第6話
クロードが何も教えてくれなかったので、二人は自力で件の「副隊長」とやらを探し出さなければならなくなった。これは非常に骨の折れる作業であったが、方々を歩き回ってそこにいる人物に片っ端から聞いて回ったため、この施設の構造と、どこで誰が働いているのかを把握する事が出来たりもした。
おかげで二人は一瞬、クロードはこれを狙ってわざと何も言わずに帰ったのではないかと推測したりもした。しかし一瞬そう考えて、やはりそれはないだろうと同時に結論づけた。
「あいつがそこまで考えて動くタマには見えねえな」
「お前もそう思うか?」
「なんだ、ベイルも同じ意見かよ」
出自の異なる二人の価値観の中において、あの隊長の地位は共通してどこまでも低い位置にあった。彼らはそんな互いの気持ちを確認した後、再び当てもない捜索作業を続行した。
結果から言うと、彼らが副隊長を見つけたのは、中庭を出てたっぷり四十分かかった後のことだった。目的の人物はその拘置所兼兵士詰め所から離れたところにある小村におり、そこで定期哨戒任務を行っていた。ベイル達はそこに行こうとしたが、受付の人間が外出許可証を出してくれるのにたっぷり十分かかった。ちなみに副隊長がここまで帰って来るのは、今から三時間後であるとの話だった。
「そんなに待てるか。お前らが何を言おうと、アタシは行かせてもらうぜ。さっさと許可証出しな!」
ベイルとしては待っても良かったのだが、ベーゼスは彼ほど気の長いタイプではなかった。彼女は自分が仮釈放の身分であることも忘れ、テーブル越しに受付の胸倉を掴んで至近距離から睨みつけた。その受付の男は兵士にふさわしく屈強な体躯をしていたが、そんな彼でも、零距離から睨みつけてくる竜の眼差しには勝てなかった。周りにいた兵士達も、彼女の発する剣呑な雰囲気にたじろぎ、加勢することが出来ずにいた。
結局、この場は半竜人の勝利という形で幕を収めた。しかし受付の男もただでは引き下がらなかった。彼は掴みかかられたまま、眼前の半竜人を見返しながら口を開く。
「わ、わかった。許可証を出す。だがその代わりに、監視役の兵士もつけさせてもらうぞ。手枷足枷はつけないが、武器の類も供与しない。それでいいな?」
「別にいいぜ。最初からそうしてくれりゃいいんだよ」
そんな提示した条件を、ベーゼスは素直に受け入れた。それから彼女は静かに手を離し、解放された受付の男は安堵しながら元いた席に座りなおした。そして受付の男は解放されると同時に急いでテーブルの下から許可証を取り出し、そこに自分の名前を記していく。
「おい、そこのお前とお前。今からこいつらを見張るんだ。少しでも怪しい動きをしたら、すぐにしょっぴけ。いいな?」
受付の男はさらに、近くにいた兵士達を二人指さし、彼らに臨時の任務を与えた。巻き添えを食らった兵士は二人とも嫌そうに顔を歪めたが、それでも渋々その命に従った。そうする間に許可証も完成し、受付の男はベイルにそれを差し出した。
「絶対に手放すなよ。それを持ってない状態で外にいたら、またすぐに牢屋行きだからな」
男はその時、念を押すようにベイルに言った。ベイルもまた、神妙な面持ちで首を縦に振った。それから彼ら二人を挟み込むように件の兵士二人が両側につき、その四人組は目的の村へと向かうことになった。
そこから村へは、歩いて十分ほどで到着した。当然ながら馬は貸してくれなかった。そうして徒歩でようやく辿り着いたベイルがそこで見たのは、思っていたよりもずっと平凡な、こぢんまりとした村だった。
「なんか、普通だな」
「どこが?」
「いや、もっとファンタジーなものを期待してたから」
木材で作られた数十の民家が寄り添うように集まり、その周りには田畑が不規則に並んでいた。民家群の中心部はちょっとした広場になっており、その中央には噴水が置かれていた。舗装されていない通りには街灯が建てられ、そしてその通りを村人たちがせわしなく行き来していた。
