第7話

「者ども、かかれ! 皆殺しだ!」


 トカゲの怪人が叫ぶ。それを引き金に、箱頭の無個性な怪人軍団が一斉に攻めかかる。

 ベイル達は咄嗟に背中合わせに固まり、全方位から襲い掛かって来る怪人軍団に対して構えを取った。しかしベイルは素手でファイティングポーズを取ったまま、どこかに武器は落ちてないかと両目をせわしなく動かして周りを見ていた。一方のベーゼスは素手でもやる気十分であり、向かってくる怪人軍団をまっすぐ見据えていた。兵士達は当たり前のように剣と盾を構え、侵攻に備えた。


「お任せを!」


 そんな中、ベイルの眼前にメリーゼが躍り出る。彼女は周りを取り囲まれた中で、自分の正面だけをじっと見据えていた。

 何をする気だ。ベイルは一瞬不安を感じた。その彼の目の前で、メリーゼは素早く腰の細剣を引き抜いた。そして慣れた手つきで剣を振り回し、自分の眼前で縦に構える。


「馬鹿め、たった一人で何が出来る!」


 それを見たトカゲ怪人がせせら笑う。箱頭の軍団が前後左右から同時に跳びかかる。

 陣形を組んだ四人が覚悟を決める。

 ベイルの前に立つメリーゼが細剣を持つ手を百八十度捻り、一気に地面に突き刺す。


「凍れッ!」


 メリーゼが叫ぶ。

 次の瞬間、ベイルらを囲むように、地面から巨大な氷柱の群れが生えてきた。何十本という氷柱達は跳びかかって来た箱頭の怪人を一人残らず飲み込み、まとめてその中に閉じ込めた。


「……え?」


 突然の出来事に、それまで陣形を組んで迎え撃とうとしていた四人は、揃って呆然とした。トカゲ怪人も同様だった。その瞬間まで勝利を確信していたその怪人は、一瞬後に起きたそれを前にして、まさに開いた口が塞がらないと言った体であった。


「嘘だろ……」


 遠くにいたトカゲ怪人がぽつりと呟く。他四人も同じ心境だった。ただその中にあって、メリーゼだけが一人、剣を抜いて涼し気な表情を浮かべていた。


「よかった。上手く行きました」


 メリーゼが剣を抜いた直後、氷柱が崩れてあっという間に光の粒へ変わっていく。同時にそれまで中に捕らわれていた箱頭の怪人達も解放され、無防備な格好で次々地面に落ちていく。


「彼は生け捕りに! 貴重な情報源です!」


 氷の破片と怪人が落ちる中でメリーゼが叫ぶ。それを聞いた四人ははっと我に返る。同時にトカゲ怪人もそれを聞き、即座に己の不利を悟る。


「い、いかん!」


 トカゲ怪人が踵を返し、一目散に逃げ去ろうとする。同時にベイルとベーゼスも行動を起こす。

 ベーゼスが脚に力を込め、足の裏で亀裂が走る程に地面を叩いて跳躍する。ベイルが地面に落ちていた怪人の短剣を拾い上げ、それを怪人に向けて投げつける。


「ぎゃっ!」


 短剣の刃が怪人の脚に突き刺さる。怪人が悲鳴を上げ、その場に転倒する。

 その怪人の目の前にベーゼスが降り立つ。翼を折り畳み、筋肉の発達した足でトカゲ怪人の頭を踏みつける。


「降参しな。頭潰されたくなかったらな」


 怪人を見下ろしながらベーゼスが告げる。それを聞いた直後、トカゲ怪人は嘘のように大人しくなった。

 そこに残りの面々が駆け付ける。兵士達が手早くトカゲ怪人の手足を縛り、身動きを封じていく。そうして四肢を完全に縛られた後でベーゼスは足を離し、それに合わせて兵士達がトカゲ怪人の両脇に立ち、それを無理矢理起き上がらせる。


「おい、立て!」

「抵抗するな! 早くしろ!」


 トカゲ怪人は少しは抵抗したが、結局は大人しくそれに従った。それを見たベイルとベーゼスは、互いの顔を見ながら安堵の表情を浮かべた。


「これでひとまずは解決かな」

「都合良過ぎな気もするがな。いくらなんでもタイミング良過ぎだろ。まあ情報源を捕まえたってことには変わりはねえか」


 ほっとするベイルに、ベーゼスは解せないように訝しむ言葉を放った。もちろんベイルとしても気になる所ではあったので、彼女の言葉を聞いてすぐに顔を引き締めた。


「罠かもしれないってことか?」

「もしくは何か別の理由があったか、ってことだな。思わず真昼間に出てこずにはいられない程の何かがあったとかな」

「それも聞けるかな」

「聞くんじゃねえ。吐かせるのさ」


 ベーゼスが悪魔のような笑みを浮かべる。ベイルも彼女の言葉を聞いて、同じように意地の悪い笑みを浮かべる。対象に容赦しないという点において、二人の意見は一致していた。

