第9話
残念なことに、三人の懸念は最悪な形で的中してしまった。
「貴様、なんてヘマをしてくれたんだ。よりにもよって、あのメリーゼに捕まるとは!」
「も、申し訳ない。俺も奴とは正面きって対峙するのは止めておこうと思ってたんだ。でもあそこに奴がいたんだ。もう心が逸って仕方なかったんだ」
「自分の感情すら制御できんのか。それでもブラックフォーチュンの戦闘員か、マヌケ!」
メリーゼが空き部屋と言っていた部屋からは、何故か人の声が聞こえてきていた。そして鍵穴から中を覗いてみると、そこにはクロードとトカゲ怪人がいた。
件のクロードに捕縛される前、ベイル達が生け捕りにしたあの怪人である。
「もうこうなっては仕方ない。奴らのことはこっちに任せておけ。全部片付いてから、お前を解放してやる。それまでは大人しく、牢屋に入っているんだな」
「本当か? 本当に助けてくれるのか?」
「やかましい! 元はと言えば、お前がどうしようもない失敗をしたのが悪いんだからな! ありがたがる前に反省しろ! 馬鹿が!」
「す、すまん! 本当に悪いと思っている! だから許してくれ!」
クロードとトカゲ怪人は、扉越しにベイル達がいることに気づいていなかった。そして彼らは気づかないまま、堂々と言葉を交わしていた。トカゲ怪人は縛られておらず五体満足であり、その上クロードに対して片膝をついた姿勢を取っていた。服従の意を示しているのは明白であった。
さらに部屋の奥の壁沿いに、あの箱頭の怪人が十何人も立っていた。彼らは背筋を伸ばして直立不動の姿勢を取ったまま、説教をするクロードとそれを甘んじて受けるトカゲ怪人の二人をじっと見つめていた。
「嘘だろ……」
「クロードと怪人が? なんで?」
一方でそれを見たベイル達は、揃って唖然とした。まさか本当にクロードが怪人と繋がっていたとは、思ってもいなかったからだ。特にこれまで副隊長として仕事をこなしてきたメリーゼは、人一倍強いショックを受けていた。
「そんな、隊長。まさか隊長が、そんな」
唇は震え、目は視線が定まらず方々へ泳ぎ回っていた。悲鳴こそ上げなかったが、彼女は鍵穴から目を離したまま微動だにしなかった。
そんなメリーゼの方に、ベイルが静かに手を置く。いきなり肩から来た感触にメリーゼが驚き、反射的にベイルを見る。それに対してベイルはじっと彼女を見つめ返し、そのまま動揺するエルフに言った。
「今がチャンスだ」
ベイルはそう言った。メリーゼとベーゼスは同時に彼を見た。
二人の視線を受けながらベイルが言った。
「奴は今、現在進行形で悪事を働いている。そして俺達には気づいていない」
「つまり?」
「油断してる。ここで飛び込んで一気に二人とも捕まえれば、そこからもっと詳しい情報が聞き出せるかもしれない。おまけに俺達の罪も、これでチャラに出来るかもしれない」
「一網打尽ってわけだ」
ベイルの言葉にベーゼスが合わせる。なるほど確かに、これは色々な意味で「おいしい」計画であった。それを理解していたベーゼスは既に彼の案に乗り気であった。
「いいね、賛成。アタシはやるぜ。あんたはどうすんだい?」
「私もやります。手伝わせてください」
そしてメリーゼも即答した。ベイルは「ヤケクソになったのではないか」と一瞬不安になったが、彼女の決意と怒りに満ちた目を見て、すぐにそれは杞憂だと悟った。
「まさか帝国の軍人ともあろう者が、その帝国を脅かす者達と結託していたとは。到底許せるものではありません。お願いします」
真摯な眼差しで訴えてくる。ベーゼスはどうするのかとベイルに注目する。
彼らが小声で話していたのもあってから、室内の連中はまだこちらに気づいてはいない。
ベイルは既に答えを用意していた。
「三人で突入しよう。一気に締め上げるんだ」
三人は一斉に室内に突撃した。それまで平然と話し込んでいたクロードとトカゲ怪人は、彼らの姿を見てあからさまに動揺した。