神秘性も何もない、何の変哲もない普通の「村」だった。違和感を覚えるところと言ったら、外の世界は既に二十一世紀を迎えているというのに、ここでは未だに木材と石材で家が作られていることくらいでった。
しかし素材が鉄筋コンクリートから木と石に変わった程度で、大した驚きは生まれなかった。もっと特別な、異界じみた要素を期待していたベイルは、少し肩透かしを食らった。しかしベーゼスは彼の言い分が理解できず、首をかしげるだけだった。
「おい二人とも、あそこにいるのが目的の人だぞ」
その時、唐突に兵士の一人がある方を指さして言った。彼は畑の一つを指さしており、そこに彼の言う「目的の人」が立っていた。
それは一目見て場違いな人物とわかる人間であった。質素な皮製の服を身に着けていた他の村民の中に混じって、その人物は汚れ一つない純白の鎧を身に纏っていた。腰には細身の剣を提げ、頭の上半分だけを覆う兜の両側には小振りの羽があしらわれていた。そして兜の下から、長い耳が水平に飛び出していた。
「あれがうちの副隊長だ。粗相のないようにな」
兵士の忠告を受けながら、四人が近づく。向こうもこちらの気配に気づき、ゆっくりとこちらを振り返る。
女性だった。白い肌に青い瞳。細い眉。小さすぎず、それでいてしっかり形の整った鼻と唇。それら全てが、見る者すべてに大人びた印象を与えていた。ベイルは思わず息をのみ、それを茶化すようにベーゼスが彼のわき腹を小突く。
「どちら様ですか?」
白い女性が問いかける。ベイルの横にいた兵士が代わりに答える。
「はっ。こちら、新たに討伐作戦に編入されることになった新入り達です。色々と複雑な経緯があるのですが、それについては彼らから話を聞いてください」
兵士は説明をこちらに丸投げした。そして兵士の話を聞いた女性は、「まあ、新しく来た方ですか?」と子供のように目を輝かせた。
「はじめまして。私、今回のブラックフォーチュン討伐作戦の陣頭指揮を務めております、討伐部隊副隊長のメリーゼと申します。以後よろしくお願いしますね、新入りさん」
そして子供のような明るい声で、メリーゼと名乗った女性はベイル達を歓迎した。例の隊長と違って、とてもフレンドリーな態度であった。
これは期待できるかもしれない。見てくれで人を判断するのは愚策と知っていてなお、ベイルとベーゼスはそう思わずにはいられなかった。そして眼前の二人がそんなことを考えているとは露知らず、メリーゼはとても嬉しそうな声で言葉を続けた。
「それではまず、今の状況をお話ししますので、どこか話しやすい場所に向かい――」
しかしそこまで話しながらベイル達の元に近づこうとした直後、メリーゼは足を絡ませて盛大にこけた。顔から地面に激突し、土埃と激突音を勢いよくまき散らした。それまで周りで談笑したり仕事をしたりしていた者達がその音に気づき、一斉にこちらを向いた。
メリーゼが顔を上げたのはその直後だった。
「え、えへへ」
彼女はまず、失態を誤魔化すように笑みを浮かべた。そして何事もなかったようにそそくさと立ち上がり、顔についた土を手で払いながら自信満々な笑みを浮かべた。
「さ、さあ行きましょう! 近くにちょうどいい空き地がありますので、そこでお話ししましょう!」
「いや、でもさっきこけたのは大丈夫」
「行きましょう! さあ行きましょう! 時間は待ってはくれませんよ!」
失態を隠すかのようにメリーゼがまくしたてる。エルフの雪のように白い顔は真っ赤にのぼせ上がり、彼女はそのままベイルの気遣いも無視して一人で歩き始めた。
「ぎゃん!」
