第10話
兵士達が突入した後は、スムーズに事が進んだ。彼らは地面に倒れているクロードと怪人達、そしてそれらを見下ろすベイル達を交互に見比べ、まず真っ先に怪人達を捕まえにかかった。
「と、とりあえずそいつらだ! 怪人共を拿捕しろ!」
兵士達は一斉に群がった。元々叩きのめされていたこともあり、怪人共はいとも簡単に御用となった。そうしてそこにいた怪人を縛り上げて外に連れ出した後、残りの兵士達は次にベイル達と、氷塊の中に閉じ込められたクロードを見た。そして彼らは次に、元副隊長であるメリーゼに注目した。
「副隊長、これはどういうことなのですか?」
「何があったのです?」
彼らは本人が貶められてもなお、メリーゼへの信頼を失ってはいなかった。そしてメリーゼも同様に、立ち上がって背筋を伸ばし、しかしティッシュで鼻を押さえたまま、堂々とした口調で彼らに言った。
「全てクロード隊長、いえ、このクロードの仕業です。彼はここに怪人を招き、それらと話し込んでいたのです」
「実をいうと、アタシらは最初からそのことを知ってたんだよ。このクロードとかいう馬鹿が、怪人とつるんでたってのはな」
そこに半竜人ベーゼスが付け加える。ドラゴニュートからの追撃に兵士達は息をのみ、ますますメリーゼに意識を傾けた。
「それは本当なのですか?」
「はい。全て本当です」
メリーゼは「空気の読める」女だった。彼女は氷漬けのクロードを肩越しに一瞥した後、ベーゼスの嘘に話を合わせた。
「なぜこのようなことをしたのかはわかりません。ですが私達は、クロードがこの怪人達と繋がっているという情報だけは前もって掴んでいたのです。なので我々はまず、彼と通じていた怪人を捕まえ、その上でクロードを追求しようとしたのです」
「ではまさか、あなた方が捕まったのも最初から計算の内だと……?」
自身の共犯者が捕まってしまったとあっては、クロードとしては何かしらのアクションを行わなければならない。さもなければ、捕まったその怪人は尋問に屈し、あることないこと喋ってしまうかもしれないからだ。幸い彼はここのトップであり、彼の命令は絶対的なものとして機能する。
ならばそれを利用しない手は無い。クロードはメリーゼ達を罠に嵌め、そして捕まった怪人を自ら解放しようと企んだ。そしてそれは、実際成功した。
それすらも自分達の計画の内だったのだ。メリーゼはそう言ってのけた。
「泳がせる、という奴です。私達を牢屋に送った彼は、それで気を良くして警戒を解く。そのまま自分の共犯者である怪人と、その日の内にコンタクトを取る。私達はそう考えたのです」
「な、なるほど……!」
「まさかここまで上手く行くとは思いませんでしたが。でもそのおかげで、彼が怪人と繋がっていたという決定的な現場を押さえることに成功しました」
嘘八百である。メリーゼ達が脱獄したのは、元々はクロードの横暴に辟易したためであって、最初からクロードと怪人がグルだったとは微塵も考えていなかった。彼らが怪人を見つけたのも偶然だし、怪人とクロードが通じている場面を見つけたのも偶然であった。
しかし兵士達はその内訳を知らなかった。だからベイル達は、その兵士の無知と自分達の状況を利用することにした。
「詳しいことは、あの怪人とこのクロードに直接聞いてみるといいでしょう」
「それから、その時には俺達も聴取に参加したいんだが、いいかな? 今回の一件に関わった当事者として、あいつらから直接話が聞きたいんだ」
そして兵士達に向けて、今度はベイルが提案をした。メリーゼの話をすっかり信じ込んでいた兵士達は、そのベイルの提案をあっさり受け入れた。
「もちろんですとも。我々としても、あなた方からの情報は是非とも欲しいと思っておりますので」
「交渉成立だな」
兵士達は既にベイル達のことを「協力的な第三者」と捉えていた。今回の功績によって、彼らを余所者と忌避する者は一人もいなかった。
「でもその前に、まずはこいつを解凍しないとな。凍ったままじゃ話も聞けないぜ」
そこまで来たところで、ベーゼスが氷塊を指さしながら口を開く。それを聞いて、他の面々も初めて氷塊の存在に意識を向けた。それを見たメリーゼは肩を落とし、ため息交じりに言った。
「本格的な聴取は後回しですね」
その声は心底落胆に満ちていた。
翌日、事情聴取が行われた。ベイル達もそれに協力し、怪人とクロードから話を聞くことになった。
