第5話
ベイルとベーゼスはその後、大勢の兵士に囲まれて馬車に引きずり込まれ、そこからある施設へと連行された。そこは都市から離れたところにある小さな建物で、壁と天井を石材で構成された無骨な場所だった。なお彼らを港まで連れてきた運び屋は、身分証明を兼ねた通行許可証を持っていたのでお咎めなしとなった。
ベイルはそんなもの持ってなかったし、ベーゼスは自分の身分証明証を忘れてきてしまっていた。そういうわけで、彼ら二人は兵士達の言うがまま、ここまで来た次第である。
「ここは仮の牢屋みたいなところだ。軽い犯罪をした奴とか、衛兵が怪しいと思った奴とかはとりあえずここに入れて、それからどうするかをここで決めるんだ。大きな刑務所にぶち込むか、罰金を払わせて釈放するか、それとも即刻処刑するか、みたいな感じでな」
そして馬車から降り、大勢の兵士に囲まれながら、ベーゼスは横にいるベイルにそう説明した。彼らの眼前では正面の鉄門が音を立てて開いていき、ベイルはそれを見ながらベーゼスに尋ねた。
「重い犯罪をした奴は? ここに送られない奴はどうなるんだ?」
「その場で切り殺される。町や村を巡回している兵士共は、基本的に重犯罪を犯した奴はその場で殺害してもいいって許可をいただいているのさ」
「さあ、歩け」
ベーゼスがそれに答えた直後、後ろの兵士の一人が彼らの背を軽く小突く。ベイルは反射的に後ろを振り向き、少しむっとした表情を浮かべたが、結局は素直にそれに従った。ベーゼスの方は何も反応せず、澄まし顔のまま歩いていった。
門の先には石造りの広間があった。中央には円柱がそびえ立ち、ドーナツ状のテーブルがそれを囲むように配置されていた。奥の左右には下階に続く階段が伸び、部屋の上には明り取り用の窓が規則的に置かれていた。
「そいつらは何者だ?」
「先程捕らえた者達だ。港の漁師から、水中から何かが上がって来るという通報を受け、現場に急行したところ、この者達を見つけたのだ。武器は持っておらず、また身分を示す類の物も所持していなかったので、ここまで連行してきたというわけだ」
テーブルの前に腰かけていた男が、兵士の代表と話を交わす。それから男はクリップボードに挟まれた紙に何かを書き始め、そしてその手を動かしたまま兵士に尋ねた。
「尋問室は開いているぞ。どうする、お前達の誰かが、そいつらを尋問するか? 専門の奴に任せてもいいが」
「こ奴らは我々がひっ捕らえた。我々で面倒を見る。それでいいな?」
「わかった。ではここにサインを」
男がそう言ってクリップボードを差し出す。兵士はそれを受け取り、その下部に自身の名前を書き込む。
「使用時間は一時間。それ以上使いたければ、施設長の許可をもらうように。いいな?」
「わかっている」
「それから、必要以上に相手を痛めつけることも禁止だ。お前は法を遵守する存在であると言う事を忘れるなよ」
「当然だ。俺は拷問がしたくてこいつらをここまで連れてきたわけじゃないんだからな」
「結構」
名前をサインしたそれをテーブルの上に置きながら、兵士が答える。それを手に取り、サインを確認しながら男が頷く。それから男はボードを受け取ると同時に鍵をテーブルの上に置き、兵士はその鍵を受け取りながら取り巻きの兵士に手で合図する。それを見た兵士達は無言でベイル達から離れていき、ぞろぞろと鉄門を開けて外に出ていった。
後にはベイルとベーゼス、それからそれまで受付の男と話していた兵士だけが残った。
「随分きっちりしてるんだな」
そしてそんなやり取りを見ていたベイルが、唐突に呟いた。ベーゼスはそれに反応して彼の方を向き、意地の悪い笑みを浮かべながら彼に言った。
「もっと野蛮な連中だと思ってたか?」
「なんていうか、見てくれがあんまり先進的で無かったんでな。中世の未熟な文化みたいな印象があった」
「なんだそりゃ。意味わかんねえな」
「お前達、そこまでだ。俺の後についてこい。余計なことは考えるんじゃないぞ」
そこで兵士が彼らに催促する。二人は会話を中断し、兵士に従うことにした。
連れてこられたのは小さな部屋だった。窓と照明、あとは窓と机と椅子だけという、最低限のものしか置いてない殺風景な場所だった。
彼らはまず、そこで名前を言うように言われた。
「H? これはなんだ? 何かの略か?」
その最中、尋問を担当していた兵士が唐突に声を上げる。ベイルのフルネームに混じっていたアルファベットに反応したのだ。兵士はそれから視線で答えを促し、ベイルは抵抗することなく口を開いた。
「早坂のHだよ」
「ハヤサカ? まさかお前、日本人なのか?」
「いや、ハーフだ。父がアメリカ人で、母が日本人だ」