「き、貴様ら、何を」
「捕まえろ!」
しかしベイル達はクロードと悠長に会話する気は無かった。彼が驚愕すると同時にベイルが叫び、三人が一斉に跳びかかる。ベーゼスは奥にいた箱頭の怪人の群れに突っ込み、最初の一人に膝蹴りをかました。そうしてダウンさせた最初の怪人を両手で持ち上げ、狼狽しつつこちらを見つめる箱頭の怪人の群れにそれを投げつけた。
箱頭の怪人は一人残らず地面に倒れた。ベーゼスは手心は加えなかった。彼女は翼を広げて跳躍し、その怪人の山を頂上から両足で踏みつけた。山は頂点から大きくへこみ、骨の折れる音が幾重にも重なって響いた。
「じっとしてろ!」
踏みつけてからベーゼスが吠える。箱頭の怪人は死んだように静かになった。ベーゼスはそんな怪人の山を踏みつけたまま、勝ち誇るように咆哮した。
一方その時、ベイルはトカゲ怪人に掴みかかっていた。こちらはベイルが圧倒的優位に立っていた。彼はトカゲ怪人のパンチを受け流して後頭部を掴み、その顔面を何度も壁にぶつけていた。
「動くな! じっとしてろ!」
「わ、わかったからもうやめ」
「喋るな!」
ベイルは相手の反論を許さなかった。彼はそのまま何度も、怪人が体から力を抜くまで何度も壁に打ち付け続けた。
トカゲ怪人は、そんな今の自分の状況が理解できなかった。なぜ怪人である自分が、ただの人間に負けているのだ?
「まさか貴様、ヒーローか! 貴様もヒーローなのか?」
「ただの軍人だ」
そう言い返して、再度怪人の顔面を壁にぶつける。それがトドメとなり、トカゲ怪人は意識を失い、全身から力を抜いていった。
「もっと訓練しろ」
それから彼はそう付け加えて、追い打ちとばかりにその顔を壁にぶつけた。顔面血塗れになったトカゲ怪人は、もはや何も言えなくなっていた。
最後にメリーゼはクロードと対峙していた。そして両者が目を合わせた瞬間、勝負は終了していた。
「……!」
「弱い」
驚愕の表情を浮かべたまま氷柱の中に閉じ込められたクロードを見据え、メリーゼが残念そうに呟く。そして彼女は地面から剣を引き抜き、氷漬けにされたクロードに背を向けながら続けて言った。
「失望しました。あなたそれでも隊長ですか」
クロードはメリーゼの行動に全く反応できなかった。彼女が剣を引き抜き、地面に突き刺すのを見ても、ぴくりとも動けなかった。そして何も出来ないまま、彼は氷柱の中に閉じ込められることになった。
「だらしのない」
メリーゼは心底落胆していた。もはやクロードは眼中になく、他から見てもはっきりそれとわかるように大きく肩を落とした。その顔は冷たく、侮蔑に満ちていた。
「まあ他ももう片付いたようですし、ここまでにしておきましょうか」
それからメリーゼはそう呟き、剣を腰に戻し、表情を緩めてから既に集まっていたベイル達の元に向かった。
そこで足を絡ませ、メリーゼは盛大にこけた。
そうして彼らが怪人とクロードを叩きのめした頃には、上の階から大勢の兵士がどたどたとこちらに向かって降りてきた。ベーゼスの咆哮が彼らの耳に届き、何事かと彼らを動かしたのだ。そして彼らはそこで一人残らず潰された怪人達と、氷漬けにされていたクロードを発見した。
ついでに彼らは部屋の隅でうずくまり、涙目のままティッシュで鼻を押さえつけるメリーゼも発見した。
「これはいったい……!」
「どういうことか説明してもらおうか」
最初に踏み込んだ兵士達がそう言って、ベイルの方を見据える。ベイルは隣にいたベーゼスと視線を交わし、どうしたものかと渋い顔をした。
「どうやって話す?」
「全部正直に話した方がいいんじゃねえか?」
「私もフォローしますから……」
メリーゼが付け加え、それから盛大に鼻をかんだ。
緊張した雰囲気が台無しであった。
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