「黙れ黙れ! 貴様らに話すことなど何も無いわ! 下っ端風情が私にでかい口を叩くな!」
クロードはびくともしなかった。こちらにはメリーゼがいたが、彼女がどれだけ問い詰めても口を割ろうとしなかった。どこまでも強情であったので、彼の聴取を担当していたメリーゼと兵士達は揃って顔を見合わせた。
「いいか! 私は無実だ! 全部そこのエルフがやったことだ! 私は悪くない! さっさとここから解放しろ!」
「ああそうだよ。元々は俺とあいつがグルになってやったことなんだよ」
しかしそんな彼の努力を、別室で聴取を受けていたトカゲ怪人が踏みにじった。彼はベイルとベーゼス、そして聞き役の兵士の前で、今回の事件の真相をべらべらと話し始めた。ベイル達は何もしておらず、怪人の方から積極的に情報公開し始めたのである。
「クロードは最初からこっち側だったわけじゃない。我々がここで活動するにあたって、動きやすくなれるようにちょっとあいつに協力を頼んだんだよ。少しばかりのお金を持ってってな」
「それにクロードが食いついた、と?」
「ああ。前金で一万ゴールド。協力してくれれば、ひと月あたり八千ゴールド。それであいつは折れた。まさか俺も、あいつがここまで簡単に掌を返すとは思わなかったな。あれこそまさに金の亡者だな」
腕を組んで背もたれに身を預け、伸び伸びとした姿勢でトカゲ怪人が口を開く。そして熱心に聞き入る彼らに向かって、トカゲ怪人はなおも続けて言葉を吐いた。
「それからのあいつはとても協力的だったよ。兵士の巡回ルートの一覧表を渡してくれたり、どいつが危険でどいつが未熟かを教えてくれたりな。俺達がヘマをした時に事態のもみ消しをしてくれたのも奴だ。おかげで俺達はより効率的に、自分達の仕事を済ませることが出来た。あいつには本当感謝してるよ」
トカゲ怪人は実に嬉しそうに笑みを浮かべた。ベイル達は唖然とした。
「それ、本当なのか」
「ああ、本当だ。別にあいつをハメようってわけじゃない。全部本当のことだ。証拠もある」
そう言って、トカゲ怪人はおもむろに口の中に手を突っ込んだ。そして突然のことに息をのむベイル達の前で、トカゲ怪人は喉の奥から一枚の紙を取り出して机の上に置いた。
口内から引きずり出したにも関わらず、その紙は少しも濡れていなかった。
「双方が協力することを同意する契約書さ。俺と奴のサインが書かれてある。血判もある。筆跡鑑定なりなんなりすればいい」
ベイルとベーゼスは互いに顔を見合わせた。兵士の一人は怪人の出してきた契約書を手に取り、怪訝な顔でまじまじとそれを見つめた。
「どうするよ?」
「とりあえずクロードに見せてみようか」
彼らはそのベイルの提案に従うことにした。そして実際に件の「契約書」を見せた直後、クロードの顔面は見る見るうちに真っ青になっていった。
「ビンゴか」
「わかりやすい奴め」
その色彩変化を見たベイルとベーゼスは確信した。メリーゼと周りの兵士も同じ気持ちだった。
「し、知らん。私はそんなもの、知らん、知らんぞ」
そしてクロードはポーカーフェイスが作れなかった。
クロードとトカゲ怪人、そして残りの箱頭の怪人の群れは、まとめて馬車の列に押し込められた。彼らはこれからグリディア帝国の帝都である東京へ送られ、そこにある中央裁判所で本格的に裁きを受けることになったのである。
「決め手はあの契約書だったようです。それとブラックフォーチュンの怪人を直接捕らえたのはこれが始めてということもあって、より厳密に調査をすることになったんです」
メリーゼは東京に向かって出発した馬車の列を見送りながら、余所者二人にそう言った。ベイルとベーゼスの二人は特に何か尋ねることも無かったので、黙ってそれを聞いていた。
ちなみにこの件によって、ベイル達三人の濡れ衣は完全に晴れた。トカゲ怪人が全てクロードの仕業であると暴露し、クロードもトカゲ怪人の出した証拠を突き付けられて折れる結果になった。
「それとこの後、ここに後任の人が来るようなんです。もしよければ、あなた方からもそちらの方に挨拶をしていただけるとありがたいのですが」
それからメリーゼは、そうやって黙り込んでいた二人に提案してきた。二人も特に問題が無かったので、それを受け入れることにした。
「でも俺達が挨拶してなんになるんだ? 俺達別に帝国に入るつもり無いんだが」