ベイルの発言に、兵士だけでなくベーゼスも驚いた。そしてその驚きを隠さないまま、横からベーゼスが尋ねてきた。
「どういうことだよ。お前半分日本人の癖になんで日本にいないんだよ?」
「二十年くらい前に日本を離れてアメリカに移ったんだよ。ここに来たのは里帰りの意味もあるんだ。家族にも会いたかったしな」
「アメリカ? 外の世界にある国か?」
「そうだ」
「なんで外に出たんだよ。出稼ぎか?」
「……そんなところだな」
「おい、質問しているのはこっちだ。勝手に話を進めるな」
自分勝手なベーゼスに、兵士が釘を刺す。ベーゼスはすぐに兵士の方を向き、「はいはい」とふてくされた調子で答える。兵士は明らかに不愉快そうに顔を歪め、それでも先程のベイルの話はちゃっかり調書に書き込んでいった。
一方でベイルは、ベーゼスから日本を離れた理由を聞かれてからずっと渋い顔を浮かべていた。
「まあいい。次の質問だ。なぜお前達はここに来たんだ?」
そして兵士が次の質問に移る。二人は正直に本当のことを言った。
「俺は外の世界からここに来たんだ。日本の今の状況を調べて、向こうの世界に教える。その情報収集のためにここを訪れたんだ」
「アタシはそんなベイルの用心棒だ。こいつ、こっちの世界に来たばっかみたいだしな。山賊なり追い剥ぎなりに襲われないよう、ここまで一緒についてきたって訳さ」
「ふうむ……」
しかし兵士は疑念を拭いきれない様子であった。なおも渋い顔を見せる兵士に対し、ベーゼスが若干イラついた口調で言った。
「おい、まだ疑ってんのかよ。アタシらは嘘なんかついてねえよ」
「だが、それが事実だという証拠もないだろう。まだ全面的に信用することはできん」
「なんだと?」
苛立たしげに立ち上がろうとするベーゼスの腕を掴んで、ベイルが制止する。腕を掴まれる感触を知ったベーゼスは驚き、咄嗟にベイルの方を向く。そして真剣な顔でこちらを見てくるベイルを視界に納め、彼の顔を見つめ返す。
折れたのはベーゼスの方だった。数秒の睨みあいの末、彼女は体から力を抜いて椅子に座りなおした。表情はなおも面白くなさそうにつんけんしていたが、ベイルは彼女が落ち着きを取り戻したことにひとまず安堵した。
「随分心配性なんだな。何か、そこまで心配する理由でもあるのか?」
そしてそのまま、ベイルが兵士に問いかける。向こうから質問されたことに兵士は面白くなさそうな顔をしたが、それでも彼はしぶしぶ回答した。
「最近、この領内で襲撃事件が多発している。場所も時間もランダムで、いつどこが襲われるかわかったものじゃない」
「その襲撃事件っていうのは、誰が仕掛けてきてるんだ?」
「ブラックフォーチュンとかいうふざけた連中だ。奴らのおかげで、我々は二十四時間厳戒態勢を敷く羽目になっている。全く忌々しいことだ」
「じゃあ俺達を捕まえたのは、俺達がそのブラックフォーチュンの一味かもしれないと思ったからか」
「そうだ。身分証明証も持たずに来たお前達を疑わない理由はどこにも無いからな」
兵士は臆することなく肯定した。あらぬ嫌疑をかけられたベーゼスは怒りを露わにしたが、そんな彼女の腕を掴んで抑えながらベイルが言った。
「俺達の疑いを晴らすにはどうすればいい?」
「ほとぼりが冷めるまでここにいてもらうのが一番だな。牢屋の中でじっとしていれば、その内お前達が共犯者だと思う者もいなくなるだろう」
「いつまで待てばいいんだよそれ? 何年か? 何十年か?」
ベーゼスが噛みつく。兵士は腕を組んだまま何も言わなかった。ベイルもまた無言を貫いたが、心の中ではその兵士に対して不信感を募らせていっていた。
無実の罪でそんな長い間牢屋に入れられてたまるか。彼は何か他の案が無いか、必死に頭を回転させた。
「なら、アタシらにもその退治の手伝いをさせてくれよ」
その時、唐突にベーゼスが提案した。ベイルと兵士は揃って驚き、同時に彼女を見た。
「どういう意味だ」
「そのままの意味だよ。アタシらがあんた達に協力して、その襲ってくるフォーチュン共を倒してやるって言ってんだよ。そうすりゃ、この件も解決するし、アタシらの疑いも晴れる。どっちにとってもうまい話だろ?」
怪訝な顔をする兵士に向けてベーゼスが説明する。兵士はまだ渋い顔を見せていたが、その兵士にベーゼスが追い打ちをかける。
「失望はさせない。もちろん金とかももらうつもりは無い。アタシもベイルも、ただ今の状況から抜け出したいだけなんだ。怪しい動きをしたらすぐに捕まえてくれてもいい。チャンスをくれたってバチは当たらないんじゃないか?」
「……」
兵士は無言を貫いた。神妙な面持ちのまま、うんともすんとも言わなかった。ベーゼスは黙って兵士を見つめ、ベイルはどうなることかと固唾を飲んで見守った。