そして早歩きで四人を追い越した直後、メリーゼはまたも足を絡ませてその場で転倒した。両手を前に投げ出し、顔から地面に激突する。それは見事な転びっぷりであった。
「……」
「まただよ」
ベイルとベーゼスは呆れた顔を浮かべ、兵士が困った口調で漏らす。
ああ、この人はこういう調子なのか。初めてメリーゼと会った二人は、ここにきて彼女の個性の一つを理解したのだった。
メリーゼと合流した四人組は、その後村から離れた所にある人気のない空き地に移動した。そこで彼ら、特にベイルとベーゼスの二人は、メリーゼに軽い自己紹介を行った。
そして彼らは次に、自分達がなぜここにいるのかについても簡単に説明した。監視役の兵士達は特に何も言わず、彼らの説明を黙って聞いていた。ベイルの説明に虚偽や誇張は含まれていなかったからだ。
「なるほど。それで汚名を晴らすために、私達に協力してくださるのですね」
それを聞いたメリーゼは、即座に納得してみせた。そしてメリーゼは疑いや嫌悪の眼差しは全く見せず、そっと手を差し出しながら彼らに言った。
「それではこれから、よろしくお願いしますね。一緒に頑張って、ここを悪の手から守っていきましょう!」
「お、おう」
二人は面食らった。ここまで明るい調子で来られるとは思わなかったからだ。この女は人を疑うと言う事を知らないのだろうか?
「あんた、何とも思わないのか? こっちは本当に犯人かもしれないんだぞ?」
「それはあり得ません。私にはわかるんです。あなた方は単に濡れ衣を着せられているだけで、本当は悪とは無縁のいい人達なんだと。あなた方は心の綺麗な方々なのだと、何よりもあなた方の目が語っている。私にはわかるのです」
メリーゼは目を輝かせ、確信めいた口調で言ってのけた。邪念や打算とは無縁の、背後から後光が差し込んでもおかしくないような純粋無垢ぶりである。
ベイルとベーゼスは開いた口が塞がらなかった。こいつ頭お花畑なんじゃないか。人を疑わないその姿勢を、逆に彼らが疑う羽目になった。
「お前、いつもこんな調子なのか」
「どういう意味ですか? 私はいつも通りですが?」
「お人好しにも程があるって意味だよ。もう少し改善したほうがいいぜ」
「何を言うのです。私の直感に狂いはありません。あなた方は悪人ではないと、私の心がそう告げているのです」
「もういい。わかった。本題入ろうぜ」
しかしまったくぶれないメリーゼに対し、ベーゼスが先に折れた。彼女は追及を諦め、「こいつは素でこういう奴なんだろう」と結論を下すことにした。一方でメリーゼも「そうですね」と親しみのある口調で返し、続けて彼らに対して説明を開始した。
「まず最初に言いますと、進展はまったくありません。ブラックフォーチュンの方々がどこから来て、どこを標的としているのか。何を優先して襲うのか。全くわかっていないのです。自分達の足取りに繋がるような痕跡も殆ど残さないので、お手上げと言うほかありません」
「だから我々は、せめて奴らから受ける被害を最小限に抑えるために、こうして各地を哨戒して回っているのだ」
「もちろん根本的な解決策にはなっていない。だが、有力な手掛かりが得られるまで、我々に出来るのはこれくらいしかないのだ」
メリーゼに続けて兵士達が補足するように言った。三人とも深刻そうな面持ちで、その表情は今彼らのおかれている状況がどれだけ絶望的かを端的に表していた。
「つまり俺達に出来るのは、見回りの協力くらいなのか?」
そんな彼らに、ベイルが問いかける。帝国側の三人は無言を貫いたが、結局それが何よりの回答であった。
「なんか歯がゆいな。他にどうしようもないのかよ?」
「敵の行動パターンが全く読めないのだ。神出鬼没と言ってもいい。言い訳に聞こえるかもしれんが、本当にやりようがないのだ」