 それから二人は、思い出したようにメリーゼの方に目を向けた。彼らの中で唯一、彼女だけが最初の一から動かずにいなかった。何か起きたのかと思ってメリーゼを見た二人は、その後すぐにどう反応していいかわからない微妙な表情をした。


「す、すいません。どなたか助けていただけると助かるのですが……」


 メリーゼは元いた場所で、うつ伏せに転んでいた。そのうえ、それまで地面に転がっていたはずの箱頭の怪人五人の下敷きになっていた。手足も怪人達の下にすっぽり入ってしまっており、おまけに彼女の細剣はメリーゼ本人から遠い位置に転がっていた。

 何をどうやったらそうなるんだ。


「お願いします。助けてください……」


 涙目になりながらメリーゼが訴える。ベイルとベーゼス、ついで彼女に気づいた兵士達の四人は、揃って呆然とした。


「いつもこうなのか」

「残念ながら。許してくれ」


 ベイルの呟きに兵士が答える。余所者二人はもう何も言えなかった。

 

 

 

 

 それから彼らはメリーゼを救出し、箱頭の怪人共の捕縛は哨戒任務に当たっていた他の兵士達に任せ、自分達はトカゲ怪人を連れて作戦本部である件の拘置所へ戻ることにした。その道中、ベイルら余所者はなぜここでエルフであるメリーゼが副隊長というポジションにつけたのかという疑問を口にした。


「実力を認められて、今の地位につけたんですよ」


 メリーゼはその問いに対し、そう答えた。グリディアでは種族性別年齢問わず、それ相応の力を持っていれば誰でも高い地位につけるのが特徴であった。メリーゼ自身も西の大国家「アリューレ連邦」の出身であり、ここには単に一人暮らしがしたかったから来たのだと話した。


「最初は出世しようって気持ちは無かったんです。ただいい歳になったんだから、自立して故郷を離れて、一人で生きてみようって思ってたんです。その時偶然、グリディアの方で兵士を募集してるって話が来て、ちょうどいい機会だから受けてみようって思ったんです。私、出来ることと言ったら剣を振ることくらいしかありませんでしたし」

「アリューレ連邦でも兵士の募集はしてなかったのか?」

「もちろんしてました。でもアリューレの場合はグリディアと違って、種族ごとで軍を結成する決まりになっていたんです。エルフ領の軍はエルフだけ、コボルド領の軍はコボルドだけ、みたいな感じです。そして各種族の軍はあまり干渉しあわず、あくまでも自分の領土での揉め事を解決するために存在しているんです」

「他の種族の所で問題が起きても、自分達は関与しない?」

「そうです。むしろ種族間で馬の合わないところや、はっきり仲の悪いところもありますから、下手に他所の問題に首を突っ込んだら、そこからさらに深刻な問題が発生するかもしれないんです」


 他種族連合国家の弊害、というものであろうか。アリューレは表向きは国家の体裁を保っているが、実際は一枚岩とは言い切れない状況であった。


「ですから私は、アリューレの軍はなんと言うか、息苦しい場所だなって思ってたんです。そこにグリディアの募集が来たので、そっちを受けてみようと思いまして」

「そういう理由だったのか」

「そうなんです。でもさっき言った通り、最初から出世する気でグリディアに来たんじゃないんです。一生兵卒のままでも良かったくらいなんですよ。でもグリディアの方で君には実力がある、って言われて、そこで力を認められて、この地域で特殊作戦部隊の副隊長を任されるようになったんです」


 メリーゼは自慢するでもなく、淡々とこれまでの自分の経緯を語って聞かせた。それを聞いたベイルは感心し、ベーゼスは驚いたように口笛を吹いた。


「やるじゃねえか。一兵卒から特殊部隊の副隊長なんて、そうそうなれるもんじゃないぜ」

「そんな、全然ですよ。それに特殊部隊って言っても、要はこの地域で増大したブラックフォーチュンの被害を抑えるため臨時に組まれた急ごしらえの部隊なんですから。立派なのは肩書だけ。権限は正規軍よりずっと下です」


 メリーゼはどこまでも謙虚だった。ベイルはそこに好感を覚えた。一方でベーゼスはその煮え切らない態度を見て、面白くなさそうに渋い顔を浮かべた。

 そしてそこまで話したところで、彼らは件の拘置所へ到着した。彼らが着くと同時に正門が音を立てて開いていき、そこから護衛の兵を引き連れてクロードがやってきた。


「エヘン、オホン。お前達、よくやったな」


 相変わらず偉そうな態度だった。大仰に咳払いをした後、彼は胸を張ってそう言った。ベーゼスはそんな彼を睨みつけたが、彼女の鱗で覆われた腕をベイルがしっかりと掴んだ。そのおかげか、半竜人が突撃することは無かった。


