルは恐る恐る尋ねた。アドゥエーレは「そうだね」と即答した。
「その通りだ。彼らの残党は地下に潜りながら、今も日本人狩りを続けている。なぜ彼らがそこまで日本人を恨んでいるのかはわからないが、それでも今なお日本人が彼らに襲われているのは確かだ。僕達の方でも日本人の保護を行ってはいるんだが、その防御を破って力ずくで日本人を殺そうとする奴まで現れる始末だ」
「じゃあ、俺も狙われるってことか」
ベイルが再度尋ねる。他三人の視線が一斉にベイルに集まる。
「そういやお前、日本人のハーフだったな」
思い出したようにベーゼスが言った。それをここで初めて知ったメリーゼは、ベイルの顔を見て呆然と呟いた。
「日本人って、金髪なんですね」
「それで、どうなんだ。俺も狙われるのか?」
それを無視してベイルが尋ねる。アドゥエーレは少し黙って、やがて口を開いた。
「君の中に日本人の血が混じっている。殺す理由としてはそれで十分だろう」
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