ベーゼスの言い分に兵士が歯切れの悪い答えを返す。本当に忌々しげに言ってきたので、ベーゼスはそれ以上何も言えなかった。そして彼女を見ながらメリーゼが言った。
「それに彼らも、中々に狡猾なのです。私がいる所には決して手を出さず、他の手薄な所の、特に警備の緩くなった隙をついて、一方的に攻撃を仕掛けていく。そして必要以上の破壊はせず、食糧や金品といったものを奪えるだけ奪って消えていく。まさに嵐です」
「ムカつくくらい知恵の回る連中だな」
「だがもしそうなら、俺達とメリーゼは別れて行動したほうがよさそうだな。奴らはメリーゼたちの実力は知っているが、俺達のことは知らない。そこに付け入る隙がある」
メリーゼの言葉を聞いてベーゼスが憤る一方、ベイルが一つ提案をする。それまで思い思いに怒りを見せていた面々は、そこで一斉にベイルに食いついた。
「なるほど。さすがの彼らも、新入りの実力は知りようがないということですね」
「そこでのこのこ油断して、お前らの所にやって来るかもしれないってことか」
「けど、お前ら強いのか? 俺達もお前らがどれだけ強いのか、全然知らんぞ」
「任せときな。アタシは見ての通りドラゴニュートだ。荒事には結構自信があるんだぜ」
最初にメリーゼが口を開き、続けて兵士達が意見を述べる。そして最後の兵士に対し、ベーゼスが胸を張って自信ありげに言ってみせる。ベイルは自分の意見が肯定的に受け入れられたことに気を良くし、冗談交じりな台詞を吐いた。
「まあ、本当は今この場で来てくれた方が一番楽なんだけどな。色々手間が省けるし」
「まさか、さすがにそんなことはありませんよ。彼らはそこまで馬鹿ではありません」
ベイルの冗談に、メリーゼが笑いながら返す。ベーゼスと兵士も呆れながら、それでもそれぞれ笑みを浮かべた。
「見つけたぞ! 奴だ!」
遠くから声が聞こえてきたのはその直後だった。声のする方に五人が目を向けると、そこには怪人が立っていた。
「まさかこんなところで本命に会えるとはな。なんという幸運! ここで八つ裂きにしてやる!」
体の各所を灰褐色の鱗で覆い、腰にベルトを巻き、トカゲの頭を持ったその怪人は、ベイル達を見ながらそう騒ぎ立てた。怪人は明らかに敵意を剥き出しにしており、友好的とは程遠い雰囲気を放っていた。
「お前たち! 奴を逃がすな! 徹底的にたたきのめせ!」
さらに怪人がそう叫ぶと、それを合図に地面の下から別の怪人達が姿を現す。それは先のトカゲ頭の怪人と異なり、全員が同じ格好をしていた。彼らは一様に頭に四角く黒い箱のようなものを被り、没個性的な黒い全身タイツを着込んでいた。
一応タイツには白いまだら模様が刻まれ、全身を覆う模様はすべて異なっていた。しかし個性と呼べるものはそれくらいしか無く、手にした武器も同じ形をした短剣だけであった。
「キー!」
「キキーッ! キーッ!」
そして彼らもまた、ベイル達に敵意を向けていた。彼らはベイル達を遠巻きに包囲し、短剣を振り回したり言葉にならない声を上げて思い思いに威嚇した。そしてトカゲ怪人もまたその包囲の輪の中に加わり、腕組みをしながらベイル達に告げた。
「貴様たち、楽に死ねると思うなよ。ここで我らに出会った不運を呪うのだな」
そこまで言って、不敵な笑い声を上げる。周りの無個性な怪人達も、それに合わせて奇声めいた笑い声をあげる。彼の言う通り、逃げ場はどこにも無かった。
まさか本当に来るとは。ベイルはまず最初に驚き、そして次に、自分が武器を持っていないことに気づいて背筋が凍り付いた。
「さあ、かかれ!」
そんなベイルの動揺を無視して、トカゲ怪人が命令を出す。それに答えるように、取り巻きの箱被り怪人達が一斉にベイル達に向かって突撃する。
展開は無情であった。
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