「その怪人は牢屋にぶち込んでおけ。縄は解くなよ? 何をするかわからんからな」


 一方でクロードは意識してベーゼスを視界から外しながら、慣れた手つきで指示を飛ばす。トカゲ怪人を押さえつけていた兵士二人は素直にそれに従い、引きずるようにして怪人を牢屋へ送っていった。

 それからクロードはベイルを見て、威張り過ぎて若干上ずった声で彼に言った。


「ところで君、外出許可証は持っているのかね? ちゃんと申請はしたのかね?」

「許可証? ああ、これか」


 問われたベイルは懐から外出許可証を取り出してみせた。クロードはそれを見て満足したように頷き、続けて彼に言った。


「結構。ではそれをこちらに。もう外に出る必要は無かろう」

「ああ、まあそうだな」


 怪人はもう捕まえた。特にもうすることも無い。ベイルは大人しく、許可証をクロードに渡した。

 クロードがそれを受け取る。さらにクロードはそれを、横にいた護衛兵に手渡した。

 そして屈強な鎧を纏い、背中に両手斧を担いだその漆黒の兵士は、受け取った許可証を素手で引き裂いた。


「え?」


 一瞬、その兵士が何をしたのか理解できなかった。しかしベイル達がその行動を理解した直後、クロードが大声で叫んだ。


「貴様! 許可証も持たずに外に出るとはどういうことだ! 仮釈放してやった恩を忘れたのか!」

「は、え?」

「貴様らのような恩知らずは見たことが無い! クズめ! おいお前達! こいつらも牢屋にぶち込んでおけ!」


 ベイルとベーゼス、そしてメリーゼの三人は、クロードの言葉と今の自分達の状況を理解するのに数秒かかった。そして全てを悟った時には、護衛の兵は既に許可証を粉々になるまで破り捨てていた。

 それを外出許可証と言い切るのは、もはや不可能だった。


「汚えぞ! どういうつもりだテメエ!」


 全てを察したベーゼスが真っ先に食って掛かる。 ベイルも続けてクロードに物言いをぶつける。


「どういうつもりだ! それが軍人のやることか! ああ!?」

「クロード隊長! いくらなんでもこれは横暴です! 撤回を要求します!」


 さらにメリーゼも憤慨し、彼に怒声を叩き込む。三人からの怒りの言葉を受けたクロードはあからさまに慄き、額から汗を流しつつ一歩後ろに退いた。しかしそこで踏み止まり、負けじと言い返した。


「黙れ黙れ! ここ一番偉いのは私だ! 私がここの支配者なのだ! お前らのクビなど、私の一声で簡単に飛ばせるんだぞ!」

「なんだと……」

「おい兵士共! 何をグズグズしている! さっさとこいつらを逮捕しろ! 隊長を侮辱したメリーゼもだ!」

「そんな!」


 クロードの横暴は止まることを知らなかった。彼の怒りの矛先はメリーゼにまで向けられた。そしてさらに悪いことに、拘置所の兵士達は全員クロードの側についた。

 言葉通り、彼らのクビはクロードが握っていたのだ。


「おい! 大人しくしろ!」

「動くな! この場で殺されたいか!」


 兵士達が寄ってたかって三人を拘束する。彼らはメリーゼにも容赦しなかった。三人はもちろん抵抗したが、数の暴力には敵わず、最後は全員が四肢を縛り上げられる格好となった。


「クソが……ッ」

「くっ……」

「……」

「いい様だな」


 そうして縛られ、地面に転がされた三人を見下ろしながら、クロードが下卑た笑みを浮かべる。勝利を確信した嫌らしい笑みだった。さらにクロードはついでとばかりにベイルの腹をけりつけ、続けざまに周りの兵士に命令した。


「もう顔も見たくない。連れてけ!」


 兵士達はどこまでも従順だった。統率された動きで三人を持ち上げ、牢屋へ運んでいく。ベイルもベーゼスもメリーゼも、何も言わず、されるがままであった。

 抵抗するのも馬鹿馬鹿しくなるくらい、今の状況がただの質の悪いジョークにしか見えなかったからだ。


「殺してやる! 首洗って待ってやがれ!」


 しかしベーゼスは兵士に担がれながらも、悪態をつくのを忘れなかった。そう言われたクロードはそそくさと背を向け、護衛の兵を引き連れて彼らとは反対方向に歩いていった。本当に顔も見たくないといった風であった。

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