第3話


「シロ、あの子降りられないみたいなんだ。お願いできる?」


 両膝をついたまま、その荘厳なまでの白蛇に頼み込む。両手を太腿に置いて、きちんと頭を下げるあたり、礼儀正しいのかただ単に1人と1匹の上下関係なのか。


 ナガメが頭を下げる様子をじっと見ていた白蛇・シロは、言葉を理解したかのようにこくりと頭部を頷かせた。そしてナガメの横を通り過ぎ、しゅるしゅると駿河台均の根元まで這う。腹部の両端にある側稜を器用に使いするすると巻き付きながら、ゆったりとした動きで音もなく登って行った。


「シロ・・・あの子食べないよね?」


 人と同じ食事をとるようにテイムされた時点で身体構造を作りかえられるテスターが、まさか子猫を食べようだなんて思いもしないが。


 食いしん坊なテスターを思い、どきどきしてしまった胸を押さえていると、呆れたような青い目がナガメを振り返り見た。

 じと目で見られて思わず愛想笑いで返すナガメ。ナガメのテスターはなかなかに勘がいいらしい。


「や、ほら。君って大食いだからさ」


 本気で食べるとは思ってないよ! と胸の前で両手を振ると、赤い舌をちろちろと出してからまた登って行った。とりあえず冗談なのは伝わったらしい。

 ほっと一息ついて、細長い身体が桜の花の中に完全に隠れたのを見届けた。


 にぃ!?

 しゅーしゅー

 にぃ、にぃ

 しゅー


 微かに聞こえる鳴き声たちは、何の会話をしていたのか。人間であるナガメにはわからない。けれど、子猫のいる枝までたどり着いたシロが、少し離れたところから中の会話らしきものをしていたのは確かだった。


 やがて、シロは何を思ったのか細い動向をさらに細めて、枝先に居る子猫をじっと見据えた。途端、硬直したようにかちんと固まってしまった子猫。


 それがバランスを崩す前に、シロは子猫まで音もなく枝に巻き付きながら這う。そしてその小さな体に、自身の頭部からぐるぐる巻きつくとぴたりと止まる。


 絵面だけ見ると蛇に捕食されかけの猫だったが、地よりはるか上、誰も見ることのない風景だった。


「シロー、いいよ」


 そうして、細長い尾を何重にも桜の太い枝に巻き付けると、ナガメの合図が聞こえたシロは子猫を頭部でとらえたまま。ナガメに向かって空中に身を投げた。


 ぶらんと子猫ごと垂れ下がってきたシロ。とお目に見れば桜の合間から白いロープが垂れているようにも見えるその光景。


 上を向いたナガメがぶらんと猫ごと下がってきたシロから、子猫を受け取ろうと手を伸ばしたときだった。


「危ない!」

「へ?・・・うわあ!」

「にゃっ!」


 突然少女の声がして、ナガメが全身に前からタックルを食らったのは。そのまま尻から倒れこみ、尻もちをつくナガメ。

 されたのはナガメだが、驚いたのはシロと子猫もだ。


 驚いた拍子にシロは子猫を落としてしまい、話された子猫は唐突に空中に放り投げられさらに驚いていた。

 しかし、とっさにナガメの猫っ毛をクッションにして地面に降り立つと、素晴らしく無駄のない動きでさっと草むらの中へと走り去っていった。


 衝撃に押し倒されたままのナガメだったが、元気に走って言った子猫に苦く笑った。上を見ると桜の合間からびびったらしいシロがぐるぐると赤茶っぽい枝に巻き付いて避難しているのが見えた。


「な、なに・・・」

「今蛇がいた! 危ないよ!」

「え、あ。あの」

「今先生呼ぶから待って!」

「ちが。あの白蛇、おれのテスターなんです!」

「へ?」


 対応できる人を呼ぶから待ってくれという少女に、あわててナガメは否定する。

 蛇がいるから危ないという発想にたどり着くなんて最近の子らしいなと現実逃避しながら。信仰深い人ならば問答無用でシロを拝みだすだろう。というか、入学早々変なことで職員室のお世話になりたくない。


 現在、少女はナガメにタックルした時のままだ。うら若き少女が少年を押し倒しているという、アブノーマルな場面である。道行く学生たちの目が激しいことになっている。


「そ、それより降りてくれないかな」

「あ、ごめんね。重かったよね」

「ううん。全然平気だけど・・・」

「えへへ、ありがと」


 その目線が気になったナガメが、顔を真っ赤にして少女に降りてくれるように頼む。

 ちなみに、この時恥じらっていたナガメは両手で顔を隠していた。が、耳まで赤い様子にやっぱり自分が重かったからなのかと少女が少女がわびた。


 別に鍛えているから平気だという意味の「全然平気」を少女は自分の体重が軽いから平気との意味に捉えたらしい。ポジティブだ。

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