第8話

 教室内に波紋が広がるように騒がしくなる。

 迷宮について学ぶことは多かったが、それでも戦略迷宮ダンジョン踏破者が10年も不在ということについて知ることは少なかったからだ。戦略迷宮ダンジョン踏破の困難さを目の当たりにして、それを志す者の壁は高いとナガメは知る。


 がたんっと跳ね飛ばすかの如く椅子を蹴り上げてショウゴが立ち上がる。


「10年。10年もいねえのかよ。情けねえな!」

「タザキ」

「俺は違うぞ! 卒業してすぐに戦略迷宮ダンジョン踏破者になってやる!」

「志が高いのは結構だがな。お前・・・そのままだと死ぬぞ」

「あ!?」

「死にかけたやつもお前と全く同じことを言ってたよ。だからな、遊戯迷宮メイズで課題を出した。そしたら見事に失敗だ」

「俺をそんな雑魚と一緒にするんじゃねえ!」

「座れ、タザキ」


 もう1度威圧をかけられてしぶしぶ席に着くショウゴ。その顔に広がるいっぱいの不満に、はぁとため息をついてアマツ威圧を消した。


 気を取り直したかのように1つ咳払いすると、ホウコに向かって指示棒を向ける。


「スガ、戦略迷宮ダンジョン及び遊戯迷宮メイズから出るにはどうすればいい?」

「え・・・はい、マッピングをして元の入り口まで戻るか、緊急や入り口が分からないなら転移魔石を使います」

「その通りだ」


 突然の指名に驚くものの、すらすらと答えるホウコに頷くアマツ。どうやらあっていたらしいとほっと胸をなでおろす。


「ま、大元の座標魔石を先に転移場所に置いておくことが重要だがな。まあ、お前らが多少派手なことしようが『迷宮は傷つかない』っつー法則があるんだが・・・最近は希少種・・・ノギなしが多くみられている。ノギなしの意味は分かるな?」

「稀少種・・・ノギありは色違いであること以外は他の個体と変わりませんが、ノギなしは非常に凶暴であると聞きました」

「その分とれる素材、ドロップアイテムも良質なものが多いとか」

「さすがだ。スガ、スザキ合格」

「「ありがとうございます!」」

「まあ戦略迷宮ダンジョンならともかく遊戯迷宮メイズじゃ見られてねえから心配いらないとは思うが、一応気を付けてくれ」


 声を揃えて言うと、アマツはひらひらと指示棒を持っていない方の手を振った。振り返ったホウコににっこりと笑いかけられて、耳まで赤くなりながら笑い返すナガメ。


「何事も経験が1番ってな。っつーわけでだ。プログラム通り、行くぞ遊戯迷宮メイズ


 その一言に教室内からわき上がるような歓声が廊下まで響いた。コヒラはしれっとした顔をしていたが、ショウゴはぐっとこぶしを握り小さくガッツポーズをしている。


 盛り上がっている生徒たちを細めた目で見ていたアマツだったが、その中から上がった1本の手に目を止めた。


「どうした、スザキ」

「迷宮は探索者ギルドか冒険者ギルドに加入していないと入れないって聞いたんですけど」

「その通りだ。だがな、お前たちはこの学校に入った時から探索者ギルドに加入している」

「あ、そうなんですか。ありがとうございます。」

「そういう小さな疑問が迷宮内では生死を分ける。大切にしろ」

「はい!」


 元気よく返事をしたナガメに、アマツは片手を上げることで返した。


 いまだ盛り上がっている生徒たちに、こいつらに緊張感はないのかとアマツはため息をついた。中でも、いつの間にかできていた取り巻きの中でふんぞり返っているショウゴに、アマツの呆れは止まらなかった。


 攻略もちょろいのではないかと誰かが言ったところで、アマツが動いた。


 ばあんっ! 教卓を叩くと思ったよりも大きい音がして、教室に響く。

 ぴたりと騒音が止まった。


「お前らが行くのは遊戯迷宮メイズだ。遊戯的、確かにな」


 教卓に手を置いたまま、その通りだと頷くアマツ。ごくりとそれを見ていた生徒たちはまたさっきの威圧が来るのではないかと身構え、固くする。


「けどなこれから行くところは‘迷宮‘だ。何が起こるのかわからない、未開の地だ。それをちょろいだあ? 緊張感ってもんはねえのかクソガキ共」


 低い声。怒鳴るのではなく腹の底から響かせるような声に、生徒たちは硬直した。ぴしりと凍り付いた生徒たちを見て、呆れたように肩をすくめるとめんどくさそうにアマツはぴりぴりとした威圧を解いた。

 ほっと肩の力を抜く生徒たちに、ため息をつきながらアマツは言った。

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