「表向きには私の協力者ということになっていますので。一応は挨拶していただけると助かります」
「そういうもんなのか?」
「まあ体裁って大事だよな」
結局ベイル達はそれに従うことにした。しかしそのために、ベイル達は特にすることも無いまま、拘置所の一室で三時間ほど待機する羽目になった。娯楽の類も何も無かったので、おかげで二人はとても暇な時間を過ごすことになった。一方でメリーゼと他の兵士達は事後処理に追われていたのだが、余所者が公務に口を出すわけにもいかず、結局彼らは暇なままであった。
「お二人とも、お待たせしました。後任の方がいらっしゃいました」
そうしてたっぷり三時間待たされた後、ベイル達の元にメリーゼがやってきた。扉を開けてやってきた彼女の言葉を聞いて、ベイルは「やっとか」と言わんばかりに即座に席を立った。それから彼は自分の隣で机に突っ伏し、眠りこけていたベーゼスの肩を揺さぶった。
「おい、来たってよ。起きろ」
「んあ? もうか? 早いな」
「三時間くらい経ってるよ。起きろ」
ベイルの催促を受け、ベーゼスはやっと椅子から立ち上がった。そうして二人が立ったのを見た後、メリーゼは「こちらです」と言って彼らを正面入口へ誘導した。三人は途中で受付カウンターを越え、何事も無く大門の前まで到達する。既に門は開いており、そこには両脇に兵士を従えた一人の男が立っていた。
男は背が高く、細身で、眼鏡をかけていた。顔つきは鋭く、綺麗に整っており、両目には知性の光が灯っていた全体的に若々しく、まだ二十代前半と言った風体であった。
「お待たせしました」
その男は自分から一歩前に出て、メリーゼ達に挨拶した。メリーゼもすぐにそれに礼で返し、後ろにいた二人も慌ててそれに従った。それに対して男と周りの兵士も礼を行い、改めて男が口を開いた。
「私、ただいまよりこの場所の管理を任されたアドゥエーレと申します。若輩者ではありますが、どうぞよろしくお願いします」
口調は丁寧で、物腰も柔らかかった。三人の受けた第一印象はとても良いものであった。少なくとも、クロードよりはずっとまともであった。
「なんか良さそうだな」
「これは期待できそうだ」
ベイルとベーゼスは思わず頬を緩ませた。メリーゼも彼を見て、ほっと胸を撫で下ろした。
次の瞬間、三人の眼前でアドゥエーレが爆発した。
「は?」
突然のことに三人は目を点にした。そんな彼らの頬を突風が撫で、彼らの周りで土埃が舞っていく。あちこちにかつてアドゥエーレを構成していた「破片」が飛び散り、それに混じって赤い液体も周りにぶちまけられた。そして当の爆発したアドゥエーレは、両足の脛から下だけしか残っていなかった。
彼を警護していた兵士達は、その影響を一番強く受けた。彼らは飛んできた肉や血をまともに浴びた。それでもなお兵士達はその場から動かなかったが、当然ながら露骨に嫌そうな顔を見せた。
周りにいた兵士達ももちろん動転して、動きを止めてアドゥエーレの方に目を向けた。そしてそこの光景を見た何人かは、目の前の惨状に堪えられなくなってその場に崩れ落ちた。
ベイル達は崩れる余裕すらなかった。何が起きたのかわからず、ただ呆然とするだけだった。
「なんだよ。何が起きたんだよ」
「もう少しまっていてください。ちょっとすれば復活しますので」
困惑するベーゼスに、アドゥエーレの横にいた兵士の一人が答える。よく見ると、四方に散乱したアドゥエーレの「破片」が、残った両足に向かってずるずると地面を這って行っていた。
「これは何がどうなっているんだ」
その光景を見ながらベイルが呟く。散らばった赤黒い破片が次々と集まっていき、脛を這い上って足からアドゥエーレを再構成していく。
「なんだよ。なんなんだよこれ」
「いつもの事なんです。慣れてください」
アドゥエーレの護衛の一人が諦めたように呟く。この時既にアドゥエーレは腹の部分まで再生を済ませており、どういうわけか爆発前に身に着けていたズボンも元通りになっていた。
「この人一日に二回くらい爆発するんです。受け入れてください」
二人の兵士はげんなりしていた。間近でそれを見たベイル達はもっと困惑していた。
同時に三人は、こいつを一瞬でもまともだと思った自分達を心の底から軽蔑した。
「なんなんだよ、こいつ」
全然まともじゃねえじゃねえか。
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