やがて兵士が先に動いた。彼は「少し待ってろ」と言って席を立ち、ドアを開けて外に出ていった。丁寧に鍵をかける音が聞こえた後、ベイルはベーゼスの方を見て問いかけた。
「勝算はあるのか?」
「カマかけてみただけだよ」
最初からダメ元で頼んでみただけ。ベーゼスはそう言った。ノープランだったことを知ったベイルは微妙な表情になり、一方でベーゼスは手ごたえを感じたように不敵な笑みを浮かべた。
「でもこいつは、当たりかもしれねえな」
「どうしてわかる」
「アタシの話を聞いた後のあいつの顔、かなり深刻そうだったからな。必要が無かったら、それこそ真顔でふざけるなとか言えばいいのに。あいつは黙ったままだった」
「余所者の手助けが欲しいくらい切迫してるってことかな」
「負け続きで追い詰められてるか、それとも単純に人手が足りてないか。いずれにしても、これはチャンスだ」
ベーゼスがニヤリと笑う。一方のベイルは、人の弱みに付け込むようで気が引けた。ベイルが正直にそれを話すと、ベーゼスは彼を鼻で笑った。
「優等生ぶるのはやめな。こっちで長生きしたかったら、したたかになれ。自分の弱点は晒さず、相手の見せる弱点を徹底的に突いてやるんだ。でなきゃ、お前食われるぜ」
ベイルは何も言わずに頷いた。ベーゼスもそれ以上は何も言わなかった。
兵士が戻って来たのは、そのすぐ後の事だった。
結論から言えば、二人は条件付きで釈放されることになった。釈放の条件とはこの辺りを脅かしているブラックフォーチュンの撃退。それまでは彼らは仮釈放の身であり、作戦遂行以外の目的でこの拘留所から出ることを禁じられた。
目的を果たし、身の潔白を証明することで、初めて彼らは本当の意味で自由の身となれるのであった。
「まさか上手くいくとは思わなかったぜ」
しかしベーゼスとベイルは上機嫌であった。自由になれるチャンスを手に入れることが出来たのだ。可能性がゼロであるよりはよっぽどマシである。
「だが、難しいのはこれからだ。どうやってブラックフォーチュンを見つけて追い出す?」
「それは今から考えりゃいいさ。まずは情報が欲しいな。何もない状況から攻略法作れってのは無理だぜ」
尋問室から中庭に連れてこられた二人は、その道中でそう話し合った。彼らは中庭で、今現在ブラックフォーチュン討伐作戦の指揮を務めている人物と会う手筈になっていた。しかし二人と監視役の兵士が中庭に到着しても、その目的の人物はどこにも見えなかった。
いないのか? ベイル達は辺りを見回した。隣にいた兵士はうんざりした顔をした。そしてそのまま、無駄に十分が過ぎた。
「えっへん、おっほん」
十分後、奥から一人の男が近づいてきた。口元に綺麗に整えられた髭を備えたその男は、両脇に屈強な兵士を引き連れ、大仰な咳払いと歩き方を伴ってベイル達の元へとやって来た。
「えー、私がここでブラックフォーチュン撃退作戦の指揮を執っている、クロード・フォン・デル・マルカイトである。我が隊に入る以上、お前達はいかなる場合においても私の命令に従ってもらう。文句は許さん! いいな?」
無駄に胸を張り、精一杯見下ろすような格好を取りながら、クロードが強気の口調で告げる。一瞬ベーゼスと目が合い、彼女の睨み顔を見たクロードは逃げるように視線を逸らす。
「以上! では私は自室に帰らせてもらう。余所者、せいぜい私を失望させんようにな?」
そしてそれだけ言って、クロードは踵を返し、さっさと元来た道を引き返していった。肩をいからせた仰々しい歩き方であったが、その歩調は幾分か速足であった。
「……あれがリーダー?」
そうしてクロードが言いたいことだけ言って消えた後、怪訝な表情でベーゼスが問いかける。彼女は自分と目が合った際、クロードがそそくさと視線を逸らしたことに気づいていた。一方で兵士は厳めしい顔つきのまま何も言わず、ベイルはただ唖然としていた。
彼の場合はあまりにも酷すぎて、何も言えなかった。
「なんつーか、カリスマもクソもねえな」
「不安だ……」
見てくれの印象だけで人を判断してはいけない。それはベイルもベーゼスも理解していた。しかし二人はこの時、ある種の「悪い予感」を痛烈に抱いていた。自分達はもしかして、とても面倒なことに首を突っ込んでしまったのではないか?
しかし後の祭りである。どれだけ後悔しても、二人はこれからあの男を隊長と呼ばなければならないのである。
「こりゃ牢屋の中にいた方がマシだったかもしれねえな」
後の祭りである。
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